この画像を大きなサイズで見る旅先などで、送電線(架空線)に巨大なオレンジ色の球体がいくつも取り付けられているのを見かけることがある。
まるで巨大なビーズを電線に通したような不思議な光景だが、もちろん飾りではない。電気を蓄えているわけでも、送電線を安定させるための重りでもない。
実はこれ、上空を飛ぶ航空機に、「ここに送電線がありますよ」と知らせるための目印なのだ。
空から見ると意外なほど見えにくい送電線
地上から見上げれば、鉄塔の間を走る送電線は比較的簡単に見つけることができる。だが、空を飛ぶ航空機から見下ろした場合、事情はかなり違ってくる。
細い送電線は森林や山、地面などの背景に紛れ込みやすく、特に川や湖、谷などを横切って張られている場合には、低い高度を飛ぶ航空機にとって、見落としやすい障害物になりかねないのだ。
そこで送電線を遠くから発見しやすくするために取り付けられるのが、「航空障害標識球」あるいは「マーカーボール」などと呼ばれる、この球形の標識なのだ。
色や大きさにもちゃんと理由がある
ICAO(国際民間航空機関)では、送電線などに取り付ける球形のマーカーについて直径60cm以上とし、60cmの球を使用する場合には30m以下の間隔で設置することを推奨している。
色は白と赤、または白とオレンジを交互に配置し、周囲の背景に対して目立つ色を選ぶとしているが、世界中でまったく同じものが使われているわけではない。
ICAOが国際的な基準や推奨事項を示す一方で、具体的な大きさや色、設置方法などについては、各国でもそれぞれ基準が設けられているからだ。
例えばアメリカでは、FAA(連邦航空局)の現在の指針で、谷や湖、川などを横切る大規模な送電線に設置する無灯火の球形マーカーについて、直径36インチ(約91cm)以上としている。
色は鮮やかなオレンジや白、黄色が使われ、通常約61m以下の間隔で配置する。4個未満しか設置しない場合には、すべてオレンジ色にすることが推奨されている。
海外の写真を見ると、オレンジ色の球だけが並んでいるものもあれば、赤や白などが交互に並んでいるものもあるが、こうした違いには各国の基準や設置場所などが関係しているのだ。
この画像を大きなサイズで見るロックフェラーの一言が球形マーカーを広めるきっかけに
アメリカでは石油王ジョン・D・ロックフェラーの孫で、アーカンソー州知事だったウィンスロップ・ロックフェラーが、球体マーカーを広めるきっかけを作ったと言われている。
1970年代初め、ウィンスロップは飛行機で着陸する際、窓のすぐそばを電線が通り過ぎるのを目にした。
危険を感じたウィンスロップが、州航空局長のエディ・ホランドに対策を求めたところ、ホランドはグラスファイバー製ボートの工場を経営していたエンジニア、ジャック・ラトリッジに相談。
ラトリッジはこれを受けて、耐久性があり、強風でも送電線上でズレにくい球形マーカーを開発したのである。
その後ラトリッジのTana Wire Marker社は、この種の製品を扱う主要メーカーのひとつとなった。
同社では標準的な直径20インチ(約51cm)のほか、9インチ(約23cm)や12インチ(約30cm)の小型タイプも製造。
アイダホ州では、峡谷を横切る送電線のために、54インチ(約137cm)という巨大なものも作られたそうだ。
この画像を大きなサイズで見る球以外の形でもいいのでは?
巷では球形マーカーばかりが目立つのだが、「送電線の目印は丸くなければならないのか?」という疑問もわいてくる。
実は必ずしも球である必要はない。FAAの指針では、球形以外のマーカーを使用することも認められている。
どの方向から見ても同じ円形に見える球形のものなら、こうした目印に一番適した形だと言えるのだが、球だけが唯一の選択肢というわけではないのだ。
ただしその場合、航空機から見たときの投影面積が、規定された球形マーカーより小さくならないことが求められる。
また、この球体はどの送電線にでも取り付けられているわけではない。空港やヘリポートの周辺、川や湖、峡谷などを横切る送電線など、航空機にとって障害となる可能性がある場所で使われる。
複数の送電線が並んでいる場合には、最も高い位置にある送電線に取り付けるのが基本となっているそうだ。
さらに、隣り合う球を別々の線へ交互に配置することもあり、FAAではこの方法によって重量や風による負荷を分散できるとしている。
この画像を大きなサイズで見るどうやってあんな場所に取り付ける?
