
同じく社会的な生き物であるマウスもまた、自分の地位を失うと心に大きな傷を負うことが明らかとなった。
中国の研究チームが、支配的な立場にあるマウスから社会的地位を奪ったところ、「失望中枢」が活発化し、まさにうつ病のような状態になることがわかったそうだ。
こうした結果から、社会的階層の変動が精神の健康に与える影響が明らかとなった。うつ病を治すには「負の失望スパイラル」を断ち切る重要性がうかがえる。
マウスは人間同様、階級社会がある
人間と同じく、マウスもまた社会的な生き物だ。彼らは上下関係のある階層社会の中で生きており、そこでは力の強いマウスが支配的な立場に立つ。そうした地位が高いマウスは、居心地の良いところで眠り、美女(美マウス)を独占し、トイレの場所まで違う。
だが、そんなおいしい地位にあっても、格下に敗れてそれを失うようなことがあれば、「負の失望スパイラル」に陥ってしまう。
うつ病のような症状を発症し、精神状態はズタボロになる。まるで人間と同様なのだ。
社会的地位を失ったマウスの脳内を調べる実験
浙江大学医学部の神経科学者、胡海嵐教授らは、そんな社会的地位を失った哀れなマウスがどうなるのか、その脳を覗き込んで確かめてみることにした。『Cell』(2023年1月23日付)に掲載された実験は、マウスのオス2匹を狭いチューブの中に入れ、両者を対峙させるというものだ。

この時、普通なら力の弱い格下のマウスが、上位のものに道を譲る。
だが、この実験は上位のマウスに挫折を味わわせるためのものなので、ちょっとした八百長が仕組まれていた。格下のマウスの背後には蓋がされ、道を譲れないようになっていたのだ。
最初は格上のオスが優位に立つ。だが、何をしようと格下マウスが道を譲らないものだから、格上マウスは「もしや相手は強いのでは?」とだんだん疑い始める。
そして最終的には、格上マウスが道を譲ることになる。
それは優位にあったはずのマウスが、社会的な地位を失った瞬間だ。そして今回のドラマの始まりの瞬間でもある。
Are people with high social status more prone to depression?
社会的地位の喪失したマウスにうつ状態が現れる
社会的地位を失ったアルファオス(群れのトップのオス)には、はっきりとしたうつ状態の兆候が現れはじめた。行動が変わり、生理的な変化まで確認された。それは同じく社会的地位を失った人間に見られるものだった。
面白いのは、もともと地位が低いマウスの場合、負けても特に落ち込んだりしなかったことだ。ひどくふさぎ込むのは、アルファオスが敗れた場合だけだ。
このことから、マウスの落ち込みは、ただ負けたからではなく、アルファの地位を失ったからだと考えることができる。

地位を失ったマウスの脳内で失望中枢が活性化
では落ち込んでいるマウスの脳の中では何が起きているのだろうか?胡氏らは、脳内のタンパク質と神経細胞の活性を撮影することで、その頭の中をリアルタイムで観察してみた。
特に注目されたのは、「外側手綱核」と呼ばれる領域だ。
ここは人間なら落ち込んだ時に活性化するところで、「失望中枢」と呼ばれている。そして、うつ病患者の脳内で活発になるところでもある。
今回の研究では、地位を失い落ち込んでいるマウスでも、この領域が活発になっていることがわかった。
そこで、抗うつ薬「ケタミン」などで、マウスの失望中枢の活動を抑えると、落ち込んでいたマウスは元気になり、社会的地位さえも取り戻したのだ。

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人間のうつ病の治療のヒントに
こうした結果は、「社会脳」と「感情脳」とに、明確なつながりがあることを物語っている。メカニズムは違うかもしれないが、これは人間でもマウスでも同じだと考えられる。
つまり、私たちは何かに失望すると、それによって心が弱くなり、フラストレーションを感じやすくなる。それがやがて本格的なうつ病につながっていく。
だがより重要なのは、そこにうつ病を治す鍵が隠されているだろうことだ。
イライラが募ると、失望中枢が発火し、さらにイライラが募る。これを繰り返すことで、うつ病の沼にハマっていく。
だから、この「負の失望スパイラル」を断つことが、再び自信を取り戻し、落ち込んだ心を元気にする秘訣なのかもしれない。
もうひとつ重要なことは、勝つのが当たり前になった強いマウスは、たった1度の負けでポッキリと心が折れてしまう可能性があるということだ。
それはもしかしたら人間でも同じかもしれない。だからこそ、一度や二度の敗北ではへこたれない強い心を鍛え上げる「挫折教育」にも意味があるかもしれないと、胡氏は言う。
注意が必要なのは、これはあくまでマウスによる実験で、必ずしも人間に当てはまるわけではないということだ。
仮に当てはまったとしても、今回の実験はオスのみが対象だったので、メスではまた違う社会的な作用があるかもしれない。もちろん個人差もあるだろう。
それでも今回の結果は、社会的な動物と人間の心に共通する重要なことを指し示していると、研究チームは考えている。
社会的地位を失ったマウスの行動や生理的変化を観察することで、私たち人間のうつ病について知るヒントが得られることだろうとのことだ。
References:Neural mechanism underlying depressive-like state associated with social status loss - ScienceDirect / Mice get depressed when they lose their social status — just like humans
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コメント
1. 匿名処理班
エリートの挫折はダメージ大きいらしいね
2. 匿名処理班
噛みあうとかの戦いはないの?
3.
4. 匿名処理班
蓋なしで相手が格上でも、前に進むという強い意志があれば勝てるのね
5.
6. 匿名処理班
マウスの中にしれっとロボロフスキーハムスターが混じってて草。
7. 匿名処理班
格上マウス「の、のび太のくせに生意気だぞ……」
8. 匿名処理班
ネズミにもプライドがあるんか
喧嘩にならないのが地味に立派だと思う
マナーもある感じw
9. 匿名処理班
ネズミどうしで会話というかコミュニケーションないの?
後ろ塞がれてて無理なんですとか何か伝える手段ないの?
10. 匿名処理班
マウスで動物実験するのもそのうち人権派団体が動き出しそうね
11. 匿名処理班
2匹の間にある能力の違いに関わらず、状況がそうさせてしまえば社会的関係性が変わり、それが心理的なダメージにつながる、ということか…
もしヒトでも同じなら、学校とか会社の中の状況って、そういうものなのかもなぁ
12. 匿名処理班
ま、だからこそユニバース25みたいな実験結果になるんだろうけどね…
13. 匿名処理班
退路を断つと、つよいね
14. 匿名処理班
>>9
鳴き声である程度のコミュニケーションはとれると思うが、
「後ろがふさがれているから無理」を意味するほどの高度な会話は無理じゃね
あとマウスの視野的にも向こう側を見渡すのも無理だし
これが猿なら知能的になんかこのチューブはおかしいぞと気づくかもしれんが
15. 匿名処理班
マウスがうつになるとマウツ🐭
16. 匿名処理班
くだらない。社会的地位でなく暴力の問題じゃん。
暴力=社会的地位ならこの世はいまだ暴力社会だということ。
譲る方が格が上と評価するのが高度な意識社会。