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古代ローマ時代の未知の巨大入浴施設を発見、これまでの定説を覆す

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(著)

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Image credit:Parco Archeologico e Paesaggistico della Valle dei Templi
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 日本でも漫画や映画で人気となった『テルマエ・ロマエ』の世界。古代ローマ人にとって、風呂は単なる保養の場を超えた文明の象徴だった。彼らの入浴への情熱と驚くべき技術力を証明する新たな発見があった。

 イタリアのシチリア島、アグリジェント県にあるローマ帝国時代の別荘遺跡で、これまで存在が知られていなかった巨大な入浴施設が発掘された。

 この遺跡自体は以前から知られていたがごく一般的な別荘と思われていた。ところが、丘の上から所有者の圧倒的な富と権力を示す豪華な入浴施設が見つかったことで、その認識は改められることになった。

 約1900年前の地層から現れた古代ローマの驚くべき入浴文化に迫ってみよう。

各分野の専門家チームによる徹底的な調査

 地中海最大の島、シチリア島アグリジェント県レアルモンテ、ドゥルエリ地区にあるローマ帝国時代の別荘遺跡では、現在も継続的な考古学調査が行われている。

 今回の調査では、この別荘が時代とともにどのように増改築を繰り返してきたのかが調べられた。

 特に注目されたのは、敷地の北側で以前から見つかっていた「謎の遺構」だ。

 何か建物があった痕跡はあるものの、それが一体何なのか、全体像がよくわかっていなかったため、その正体を突き止める必要があったのだ。

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発掘現場の様子 Image credit:Parco Archeologico e Paesaggistico della Valle dei Templi

 このプロジェクトに参加したのは、イタリア・カターニア大学のダニエレ・マルフィターナ氏、イタリア国立研究評議会(CNR)のアントニーノ・マッツァリア氏、ステファニア・パフミ氏、神殿の谷考古学・景観公園を代表するマリア・セレーナ・リッツォ氏、CNR文化遺産科学研究所のアレッシオ・トスカーノ・ラッファ氏など、各分野のエキスパートたちだ。

 異なる組織がチームを組んだことで、別荘の外観がどのように変化してきたのか、新たな視点から解明することに成功したのである。

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Image credit:Parco Archeologico e Paesaggistico della Valle dei Templi

予想をはるかに上回る規模の巨大入浴施設

 調査の結果、研究チームの予想をはるかに上回る事実が判明した。北側の謎めいた遺構は、単なる小さな建物跡ではなかった。

 なんと、そこから続く丘の上のエリアで、これまで全く知られていなかった「完全に新しい入浴施設」の本体が発見されたのである。

 以前から見つかっていた遺構は、この巨大な施設の一部に過ぎなかったのだ。

  この発見は、この居住複合施設がこれまでの想像をはるかに超える巨大なスケールがあり、野心を持って建設されていたことを証明する決定的な証拠となった。

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Image credit:Parco Archeologico e Paesaggistico della Valle dei Templi

熱気を利用し、風呂を沸かし部屋を暖める「ハイポコースト」設備

 土の中から現れた空間は、研究者たちが「例外的」と表現するほどの素晴らしい保存状態だった。

 部屋の配置がはっきりと見て取れるだけでなく、ローマの入浴施設における技術的心臓部である「ハイポコースト」設備を明確に観察することができる。

 ハイポコーストとは、かまどで薪を燃やして作った熱気を、床下や壁の中に送り込んで部屋全体をポカポカに温める仕組みのことだ。

 この熱気を利用して、同時に浴槽の水も温めていた。つまり、現代の「床暖房」と「給湯器」がセットになったような、当時の最先端技術だったのである。

 ローマ帝国の帝政期となる紀元1世紀から2世紀ごろのものと思われるこの遺跡には、自然の温泉に頼るのではなく、人工的に熱を作り出す当時の最先端技術が詰め込まれていたのだ。

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Image credit:Parco Archeologico e Paesaggistico della Valle dei Templi

田園地帯に再現された都市の贅沢

 別荘の主要な居住区画を中心として機能的に配置された巨大施設の存在は、この土地の所有者が高い地位と莫大な経済力を有していたことを物語っている。

 ローマ世界において個人用の入浴施設は贅沢品であり、社会的威信の明白なシンボルであった。

 ドゥルエリ地区のような地方の別荘にそれが組み込まれているということは、洗練された生活水準と、田園地帯にいながらにして都市生活の快適さを再現しようとする強い願望があったということだ。

 今回の調査活動は、これらの施設の存在を証明しただけでなく、その並外れた構造を記録することができた。

 当時の建設技術や生活習慣についての新たな知見が得られたのである。

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Image credit:Parco Archeologico e Paesaggistico della Valle dei Templi

さらなる調査で、古代ローマ人の文化に迫る

 とはいえ、まだ解明されていない側面も残されている。研究チームは、この入浴施設の具体的な特徴や、別荘の他の構造物との正確な年代的関係に焦点を当て、調査を進める予定だ。

 土が取り除かれるたびに、この遺跡の利用、放棄、あるいは再利用された異なる時代に関するデータが得られ、創建から衰退に至るまでの詳細な場所の記憶をたどることができるだろう。

 ドゥルエリ地区の遺跡は、ローマ帝政期シチリアにおける経済、社会、そして入浴文化を理解するための不可欠な手掛かりを提供してくれるはずだ。

References: Facebook

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この記事へのコメント 11件

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  1. これは「平たい顔族」の技術が使われているかもしれない、、、

    • +33
  2. 健康施設だからな
    病気になったら死ぬ文明ではそりゃ重要やろ

    • +3
    1. しかし中世ヨーロッパでは、入浴と言う文化自体が廃れたんだよね。

      • +1
      1. 入浴が廃れたのは近世ヨーロッパの一時期であって、
        中世は普通に皆入浴していた。
        記事で言及されてるハイポコーストも中世期の貴族の城館に受け継がれている。

        • +1
        1. 厳密にはローマ帝国のインフラが維持できてた地域は入浴してたが
          そうでないところは大量の水や燃料を用意するコストの問題で入浴が廃れるというモザイク模様
          「皆入浴していた」ってわけではないよ
          そういう風に地域格差が発生して技術や情報、ひいては産業や経済、政治に至るまでの分断が起きたから暗黒時代と言われてるわけで…

          • 評価
  3. こんなことやってたから大昔に木がなくなっちゃったんだろ

    • -1
    1. 古代文明の衰退は結構森林資源の枯渇とセットだもんな

      • +6
  4. 重い水を担いで入れ、薪も遠くから入手し火をつける
    いろいろな人が必要になるのでそりゃ一般市民には
    所有なんて無理だ
    一昔の日本でも似たような感じだったのに、はるか昔の
    ローマではお金持ちには持ってたとはすげえな

    • +3

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