では、あれほど高い場所にある送電線へ、いったいどうやってあんな巨大な球を取り付けているのだろうか。
方法は場所や設備によって異なり、作業員が直接送電線の上に登って取り付けることもあれば、ヘリコプターを利用することもある。
ヘリコプターの場合は、送電線のすぐ上でホバリングし、機体から身を乗り出した作業員が、送電線を挟み込むように球形マーカーを取り付けていく。
また、作業員そのものをヘリコプターから吊り下げて作業する方法もある。
一方、地上から作業員や高所作業車を使って取り付ける場合もあり、すべての球がヘリコプターを使って設置されるわけではない。
地上から見ると単純な球にしか見えないが、それを高所の送電線へ取り付け、維持していくのもなかなか大がかりな作業なのである。
実はこうした球形マーカーは、航空機との接触を防ぐためだけに使われているわけではないんだとか。
アメリカでは、フロリダキーズやミズーリ州のオザーク湖で、船のアルミ製マストが送電線に接触するのを防ぐため、電力会社が目立つ球形マーカーを設置した例もある。
空を飛ぶ航空機だけでなく、水上を行き交う船にとっても、細い送電線は気づきにくい障害物になり得る。
この目立つ大きな球形マーカーは、そうした見えにくい電線の存在を遠くから知らせる目印として、世界中で利用されているのだ。
日本でも球形標示物は使われているものの…
日本にも航空機から送電線を見つけやすくするための球形標示物があり、国土交通省では「昼間障害標識」のひとつとして定めている。
現在の基準では、対象となる送電線には直径0.5m以上の球形標示物を使い、赤または黄赤と白を交互に45m間隔で設置する。
ただし、すべての対象となる送電線にこの球を取り付けるわけではなく、鉄塔に航空障害灯を設置するなど、別の方法を採用することもできるのだそうだ。
こうした送電線の航空障害標識が大きく見直されるきっかけのひとつとなったのが、2004年3月7日に長野県南木曽町で起きたヘリコプター墜落事故である。
交通事故の取材に向かっていた中日本航空のヘリコプターが、木曽川を挟んで張られていた送電線に接触して墜落。乗っていた4人全員が死亡したのだ。
この事故調査の結果では、送電線に航空障害標識がなく、鉄塔や送電線が背景に溶け込んで発見しにくかったことなどが、機長が送電線に気づかなかった要因として挙げられている。
この画像を大きなサイズで見る事故を受けて国土交通省は送電線の航空障害標識について検討を進め、パイロットらによる視認性評価実験も行った。
さらに山間部で主要な道路や河川、鉄道などを横断する送電線や、陸地と島、島と島を結ぶ送電線などに、航空障害標識の設置を進める方針を打ち出した。
その際、昼間に送電線を目立たせる方法の1つとして採用されたのが、赤と白、または黄赤と白を交互に並べる球形標示物、つまり球形マーカーである。
実際に関西電力の飛騨旧幹線では、長い送電線に航空機が接触するのを防ぐため、送電線と並行して張られた線に球形マーカーが取り付けられている。
興味深いのは、関西電力自身がこれを「当社の中でも珍しい球形の標示物」と紹介していることだ。
実は国交省の資料によると、日本では球形標示物だけが送電線を航空機から見えやすくする方法ではないとのこと。
送電線を支える鉄塔に、高光度航空障害灯や中光度白色航空障害灯を設置した場合は、球形標示物を取り付けなくてもよい場合があるそうだ。
つまり、球形マーカーは日本でも使われているものの、少なくともどこの送電線でも見られるようなものではないようだ。
普段何気なく見過ごしてしまいがちな送電線だが、もし旅先などでこの丸い標示物を見かけたことのあるひとは、ぜひどこにあったか教えてほしい。
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