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誰が?どのように作ったのか?インドで続々と発見されている巨大な壺の謎

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(著) (編集)

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image credit:Tilok Thakuria / Asian Archaeology
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 インドのアッサム州のこれまで知られていなかった4つの遺跡で、砂岩で作られた巨大な壺が65個も発見された。

 それらは、はっきり目につくように置かれていたり、荒野の地面にひっそりと埋もれていたりして、長い間、謎の遺物となっていた。

 インドでは続々と巨大な壺が発見されており、誰がどのように作ったのかは、いまだわかっていない。

アッサム州で次々と発見される謎の巨大な壺

 アッサム州で発見されたこれら古代の大壺は、長く円筒形のもの、ずんぐりと丸いもの、ふたつの円錐形を重ねたような形のものなど、その形状はいろいろだ。

 発見されたとき、半分またはほとんど全体が地面に埋もれていたものもあった。

 誰が作ったのか、用途はなんなのかなど、詳しいことはわかっていない。だが、その使い道がなんであれ、かなり広範囲で使われていたようだ。

 この発見により、アッサム州での巨大壺遺跡は全部で11ヶ所になった。

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image credit:Tilok Thakuria / Asian Archaeology

同じような壺の遺跡はラオスやインドネシアでも

 同じような遺跡は、ラオスやインドネシアでも見つかっていて、これらは紀元前2000年から13世紀にかけてのものだいう。

 ラオスのものは、壺の中や周辺に人骨が残っていたため、埋葬のために使われたものと思われる。

ラオスのジャール平原で発見された壺

Drone flights over the Plain of Jars

尾根や山麓、丘などに意図的に置かれていた可能性

 アッサム州の巨大壺が初めて見つかったのは、1929年のこと。イギリスの公務員フィリップ・ミルズとジョン・ヘンリー・ハットンによって、正式に6つの遺跡が報告された。

 これら遺跡を移転し、出土品の目録を作るため、2016年から2017年にかけて行われた調査で、さらに7番目の遺跡が発見された。

 インドのノース=イースタン・ヒル大学の考古学者ティロク・タクリアによって、2020年に発掘作業が再開され、これまで知られていなかった遺跡が姿を現し始めた。

オーストラリア国立大学の考古学者、ニコラス・スコパル氏は言う。

まず、これまで手つかずだった3つの大きな遺跡から調査を始めました。グリッド線を組んで、周辺の密林地帯を探索しました。このときから、新たな巨大壺遺跡が次々に見つかるようになりました

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image credit:Tilok Thakuria / Asian Archaeology

 4つの新たな遺跡は、ヘラキロの村にある。10個の壺が見つかり、6つは村はずれに、4つは村の中に移された。

 タイモドホリング村の尾根では、損傷の激しい壺が12個見つかり、山麓で8個が発見された。おそらく道路建設のため、もともとあった場所からそれほど遠くない場所にいくつかは移動させたものもある。

 ローワー・チャイカムの密林に囲まれた畑からは、35個の壺が出てきた。

 これまでに知られている7つの遺跡から発見されたものと合わせて、300平方キロの範囲から、トータル797個の保存状態もさまざまな壺が確認されている。

 これらの壺は、低地を見渡せる尾根や山麓、丘などに意図的に置かれたようだ。

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image credit:Tilok Thakuria / Asian Archaeology

壺に遺体を安置していた可能性

 壺の原材料である砂岩の産地は、どの遺跡の近くにもないという。

 「この大きな壺を誰が作ったのか、彼らがどこに住んでいたのかは、まだわかっていません」スコパルは言う。

 しかし、ラオスの壺と同様、アッサムの壺も遺体を安置しておく道具として使われた可能性を示す手がかりがある。

 ヒルズとハットンは、壺のひとつに火葬された骨の破片が残っていたと報告している。

 イギリスの人類学者、アーシュラ・グラハム・バウアーは、1930年代にインド北東部に住むゼミ・ナガ族の人々と一緒に暮らしたことがあり、彼らはこれらの壺は絶滅したシエミ族が葬儀のために作ったものだと信じていたと報告している。

「このナガ族の間で、火葬した遺骨、ビーズ、その他の遺物がいっぱい詰まったアッサムの壺を見つけたことがあるという話があります」

 今回、限られたエリアしか調査できていないが、アッサム州の高地の密林には、まだたくさんの壺遺跡があると思われる。

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image credit:Tilok Thakuria / Asian Archaeology

 人間の居住地が拡大する中、アッサムの遺跡を守るためには、これはたいへんに重要なことと言える。アッサム州、メガラヤ州、マニプール州で、追加調査の認可が緊急に必要になるだろう。

これら大壺と関連があるインドの少数民族はもう残っていないように思われますが、これは文化遺産を保護することの重要性を意味しています。

この地域の森林が伐採され、次々と農地に変わっていく中、壺の発見が遅れるほど、これらが破壊されてしまう危険性が高くなっていくのです

 今後もっと遺跡が発見されれば、壺の用途だけでなく、これらを作った謎の人たちのことも解明することができるだろう。

 この研究は『Asian Archaeology』誌に掲載された。

References:Mysterious giant stone jars found in India – ANU / written by konohazuku / edited by / parumo

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この記事へのコメント 24件

コメントを書く

  1. 戦士の壺、アレキサンダーはここで生まれた

    • +12
  2. 巨壺に人骨を埋葬、と出てきて
    縄文時代の甕棺みたいなのかと思ったら、火葬してるんだ?

    まぁ、インドだと そうなのか。
    わりと昔から一貫して火葬なんだな。

    • +4
  3. 古代兵器のバッテリー投棄場所
    人骨はご当地人が手を突っ込んで即死したもの
    現在に於いては無害である

    • -3
  4. 誰がなんのために作ったか分かってる遺跡なんてあるのか

    • 評価
  5. タコ型火星人ほいほいだったら面白いが
    いつからタコになったのだ

    • 評価
  6. それ、蛸壺だよ
    ウェルズの火星人がインドに潜伏してるという
    タレコミがあって

    • -2
  7. 日本の甕棺と同じ性格のものだろうね。
    もともと古代日本は大陸中央文化と共通点があるので、その一種かも。

    • +1
  8. 多分、土砂崩れとかで露出しただけで、本来は埋められていたのだろう。
    遺体はその時に流出したんじゃないかね。

    • 評価
  9. ネパール方面からエベレスト登頂を目指す壺男向けの壺生産工場でしょう

    本当は火葬した焼骨を納める甕棺墓か、土葬して白骨化させた骨を壺に入れて埋める再葬墓かね

    • +1
  10. 火葬って大量の薪使うから昔は物凄く大変だった。そんな時代に火葬されてたって事は埋葬されてたのは貴人だったんだろうね。

    • +1
  11. 埼玉辺りにある横穴式古墳も壺に人詰めて埋葬してたんだっけ?

    • 評価
  12. 壺の作成年代と、中に入っていた人骨との関連をすぐに結び付けるのは早計だと思う。 時が経って後に発見した部族が「お、埋葬にちょうどええやんけ」「貴重品用の金庫にちょうど…」「人肉の冷蔵保管庫にちょうど…」と使っていた可能性も高いし。 石の遺跡の年代測定方法(割れた時期の測定とか)ってないのかな。。

    • 評価
  13. 回廊のインドって歴史的にインドかといえば怪しいだろ

    • 評価
  14. 残念ながらいい音色は出そうにないな……。

    • 評価
  15. 壺葬なら日本人の先祖である越人の系統だな
    後に王族は古墳になるけどそれまでは壺葬で日本でも見つかっている

    • 評価

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