この画像を大きなサイズで見る我々は、自分には信念もモラルもあり、いかなる状況においても惑わされないと思いたがっている反面、ほとんどの人が、他人の行動に引きずられてしまう傾向にある。特に、個が確立されていない社会や、精神的に未成熟な子どもにはこの傾向が強いと言われている。
人は集団になると、いったいどうしてこんなに、意味不明で、暴力的で狂気な行動に走ってしまうのだろう。社会心理学者はこれを群集心理(集団心理)と呼ぶ。過剰な集団心理はいじめや差別を助長する要素のひとつであり、社会に重大なひずみをつくる。
ここでは群集心理が引き起こした10の事例を見ていくことにしよう。
10.山の草原での大虐殺
この画像を大きなサイズで見る1857年、モルモン教徒たちがカリフォルニアに向かう移民家族の馬車の列を見つけた。どういうわけか、彼らはこの通りすがりの者たちに脅威を感じ、攻撃しなくてはならない衝動にかられた。襲撃の責任を免れるために、原住民のパイユート族をうまいこと巻き込んでインディアンを装った。
移民たちは五日間防衛したが、水や食料も乏しくなっていたため、モルモン教徒が示した休戦協定を受け入れて投降した。ところがそのとたん、移民たちは皆殺しにされてしまった。最初、モルモン教徒たちは、この虐殺への関与を否定し、パイユート族に責任を押しつけていたが、後にモルモン教徒も襲撃に参加したことを認めた。しかし、ブリガム・ヤング(モルモン教徒指導者)の命令ではなく、自発的な行動だと主張。今日、モルモン教の教会は、この草原に記念碑を建てて、虐殺された犠牲者たちを悼んでいる。
9.バーニング・マン・フェスティバル
この画像を大きなサイズで見る暴力にはつながらない群集心理の例。このバーニング・マンという祭りは、1986年にサンフランシスコの浜辺での小規模なグループから始まり、今ではネヴァダ州ブラック・ロック砂漠で、一週間に渡って行われる五万人規模の大野外イベントに発展した。実験的な社会、共同体としての仮の都市、アート、自己表現、自立を表わしているという。
決まりごとは車を停める場所とか、トイレの使い方など、ほんのわずかしかない。すべてが自由だと、たいてい参加者の抑制のたががはずれていき、ひとりふたりと服を脱ぎ始め、しばらくすると集団全員が裸になる。考えてもみて欲しい。ほかの49999人が裸になって火の回りで踊っているのに、ひとりだけ服を着ていることができるだろうか? おそらく無理だろう。
8.フランス革命の恐怖政治
この画像を大きなサイズで見る社会の不正を正すためのギロチンという装置が、社会を逆上させて人々を狂気の渦に巻き込み、5万もの処刑が行われる結果を生み出した。次第に事態はエスカレートし、頭を切り落とすだけでは、血に飢えたこの革命を満足させることはできず、人々はあらゆる恐怖を解き放った。
公開での鞭打ち、銃殺、重りをつけて水に投げ込み、切り落とした首が通りに並べられた。犠牲者は貴族だけでなく、反革命分子の疑いをかけられた者は片っ端から標的になった。裁判が行われたとしても、たいていは見せかけだけだった。
1年ほどたって、人々はやっと革命の指導者が狂信的な殺人者に変わってしまったことに気づき、本当の意味での群集心理で、最後のひとりの首をはねてこの狂乱に片をつけたのだ。
7.スポーツイベント
この画像を大きなサイズで見る大きなスポーツイベントは、群集心理のいい例だろう。ほとんどのスポーツファンはひとりではそんなことはしないが、いったん集団になると群集意識が芽生えて、まわりのみんなと同じ行動をする。これにアルコールが入ると、なにかが起こる。
試合の後にピッチになだれ込んだり、ゴールを倒したりするのは日常茶飯事だが、興奮して制御のきかなくなった観客によってさらにひどいことも起こる。2011年のカナダでのアイスホッケーのスタンリーカップ選手権のとき、バンクーバー・キャナックスが、ボストン・ブルーインズに負けた。失望したファンが、車をひっくり返したり、火をつけたり、警察にゴミを投げたり、店舗のガラスを割って、商品を略奪したりしてバンクーバーの町で大暴れした。
