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インド北部の王家の墓で4000年前の戦車が発見される

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(著) (編集)

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インドで発見された4000年前の王家の墓に埋葬してあった戦車この画像を大きなサイズで見る
発掘現場上空からの映像。墓がいくつもあるのがわかる  image credit:Archaeological Survey of India
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 インドのウッタル・ブラデーシュ州にあるシナウリ遺跡で、この地域の古代文化理解に革新的な新見解を及ぼすような遺物が発見された。

 バグパット地区の肥沃なガンジス川流域にあるこの遺跡から、およそ4000年前の紀元前2000年頃の王族の墓、戦車(戦闘用馬車:チャリオット)、さまざまな銅製品が次々と出土した。

 インド亜大陸で戦車が発見されるのは初めてのことで、この地域がメソポタミアやギリシャと同様に高度な文明を持っていたことを示唆しているという。

インド半島で初めて発見された古代の戦車(チャリオット)

 インド亜大陸(インド半島)で古代の戦車がそっくりそのまま3台も発見されたのは初めてのことだ。

 ここでいう戦車とは、チャリオットのことで、古代の戦争で使用されていた戦闘用馬車のことだ。チャリオットは一般に戦車と訳される。

 これは、この地域の紀元前2000年の文明が、その頃すでに戦車を使用していたメソポタミアやギリシャなどとほぼ同等の地位にあったことを示している。

 車輪のスポークには銅でできた三角形の装飾が施されていて、この戦車が単に戦いという実用目的なだけでなく、被葬者の地位と権力を表していたことを示している。

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車輪と銅柱が露出した戦車(チャリオット) image credit:Archaeological Survey of India

 戦車のデザインの職人技から、黄土色陶器(OCP)文化の職人の高度なスキルがよくわかる。

 2005年から発掘調査が行われているこのシナウリ遺跡は、古代インド史において重要な地域の一部だ。

 OCP文化はインダス川とヤムナー川にはさまれた地域で、インダス文明後期と同時期の紀元前2000~1500年の間に栄え、近隣文明間の洗練された社会構造、交易、文化交流の証拠を提供してくれる。

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棺や兜が見つかった王族の墓 image credit:Archaeological Survey of India

高い地位についていた王族の軍指導者の墓である可能性

 銅製の擬人化像で飾られた木製の棺など王族の墓は注目すべき発見のひとつだ。

 この像はすべて2本の角がついた兜をかぶっていて、神聖なイチジクの葉で飾られていた。

 この墓には、2台の戦車が完全な形のまま埋まっていて、さらに銅製の兜、装飾された杖や鞭、黄金とステアタイト(滑石)で作られたビーズなどが見つかった。

 つまり、この墓に葬られた人物は高い地位にある軍の指導者か、社会的に重要な人物であったことを示している。

 陶器や儀式道具などの副葬品からは、シナウリの人たちが死後の準備を非常に重視していたことがうかがえる。

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墓の内部の埋葬品 image credit: Aditya Bakshi

4000年前のインド半島に高い軍事力があったことを証明

 棺や戦車に使われていた木材など有機遺物の放射性炭素年代測定を行ったところ、この遺跡の年代はこの地域の銅器時代と青銅器時代の移行期だったことが確認された。

 今回の発見は、古代史におけるシナウリの役割を確かなものにし、黄土色陶器(OCP)文化をインド亜大陸における戦争技術の初期の発展の中心的存在のひとつとして位置づけている。

 墓の年代が紀元前2000年頃であることが正確に特定でき、メソポタミアやギリシャも同じようような活動をしていた同じ時期にOCP文化も高度な軍事戦略を発展させていた事実を裏づけている。

 シナウリでの戦車が丸ごと発見されたことの意義は大きい。古代インド亜大陸の技術力に関するこれまでの仮説に疑問符を投げかけるものだからだ。

 インド文化ではこれまで戦闘で戦車が使われた証拠は見つかっていなかったが、この発見でシナウリが軍事的に高度に組織されていたことがわかっただけでなく、おそらく交易や領土紛争の一環として、他文化と衝突していた可能性がうかがえる。

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埋葬された人骨が露わになった墓。さまざまな壺や動物の骨も見つかっている image credit:Archaeological Survey of India

4000年前のインドの埋葬習慣が明らかに

 より進んだ調査によって、一次埋葬、二次埋葬、象徴埋葬など、さまざまな埋葬形式があったこともはっきりした。

 一次埋葬では、体を伸ばした状態の完全な遺骨が見つかり、二次埋葬では、風雨にさらされた遺骨が含まれていた。象徴埋葬には、犬や鳥など動物の骨があったが人骨は見当たらなかった。

 葬送習慣におけるこうした動物の文化的重要性がうかがえる。

 シナウリ遺跡から発見された遺物の意味するところは幅広い。戦車や精巧な銅製道具、手の込んだ埋葬習慣は、OCP文化がこれまで考えられていたよりも遥かに進んでいたことを示している。

 シナウリ文化とメソポタミア、エジプト、インダス川流域などの同時代の他文明とのつながりについてもこれまでとは違った疑問を投げかけるものだ。

 この研究は『Radiocarbon』(2024年9月30日付)に掲載された。

References: 4,000-year-old war chariots discovered in royal tombs of northern India | Archaeology News / Indian archaeologists unearthed over 4,000-year-old war chariots in Royal Tombs, in the northern state of Uttar Pradesh - Arkeonews

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この記事へのコメント 10件

コメントを書く

  1. おお、映画「ベンハー」で見た戦車だ! 4000 年前というそんな昔(ベンハーはイエスキリストがでてくるのでおよそ 2000 年前の話だったと思う)から同じ形式の戦車があったんですね。

    • +8
  2. アジアから戦車を伴った遊牧民がエジプト方面へ進出し始めた時期と重なる。この民族移動の東の波がインドにも及んでいた物証になるかも。

    • +1
  3. >インド文化ではこれまで戦闘で戦車が使われた証拠は見つかっていなかったが、

    えっ、そうなんだ!?
    古代インドと言えば車輪が象徴的なイメージあったし、
    マハーバーラタの挿絵なんかでも チャリオットに乗ってるシーン多くない?
    (それとも、チャリオットは後ろから乗り降り自在の立ち乗りショベル型を曳いてるのだけで、
     座席があったり箱型の乗り物だと 単なる「馬車」の分類なのか?)

    • +3
  4. キリスト教が文明の始祖みたいな世界の教育と違う歴史がどんどん出てきてるね

    • -2
    1. そんな教育は世界のどこの国でもされていないと思いますよ?

      • +3
  5. 日本の皇暦って2500年程度だっけ?
    中国やインド、エジプトと比べると浅い歴史と感じてしまう

    • 評価
    1. 中華人民共和国1949年建国だってね
      日本に比べたら短い短い

      • +1
    2. 中華人民共和国は昔の中国を継承してないしなぁ。
      文化大革命だったかな?正式名称表明してたよね。

      • 評価
  6. 地元大反対で死者まで出した、伝説の乗り物が
    埋葬されてるあれこそ国策で取り出してほしい
    何か気になる人は調べてみて面白いよ

    • 評価

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