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死の間際、認知症患者の記憶が突然はっきりと戻ることがある「終末期明晰」の謎

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(著) (編集)

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 認知症は「長いお別れ」と表現されることがある。本人はまだ生きているが、これまでの記憶や思考がどんどん削ぎ落されてしまうからだ。

 だが死の直前、何もわからなくなっていた認知症の人の記憶や意識が、突然はっきりすることがある。これを「終末期明晰(terminal lucidity)」という。

 この不可思議な現象がなぜ起きるのか、今のところ確かなことは不明だが、いずれにせよ、それはずっと失われていた大切な人ともう一度触れ合う最後の貴重な機会となりうる。

 今回はこの「終末期明晰」について詳しく見ていこう。

終末期、認知症患者の記憶が明瞭になる「終末期明晰」

 認知症になると不可逆的に記憶が薄れ、家族を認識することができなくなる。その人らしさも失われてゆき、会話もままならず、自分で飲み食いしたり、自分がどこにいるのかを把握することができなくなる。

 大切な思い出やその人らしさを奪い取っていく認知症は、本人にとっても家族にとっても辛いものだ。

 ところが不思議なことに、死の間際になって認知症の人の意識や記憶が、突然はっきりすることがある。これを「終末期明晰(terminal lucidity)」という。

 こうした記録は19世紀からすでにある。認知症の患者の家族や医療関係者から、きちんと意味のある会話を交わせた、消えたはずの思い出が戻った、冗談を口にし、食事を欲しがったといった体験談が報告されているのだ。

 だがその一方で、終末期明晰が起きた人の43%が24時間以内に、84%が1週間以内に死亡するという推定がある。つまりそれは死が迫っている時に起きるのだ。

 また別の研究によると、認知症が進行した人に半年以内の死が近づくと、その多くにかつてのその人らしさが垣間見られるようになるという。

 さらに認知症だけでなく、髄膜炎・統合失調症・脳腫瘍・脳損傷など、脳や思考能力に影響を与えるほかの疾患でも、終末期明晰が報告されている。

 ただし例外もあり、終末期明晰らしき症状があった人が、必ず近い将来亡くなるわけではない。

 こうしたものは、一般に予測される認知症の進行から外れることから「逆説的明晰(paradoxical lucidity)」と呼ばれることもある。

 だが残念ながら、せっかく意識がはっきりと戻っても、それらはいずれも一時的なもので、神経変性疾患の進行が逆転して、以前の状態に回復するわけではない。

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なぜ終末期明晰が起きるのか?

 なぜこのような現象が起きるのか? その理由は今のところよくわからない。なにしろ終末期明晰を研究すること自体が非常に難しいのだ。

 まずこれがいつ起きるのかわからない。愛する人が一緒にいるときに起こる、音楽によって一時的に記憶が明晰になるといった話もあるが、大抵の終末期明晰は特にきっかけがないのにやってくる。

 ニューヨーク大学の研究チームは、死の前の脳活動の変化が終末期明晰を起こす可能性があると推測した。しかし、これだけでは、失われたと思われていた能力が突然回復する理由を完全には説明できない。

 また認知症の患者に死期が迫れば、必ず起きるというものでもない。

 仮にどのタイミングで終末期明晰が発生するのか予測できたとしても、そもそもその本人や家族にとっては、最後の時間を一緒に過ごすとても大切な機会だ。

 その時間をあえて研究に捧げてやろうなどと思う人はほとんどいないし、それを強いることは倫理的に問題がある。

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photo by iStock

終末期明晰はその人本来の姿が見られる最後のチャンス

 終末期明晰は、科学の枠を超えた現象だ。

 これが起きた時、死にゆく人が家族や人生に最後の別れを告げようとしているのだと、受け止める人もいる。それが死後の世界を証明するものなのだと考える人もいる。

 いずれにせよ、認知症が進行した人の意識が戻った時、周囲の人たちの反応はさまざまだ。安心する人もいれば、混乱し動揺する人もいる。

 介護のやり方を変えようとしたり、命を助けるために何かしなくてはと感じる人もいる。

 だが、それが死へのプロセスの一部であることを理解し、認知症が回復するわけではないことを知れば、その瞬間を最大限に活用することができる。

 それは長い間失われていたその人らしさに、もう一度触れることができる最後の貴重な機会なのだ。

References:Terminal lucidity: why do loved ones with dementia sometimes ‘come back’ before death? / written by hiroching / edited by / parumo

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この記事へのコメント 30件

コメントを書く

  1. ウチの両親の場合は、チアノーゼとコロナだったから思い出せなかったよ‥‥

    • +2
  2. 神や仏が与えた正真正銘の最期の奇跡とか慈悲とかだと思う

    • 評価
  3. 大真面目に自分の考察を書きますと、
    脳も一種の内臓なんですよ、よって高齢となり機能が衰えると、
    知能や記憶に対する機能を脱ぎ捨てて、生命維持に全力を注ぐようになる。

    だが何かの間違いで知能や記憶に焦点が当たってしまったときに、この現象が起きる。
    だがその場合生命維持の方がおろそかになるのでほどなくして亡くなってしまう、
    とこーゆー感じに捕らえています。

    • +1
    1. >>3
      何かの弾みで活性化 ⇒ オーバーワークで力尽きて死ぬ
       の順序じゃなくて、やっぱり自分は
      もうじき死ぬのを体が感知 ⇒ 普段はリミッターかかってるのを
      もはや四の五の言ってる段階じゃなくて、フルパワーで活性化
       の因果関係じゃないかと思う。火事場の馬○力的な。

      これが若くて健常な認知能力の人だと、
      交通事故で吹っ飛ぶ瞬間 周囲がスローモーションになったり
      溺れてから引き上げられる数秒の間に 十数年分の走馬灯を見たり
      通常レベル以上の超人的な脳のフル回転になる感じで。

      • -1
  4. 意識がほとんどなかった人も、突然話しだしたりすることがあるって聞いたことあるな。

    • +4
  5. 発生した後の死亡率が高いところから察するに、生命維持に必須な回路すらやられ始めて、最後の手段として死をも顧みず脳内で新しくネットワークを再構築している一瞬に、偶然に昔と同じような状態が再現される事があるみたいな感じかな?