最近では、エジプトでスタジアムの大暴動を扇動したとして、21名のサッカーファンに死刑が宣告された。この暴動は死者74名、負傷者1000名を出し、犠牲者の多くは踏みつけられたり、スタジアムの上から落ちたりして死んだ。残念なことに、この判決によって、また30人が死亡、400人以上が怪我をする別の暴動が起こった。
6.ジップ・トゥー・ザップ
この画像を大きなサイズで見る1969年5月、ジップ・トゥー・ザップの春休みの祭典は、学生たちによって暴動へと変わった。事の発端はノースダコタ州立大学の学生だったチャック・ストループが、フロリダのフォートローダデールでの春の祭りに参加することができず、代わりにノースダコタの小さな町ザップでイベントを開こうとしたことだ。
全国の学生新聞や町が発行した広告などによって、このニュースはたちまち広まり、浮かれ騒ぎに飢えていた学生たち3000人近くが、人口250人のザップの町になだれこんだ。主催者や町はまさか広告のうたい文句が、本当にこんな乱痴気騒ぎになるとは思わなかっただろう。当然のことながら、酒が足りなくなり、町の居酒屋の主人は値段を倍にして酒の消費を抑えようとした。ところがこれが酔っ払い集団を怒らせるはめになり、ついに酒が切れると彼らは町を破壊し始めた。結果的に暴動を鎮圧するために初めて州兵が出動するという事態となった。
5.ホロコースト
この画像を大きなサイズで見るナチスドイツの時代を振り返ってみても、ごく普通の人間がいかに残酷で非人間的なことができるようになるかを完全に理解するのは難しい。たとえ、平均的なドイツ市民は強制収容所の中で何が起こっていたか知らなかったとしても、収容所にはSSの特殊部隊、24000人の親衛隊髑髏部隊がいた。
彼らは間違いなく何が起こっていたかを知っていたはずだ。極端な反ユダヤ主義で、憎悪を抱いていたとしても、普通の人たちが大量殺人に走る十分な動機にはならない。ところが、同じ意見の個人同士が集団になると、そこに群集心理が働く。
この24000人おそらくそれ以上の人たちは、自分を見失い、殺人マシンと化してしまったのだ。ニュルンベルグ裁判の間、元ナチの将校たちは自分たちは命令に従っただけだと、残虐行為への関与の正当性を主張した。
4.セイラム魔女裁判
この画像を大きなサイズで見る1692年のセイラム魔女裁判も、群集心理のいい例としてよく引き合いに出される。過激な宗教心と集団心理がミックスすると、なにかが起こる典型的な事件だ。この事件はあまりに強烈で、あれから320年たった現代でも、“魔女狩り”という言葉はむやみに少数派を迫害する行為をさして使われる。
何人かの少女たちが、発作を起こして卒倒したり、家具の下に潜り込んだり、痛みに体をひきつらせたりといった奇妙な症状を見せ始め、これは魔女のしわざだと主張するようになった。彼女たちはセーレムに住むある特定の女性たちを名指しし、医者が少女たちはとりつかれていると断言しため、すでに魔女恐怖症に陥っていた町はパニックになった。お上も市民も一体となって、魔女征伐を楽しむかのように、いいかげんな証拠をでっちあげて疑わしいと思われる人間を片っ端から逮捕し始めた。
もっとも奇怪なのは、彼らが容疑者の有罪を決めるためにとった無意味な方法だ。誰かに罪をきせたいなら、その人間の体や家にあるものをとりあげて、なんでもそれを魔女のものだと言いくるめればいい。体にほくろやあざがあれば、それは魔女の乳首、家の中に軟膏のビンがあれば、それも魔女の秘密の商売道具だと言えば、その人間はもう魔女だと決定だ。こうして150人を監禁し、25人を殺した。19人は絞首刑で、ひとりの男性は罪を認めなかったので、巨大な石で圧死させられた。5人は監禁されたまま死んだという。
