この画像を大きなサイズで見る植物には意識があり、知性や感情があると考えている研究者が増加傾向にあるという記事を2016年に紹介したが(関連記事)、植物神経学なる新しい分野が設けられ、植物の意識についての研究は更に進んでいる。
だがそんな風潮に真っ向から反論している研究者もいる。
アメリカ・カリフォルニア大学サンタクルス校のリンカーン・テイツ氏らによると、植物の細胞が電気信号を送るやり方は、動物の神経系と単純に比較できるようなものではないらしい。
想像以上にダイナミックな植物
ここ数十年の植物の化学的な研究から学ばれたことがあるとしたら、植物が想像以上にずっとダイナミックな生き物だということだ。
植物は受粉を助ける昆虫の羽音や害虫が自分を食べる音といった、さまざまな音を感じて反応する。
2025年のイタリア、トリノ大学の研究においても、植物はミツバチの羽音を聞き、音が多いほどたくさんの甘い蜜を作ることを示した。
触れられれば、嫌そうにするし、麻酔にもかかる。仲間同士でコミュニケーションを図ることだってできるし、記憶がある可能性だってある。
このように特徴を書き連ねれば、なんだかほとんど動物と変わらないように思えてくる。
電気信号を使った植物の機能を見れば、そこに意識があるかもしれないと考えたくなるのも無理はないだろう。
だが、こうした観察結果は、感情的な言葉のせいでややこしいものとなる。
あまり詩的ではない言葉を使ったとしても、こうした成長反応の測定値や植物ホルモンの変動を意味のあるものとして記述することは案外難しいものだ。
この画像を大きなサイズで見る神経細胞は動物にしかない
厳密に言えば、刺激を処理し、反応を計算する神経細胞のネットワークを持つのは動物だけだ。そもそも植物に灰白質や末梢神経があるなどということは誰も言っていない。
それなのに、植物細胞間で複雑な信号がやりとりされていることや、植物同士がコミュニケーションしているという発見のおかげで、どうにも動物と比較するという誘惑に駆られてしまうのだ。
たとえば植物に「群れの知能」という単語を当てはめてみるとしよう。
この考えによれば、植物の行動は個々の細胞や組織が協力し合うことで生じる。これは、コミュニケーションし、協力し合うことで問題を解決するミツバチの群れに類似しているとされる。
しかし、このような例えには問題がある。
まず、ミツバチはそれぞれが自由に動き回れるが、植物内部にある細胞にはそのような自由がない。
また前者の場合、個々のメンバーには大きな遺伝的な多様性があり、これが生殖において重要な違いを作り出している。
この画像を大きなサイズで見る植物に意識はあるか?そもそも意識とは?
だが、そうした例えの中でも特に困ったものが、少なくとも一部の植物には意識があるかもしれないというものだ。
哲学者たちは、意識をきちんと定義することに、何世紀も前から頭を悩ませてきた。現代の神経科学者たちでさえ、人間の意識を担う生物構造をはっきりと特定することに苦労している。
植物の根の先端で確認された”神経のような”活動を”脳のようなもの”と言って構わないだろうという見解にしたがって、その組織反応を動物の用語で置き換えようというのなら、あまりにも行き過ぎになることだろう。
なにしろ、それとはまるで違うと思われる神経系を持つ動物がたくさんいるのだ。
「さらに、もし意識のない動物がいるのだとすれば、神経細胞すら持っていない植物にも意識などないということに納得してもらえるでしょう」とテイツ氏は言う。
この画像を大きなサイズで見る植物神経学の未来
植物神経学はまだ新しいジャンルだ。これから新たなる事実が次々と発見されるかもしれない。
今後研究が進めば、植物が必要なことを行うために、ある種の計算をしているということが実証され、これらについて再考が促されるようになる日が来ないとは限らない。
しかしテイツ氏は、植物神経学者による実験は彼らの大胆な主張を裏付けるために必要となる厳密さに欠けていると話す。
もちろん、植物にだって意識があると教科書に載るようになれば素晴らしいことだが、今のところはきちんと答えられていない疑問だらけということらしい。
だが一つだけ言えることは、地球の未来の鍵を握っているのは植物であるということだ。
酸素を排出してくれるのも植物だし、資源や食料をもたらしてくれるのも植物である。時に猛毒や麻薬物質により人間や動物を狂わせたりもするが、それすら意義のあることなのかもしれない。
この研究論文は『Trend in Plant Science』に掲載された。
References:Sorry, But Plants Really Don’t Have Consciousness, According to This New Paper/ written by hiroching / edited by parumo
















植物の意識の話を好ましく語る人も、
蚊とかハエとかの昆虫の意識の話はスルーしてたりするよなぁ。
※1
意識があろうと害獣は駆除されるだろ
なんで虫だけ特別扱いされると思うんだ?
