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不発弾処理中に2500年前の神殿遺跡を発見(イタリア)

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(著) (編集)

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image credit: Facebook @Soprintendenza ABAP per le province di Padova, Treviso e Belluno
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 2026年3月、イタリア北東部ヴェネト州パドヴァ県ポンソで、ローマ時代以前から使われていた祭祀場跡とみられる遺跡が見つかった。

 イタリア文化省の考古学者たちが発掘を進めると、神殿の基礎部分や舗装路の遺構、ウェネティ語の碑文が刻まれた数十枚の石板などが姿を現した。

 碑文が刻まれた石板は、紀元前5世紀から4世紀にかけてのものと推定され、ウェネティ族の神々へ奉納されたものだという。

 この遺跡はローマによる支配の手が及ぶ前後の段階で、信仰の場がどのように変化していったのかを示す、重要な発見となるかもしれない。

参考文献:

不発弾を取り除く作業中に大規模な遺跡を発見

 この遺跡はヴェネツィアの南西約72km、パドヴァ県ポンソで計画中の、ボルゴ・ヴェネトとカルチェリを結ぶ州道「SR10(パダーナ・インフェリオーレ)」の建設工事中に発見された。

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image credit: Google Map

 発見時、現地では道路建設前の安全確認のために、第二次世界大戦中の不発弾などを取り除く作業が行われていた。

 その際、考古学的に重要な遺物が確認され、追加の発掘調査が行われた結果、石畳の道路や石碑、神殿の基礎など、祭祀場跡とみられる遺跡が発見された。

 イタリア文化省の考古・美術・景観監督局(ABAP)の考古学者、カルラ・ピラッツィーニ氏は次のように説明している。

3月に行われた不発弾処理の作業中に、通常とは異なる物質が確認されました。考古学者たちが確認に向かったところ、石敷きの舗装、石材、トラカイト(粗面岩、火山岩の一種)製の部材が見つかりました

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image credit: Facebook @Soprintendenza ABAP per le province di Padova, Treviso e Belluno

ウェネティ語が刻まれた石柱が続々と出土

 最初に出てきたのは、ラテン語の碑文が刻まれた円筒形の石だった。だが発掘が進むにつれて、出土する遺物の様相は変わってきた。

 最初のラテン語が掘られた遺物が出土した後は、ウェネティ語の文字が刻まれた石柱が次々と見つかったのである。その数は少なくとも12点に及ぶという。

 ウェネティ語とは、ローマがイタリア北東部を支配する前、この地域でウェネティ族によって話されていた、インド・ヨーロッパ語族に属する古代言語である。

 ウェネティ族は現在のヴェネト州を中心に暮らしていた人々で、ローマ時代以前の北イタリアで、独自の文化を築いていたことが知られている。

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ラテン語が刻まれた円筒形の石

 ウェネティ語の表記には、エトルリア文字をもとにした「ウェネティ文字」と呼ばれる独自の文字が使われていた。

 現存する資料の多くは、石碑や奉納品などに刻まれた短い文章で、紀元前6~紀元前1世紀ごろまでの碑文が確認されている。

 だが、その後この地域のローマ化が進むにつれて、ラテン語とラテン文字が広がり、ウェネティ語はしだいに使われなくなった。

 ウェネティ語の碑文そのものは、これまでに数百点が知られているが、1か所の遺跡から12点もの碑文がまとまって発見された例は、非常に珍しいと言えるだろう。

発見された石柱は奉納されたもの?

 今回見つかった碑文付き石柱の多くは、ラテン語で「キップス」と呼ばれる石柱の一種で、一種の奉納品として用いられていたとみられる。

 碑文の一部は、キップスの3つ面にわたって刻まれていた。ピラッツィーニ氏によれば、キップスには寄進をした人物の名が記されているという。

いくつかの碑文は複数の面に続いており、場合によっては3つの面に刻まれています。

キップスは奉納の性格を持つもので、石柱を神に捧げた人物の名前が出てきます。ただし、(この聖域で祀られていた)神の名前は、まだ確実には確認されていません

 どうやらこのキップスは、日本でいうと寺社仏閣に奉納された石碑や石灯籠、狛犬、鳥居などに、寄進者の名前を刻むのと似た役割を持っていたようだ。

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ウェネティ文字の碑文

神殿を中心とした大規模な祭祀施設跡か

 さらに発掘が進むにつれて、現場からは大きな長方形をした建物の基礎部分も発見された。

 監督局はこれを神殿跡とみており、そのうちのひとつは、建物の四方を柱列が囲む周柱式神殿の特徴を備えているという。

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 ABAPの公式発表によると、今回発見された遺物の多くは、暫定的に紀元前5~4世紀のものと推定されている。

