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3500年前の鎧が激しい戦闘に適していたことがギリシャ軍海兵隊の実戦テストで証明される

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(著) (編集)

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 古代ギリシャではミケーネ文明が栄えていた時代、小アジアのトロイアに遠征軍を送り、激しい戦闘が繰り広げられていた。トロイア戦争である。

 1960年にギリシャ南部で、約3500年前の鎧が発見されたが、その鎧が実際に戦闘で使用されたのか、単なる飾りだったのかは長年の謎だった。だが今回、ギリシャの屈強な海兵隊たちの協力によりその真実が明らかとなった。

 この鎧は、長時間の激しい戦闘にも耐えうるもので実際にトロイア戦争で使用された可能性が高いという。

戦士の墓から謎めいた鎧が発掘

 1960年5月、南ギリシャのデンドラ村付近に墓泥棒が入ったことがきっかけで、考古学者が目を輝かせるような発見があった。

 墓泥棒はほとんど何も盗めなかったが、そのおかげで古い戦士の墓が見つかったのだ。

 戦士の墓から武具が見つかるのは珍しくないが、その戦士のものと思われる鎧は少々異様だった。

 現在「デンドラの鎧(Dendra Panoply)」と呼ばれるそれは、前後のプレートを合わせた青銅製の胸当て、首を守る首あて、腕を守る2枚の肩甲、腰から下を守る3枚の湾曲した草摺(くさずり)で構成されている。

 当時の技術レベルとしては、きわめて精巧な作りをしており、そのすべてに驚くべき職人技が見られ、同様のものはそれから3000年も後になるフランス王ルイ14世の時代になるまで登場しない。

 デンドラの鎧は、紀元前1600年頃にギリシアで繁栄したミケーネ文明の遺物だったのだ。

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1960年に発見された古代ギリシャの青銅製の鎧 / image credit:Zde / WIKI commons

この鎧は実戦で使用されたのか?

 謎だったのは、この鎧の目的だ。実際の戦闘用なのか、それとも、式典で着用されるだけのお飾りなのだろうか?

 ギリシャ、テッサリア大学の考古学者チームは、それを確かめるために、鎧を実際に着用し、戦闘を行ってみることにした。

 デンドラの鎧や当時の武具の精巧なレプリカを作成し、これを着用した上で古代ギリシャのそのままの戦いを行ってみるのだ。

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デンドラの鎧のレプリカ/Andreas D. Flouris et al

ギリシャ軍海兵隊が鎧のレプリカで模擬戦

 11時間の模擬戦を実際に行ったのは、ギリシャ軍海兵隊13名である。

 体力や体型が当時の戦士とほぼ同じと考えられる隊員から選抜された、屈強な本物の戦士たちだ。

 模擬戦をより現実的なものにするために、ミケーネ時代の食事のほか、トロイア戦争を描いた叙事詩『イーリアス』をもとに古代ギリシャの戦闘技術も再現された。

 それどころか、当時の気候や地形までも考慮する徹底ぶりだった。

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トロイア戦争の舞台となったトロイア周辺の地形/Andreas D. Flouris et al

3500年前の鎧は戦闘に適しており使用されていた可能性

 研究チームが欲しかったのは、現実的な条件下で、デンドラの鎧を着たまま戦闘を続けられるという証拠だ。そして、その願いは果たされた。

 模擬戦で鎧を着けた海兵隊たちは、徒歩や戦車に乗ったまま当時一般的だったヒット・アンド・ラン戦術を確かに実行できた。

 鎧や武器を装備しても、平均年齢29歳の健康な男性が耐えられないようなストレスはなく、身を守りながら、十分に体を動かせることが実証されたのだ。

 こうしたデンドラの鎧の高い実用性は、この地域にミケーネ人が強力な文明を築けた大きな要因の1つかもしれない。

 論文では「ミケーネ人が東地中海でこれほど大きな影響力を持てたのは、部分的には彼らの鎧技術のおかげだったという説を裏付ける」と述べられている。

 この研究は『Plos One』(2024年5月22日付)に掲載された。

References:Greek Marines don 3,500-year-old armor to prove it’s combat-capable / Ancient Mycenaean armor tested by Marines and pronounced suitable for extended combat / written by hiroching / edited by / parumo

