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マウスのアルツハイマー病を逆転させて記憶を回復させることに成功

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(著)

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 認知症の約7割を占めるアルツハイマー病は、一度発症すれば記憶を失い続けるしかない不治の病だと長年考えられてきた。これまで、一度死んでしまった脳の神経細胞は二度と再生しないというのが医学界の常識だったためだ。

 しかし、最新の研究がこの絶望的な見方に新たな光を投げかけている。

 アメリカの研究チームが、脳のエネルギーバランスを整えることで、進行したアルツハイマー病のマウスの病状を逆転させ、記憶を回復させることに成功したのだ。

 この発見は、これまでの衰退を遅らせるだけの治療から、元の状態に戻すという画期的な段階へ進むための大きな希望となっている。

この研究成果は『Cell Reports Medicine』誌(2025年12月22日付)に掲載された。

脳の回復は不可能という100年の常識に挑む

 100年以上もの間、アルツハイマー病は一度始まれば決して元には戻らない一方通行の病気として扱われてきた。

 アルツハイマー病は認知症全体の約60~70%を占める最大の原因であり、脳内にアミロイドやタウという異常なタンパク質がたまることで神経細胞が壊れていく病気だ。

 情報をやり取りする神経細胞が一度死んでしまうと、それを再生させることは非常に困難である。そのため、これまでの医学では、失われた記憶や判断力を元通りに取り戻すことは不可能だと広く信じられてきたのである。

 この長年の信念ゆえに、科学的な取り組みのほとんどは失われた脳機能を回復させることよりも、予防や進行を遅らせることに集中してきた。

 これまで数十年にわたる研究と巨額の投資が行われてきたが、アルツハイマー病を逆転させて認知能力を回復させることを目的とした薬剤試験は、一度も設計されたことがなかった。

 この固定観念に、アメリカ、オハイオ州のユニバーシティ・ホスピタルズ、ケース・ウェスタン・リザーブ大学、ルイス・ストークス・クリーブランド退役軍人医療センターの研究チームが真っ向から挑んでいる。

 研究チームは、すでに深刻なダメージを受けた脳を薬物で回復させることに挑んだのだ。

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Image by Istock Moment Makers Group

病気の中心にある原因は脳のエネルギー不足だった

 研究を主導したカリアニ・チョーベイ博士らは、人間の患者の脳組織と複数のマウスモデルを詳しく調査した。

 その結果、脳がニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(NAD+)という、細胞の生命活動に欠かせないエネルギー分子を適切なレベルで維持できなくなっていることを突き止めた。

 このエネルギー不足が、アルツハイマー病を進行させる大きな要因となっていたのだ。

 エネルギー分子であるNAD+のレベルは、年齢を重ねるごとに脳を含む全身で自然に低下していく。この数値が低くなりすぎると、細胞は生き残るために必要な活動ができなくなってしまう。

 研究チームは、アルツハイマー病の脳ではこの低下が通常よりもはるかに深刻であることを発見し、これが病理を引き起こす引き金になっていることを示した。

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マウス実験で再現された重度なアルツハイマー病の症状

 アルツハイマー病は人間特有の病気だが、研究では遺伝子操作によって人間の病態を再現した特殊なマウスが使われた。

 一つは脳に異常なタンパク質がたまるアミロイド変異を持つマウスで、もう一つは神経細胞を破壊するタウタンパク質の変異を持つマウスだ。

 これらのマウスは、血液脳関門という脳のバリア機能の崩壊や、神経繊維の損傷、慢性的な炎症、新しい神経細胞が作られなくなる現象など、人間の患者と非常によく似た深刻な脳のダメージを発症した。

 また、記憶を司る海馬という場所がうまく機能しなくなり、重い記憶障害や認知機能の問題も現れていた。

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進行した段階からでも記憶を回復させることに成功

 研究チームは、独自に開発したP7C3-A20という化合物を用いて、マウスの脳内のエネルギーバランスを回復させる実験を行った。

 まず症状が出る前に投与したところ、病気の発症を防ぐことができた。さらに驚くべき結果が出たのは、すでに病気が進んで深刻なダメージを負ったマウスに投与したときだった。

 エネルギーバランスが整ったことで、脳は自らダメージを修復し始め、どちらのモデルマウスにおいても認知機能が正常なレベルまで回復したのである。

 この回復は血液検査でも証明されており、人間で診断に使われる最新の目印である「リン酸化タウ217(p-tau217)」の値も正常に戻っていた。

 これらの発見は、進行したアルツハイマー病であっても病状を逆転させられる可能性を示す強力な証拠となった。

市販のサプリメントが治療の代わりにならない理由

 研究の責任者であるアンドリュー・A・パイパー博士は、今回の結果に大きな期待を寄せつつも、現在市販されているサプリメントで代用しようとすることには強い懸念を示している。

 アルツハイマー病の鍵となるエネルギー分子「NAD+」に関連するサプリメントはすでに販売されているが、これらは動物実験において数値を危険なほど高めてしまい、がんを促進させるリスクが報告されているからだ。

 今回の研究で使用された「P7C3-A20」は、ドラッグストアなどで買える栄養補助食品(サプリメント)ではなく、病気を治すために開発されている特定の薬剤である。

 この薬は、極度のストレス状態にある細胞が健康な範囲内でエネルギーバランスを保つのを助けるもので、数値を異常に押し上げることはない。

 パイパー博士は、脳のエネルギーを整える治療が将来の選択肢になり得ることを示しつつも、あくまで医療としての慎重なアプローチが必要であると強調している。

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人間への応用と今後の臨床試験への展望

 今回の研究成果はあくまでマウスを用いた実験段階のものであり、現時点で人間に効果があることが証明されたわけではない。

 マウスの脳と人間の脳は複雑さが異なるため、動物実験で得られた劇的な回復が人間にもそのまま当てはまるかどうかは慎重に見極める必要がある。

 研究チームが開発したこの技術は、すでに実用化に向けてグレンガリー・ブレイン・ヘルス社という企業が事業化を進めている。

 今後は、動物で見られた効果が人間の患者にも再現されるかを確認するための、厳密に設計された臨床試験が行われる予定だ。

 研究室レベルでの次のステップとして、脳のエネルギーバランスのどの側面が回復に最も重要なのかを特定するとともに、他の加齢に伴う神経変性疾患にもこの手法が有効かどうかの調査が進められていく。

References: Sciencedaily / CELL / Uhhospitals.org

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