
彼女たちは"ブック・ウーマン"として知られていた。
馬に鞍をつけ、たいていは夜明けに出発して、雪の積もった丘の中腹やぬかるんだ小川を延々と行く。その目的はただひとつ。ケンタッキー州の人里離れた山岳集落に本を届けるためである。
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雇用対策で誕生した馬で本を運ぶ移動図書館
馬で本を運ぶ移動図書館(パック・ホース図書館)の活動は、フランクリン・ルーズベルト大統領が設立したWPAつまり雇用促進局(のちに雇用対策局に改称)の一部だった。1933年までにアパラチア地方の失業率は40%にもはね上がっていて、WPAは大恐慌からアメリカを立ち直らせるために設立された。
パック・ホース図書館の活動は雇用率と識字率を同時に押し上げるチャンスでもあった。
だがなぜか、その雇用のほとんど女性は女性で、WPAは給料の支払い以外のことはほとんどしなかった。

辺鄙な場所にある山小屋に本を入れた袋やかごを運ぶ図書館員。年代不明。
image credit: KENTUCKY LIBRARIES SPECIAL COLLECTIONS RESEARCH CENTER.
本はすべて寄付されたもの
各郡はそれぞれ自分たちの図書館を持っていたはずで、そこから馬に乗った図書館員が派遣された。地元の学校がコストをまかない、本や雑誌、新聞など読むものはすべて寄付によるものだった。1940年12月、マウンテン・イーグル紙は、レッチャー郡図書館が古くてボロボロでもいいので、本や雑誌の寄付を必要としているという記事を載せている。
古い雑誌や新聞は切り抜いて、例えばレシピや手工芸といったテーマごとにスクラップブックにまとめられた。

スクラップブックを作っているところ。1940年頃
image credit:KENTUCKY LIBRARIES AND ARCHIVES
そんなスクラップブックのひとつが、今日でもまだ残っており、ニューヨークにあるフランクリン・D・ルーズベルト大統領ライブラリー博物館に展示されている。ボロボロの本は図書館で修復された。歴史家のドナルド・C・ボイドは、昔のクリスマスカードを再利用してしおりとして使ったり、ページの隅が折れるダメージを防ぐために補修するのに使われた。

グレイジー川に沿って遠くの集落や向かう図書館員たち。年代不明。ブックウーマンは、馬やラバに乗って、天候に関係なく指定されたルートをたどった。1週間で160キロから193キロも進んだという。
目的地が遠すぎて馬で行けない場合は、途中で馬を降りて徒歩で向かった。ほとんどは地元で採用された女性だ。ボイドによると、よそ者になかなか心を開かない山の人々にとってなじみの顔になっていたという。

馬に乗る"ブック・ウーマン"たち。ケンタッキー州ハインドマン。1940年1938年末までには、29の郡で274人の図書館員が馬で出かけた。このプロジェクト全体で、1000人近くが雇用されたという。
しかし、1943年には財源が底がつき、この年、戦中で失業率が落ち込んだこともあってWPAは解散した。その後10年たってから、この地域での移動図書館という形で再開した。これは全国に徐々に人気が広がっていった。

丸太の橋を渡って、山岳集落のための本の分配センターとして使われている家に向かう図書館員。年代不明。
時に読み聞かせも。本だけでなく真心を運んだブックウーマン
ブックウーマンは、ただ読む物を届けるだけでなく、こうした集落のためのひとつの判断基準としての役割も担っていた。本のリクエストを満たし、文字が読めない者に読んできかせてあげることもあり、その地域の自尊心を育んだ。
利用者のひとりは言っている。「彼女たちが持ってきてくれる本は、わたしたちの命を救ってくれた」
同じ年、マウンテン・イーグル紙がレッチャー郡図書館を称賛した。「図書館はわたしたちの郡や地域のもので、わたしたちのためにここにいる。図書館を訪れ、可能な限りあらゆる方法で支援するのが、わたしたちの義務だろう。そうすれば、自分たちの共同体が活性化していく要因として図書館を維持し続けていくことができるかもしれない」

