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人類が2万年以上前に北米に到達していた痕跡を示す足跡を発見。従来の説が覆る可能性

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(著) (編集)

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 アメリカ、ニューメキシコ州のホワイトサンズ国立公園に残されていた古代人の足跡の年代を再調査した最近の研究によると、人類は、最終氷河期の半ばには既にアメリカ南西部を歩き回っていたようだ。

 これらの足跡は、2万3000年~2万1000年前に存在した湖の周辺の泥に刻まれたもので、アメリカ大陸における人類の最古の証拠のひとつとなる可能性がある。

 これまでの研究では、北米大陸に人類が住みついたのは1万3千~1万5千年前くらいだというのが一般的な見解だった。今回の発見はこの認識を覆すことになるかもしれない。

ニューメキシコ州に2万3000年~2万1000年前の人類の足跡

 遠い昔、誰かが現在のニューメキシコ州ホワイトサンズに存在した古代湖の泥の岸辺を歩いたのだろう。彼らはその一歩ごとに、ディッチグラスの種や針葉樹の花粉を踏みつぶした。

 ボーンマス大学の考古学者マシュー・ベネット氏の研究グループは、2020年始めに現場の下8層分に残された足跡を発掘した。

 足跡のもっとも古い層と、もっとも新しい層から出てきた植物の種子を放射性炭素年代測定したところ、古い層は2万3000年前、新しい層はおよそ2万1000年前の足跡だということが判明した。

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ホワイトサンズで発見された人間の足跡。白い石膏砂で埋めてわかりやすくしている / image credit:National Park Service

人類はその時代、まだそこにいるはずがないとされていた

 ベネット氏たちがまとめた2021年のこの論文は、すぐに論争を引き起こした。

 米国地質調査所(USGS)の地質学者ジェフ・ピガティ氏たちは、古代の足跡と種子が出た同じ現場から、おもにモミ、トウヒ、松など針葉樹の花粉をもう一度、放射性炭素年代測定した。

 また、足跡があったもっとも古い2層分の堆積サンプルに対して、光刺激ルミネッセンス(石英の粒が最後に太陽光にさらされた時期を測定する方法)という別のタイプの年代測定法も使ってみた。

 その結果は、ベネット氏たちが最初に発表した放射性炭素年代測定結果と一致した。だがこれまでの研究によるなら、アメリカ大陸の人間の足跡がこんなに古いはずはなかった。

 もし、ピガティ氏らの研究が正しいとすれば、人類は2万3000年から2万1000年には、すでにホワイトサンズ周辺を歩き回っていたことになる。このことだけでも、驚きの主張だが、これにはさらに大きな意味がある。

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2万1000年前のホワイトサンズの周辺を人類が歩いていたことを表す想像図 / image credit:Davide Bonadonna and Bournemouth University

これは明らかに、2万3000年前には人類がすでに現在のニューメキシコ南部にいたということになります。ここは、合体したローレンタイド氷床とコルディエラン氷床のかなり南にあたります

USGAの地質学者キャスリーン・スプリンガー氏は語る。

つまり、人類は大きな氷の壁が閉じる前からそこにいたのか、あるいは別の方法でそこにたどり着いたということになります

 最終氷期はおよそ7万年前からはじまっており約1万年前まで続いた。氷床はおよそ2万6000年前に大陸の北3分の1を閉じ込めた。

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古代の人類の足跡によって踏み固められた種子や花粉が、足跡の年代を測定するに役立った / image credit:National Park Service

証拠は同じ方向を示している

 このとんでもない主張を裏づけるために、ベネット氏とピガティ氏たちは、揺るぎない、否定の余地のない証拠を同業者たちに突きつける必要があった。

 最初の論文を発表した2021年時点では、まだ確固たる証拠が完全にはそろっていないことはわかっていた。証拠はディッチグラスだけだった。

 ディッチグラスとは、湖などの水辺によく見られる水生植物で、地下水を吸収する性質があり、地下水には陸生植物に水を供給する雨水よりも古い炭素が含まれている可能性があった。