 大量に発見されたキップスと神殿の跡から、この遺跡は大規模な宗教施設群である可能性が浮上した。おそらくは古代における、一種の「聖域」だったのだろう。

 また、同時に見つかった石敷きの舗装道路は、おそらくは紀元1世紀に作られてものとみられている。

 興味深いことに、出土したキップスの多くは、この舗装道路の材料として再利用されていたのだそうだ。

 この道路は紀元1世紀ごろのものとみられており、ローマ時代に入ってから造られた可能性が高いという。

 つまり、ウェネティ族の祭祀場に奉納されたキップスが、数百年後のローマ時代に、舗装用の建材として使われていたことになる。

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ウェネティ族~ローマ帝国へ「聖域」が受け継がれた可能性

 一方で、元の位置に残っていたキップスもあり、聖域全体がローマ人によって取り壊されたというわけではなかったようだ。

 いったいなぜ、ウェネティ族の石柱が再利用されたのか、その経緯はまだ明らかになっていない。

 古代ローマ帝国は基本的に、異民族の宗教を頭ごなしに否定することはしなかった。少なくとも共和政末期から帝政初期にかけては、その傾向が強かったらしい。

 むしろ、征服した土地の神々を取り込むことも多かった。ケルトやガリア、エジプトなど、ローマ帝国の支配下にあっても独自の信仰が続いた例はたくさんある。

 土着の信仰の祭祀場がそのままローマの神殿になったり、異民族の神々がローマ神話のパンテオンに取り込まれたりといったことも普通にあったようだ。

 特に今回のウェネティ族の場合、ローマと敵対していたわけではなく、かなり早い時期から協力関係にあったという。

 第二次ポエニ戦争の頃にはローマ側についているし、その後も比較的穏やかにローマ世界へ統合されていった。

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image credit: Facebook @Soprintendenza ABAP per le province di Padova, Treviso e Belluno

 ABAPはこれまでの調査結果に基づいて、この遺跡の性格について、次のように説明している。

これまでに得られたデータを総合すると、この遺跡は単に放棄されたのではなく、時間の経過とともに変化はあったものの、継続的に利用されていたことが示唆されます。

実際、この遺跡はローマ時代にも重要な役割を果たしていたようですが、その様式や表現は先行する時代とは異なっていたと考えられます

 つまり、ローマ帝国によってウェネティ族の聖域が破壊され、再利用されたのではなく、平和的に聖域が「継承された」可能性が考えられるのだ。

 前述の通り、現存するウェネティ語の資料は決して多いとは言えない。今回の新たな碑文の発見は、古代ウェネティ人の言語や文化を知る貴重な手がかりとなることが期待されている。

 発掘の様子は下の動画で見ることができる。

Ponso, il santuario perduto dei Veneti antichi sepolto dalle alluvioni dell’Adige/ 1

ウェネティとヴェネトとヴェネツィアの関係

 実は古代史では、「ウェネティ」や「ウェネディ」と呼ばれる集団がガリアやバルト海南岸など各地に登場するため、混同されることがある。

 今回の遺跡の主と目されるウェネティ族は、現在のヴェネト州周辺に暮らしていた集団であり、独自の文化や信仰を築いていたことが知られている。

 遺跡が見つかった「ヴェネト州」の名称も、ウェネティ族に由来するとされており、 彼らが使っていた言語がウェネティ語である。

 ウェネティ語は古代ウェネティ族が使っていたインド・ヨーロッパ語族の古代言語で、紀元前1世紀に考古学的記録から姿を消している。

 これはウェネティ族がその頃までに、ローマ文化にゆるやかに同化していった可能性を示唆している。

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image credit: Facebook @Soprintendenza ABAP per le province di Padova, Treviso e Belluno

 なお、現在もヴェネト州で話されている「ヴェネト語(ヴェネツィア語)」と、ここで言う「ウェネティ語」はまったく別の言語である。

 ヴェネト語はラテン語から発展したロマンス語の一種で、かつてはヴェネツィア共和国の言葉として行政や商業、外交などに広く用いられ、地中海世界の共通語のひとつとして機能していた。

 現在もヴェネト州を中心に話者がおり、日常会話で使う人も少なくない。ただし学校や行政では標準イタリア語が主に使われており、特に若い世代ではイタリア語を使う層も多くなっているそうだ。

 ちなみに「ヴェネツィア」という地名も、もともとは「ウェネティ」と同じ語源を持つんだとか。

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 今回発掘された遺跡は、後の時代にアディジェ川の大規模な氾濫によって、地中に埋没した と考えられている。その深さは2~3mに達するという。

 洪水は建物や石柱、舗装などの記憶を歴史から消し去った一方で、土砂が堆積したことにより、結果として遺跡を今日まで保存することに繋がったのだ。  

 考古学的調査は現在も進行中であり、遺跡群の構造そのものや、建設~再利用の各段階について、より詳細な解明がなされることを期待している。

 今後の研究によって、この聖域の全体像や各時代の利用状況、碑文の内容がより詳しく明らかになることが期待されている。

 ローマ以前からローマ時代まで続いたこの祭祀空間は、古代の異民族とローマ世界の関係を考えるうえでも重要な資料となりそうだ。

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References: Ancient Venetic sanctuary with rare inscriptions unearthed beneath road project in Italy / Pre-Roman Sanctuary Found in Padua, With Temples and Venetic Inscriptions Buried by an Ancient Flood

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この記事へのコメント 11件

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  1. オレのポケットには…

    • 評価
  2. 掘ると何かしら出てくるイタリア

    • +12
  3. イタリアに現在も使われているイタリア語以外の独自の言語があるのは知らなかった

    • +3
  4. 高速道路の予定地に遺跡発見(日本)

    • +6
  5. 不発弾で良かった、爆発してたら遺跡が。

    • +5
  6. こんな国宝ものの遺跡がざくざく出てくるイタリアすごい

    • +4
  7. ウェネティ文字はルーン文字っぽいな。
    線刻文字だから似てくるんだろうけど。

    • +1
  8. イタリアの土木工事ってたいへんだろうな、どこを掘ってもなにか出てきそう

    • +4
    1. 30年近く前に、西安に行った時に同じようなセリフ聞いたなぁ
      だから地下鉄とか作れないんですよ、とか

      • +3
  9. 道路工事が長期間中断確定か

    • +2

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