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この記事へのコメント 21件

コメントを書く

  1. そんなにべた褒めならギリシャ軍海兵隊のボディアーマーに採用しようぜ

    • -12
    1. >>3
      いやいや、今なら新素材があるし、武器も剣と槍ばかりじゃないからね。当時の成型技術なんかもあるから今ならもっと軽くもっと強靭に、しかも弱点少なく作られるんじゃないかな。
      ただもし火薬の技術が失われて剣、槍、弓矢、あるいはでかい転がし火付け藁とか城攻めも当時のモノしかなくなったらこの鎧は有効でしょう。

      • +5
    2. >>3
      現代戦に通用するわけないでしょう。

      今時の自動小銃の小口径高速弾で蜂の巣にされておわる。
      わかってて書いてんならずいぶんいじわるな話ですね。
      鎧なんてもんは過去も今も機動力と防御力のトレードオフですよ
      バイタルしか守らん代わりにガチガチの鉄板入れるクソ重いのもあれば
      そこまでダメージ防がんけど比較的軽めで全体的にダメージ抑える奴もあるの知ってんでしょ。

      • +3
    3. >>3
      記事にあるように戦場で「当時の気候や地形までも考慮」して再現し
      戦う相手側にも当然同等の装備やルールで戦ってもらおう!!

      • +2
  2. この技術が失われて、同様の鎧が出てくるのが3000年後というのが惜しいな

    • +10
    1. >>4
      ローマ帝国が崩壊して兵器や技術が失われて明確に欧米が越えたのは中世の終わり頃だからね
      現代だって戦争で文明が崩壊したら1000年単位で停滞するなんて全然あり得る事かもしれない

      • +5
  3. おもしれええ! 実験考古学好きだけどここまでガチるとはね。素晴らしい

    人類文明は青銅器時代後期の紀元前15~13世紀頃に一度、繁栄の極みに達した。スレの鎧はまさにこの当時のもので、当時の技術力の高さを十分以上に立証している。この時代、西はイタリア周辺から東はオリエントに至るまで国際交易と外交が取り交わされ、そうしたグローバル社会で文化や芸術が大いに栄えた。それが、紀元前1200年頃に世界規模で突然の終焉を迎え、文明崩壊後の長い停滞期間を迎えることになる(一般的には海の民の侵略によるものと信じられている)

    この珍妙な鎧は、一度崩壊した旧文明の輝かしい遺産というべきものと言える。金ぴかに光青銅製の全身鎧をまとった戦士たちが行進する姿はさぞ威容ある光景だっただろうな

    • +14
    1. >>5
      このあいだNHKBSでその時代の文明崩壊を検証する番組やってたわ
      大規模な気候変動と大きな地震の連発によるさまざまな地域からの難民たちが海の民の正体だったのではとかそんなやつ

      • 評価
  4. 当時の一般的な鎧とは全く異なる形状なので、王など司令官級の鎧だったように思える。
    いかにも堅牢そうな光り輝く青銅の板金鎧とイノシシの牙で造った防御は捨てたような兜のミスマッチ差からも、実戦でも使えるけど実際に最前線で戦う兵士の鎧では無さそう。

    • 評価
    1. >>6
      王が戦場に出て徒歩で相手国の兵士と向き合うという文献か何かご存知のようですが、そのコメントの資料を教えてもらえないでしょうか。
      よくある文献だと王は、戦場に出ず王国で戦果を待っていたり、司令官も馬上や戦車(馬引きのやつね)の上で指揮をしている文献は見つかるのですが…。

      • -2
      1. >>17
        「王」に引っかかってるんだろうけど、それは >>6 が一例として挙げただけであって、高い身分の指揮官が実際に戦場に出て陣頭指揮を取るのは何も珍しいことではない。流石に前線で槍を振るったりはしないだろうが、カルタゴとかの戦争史を知らない?

