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4000年前の古代エジプトの王女たちは弓と短剣を使いこなす武術の達人だった

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(著)

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イタ王女と共に埋葬された短剣 Image credit:Sameh Abdel Mohsen
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 古代エジプトの王女というと、宮殿の奥で使用人にかしずかれて優雅に暮らす姿を思い浮かべるが、実際には、弓を引き、短剣を握る武術の達人だったようだ。

 エジプトのベニスエフ大学の研究チームが4000年前の5人の王女の骨を調べたところ、力強い鍛錬をした人にしか現れない筋肉が骨につく部分の盛り上がりが残っていたという。

 墓に納められていた弓矢や短剣は、あの世で使うための飾りだと考えられてきたが、王女たちが生涯にわたって使い込んでいた正真正銘の武器だったのだ。

 この研究成果は『Frontiers in Environmental Archaeology』誌(2026年7月17日付)に掲載された。

参考文献:

王女たちと一緒に埋葬されていた武器

 エジプトの首都カイロから南に約40km離れたダハシュールは、王家のネクロポリスで、ピラミッドと地下の墓が集まった遺跡が広がっている。

 1890年代、フランスの考古学者ジャック・ド・モルガンがダハシュールを発掘し、盗掘を免れた王族の墓をいくつも掘り当てた。

 ダハシュールで見つかった遺骨は、王女5人とホル王の合わせて6人のものだった。

 王女5人のうち、イタ、ケヌメト、イタウェレト、はっきりとはわかっていないがサトハトホルメリトとみられる4人は、ファラオであるアメンエムハト2世の娘で姉妹だった。

 残る1人、ヌブヘテプ王女は姉妹とは別の場所に、ホル王と隣り合って葬られていた。

 埋葬されていた5人の王女たちの棺のそばには、宝飾品とともに、弓、矢、メイス(殴打用のこん棒)、短剣などの武器が並んでいた。

 当時、弓や矢などの武器は男性の持ち物とされていたため、考古学者たちは王女たちがあの世で身を守るために納めた飾りだろうと推測した。

 実際に王女たちが埋葬されていた武器を使っていたかどうかは詳しく調べられていなかった。

 全員の遺骨は1915年にカイロのエジプト考古学博物館へ運ばれた後、地下の木箱に収められたまま忘れ去られていたからだ。

 そしてようやく2020年、収蔵品整理で遺骨が再発見された。

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 調査されたイタ王女(A)、ケヌメト王女(B)、イタウェレト王女(C)、そしてサトハトホルメリト王女とみられる人物(D)の遺骨。頭蓋骨はすべて失われているが、残された腕や肩の骨に、武器を握り続けた跡が刻まれていた / image credit : Hashesh et al., Frontiers in Environmental Archaeology (2026)

遺骨には、武器を使い続けた跡が刻まれていた

 遺骨が再発見されたことで、100年以上手つかずだった調査がついに可能になった。

 エジプトのベニスエフ大学のゼイナブ・ハシェシュ氏を中心とする研究チームは、王女たちが武器を使っていたのかどうかを確かめるため、5人の王女の骨を1本ずつ調べていった。

 手がかりになったのは、骨の表面のわずかな盛り上がりである。

 筋肉や靭帯は、骨の決まった場所につながっている。

 つながっている場所に強い力が繰り返しかかると、骨は力に耐えようとして、その部分を少しずつ盛り上がらせて太くしていくため、生前どんな動作を繰り返していたかがわかる。

 調査の結果、5人全員の腕に、はっきりした骨の盛り上がりが確認された。

 ハシェシュ氏は、弓の弦を引く動作や、武器を握って手元を安定させる動作を繰り返したときに現れる変化だと説明している。

 しかも、数回試した程度では骨は変形しない。

 これは王女たちが生涯にわたって武器を使うという同じ動作を続けていたことの証になるという。

弓を引き続けた王女と、短剣を握り続けた王女

 全員に共通していたのは腕の骨の発達だったが、細かく見ていくと、鍛えていた部位は王女ごとに違っていた。

 イタウェレト王女の骨には、弓を引くときに使う胸と肩の筋肉がつながる部分が強く発達した跡があり、研究チームは熟練した射手だったと判断した。

 ヌブヘテプ王女は、右手の骨が弓を握り続けたときに生じる形にたわんでおり、墓には実際に矢が納められており、やはり弓の使い手であることがわかった。

 ケヌメト王女も弓の使い手で、弓を繰り返し引くと発達する前腕の部分が太くなっていた。

 イタ王女だけは弓ではなく、指で強く握り込む動作の跡が骨に際立って残されていた。棺に納められていた短剣やメイスを日常的に使っていたとみられる。

 名前の記録が残っていない5人目の王女、サトハトホルメリト王女とみられる人物についても、前腕には指を強く曲げ続けた人に現れる発達があった。 

 骨が少ないため詳しいことはわからないが、前腕には指を強く曲げ続けた人に現れる発達があり、武器を握っていたことがわかる。

 王女たちの墓にある弓、矢、メイスは象徴的な副葬品ではなく、王女たちが実際に使っていた道具だったのだ。

骨折の跡が示す、体を張った王女たちの暮らし

 王女たちの骨には、武器を使い込んだ跡だけでなく、体を痛めた跡も残っていた。

 イタウェレト王女は左の肋骨2本と左足の骨3本を折っており、研究チームは、高い場所からの落下か、胸への強い打撃が原因だったとみている。

 ハシェシュ氏は、こうした負傷は狩猟や軍事訓練など、体を張った活動に伴う事故や転倒、強い打撃で生じた可能性が高いと述べている。

 骨折はいずれも骨がずれることなくきれいに治っており、王女たちが骨を正しい位置に戻して固定する手当てを受けられたことを示している。

 古代エジプトには骨折の整復や傷の手当ての手順を記した「エドウィン・スミス外科パピルス」と呼ばれる医学文書が残されており、王女たちは当時としては高い水準の医療を受けられる立場にあった。

 一方で、複数の王女の骨には感染症や栄養不足の跡も見つかっており、王家に生まれたからといって健康状態が良いとは限らないこともわかった。

王女たちは何のために武器を扱っていたのか

 王女たちが何のために武器を扱っていたのかは、まだわかっていない。

 狩猟だったのか、軍事訓練だったのか、儀礼のためだったのか、骨だけでは判断できないからだ。

 わかっているのは、王女たちが飾りではない本物の武器を、生涯にわたって握り続けていたということである。

 ハシェシュ氏は、考古学者が長らく宝飾品や副葬品の保存に力を注いできた一方で、埋葬された人間との関連性は詳しく調べられていなかったと述べ、王女たちの人生を明らかにすることが研究の目的だと語っている。

 宮殿の奥で優雅に暮らしているイメージを持たれがちな古代エジプトの王女たちだが、実際には、弓を引き、短剣を握り、骨を折りながら生きた武術の担い手だったのだ。

References: doi.org/10.3389/fearc.2026.1844402

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この記事へのコメント 5件

コメントを書く

  1. クレオパトラの上腕二頭筋がもう少し低ければ歴史は変わっていたかもしれない

    • +6
    1. 4000年前なら、クレオパトラにとっては
      今の私たちとクレオパトラの時代ぐらい隔たりがあるけどね。

      • +4
    2. 切れてる切れてる!
      クフ王のピラミッド!

      • 評価
  2. ファイアーエムブレムシリーズの戦うお姫さまたちとか
    リアルじゃないと思ってたらまさか実在したとは・・・

    • +1

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