3.第二次赤の恐怖
この画像を大きなサイズで見る1947年から1957年の間に起きた、2回目の赤の恐怖は現代版魔女狩りだ。今度は共産主義者を執拗に追い詰めた。ジョゼフ・マッカーシー上院議員らの偏執的な共産主義排斥思想のせいで、アメリカ人は共産主義者が政府や社会のあちこちに隠れていると信じ込んだ。おかしなことに、政府の一部の人間があまりに恐怖を煽ったのに、市民のほとんどはそんな政府の行動をおかしいともは思わなかった。
リベラル指向のある人が、マッカーシーの非米活動委員会や常設調査委員会にとりたてられ、合衆国憲法修正第4条(不法な捜査や差し押さえの禁止)を無効にすることを決めた。その結果、正当な理由や令状なしで疑わしい者の家に押し入り、私信を盗み見たり、オフィスや電話に盗聴器を仕掛けたりした。こうした行為に対して、国民も大統領も最高裁も傍観したのだ。
2.株式市場の暴落
この画像を大きなサイズで見る株価というものは、需要と供給をベースに上がったり下がったりするものだが、それは疑いと恐怖という感情にも当てはまる。つまり、人々が経済が安定していると感じれば株価は上がるし、経済が低迷しているという噂を聞くと株価は下がる。本質的に自己達成的な予言なのだ。
サウスメソジスト大学のマーケティング学教授のであるダニエル・ハワードは、株式市場が急騰したり、暴落したりするのは、群集心理のせいだという。私たち自身が自ら天国を作ったり、地獄を作ったりしているとは恐ろしいことだ。
事態をよけいに悪くしているのは、いつ買って投資すれば安全なのか、群集がいつも専門家からの合図を待っていることだ。しかし、群集が利益を得られる頃には、すでに金持ちに先を越されている。その他大勢はいつまでたっても弱い立場に留まり、常にトップにたどり着こうとして、他人の判断を鈍らせるようなムードを作り出している。
1.インターネット
この画像を大きなサイズで見るインターネットは群集心理を育む土壌である。オンラインでユーザーが見知らぬ大勢の他人と気軽に狂気を共有できるだけでなく、匿名の名のもとにいとも簡単に身元を隠すこともにできる。匿名性によって、社会的な縛りを解き放つ自由が得られるのだ。
インターネットのフォーラムで漂流するバーチャルなギャングたちが、賛同者と一緒になって一斉に他人を攻撃する。それは性差別、人種差別、同性愛嫌悪につながり、現実の世界では決して口にしないようないじめや脅しの言葉を吐く。もちろん、こうしたサイバーいじめのせいで、相手を自殺に追いやるような現実的な結果を招くこともある。
自由な発言を制限し、ネット上の不必要な検閲を生み出す脅威を与える、SOPA(オンライン海賊行為防止法案)などの規制法案が出されたときは、ネットの群集心理が功を奏するプラス面もある。グーグルからブロガーまであらゆる人が報道管制下におかれることに対して、極端な時代の逆行は許しがたいことだと、圧倒的多数である群集の力で国会議員に示すことができるという点だ。
戦後の保守系マスメディアで活動した山本七平は、著書「空気の研究」の中で、集団心理を育む土壌はその場の「空気」だと述べる。「空気」は「水を差せ」ば抜けるが、水を差した者はその場にふさわしくない者として追い出される。














4.セイラム魔女裁判は麦角菌中毒のやつ?
通貨とか宗教とか国家とかも
そのほうが便利だからと妄想を共有した結果、今じゃ確固とした実体があるわけだし
人間は元々そういう素質があるんじゃないのかな
これ最後いいたかっただけだろ
集団心理の一言で片付けちゃいけないものも入ってるな。
自分、保守、やや右寄りの考え方だけど、反対勢力の非難し過ぎはよくないな
ミイラ取りがミイラになってることが往々にしてあるので、冷静さは忘れてはいけない
ホロコーストって何?冗談じゃなく何も書いてないよねこの文だと
日本でも結構目にする「買占め」もこれにあたるんじゃない?