    • +4
  6. 極めて興味深い
    認知症とあるが、特定の認知症、例えばクロイツフェルト・ヤコブ病を経ての認知症では終末期明晰の例が無いだとか、そういう偏りはあるのかね。記憶はどこに本当は仕舞われているのだろうか。人格や自我はどのように発現するのだろう。

    • +3
  7. 走馬灯の類いか
    人為的になんとか走馬灯見れたら認知症治るんじゃね

    • +1
  8. 記憶が蘇るのは見たことないけど、「黒い人が来た」「誰かが私に会いに来た」って言う人はそこそこの割合でいるな

    • +1
  9. そうだ・・・ボクは・・・異世界の勇者だったんだ ! !

    • -3
  10. 金無いから忙しくバタバタ働いてる分にはボケないし、ていうかそんな暇ないし
    こういうのは人生の生き甲斐のない部分で切れてたスイッチが最後に再び入るんだと思う

    • -3
    1. >>10
      認知症やアルツハイマー病はバタバタ働いている事とは関係がない。若年性もたくさんある

      バタバタ働いて防げるのは一般的なボケ。病気の種類が違う

      • +2
    2. >>10
      ボケてるヒマなんか無いわ~辛いかゆいは吹き飛ばすんだ!なーんて上の世代の方からよくお聞きするんですが、早めの治療で何とかなった不調だとか、認知症の種類によっては予防薬もあるから頼むからご自愛ください
      本人の為にも周りの方の為にも

      • +1
  11. 認知症は記憶自体が消える場合だけではなく、
    引き出しが開かなくなってる場合もあるわけか。
    確かに研究次第では認知症の治療に繋がるかもね。

    • +1
  12. ろうそくの灯が消える前の最後の瞬き、って昔から言うじゃん。
    死が間近に迫った時に、ほんのわずかな間だけ元気になったかのように見えるの。
    身体機能だけじゃなく記憶も同じなんじゃないのかな。
    ともかくも、その人らしさを取り戻した後で見送れるというのは家族にとって救いになるわね。

    • +5
  13. 昔の黒歴史を思い出してしまったり…

    • 評価
  14. >その時間をあえて研究に捧げてやろうなどと思う人はほとんどいないし、それを強いることは倫理的に問題がある。

    いや、やれよ

    脳のMRIとるぐらいすぐできるだろ

    • -2
    1. >>15
      え、死んだ人が生き返ったくらい奇跡的な対面の時間に対して「やれよ」って…

      • +6
    2. >>15
      本人と家族の同意が取れたらね…

      いや、やれよ とか
      死刑にしろ とか
      最近、命令形のお客様気分の人が多いね

      • +4
    3. >>15
      15が終末期明晰になったら、真っ先にMRIとってね
      家族を差し置いてでも
      家族いるかどうか分からないけど

      • +3
    4. >>15
      高齢になればなるほど正気に戻る時間は短くて、ほんの数分、場合によっては10秒かそこらだったり、死の淵にいるような人にMRIは間に合わないと思います。
      濁っていた瞳に突然光が入って目の焦点が合って普通のことを言い出したりするんですね。
      死の直前ではなくともボケってそうやって段々と正気ではない時間が増えていく。
      正気の後は疲れ果てるようでぐったりします。私は>>3ですが、このぐったりに弱った身体がたえられなくて亡くなってしまうように感じてます。

      • +2
  15. タンホイザー・ゲートでゆらゆらと揺らめくオーロラも見た。そういった思い出もやがては消える。雨の中の涙のように。終わりの時が来た

    • +1
  16. 割合はどのくらいなんだろうな
    死ぬ直前1週間、24時間見守ったけど、最後の数時間は死を悟ったのか、赤子のように駄々をこね、暴れまわりながら死んでいったよ
    明晰な祖母だったからこそ、その姿を見て一層死が怖くなった

    • +4
  17. 意識が戻って嬉しい反面、もういよいよかと覚悟する必要もあるのか

    • +3
  18. 「ロング グッドバイ」と言えば粋に聞こえるんだけどね

    • 評価
  19. 人は死ぬのが怖くて認知症になる。って哲学的アプローチが踏みにじられる良い記事だね

    • 評価
  20. 誰か親しい人がお見舞いに来てる時ならいいけど、誰もいない真夜中に正気に戻っちゃったら寂しいだろうな

    • +7
  21. 出産の時の様な極限で出る性格が本来とかたまに聞くね
    うちはボケたらなんか物静かな人になったよ
    ずっと作って明るい性格を維持していたのかもしれない
    明晰なんちゃらはなかったけど日常会話は普通に繋がってたよ
    記憶は曖昧の様だけど
    ただ日常の「生きる」ことが全くできなくなってた
    食べるとか排泄とか運動とか全く意思がないのね
    ボケにも色々あるね

    • 評価
  22. 本当は認知症の解消とかに研究すべきなんだろうが、記事本文にもある通り患者や家族からしたらかけがえのない残り少ない時間だから難しいよな。

    • 評価

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