ブックウーマンに駆け寄る子どもたち、1940年
image credit:KENTUCKY LIBRARIES AND ARCHIVES

幹線道路からそれると、道はほとんどない。馬や人にとってかなりきつい近道もあるが、待っている読み手をがっかりさせないために、巡回スケジュールは守らなくてはならない。1940年頃
image credit:KENTUCKY LIBRARIES AND ARCHIVES

遠方の家に本を届ける。1940年
image credit:KENTUCKY LIBRARIES AND ARCHIVES

ふたりの幼い子供に本を読み聞かせる男性。1940年
image credit:KENTUCKY LIBRARIES AND ARCHIVES

ケンタッキー州スタントンの図書館。1941年
image credit:KENTUCKY LIBRARIES AND ARCHIVES

鞍袋に本を詰めているところ。年代不明
image credit:KENTUCKY LIBRARIES AND ARCHIVES

寄付された雑誌でいっぱいの車のトランク。1940年頃
image credit:KENTUCKY LIBRARIES AND ARCHIVES

玄関先まで本を届ける。1940年頃
image credit:KENTUCKY LIBRARIES AND ARCHIVES
via:The Women Who Rode Miles on Horseback to Deliver Library Books - Atlas Obscura/ translated by konohazuku / edited by parumoあわせて読みたい