>>66
特別扱い、というより、
「虫には意識なんてない。そんなの認めない
(でないと、ハエとか実験に使えなくなるからね……動物愛護団体さん、うるさく言わないでね……)」
だと思うよ。
「虫には意識なんてない=実験でバンバン殺してもOK。害虫駆除、なんら問題なし」
ってことかと。
三次元に意識があるかどうかもわからないしな
リトル・ショップ・オブ・ホラーズ。
吹き替えは確か富山敬さんだったね、なつかしいね。
個人的な意見ですが
植物には意識あると思うけどね
そもそも生物って当たり前だけど
生体情報を管理しないと生きていけない
人間ですら60兆の細胞の管理をしてる
できなければ免疫異常も起きるし
ガンにもなるし
なにより人型すら維持できない
脳が無いのに植物はそれを
処理してるって事は
何か別な情報処理機構みたいのが
在ると考えるのが合理的だと思う
昆虫との生体関係や戦略も
なんか明らかに意識を感じる
進化が突然変異なんかじゃなく
もっと高度な進化システムなんかが
あっても不思議じゃないと
思うんだけどね
※5
動物と植物の違いや脳の有無による違いとか生命維持に必要な要素とかまじってないですかそれ。
感情ってのも結局は信号でしかないのか
除草剤散布の前に
ちょっと声かけをした方が良いだろうか
※7
草「断っても撒いてきて草も生えない」
>>7
枯らしてしまった植物に申し訳ない気持ちになる
※7
雑草「今ここで俺は死ぬが、いずれ俺の子孫がこの地を支配する!」
程度の問題で結局どこで区切るかだろ?
アーサー・C・クラークは「幼年期の終わり」で植物にもごく未発達な意識があるって描写してたけど、実際は森政弘さんが研究し始めた自律分散システムで成り立ってるんじゃないかなぁ。
ただ意識や知性がないからといって命がないわけじゃないからね。先祖から頑張って受け継いできたものは念頭においてしかるべきと思う。
針の上に意識はいくつ存在できるか。
結局のところ「意識とは何か」が定義できないと、意識の有無を議論することは水掛け論にしかならない。互いに相手の話を聞き入れる理由は無いし、相手の話を否定しきる根拠もない。
植物にも意識が「あると思う!」「ないと思う!」それぞれが “個人的な意見” を言いたいだけ言って、そしてそれだけだ。
※12
とくに非有識者は定義が個々人で違いすぎてるが、学者間でも
齟齬があるって聞くからな…
とりあえず知性や自由意志は切り離すらしいけど
もうそろそろ「意識」と言う言葉は使わずにそこから細分化
した概念をただ使い分けるべきなんじゃないかな…
記事の通り植物ホルモンだってのw
コンピュータネットワークの発達で地球の意識が目覚めるみたいな表現をしたのは何のアニメだったか
これって実は1種の政治なんだよね
欧米でヴィーガニズムは日本とは比較にならんレベルで定着してるという前提がある
ヴィーガンの論理に関わるから植物意識論はどんどん神学闘争化してるんよ
実証科学も決して社会感情とは無縁ではいられないという構造の好例
一昔前の行動科学なんかと同じようにね
徹頭徹尾画像がオードリーIIなあたり、分かってるね!