 ディッチグラスのような水生植物の種子は、放射性炭素年代測定を行うと必ずというわけではないが、実際よりも古い値が出る場合がある。

 ピガティ氏たちが最近年代測定した、針葉樹のような陸生植物の花粉の場合はこのような問題はない。

 光刺激ルミネッセンス年代測定法は、鉱物が最後に太陽光にさらされてから、特定の種類の放射線をどれくらいの吸収したかに基づいているので、こうした異なる一連の証拠が同じ方向を示している場合、非常に強力な論証となる。

 しかし、それは万人にとっての目新しいニュースではない。

 「もともとその地に住む人たちは、そんなことはすでにわかっていたといいます」スプリンガー氏は言う。

「彼らは常にそこにいたという、口承で伝えられてきた歴史があります。”私たちたちは、あなたがたの話に数字を当てはめてきただけ”なのだと、私は言いました」

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ホワイトサンズ国立公園に残された単一の人間の足跡 / image credit:National Park Service

誰が、いつからここにいたのか?

 2万6000年前のある時点で、人類は北米に足を踏み入れ、その子孫が最終的に現在のニューメキシコよりも涼しく湿った気候の中で、泥の上を歩き回った可能性はある。

 このシナリオは、メキシコのチキウィテ洞窟の3万年前の堆積層から発見された石器の説明にもなるかもしれない。

 氷河が後退し始めてから再び人々の流れが大陸へ向かう可能性を排除するものではない。

 2023年2月の論文では、最終氷期極大期の長い年月の間に海岸沿いの移動ルートが何度か通過できたり、できなくなったりした可能性を示している。

 USGSのサマー・プレトリウス氏たちは、古気候記録とコンピューターシミュレーションに基づいて、2万4500年前から2万2000年前の間に、人類は太平洋岸沿いに南下していった可能性があり、つまり、その子孫がその1000年か2000年後に、ホワイトサンズに到達していた可能性があることを示している。

移動の経路などについては、さまざまな仮説がありますが、私たちの研究ではそこまでは対処できません。実際にできることは、当時そこに人がいたことを立証することだけです。それがもっとも強力なのです

スプリンガー氏は語る。

 人類がアメリカ大陸に初めて到着した時期についての仮説は、相変わらず非常に大きなずれがあり、チキウィテ洞窟の証拠や、アイダホ州クーパーズ・フェリーの1万8000年前の道具に関しても、いまだに議論が続いていることを考えるとなおさらだ。

 しかし、ホワイト・サンズ、チキウィテ、クーパーズ・フェリーの主張に真剣に取り組むための証拠は十分だ。

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古代の足跡の存在が明らかになった、ホワイトサンズの別の時代の想像図 / image credit:Davide Bonadonna and Bournemouth University

 今後数年間のうちに、考古学者が確実に取り組むであろう疑問のひとつは、人類が3万年前から2万3000年前にすでに北米大陸にいたのなら、どうして同じような時代の遺跡がもっと国内で見つからないのか、ということだ。

 考えられる答えのひとつは、巨大な氷床が溶けて上昇した海面によって、遺跡の多くが水中に沈んでしまっているということだ。

 もうひとつの可能性は、単にまだ見つかっていないということだ。狩猟採集民の移動は、あったとしても、その痕跡はわずかだろう。

 ピガティ氏たちは、ホワイトサンズのツラロサ盆地の西側、最近調査した湖底の足跡が見つかったあたりの反対側で調査を進めていて、古代の環境が盆地の東側の足跡のあった場所へと、人々や動物を引き寄せた可能性を再構築している。

 一方で、ピガティ氏とスプリンガー氏によると、いまだ未調査の同じような干上がった湖底が米国西部には数百ヵ所あるという。

「実際にはほとんど未調査の新たな考古学データを見つけるという点では、今後数年間ですばらしい話がいくつか出てくるでしょう」

 この研究は『Science』誌(2023年10月5日付)に掲載された。

References:More evidence that humans were in North America over 20,000 years ago | Ars Technica / Fossilized Footprints – White Sands National Park (U.S. National Park Service) / written by konohazuku / edited by / parumo