        • 評価
  5. 3000年の失われた技術だと?

    本物なのだろうか?

    墓泥棒が遊びのために置いていった可能性もある

    • -13
  6. 兵馬俑の刀剣も戦場で硬く使えるのでひっそり掘られ
    現在では残ってない状態で発掘された
    ローマ時代に使われたコンクリにしろ古いものが
    優秀なもの多いのはなんでだろう

    • 評価
  7. スカート?部分が横スリットだと
    太腿の大動脈カバーできるし、脱がないでおトイレできるね!
    乗馬は無理そうだけどミケーネだと上の人は戦車(チャリオット)かな?

    • +2
  8. 鎧を着て武器で戦うのと、素手で格闘するのでも体の使い方から立ち振舞いまでガラリと代わるから、鎧を着て武器で戦うのに必要な能力はあたりまえのように備えてたんでしょうね。

    • +2
  9. ミケーネ文明…
    すでにDr.ヘルが持ち去った後だよ

    • +6
  10. 重量的にはどれくらいのものなのだろうか。腰から下はぶら下がっているだけのようだし肩鎧も上腕で支えてはいないように見受ける。
    つまり鎧の全ての重量を肩で支えてることになるのでかなり辛いと思われる。
    戦場に行くのに着たまま歩いていくのはちょっと現実的ではなさそう。
    王族や貴族が馬や戦車で移動する、もしくは戦場近くになって従者に着せてもらうかんじだろうか。
    この鎧がその後の歴史でほとんど見られないというのは実用性に欠けたため誰も使用しなかったという証拠なのでは?
    ちなみに金属板曲げた簡素な作りであってルイ14世のころの鎧にはとてもじゃないけど及ばない。
    ヘルメットが1ピースの金属製でないのは技術的にそれが作れなかったという証拠でもある。
    青銅の使用量も多くなるのでこれを着た戦士を何十人もそろえるのは資金的に困難だったとかもあるのかな?

    • +1
    1. >>16
      古今東西を問わず、重武装とされる戦士の武装の総重量はあんまり変わってない(20キロをやや超える程度)なのでこの鎧も同じようなもんだと思う。それを肩だけで支えているかどうかはちょっと分からんけどまぁ、行軍時に着用はしないというので間違いないと思う。

      クレタ島はこの時代に数百台の戦車を持っていたことが確認されていて、それだけの戦士を揃える実力はあった。ただホメロスの記述だとギリシア世界の戦車戦士は戦うときに車を降りているようなので、それがミケーネ人に当てはめられるかどうかという点で車上戦闘用なのか徒歩用なのかは不明。もし車上の場合はアレを着て弓を射ることになる。いずれにせよ、服飾デザインにズボンが採用されていないのは騎乗の習慣が無かった時代のものであることを明確に表現していて、のちの時代に通用しないのは馬に乗ることができそうにないからかと思う。オリエントの農耕民に騎馬の風習が持ち込まれるのは紀元前8世紀以降

      ヘルメットが1ピースじゃないのは、青銅だと十分な防御力を発揮するのに重たくなってしまうからで、冊甲という鱗状の金属板を重ねていけば実用的な軽さと防御力を発揮できるから。鉄製の防具が登場すると薄く伸ばしたヘルメットでもちゃんと矢玉を防げるようになる。青銅の冶金技術は当時相当高かったので、作れなかったという証拠ではない

      • +2
  11. 当時の装備再現で戦闘やると投槍飛ばすことになるけど手加減厳しいような。
    ファランクスとかない時代だけどあの頃から8mクラスの長槍なんかもあるっぽいな、イーリアスを読むに。

    • 評価

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