石油ショックのときトイレットペーパーを狂ったように買い占めたのも群集心理だよね
社会的動物である以上、群衆心理は常についてまわるものだからなあ
この記事ではネガティブな事例がたくさん挙げられているが、
普通の人間が平常時にむやみやたらと秩序を破壊したりしないのもまた
群衆心理によるところが大きい
震災の時に、東京都民だけ何故あんな買占めを行ったんだろう。
キティ・ジェノベーゼ事件みたいなもののことが書いてあるのかと思ったら全然違った。
集団ヒステリーとか催眠状態とか
>>12
全くだ、おかげで俺は二週間ぐらい物資不足に陥ったわ(# ゚Д゚)
※12
在庫充分あるってアナウンスされる度、それを世界最大の都市の隅々に運ぶ燃料と人と車のあてはちゃんとついてるのか?とは思ったなぁ
首都圏丸ごと避難とか騒いでるときは、4000万人が避難できる場所なんかどこにもないだろ・・・と呆れてた
※12
東京都民だけじゃないで うちのあたり(千葉県船橋市)でも買い占めしている奴がそれなりに居た。
何時もカップラーメン喰わない奴が買い占めて食べないからってしばらくして俺にくれたりそんな事があったな
知ってる。台風の時にコロッケ食べるやつでしょ。
で、さっきの件はどうなりましたか?
とか、相手がおしまいムードを醸そうと何だろうと食い下がるので
たぶんキチガイと思われてるかもな俺w
フランス革命を民衆の集団ヒステリーみたく言ってるが全くの誤認。
大量殺戮のほとんどは腐敗した革命裁判所と派遣議員によるもの。
住民に不正な徴収を行い、金持ちに反革命の容疑をかけて逮捕して
身代金を要求したり、払っても殺したりした。
奪った富は裁判官と議員で山分けした。確かに民衆は強い力で国を
建て直す非常手段としての恐怖政治を求めたが、当然これは
民意に即したものではなかった。
そしてその派遣議員を監査し、裁こうとしていたのがロベスピエールであり、彼はこの犯罪者である粛清予定者の反乱により処刑された。
ロベスピエールは同士のダントンとは違い賄賂を一切受け付けず、貧者のための恐怖政治を目指していて、だからこそ民衆に絶大な人気があった。実際に彼が粛清したのはブルジョワと結託して汚職を行っていたダントン派だけ。エベール派はコミューンの力で議会政府を転覆しようとしたので自業自得であり、粛清というより自滅。
最近のパーナさん集団ヒステリーも面白いケースだよね
ベルリンの壁崩壊もな
なんか怖い面だけピックアップされてるけど
行列に並んだりビッグウェーブに乗っちゃうのも群集心理
※17の中で九月虐殺はどうなっているんだろう?
ルーマニア革命やアラブの春を見てもそうだけど、確実に一定層のヒステリーは起こってる
あの時代でロベスピエールのようなプロレタリアの清貧な弁護士が政治集団のトップに立てたことが異常
※17 でもギロチンによる処刑は一般大衆に
とっては単に面白い見世物だったらしいよね。
時代の空気?ほかに娯楽がなかったから?
アムックでると思ったのに
最近中東で起こってるネット発の革命が群集心理の最たるものだと思うのだが・・・
内気だけどライブ会場位ったら自分もハイテンションになっちゃったりってのはあるね。
おらは幕末の「ええじゃないか」の群集心理をちょっと考えたりしたことがあるんだけれども、空から伊勢神宮の御札が降ってくるという非日常に放り込まれた状態になると「変化した状況に対応しないといけない」という強迫観念から変な行動でもすんなり行うことになるのかもしれんと思った。ある時点でその「へんな行動」の方が主体になって、御札とかの存在は重要で無くなるってのもあるかもしれん。
インターネットは、群集心理とはまた別物だと思う。
先ず、何か叩く要素があった場合、事の発端から現状までを時系列でまとめサイトで読んで、他人の書き込みを見る前に、たいがい脊髄反射で書き込んでいるので、
集団心理・同調云々は、これに限っては当てはまらない。
行動だいっ!
