この画像を大きなサイズで見るイタリアの首都、ローマ南部にある「ラティーナ」街道の墓地群遺跡付近で、初期キリスト教会「サント・ステファノ教会堂」の土台部分から、大理石製の男性彫像の頭部が発見された。
この頭部は、2世紀頃のものとみられており、5世紀に教会を建設する際、意図的に埋め込まれた可能性があるという。
現在、この像が誰を表しているのか、なぜ教会の土台に組み込まれたのか、その解明に向けた調査が進められている。
教会の土台から姿を現した古代ローマの彫像の頭
「アッピア街道公園」内にある、古代ローマの「ラティーナ街道」沿いにある墓地群遺跡付近には、5世紀に建造された初期キリスト教の聖堂、サント・ステファノ聖堂がある。
今回近教会の発掘調査を行っていた所、、2世紀のものと思われる、大理石でできた古代ローマの彫像頭部が発見された。
発掘を担当したチームは、イタリア紙『イル・メッサジェロ』の取材に対し、「何世紀にもわたる埋没にもかかわらず、芸術的に整えられた白い髪の美しさがまだはっきりと残っていた」と語っている。
この彫像の頭部は、等身大を大きく上回るサイズであり、もともとはかなり大型の全身像の一部だったと考えられている。
古代ローマの神像である可能性も
この大理石の頭部は、発見後すぐに南イタリア・マテーラ市へ運ばれ、イタリア文化財修復中央研究所ICR)による徹底的な調査と修復が始まった。
修復作業には、同研究所の学生たちも参加しており、表面の堆積物やモルタルの層を慎重に取り除きながら、詳細な記録を取っている。
初期の分析では、この像が古代ローマの神を表している可能性が高いとされ、ジュピター、アポロ、セラピスといった神々の名が挙がっている。
また、偉大な哲学者を象った可能性も指摘されているが、像の巨大さから神像である可能性が高いとみられている。
この画像を大きなサイズで見るなぜ教会の土台に使われたのか
特に注目すべきは、この頭部がなぜキリスト教会の土台部分に埋め込まれていたかという点だ。
古代後期(おおよそ4~6世紀)には、古代ローマ時代の高品質な石材を再利用することが一般的だった。
しかし、単なる再利用ではなく、ローマの文化的・精神的遺産に対する敬意を込めて意図的に組み込んだ可能性も考えられている。
一部の考古学者は、古代ローマの伝統を尊重する気持ちから、もしくは破壊されるのを防ぐために密かに保存したのではないかという仮説を立てている。
さらに、建物の守り神のような存在として幸運を願い、埋め込まれたという説もある。
この画像を大きなサイズで見るローマがキリスト教世界へと変遷する時期
ラティーナ街道は、古代ローマの主要な幹線道路のひとつで、ローマ市街から南東へ延びていた。
この街道沿いには2世紀ごろ、多くの裕福な市民たちが死後の世界への信仰や、家族の名誉を誇示するための大規模な墓を築いたため、ラティーナ墓地群」として知られている。
この発見は、ローマが異教からキリスト教中心社会へと移行していった「古代末期」の文化の変遷を物語っている。
サント・ステファノ古代キリスト教会が建設された時代は、まさに宗教的対立と融合が進行中だった。
この画像を大きなサイズで見る今回の頭部像は、当時の人々がどのように古代の遺産を受け継ぎ、あるいは変化させながら新しい時代を築いていったかを示す貴重な手がかりになるだろう。
修復作業が進み、さらに詳しい情報が明らかになれば、像の持つ意味や背景についても理解が深まると期待されている。
追記:2025/04/28 ヴィア・ラティーナ街道をラティーナに変更して再送します。
References: Facebook / Facebook
















キリスト教だからなあ。異教の像は破壊しておkくらいの気分だったんじゃないだろうか(真宗大谷派おじさん
初期キリスト教偶像崇拝を厳しく禁じていましたからね
ローマの彫像に頭がなかったりするのが多いのはそのせい
あまりに数が多いので頭だけ落とせば既に偶像ではない→それも大変だったら鼻さえ落とせばOKという理論になったので
鼻だけ削られた像も多いです
経緯で埋め込みませんよねええええ
キリスト教の歴史知ってたら、絶対異教の神は否定するはずだと断じますわ
敬意で足の下にはできないと思う。神の家の神威でもって封印したんじゃないかなあ。
敬意ではなく涜神の可能性の方が高いのでは、と思ってしまう
キリスト教にとって、キリスト教の主以外の神は例外なく民衆を誤った方へ導く悪魔にすぎないわけだし
ステパノが最初の殉教者、つまりキリストの名前を称えたが故に殺された一人目
これより虐殺が始まる最初の名前だ
ローマ地中海世界の伝統的な聖地を乗っ取って、これ見よがしにその地の上に教会を建てたんだと思うよ。
ヨーロッパのホラー映画で、教会や修道院やそれに付随する学園の真下に悪魔教徒の集会所がある、っていう設定は、そういう歴史的な背景があるからなんだよね
確定的な悪意というより、
昔の技術での石材って、何だかんだで切り出し等の加工は手間だし
日本の戦国時代の石垣で 古代の石棺だの寺の墓石や燈籠だのが雑に転用されたように
「そこに有る物は利用したろ」の精神だったんじゃないかと想像。
足元に埋めるのだから「踏みつける」「抑え込む」だろうね
柱の基部ならもう少し畏怖とか敬意みたいなものがあるかも
仏教にも鬼を踏みつけてる像が(灯篭だったかもしれん)あったと記憶してる。前の時代の神々は邪悪なものとされた。
天部、四天王だね
私も思い出した
仏教の場合、それ以前にあったインド神話の神々は、仏に帰依して部下になって仏を守る存在になったとされ、邪悪なものとは”されていません”
言及されている仏像は”踏みつけている方”がインド神話に於ける神々です
>教会の下に埋める意味
「我々の神以外に神は無し。それが証拠に異教の神像を破壊して足元に踏みつけても祟りなし。」
一神教だとそんな感じだったんじゃないのかと想像する。
viaはラテン語でも現代イタリア語でもそれ一語で「街道」なので、「ヴィア・ラスティーナ街道」だと意味が重複してる。単に「ラスティーナ街道」と訳した方がいいんじゃないかと。
5世紀は度重なるゲルマン諸族の侵入でイタリア半島が荒らされまくって、西ローマ滅亡した時期なんで、略奪を恐れて一時的に埋めたってのもありうるんだよなぁ。