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旧石器時代の失われた陸橋を発見、人類移動の通説を覆す可能性

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(著)

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トルコ、アイワルク群島 Photo by:iStock
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 ヨーロッパへ渡った人類は、どのルートを通ってきたのか?長年にわたり、バルカン半島や中東を通るルートが定説とされてきた。

 だが今回、トルコ西部、アイワルク沖の海岸で、138点の旧石器時代の石器が発掘されたことで新たな手掛かりが見つかった。

 ここは数万年前の氷期、海面が大きく下がったことで一時的に陸橋となり、人類の通り道となっていた可能性があるという。

 当時のネアンデルタール人やホモ・サピエンスが実際にそこを行き来していたとすれば、ヨーロッパへの人類移動の歴史を書き換える可能性がある。

 この研究成果は『Island and Coastal Archaeology』誌(2025年9月17日付)に発表された。

沈んだ海底から現れた「失われた陸橋」の痕跡

 ハジェテペ大学、アンカラ大学、デュズジェ大学に所属するトルコの研究者チームは、トルコ西部の町、アイワルクの沖合に広がるエーゲ海の海底で、138点の旧石器時代の石器を発見した。

 発見された石器の中には、「ムスティエ文化」と呼ばれる中期旧石器時代の特徴をもつものも含まれていた。

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発掘された石器の一部 Image credit:Kadriye, Göknur, and Hande

 ムスティエ文化とは、主にネアンデルタール人に関連づけられるヨーロッパの石器文化で、約30万年前から4万年前にかけて見られたものだ。名称はフランス南西部の遺跡「ル・ムスティエ」に由来する。

 この文化の代表的な技術として、ルヴァロワ技術と呼ばれる加工法がある。

 ルヴァロワ技術は、石の表面をあらかじめ整えたうえで、意図的な形の剥片を一枚ずつはがし取っていく石器製作法で、道具づくりの高度な計画性を示す技術として知られている。

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ルヴァロワ技術で加工された石器の一部  / Image credit:Kadriye, Göknur, and Hande

数万年前、アイワルクの海は“陸”だった

 更新世(約11万5000〜1万1700年前)にあたる氷期、地球の海面は現在よりも100 m以上低かった。氷河に大量の水が閉じ込められていたことで、現在は海の下に沈んでいる場所が、当時は陸地として姿を現していた。

 今回、石器が見つかったアイワルク周辺も例外ではない。

 かつてはアナトリア(現在のトルコ)から東南ヨーロッパへと続く自然の陸橋が存在していたと考えられており、現在アイワルクに点在する島々や半島は、当時はひとつながりの内陸地だった可能性があるという。

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アイワルク沿岸10か所の旧石器時代の発見地点と、海面低下時に現れたとされる古地形を示した地形図(エドレミト湾周辺) / Image credit:Kadriye, Göknur, and Hande

人類はこの陸橋を通ってヨーロッパに移動した可能性

 これまで人類がアフリカからヨーロッパに移動した際は、バルカン半島や中東のレバント地方(現在のシリアやイスラエル周辺)を経由したというのが通説だった。

 だが、今回の発見はその仮説に新たな視点を投げかけている。

 研究チームは、アイワルクの海岸線沿いに広がる200 km²の範囲にわたり、石器が点在していたことを確認した。

 それはこの地域が単なる通過点ではなく、ネアンデルタール人やホモ・サピエンスが行き来し、活動していた拠点のひとつだった可能性があるということだ。

 調査に参加したハジェテペ大学のカラハン博士は、「これまで旧石器時代の痕跡が知られていなかったこの場所で、まさか最初の石器を手にするとは思いませんでした。私たちの手に握られていたのは、数万年前の人類の足跡そのものでした」と語っている。

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アイワルク沿岸の複数の発見地点の風景。松林やオリーブ畑、海岸の低木地帯など、多様な環境が広がっている。/ Image credit:Kadriye, Göknur, and Hande

ヨーロッパへの人類移動の歴史が書き換わる?