いじめは群集心理に当てはまりますか?
真っ先にオーソン・ウェルズの「宇宙戦争」ラジオドラマ事件が挙がると思ったが…
集団心理と集団ヒステリーの境界はあいまいだけど
区別することはできる
自分が当事者となったとき、なるべく加害行動には加わらないように
群集心理に乗ってみると意外と気持ちよかったり楽しかったりするよね
迷惑にならなさそうなヤツには時々乗る
買占めは
いつも買ってるところで品切れ
↓
他の店で買う
↓
いつも買っている人が買えない
↓
念のために多めに買う=いつも買っている人が買えない
↓
・・・というループがどんどん拡大するため。
※33
同じアホなら踊にゃ損々!ええじゃないか!ええじゃないか!
※36
それも群集心理を利用してるってことじゃないすかね?
ホロコーストについてはヨーロッパでは話題にすることもタブーになってるらしいが、実際のところ本当にあったのか怪しい。
もちろん話題にすることすらタブーなので、検証もできないのだが。
コメント評価の数に影響されてついポチってしまわない?
票数9、これはポチるしかないだろう
あるニコ生の放送でデパ地下で買ってきたお菓子を食べて、そのお菓子の店のサイトのURLを貼って紹介するんだけど、そのサイトをみんなでF5攻撃して落とそうってする変な流れがあるんだよね。
放送の主は一般人じゃないっていうかかなり凄い肩書のある学者なんだけど、その流れを見ても全然注意しないで「落ちたの?ああそう」って食べ続けるだけ。
この流れに疑問を感じるのは俺だけなのかなーって不思議に思う。
納豆ダイエットが流行った時、お店から納豆が無くなった時は困った。
これもMob Mentality?
「個が確立されていない社会や、精神的に未成熟な子どもにはこの傾向が強い。」
ってウイキにもあるから、ダイエットが大好きな主婦は精神的にみjy ry
多数決、ひいては平等という理念に基づいているとされている民主主義そのものに、ある種の群集心理が働いているのだとしたら、『平等』や『自由意思』なんてそもそも人間社会、法治国家の中には存在しないのかもしれないね。
結果としてそれが、いいのか、わるいのか、は別として。
アメリカの宗教団の集団自決がないぞ
ウナギの絶滅が本気で危惧されているらしいけど、日本人として暮らしていて大衆の中に緊迫した空気をぜんぜん感じられない。
ひとつの生物種を絶滅させるといえば今時の文明人としては重篤にハレンチな行為なはずだけど、こんな空気の中で淡々と進行中。
土用の丑の日っていう習慣も見かたを変えればほんのひと時代の狂乱よね。
性質が全く違う様々な事象を十把一絡げに「群集心理」という言葉でくくってしまっていいもんかね
内容の主旨から外れるが、セイラムの魔女で火あぶりになった人は一人もいなかったんだな。
なんとなくそういう印象があったのだけれど、何でなんだろう。
宗教裁判と混合されてるとカラパイアのコメントで見たよ。
ジャンヌ・ダルクの影響が大きいのかな
関東大震災時の、韓国人の大虐殺も入れておいてくれ。
東海地方で昔信金が潰れるって噂が広まって殺到した事件もあったね
大小関係なくグループになった人間で歯止めが聞かない連中は面倒くさいね
別に楽しんでる人はいいんだけど
他人に迷惑かけても気にしないって状態になってる奴らはな・・・・
DQNもオタクも周りがいるからってことで無駄に強気になったりするからなあ。
カラパイヤはいつも偏ってるよね。
日本だとバナナダイエットとか○○ダイエットで近所のスーパーからその商品が消えたのを思い出した。
芸能人のブログ炎上なんかまさに集団心理でしょ
誰かを叩けと言う雰囲気になったら根拠などなくともいっせいに叩きはじめる
誰かを叩いてストレス発散するしかない連中だろうけど
A「俺嫌いなんだよねー」B「俺も嫌いだわ、ツブツブしたのが元々苦手」C「俺も俺も(別に嫌いじゃないけどここは合わせておくか・・・)」D「普通に好き、豆煮最高!!」
A,B,C「面倒くせぇから嫌いにしよけよ!」
つまり、こういうことか??