『植物は警告する』
ずっと植物と付き合ってるけど、個人的にはないと思う。植物って人工知能搭載した生きる機械みたいだよ。千切って挿せば増えたりするし、葉の破片、根っこの破片から爆殖したりするし。動物とは別で絶対に比べられない。外の刺激に対する反応が動物的に見えてもシンプルなプログラムみたいなもので意思決定されるわけじゃない
(人間もプログラムだという考え方は置いといて)
仮に意識があったとしても扱いは変わらないと思う。家畜と同じように育てるし食べる。
生きた機械みたいと言ったけど、同時に地球の生きた芸術作品・美術品だとも思ってる…だから大好き。俺にとっては食べられるし空気清浄機にもなる美術品なんだw
※22
あなたの考え大好き
そもそも人に意識はあるのか、みたいな哲学になる
個人的には動物も植物も意識の有無で分ける必要があるのか疑問だな
植物は動けないかわりに動物を創造した。
>そもそも植物に灰白質や末梢神経があるなどということは誰も言っていない。
そもそも灰白質や末梢神経がないと「意識が存在しない」という前提は誰が何を根拠に決めた。ってことになるね
神経細胞がないなら意識は存在しない、という定義にするならするでちゃんと合意しておかないと素人目から見ても混乱するのが眼に見えてる
例えば植物同士で無駄話をしてリラックスする必要があるだろうか?
命の危機を感じて仲間に伝えたところで間に合うのか?
異性に気に入られるためにあれこれ工夫をしたりとかは?
植物の活動に意識は必要ない
必要ないから持たないと結論付けるのもナンセンスではあるが
意識というのは動物が「動く生き物」として進化する過程で身につけた特殊能力だと思う
自分は逆に動物が動くことを辞めたら意識すら退化していくんじゃないかと考えるけどね
ありがとうなどのポジティブな言葉をかけ続けた食べ物には白いカビが生えて
逆にネガティブな言葉をかけ続けた食べ物には黒いカビがはえる
という話から考えるに
・・・どういうことだ?
※27
『水からの伝言』・・・まさか信じてないよね?
「意識」「感情」「苦痛」とかって実際は主観でしか測れない物じゃないのかなぁ
人間の理解で判別出来ないから無いって乱暴過ぎじゃないですかね
植物だって死を回避し生き延びようと足掻くのだけは事実じゃん?
死にたくない、生きたいって何かしらの発現の結果じゃないのかね?
植物に意識とか特に欧米人が好きそうな話だよなwww
意識の定義はいまだ不明だけど、意識発生の仮説はいくつか出てきている。
つまりようやく意識も科学の俎上に乗ってきた。
その検証には人工知能が大きな役割を担うだろう。生身の身体や脳で検証するのは色々と難しいから、仮説に則ってコンピュータで作ってしまおうってことだ。
それで誕生したものが、本格的なチューリングテストを突破するなり、長期間誰がどう見ても話しても意識があるとしか思えなかったら、その仮説は正しく意識が発生した可能性が極めて高い。
完全に断言できないのは主観的な意識の有無を客観的に厳密に検証するのは難しいからだが、その点を突き詰めると人間(他人)の意識も同じになる(哲学的ゾンビ)。それでも将来的には検証可能だという方法もいくつか考えられているようだ。
そしてこの記事の話だが、ある仮説が検証の結果(まず間違いなく)正しい理論となったら、それを植物にも当てはめてみたら一応の答えは出るんじゃないかな。たとえば植物には動物の神経系みたいなものはないけど意識発生の理論に則って働く仕組みがあるから意識はある可能性が高いとか。
植物は、なぜ自分に都合のよいように進化してきたのだろう。
たとえば種を遠くに飛ばしたり、受粉するための昆虫トラップを作ったり。
※32
自分に都合の良いように進化したのではない
その特徴がその環境で生きるのに都合が良かったから生き残れただけだ
※32※35
進化によって得られた形質が、特定の目的のために発生したとかいうのは、疑似科学似非科学宗教マンガ小説etc.のフィクション特有の考え方ですよ
意識を、ひとつの個体に限定するのではなく、集合的に保持していると考えたらどうだろう。植物の個体がひとつの神経細胞の役割を担って、化学物質の分泌によって集合的に快、不快の情報を共有して、全体として処理、判断をしているかも知れない、群落がひとつの意識を作っているかも知れない。集合的な存在。
人間が食事するとき、罪悪感がないように言い訳してるみたい。
「この野菜は意識を持っていない」「このお肉は麻酔をかけてから殺した」
まず植物に意思が皆無なら進化なんかしないだろ。
葉っぱを恐竜がもしゃもしゃ喰いまくるから、
植物は光合成しづらい形状だけど食べられにくい針葉樹へと進化した訳で、
花が生まれたのも花粉を遠くの別の個体に受精させる為に蜂類との共存を選択したもの、
果実が誕生したのも鳥や哺乳類に果肉を食べさせて堅い種を遠くへ運んで貰う事を考えた結果だぞ。
※35
針葉樹が現れたのは石炭紀だぞ。
恐竜が栄えた時代より1億5000万年も前。
そして広葉樹(被子植物)が現れたのはその1億年後と考えられている。
>>35
意思が進化の原因とか面白いなおまえ。
意識があろうがなかろうが、大切にしていきたいよね
それは生物じゃなくても、資源でも言えること
ビオランテェ!