 今回の研究はあくまで表面調査によるもので、地層の発掘や年代測定はこれから行われる予定だという。

 研究チームは今後、地質学・気候学・考古学の複数分野を組み合わせ、より精密な年代特定と環境復元を進めていく方針だ。

 もしかすると、アイワルク沖の“幻の陸橋”は、私たちの祖先がユーラシア大陸を横断する中で見落としてきた、重要な道だったのかもしれない。

 数万年の時を超えてようやく発見されたその痕跡が、人類の起源と移動の物語に新たな章を加えようとしている。

References: Sciencedaily / Taylorandfrancisgroup.com

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この記事へのコメント 17件

コメントを書く

    1. 歩きやすいように橋を作った。文明の萌芽はすでに欧州の地にあったんだ!

      • -1
    2. パンゲア大陸の頃は全部陸続きだったそうですよ
      そのころは陸上にはエリオプスという両生類だけみたいで人類はいません
      それから大陸が分裂して色々あったというのを知りたいわけなんです

      • +1
  1. アイワルクってどこだ?と思ったら普通にトルコの沿岸部だった
    いやあ、否定するわけじゃないけどそこも通ってたってだけじゃないかな・・・

    • -4
    1. あなたは、あなたの住んでいる場所を通ってたってだけって表現するんですか?

      • +1
  2. 海面の上下で水没したり部分的に歩けたりするのを橋と呼ぶのはいかがなものかと。
    そこに人の手は加わっていないのだから。

    • -6
  3. アイワルク諸島がかつて陸地だったとしても、到達できるのはよくてレスボス島まででは? その辺が陸地になってる水位なら、普通にダーダネルス海峡が陸続きだと思うんだけど。

    • +4
    1. 確かに記事の地図の辺りが陸地になっても
      アフリカからヨーロッパへのルートが大きく変わるようには見えないな

      どちらかと言うとチュニジア→シチリア島→イタリアらへんの方が
      橋っぽい感じに繋がりそうな気はする

      • 評価
    2. レスボス島はギリシア
      つまり、ヨーロッパの一部

      • -1
  4.  海底遺跡をダイビングと海中ドローン併用で発掘する日がいつかくるのかな。 あ、でも今の水面下 100m だとダイビングは無理だろうからそっちは海中ドローンで、浅いところはダイビングかなぁ。 いずれせよ期待してます。
     記事中の石器の写真なんですが解説ついてるのにそこらに落ちてる石ころと区別がつきません。 その辺にあっても私なら見逃しちゃうね💛

    • +1
  5. 陸橋の「橋」にひっかかっとる人おるけど、普通の用語だよ…
    現存するものとしては南北アメリカ大陸を繋ぐパナマ地峡が有名
    細長い地形で陸塊が繋がるわけだから陸「橋」で全然いいと思うんだけどな

    • +12
    1. ここでの陸橋は生物地理学での概念です
      ただ、生物の行き来ができるという部分に引っ張られてしまう人がいるんですよね
      地峡は海峡とセットで海面の大きな上下で変化する可能性がある地形を指しているのです
      >生物地理学において陸橋(りくきょう[1]、りっきょう、Land bridge)とは、海を隔てた地域の間をつなぐ陸地のことである。たとえば隔離分布している生物が、かつてそれがあったために現在は離れている地域間で生物の行き来ができたと考える。あるいは海峡が陸化した時期にはそれが陸橋として働く。

      • +1
  6. 橋って表現に違和感ある人が多いのか
    かろうじてベーリング陸橋知ってたから、そういう専門用語だと認識してたわ

    • +6
  7. 陸橋ってのは、後知恵なんだよ
    当時そこに住んでいた人にとっては、ただの陸地でしかないんだよね

    • -2
  8. 彼らはエデンの園をずっと探してるんだよ
    中東にあったとされるからね

    • 評価
  9. なんか記事内で「頻繁に行き来していた痕跡がある」ことを解説してるのに「単にそこを通過しただけ」だと捉えてるコメントいくつかあるな…
    行って来るだけじゃなく戻ってくることもあり、ルートとして確立していた(他の場所よりも通行に適した場所として選ばれていた)ってことなんだぞ?

    • +4

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