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この記事へのコメント 20件

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  1. 現在「ネイティブ・アメリカン」と呼ばれている人たちも
    それ以前の住人を駆逐して暮らし始めた可能性もあるな

    • -4
  2. 人類(ホモ・サピエンス)が東アジアに到達したのが5万年前、日本列島に到達したのが4万年前とされる(この際、細かい誤差等は無視して)

    最新の研究でベーリング海峡が地続きになったのが3万5700年前。
    もしこのときに「行けるところまで東へ行く」という集団があれば、人類の北米への到達はもっと早いのかもしれない。
    だとすると、ローレンタイド氷床とコルディエラン氷床で閉ざされる前に到達することも可能だったはず。
    探せばまだまだ古い足跡が見つかるんじゃないかな。

    参考
    3万5700年前に地続きか ベーリング海峡、氷期で海面低下―従来推定より大幅に遅く・国際チーム
    https://www.jiji.com/jc/article?k=2023010700330&g=soc

    • +10
    1. >>2
      太陽は東から昇って西へ沈むから、一種の原始シャーマニズム的に太陽の出ずる「ふもと」、すなわち東へと進み続けた集団があっても、ありえない話ではないかも。
      奇しくもベーリング海峡は北極圏でも白夜や極夜が訪れないらしい。

      • +6
  3. 常々思ってたんだが…、
    やっぱ地面を蹴るときの足の形って、
    こういうピザの切れみたいな末広がりの扇形であるべきだよな。

    靴の、指の付け根の中足骨と基節骨の境い目あたりを一番広くして
    先端を 親指と小指を内側に曲げ込んで窄める形って、
    歩くとき指の側面が生地に押し付けられて痛いんだが。

    • 評価
    1. >>3
      先が広いとブカブカになって靴擦れになりやすくなるとか。
      まあ足の形は個人差があるから今の靴が合わなかったら
      靴屋さんとかに相談してみたらいいかも。

      • +1
    2. >>3
      審美的にそうなってるってのもありそうだけど、人種によっても足形の傾向の違いはありそう
      オールスターとかは甲が平たくてイテェもの
      革靴は自分はリーガルが一番あったな

      • 評価
  4. 本当の意味での古代人の足跡だな
    生命としての人類の足跡として深い感銘を受けたよ

    • +6
  5. こりゃまたクッキリ残ったな
    ギャートルズ思い出したわ

    • +5
  6. あまりにもクッキリしすぎて嘘くさい

    歩幅が等間隔で歩いた足跡が一つもない

    クッキリと判別できるほどなら、歩幅が等間隔で歩いた足跡が絶対にあるはず

    • -11
    1. >>10
      何を言っている? 歩幅が等間隔の足跡はこの記事に載っている画像にも写っているが……
      まさか画像内の足跡が全部一人の人間により一度につけられたものだと思ってるのか?

      • +5
      1. >>12
        多分、見たくないものは見えない人なんだろ

        • +5
  7. 未開の地にいって自分がその土地を独り占めしたいって気持ちはわかる。多分、二万年前くらいにこれを実行した人はがっかりしただろうな。もう人いるやん、って。

    • 評価
  8. アメリカには2万年前だし、月には5万年前の足跡あるしえらいこっちゃな

    • +1
    1. >>15
      裸足だから足跡だってわかる
      足を包むような靴を履いていたらただの丸いくぼみでしょ
      めり込み方から見て靴だと歩きにくかったのかもしれない
      それに、現代人だって裸足で歩くことがあるよね
      遊びで足跡を残したのかもしれないよ

      • +2
      1. >>16
        何を言ってるんだ?
        靴が無かったといってるのにそのコメってのはコメントを読まずに書いてるのか

        • -4
        1. >>18
          靴は履いてなかったと靴が無かったでは意味が違ってくるよね

          • +3
  9. 南部の洞窟にネイティブ・アメリカンと黒人と見られる人々との戦争らしき壁画がある、って聴いたことがある。関係ありそうだから、その記事があったら見てみたい。

    あと学術的な言い回しが大変なのはわかるけど翻訳がもう少し良くなればもっと読みやすいと思うだけに惜しい。
    正直、手伝ってもいいくらい。

    • -1

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