コメント
1. 匿名処理班
まさに
映画『海すずめ』
ですね
2. 匿名処理班
映画化決定
してほしい
3. 匿名処理班
ケヴィン・コスナーの「ポストマン」みたいね
4. 匿名処理班
ヤクルトさんの図書版みたいな感じだろうか
5. 匿名処理班
非効率に感じる分心が伝わる仕事ですね〜
6. 匿名処理班
心が温かくなる職業だなぁ
7. 匿名処理班
アメリカって、だだっ広い国だからな
だから整備される前は、こういう制度が必要だったんだろう
当時の届けられる側の人から見たら、天使みたいな存在に思える
現代でも、自動車に本を載せて移動図書館をやっている人の
紹介記事が、たまにここのサイトでも紹介されているよね?
いつの時代でも、本を必要としている人は居るって事だと思った
8. 匿名処理班
鞄に知識と物語の塊を詰め込んで馬に跨るとかすげーかっこいい
9. 匿名処理班
「ブックウーマンに駆け寄る子供達」本を持って来てくれるお姉さんの来訪は
本好きな子供には嬉しかっただろうね
今は大手書店や通販さらに電子書籍があるから本は手軽に手に入る時代になったけど
自分が子供の頃は欲しい本が注文して簡単に手に入るような時代じゃなかった
1940年代というとうちの両親が生まれた頃
「いい時代になったよね」と通販で本が届くたび本好きな両親は言ってる
10. 匿名処理班
まだかな まだかなー
図書館の おばちゃんまだかなー♪
11. 匿名処理班
こういうネタを映画にしてほしい。
この手のネタは賞はとれても興行的に
厳しいことはわかっている。だけど。
12. 匿名処理班
やだすごいカッコいい・・・
13. 匿名処理班
※5
非効率に見えるんだ。
当時の道路事情や自動車・バイクの普及率事情を鑑みると、ウマを使うという方法はナイスアイディアだと思うけどなぁ。自転車では無理そうな悪路も多いし
14. 匿名処理班
みなさん言ってるけどこれは映画で見たい。
記事読んでるだけで泣けてきました。
15. 匿名処理班
こういうの見ると家にいながら色んな本が選べて買える事に改めて有り難さを感じる
通販サイトや配達してくれる人に感謝
16. 匿名処理班
まず馬が偉い。
17. 匿名処理班
現代の日本ではどこの図書館も高齢者のたまり場か税金で作った漫画喫茶みたいになってしまった。貸出冊数や入館者といった数値目標に縛られるからそうなる。
18.
19. horse lover
文中に
>ほとんどは女性だったのがWPAのプログラムの中(といってもほかの活動はほとんどない)でも特異だった。
―とあります。
原文は
>The WPA paid the salaries of the book carriers?almost all the employees were women, making the initiative unusual among WPA programs, but very little else.
―です。
当該原文の日本語訳は誤りではないでしょうか。
正しい訳は、
>雇用された人のほとんどすべてが女性だったのが特異だったが、WPAは給料の支払い以外のことはほとんどしなかった。(以降の記述でカウンティやボランティアの取組みが述べられる)
WPAは多岐にわたる事業に3百万人を雇用し、決して当該文で記述された事業等わずかを実施したわけではありません。そのことを知っていたら、当該原文が読み取れなくても、何かへんだなと思うはずです。以上
20.
21. 匿名処理班
ゲームのオブリビオンで馬に乗って新聞だったかを届ける女性NPCがいたけど
こういう歴史が元ネタだったりするのかな?
22. 匿名処理班
世界が戦争に向かうなか、これを実施できた合衆国の豊かさ、底力を感じる。
2,000馬力のエンジン積んだ戦闘機や原爆以前に勝てない相手だったと思う。
23. 匿名処理班
女性の人類学者の方が世界中の色んな秘境に行ってたのだけど、口を揃えて
「女性ひとりでそんな所に行って大丈夫なの?」って聞かれるそうだが
男性だと警戒されて最悪命の危険もあるのだけど、遠い国から女性が1人で来たって言ったらみんな打ち解けて親切にしてくれるんだって。
これも山奥まで行くのなら男性の方が良さそうに思えるけど、馬に乗ってるから体力関係ないし、何より僻地の人の警戒心が薄れるからすごく効果的なんだね。
24. 匿名処理班
ギターを抱いた渡り鳥の本バージョン
馬で学校に通いたがっていたの思い出す
25. 匿名処理班
※13なるほど。険しい山々を考えると馬が最適なのかも知れませんね。
26. 匿名処理班
馬やラバで良かった
山羊や鹿を使っていたら危なかったなぁ
27. 匿名処理班
意外と最近まで馬が実用的な使われ方してたのね。
28. 匿名処理班
馬だけに
29. 匿名処理班
「 LIFE 」は、今でいう写真週刊誌だからその時代の世界の様子がよく分かって田舎の人は特にありがたかっただろうなぁ、とても素敵なアメリカ史の1ページだな。
30. 匿名処理班
過酷だよなあ。WPAの事業で雇ってもらえたのは生活保護家庭だけだったようだから、自分が主力で働くしかない事情を抱えた女性ばかりだったってことになるのかな。
これで月額28ドル…現在の日本の価値になおすのは調べてもわからなかったけれど、ちょっとワリのいいパート程度? 肝心の馬やミュールの入手と維持運用費はどうだったのだろう…自腹なのかな。老いたラバを使うしかなかった女性は乗らずに歩いたというから大変だ。効率度外視してでもっていうこんな雇用事業をよくひねり出したもんだと思います。一応モデルはあった雰囲気ですが。
31. さくらたろう
米国の女は強いね しかし日本の女も勝るとも劣らぬ位強いよ
32. 匿名処理班
ブックウーマンが性犯罪に巻き込まれたこともあったんじゃないかと心配。
でも男だと、警戒心抱かれるっていうのは確かにそうかもなぁ。
拳銃くらいは持たせてもらえてたら良いのだが。
でも馬に乗るから体力関係ないっていう意見は、
そんなこともないと思う。
乗馬っていうのは、それなりに体力使うよ。
33.
34.
35. 匿名処理班
馬の負担からすると
女性のが体重軽い、も有るのかな
しかし、肉体的負担ある仕事だ
36. 匿名処理班
この時代の職業婦人はかなりのインテリだろうから読み聞かせしながらいろいろ面白い雑学聞かせてくれそう。ワイのイメージでは高校の頃の世界史教師やわ