自分植物じゃないんでわかんないです(思考停止)
オカルト界隈で言われてた「植物の意識は夢を見ない眠りと同じ(刺激に対する反射だけ)」ってやつでしょ。
ベジタリアンやヴィーガンの拠り所になりそうな話。
「意識」を構成する物がなんであるのかさえ厳密には何も判っていないというのに。
植物というのは「土壌と気候」というお膳立てさえあれば幾らでも増えるけれど、
土壌と気候に恵まれなければ容赦なく死滅する。
生存を環境に全依存するように進化してきたといえばそうなる。
植物にとっての「意識」とは動物にとっての意識とドコがどう違うのかを調べた方がいいような気がするなぁ。
意識体の表現方法が植物か動物かってことで。
鉱物だって。地球だって。太陽系だって。銀河系だって。
とかダメ?
意識があるのかどうか、まず意識の定義が分からないし何とも言えないけど
繁栄のために自らを食わせたり燃やしたり、切ったところから芽や根が生えてきたりする生き物を動物と同列で語ることはできないと思うわ
動物みたいに動かんし逃げたり反撃したりする必要もないし、意識も必要ないやろ
※52
逃げはしないけど、動くし反撃もするってのは既にわかってるぞ
※55
植物の動きや反撃には意識は必要ないってことだと思う。動物は意識して行動を決めるからね
ただ植物が刺激をどんな風に受容するのかは全く想像かつかないな
※58
人間含む動物が意識して行動を決定するっていう従来の考え方も間違っているかもしれないんじゃなかったっけ?
ふうむ、そうすると以前に読んだ実験の…、
植物を植えた鉢を2個準備して、片方の鉢の植物を根元から引き抜く
で、残される方の植物に嘘発見器を装着しておくと、
もう一方が引き抜かれる時に激しく反応を示すだけでなく、
次にもう一方を引き抜いた人物が部屋に入って来ただけで、
嘘発見器の数値が激しく上下した…
また、植物に音楽を聞かせたり、励ましの言葉を掛けたりすると
農作物の収穫量が上がるとか何とか?
こういう実験結果が、どうして起こって来るのか不思議になる
案外と我々動物が気が付かないだけで、
植物にも一種の感情が有っても不思議ではないと思うよ?
動物が持つ感情とは少し異なるかも知れないけれどさ
※54
まず第一に、その実験そのものの厳密性がどれほどの物だったか解らないので、是非は言えない
次に嘘発見器を使ったというが、どういう機械をどう使ったのかがはっきりしないのと、予備的な試験として何もしていない状態での植物の反応をどれだけの長期間行ったかでも変わってくるので、是非は言えない
外部音声の有無による収穫量の変化についても、厳密性がどれほど保たれていたかがはっきりしないので、是非は言えない
なにより、こういう実験してこういう結果が出ました、って言う話があるばかりで厳密な実験者実験場所実験結果が参照出来ないのと、否定的な立場からの検証、中立的な立場からの検証、というのが抜けている以上、是非は言えない
これは賛成。
難しいことだけど、事実のみを書くべき。
生類憐れみの令でも出す気かね
他の生物に気を使うあまり人間の日常生活に支障が出るみたいな事態だけは避けてほしい
水木しげるのマンガで、水木が縄文人に会う話で、「(現代人には)植物から精霊が出て(我々を)守るって言うのがわからんのかね?」というシーンがある。現代人は、なんでも即物的に考えすぎ。人間本来の感覚としては、(特に日本人などは)万物に霊が宿ってるという考え方もあるね。
※60
それは信仰=主観の観点の話
今回のは、科学=客観の観点において、植物には意識があると言う論旨に、植物には意識はないと言う反論がされてるだけ
即物的な客観的観点から意識の有無を論じてるのであって、信仰=主観とは全くベクトルの違う話なので混同は出来ないししない方が良い
♪サ~デンリ シーモォーウ
スティーブ・マーチンのドS歯科医が秀逸