集団心理って近年になって話題になってるフラッシュモブとかにも当てはまるのかな?
あれは時と場所によってはグレーゾーンになることも多いけど、いい例といえるんじゃないかな
個人的に見ててあの非現実的な感じがいい刺激になって面白いし、やってる方も独特の優越感と体動かすことでストレス発散になるだろうから、ああいうノリは好きだ
>自発的な行動だい
モルモン教徒可愛いな
誤字はさておき、魔女裁判は
・全身に針を刺して痛みがない場所があったら魔女。死刑。
・水に沈めて死ぬ前に浮いてきたら魔女。死刑。
と、どっちに転んでも死ぬしかないイメージだったのだけど、作り話なのかしら。
それともセイラムの魔女裁判「では」そういうのがなかっただけなのだろうか。
3のレッドパージは確かに行き過ぎた点もあったけど
アメリカ市民の共産主義に対する恐怖が大きかったであろうことは良くわかるよ。
ホワイトハウス内部にも共産主義者が入り込んでたぐらいで
日本も無関係じゃないのは、ハルノートがあんな日本が呑み込めるわけのない
滅茶苦茶な通告内容になってしまったのは
コミンテルンのスパイ説のあるハリー・ホワイトが原案をつくったからで
それで米国の対独参戦が可能となってチャーチルは大喜びしたって話もあって
(ヤルタ会談に集った3首脳って誰でしたっけ)
ほんとに今も昔も腹黒い連中は何考えてるか分かりませんね
ホロコーストはユダヤ人で組織された警察も手伝ってたし、もう帰れ無いという事も知っていた
空気の研究おもしろかった。イタイイタイ病のカドミウムへの誤解は、現代の震災や原発事故への恐れとかと変わらない。何十年前から集団心理への問題は解決してないんだと感じました。
ホロコーストに関しては
ユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントのいう「凡庸な悪」
集団心理のもたらす別の「悪意のない悪」がもたらしたものだそうです。
ネットイナゴの「こいつはいじめてもいいよね」って雰囲気がきらい
集団心理っていろんなとこで働いてる
価値観のほとんどは集団心理
人間を解く鍵?w
ええじゃないかええじゃないか~
だって進化なのか退化なのかはともかく、猿から人間になってるわけでしょう。
そりゃ、群れるとそーなりかねない仕組みの一つや二つ、きっと、意識なのか本能なのかなんなのかの中に組み込まれてしまってるんだろうなあ。
やくざなものです。
自分が群衆側のとき、追い出されるの承知で差し水する勇気が持てるかどうか。
集団全体が一定の偏りを持っていても集団内の個は同じ集団内の個を見て自分または他者を(自分は絶対評価のつもりで)相対評価することになるから偏りに気づくことができない。その時点で自己評価を固定して集団外の人に指摘されても認識を改めないことも多くある。
集団から黙って離れられるならいいけど
暴力を厭わない集団の中から異を唱えて離れようとしたらどうなるかと考えたら、渋々従うこともあるだろうな
マウンテン・メドウの大虐殺はモルモン教徒による衝動的な虐殺ではなく、
計画的な虐殺で、その背景も明確なようですね。
ttp://garyo.or.tv/kakure/meadows_takahasi.htm
モルモン教の残虐性と非社会性が垣間見えますね。
コレが正論だとすると、カルトの大量虐殺にカテゴライズされるのかな・・・?
カルト自身が集団心理による組織かもしれませんが
ネットの炎上騒ぎも集団心理が関わるよね。
2019年に起きたワイドショーや一部のネット民による孤独な人々・失業者への攻撃もだね。結果その人達を拉致・監禁する差別犯罪者がのさばっている
水を差す奴……俺だわ
疑問、空気に異物(固体)を入れたらどうなるんだろ?
今、まさに鬼滅の刃による群集心理が起きている気がする。