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VRの錯覚で実際の体温が低下する可能性。動かしていない手が冷える現象

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Image by unsplash / Sara Kurig
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 VR(仮想現実)を使って自分の手が本来とは別の場所にあると脳に錯覚させたところ、実際の体温が低下する現象が確認された。

 イタリアのミラノ・ビコッカ大学の研究によると、被験者に現実とは異なる手の位置を視覚的に体験させた結果、脳の空間認識が乱れ、動かしていない現実の左手の体温が物理的に下がったのだ。

 しかも参加者本人は、体に違和感を覚えていなかった。

この研究成果は『Cortex』誌(2025年9月5日付)に掲載された。

参考文献:

脳が作る身体の空間地図

 人間の脳は、視覚や触覚、空間的な情報を組み合わせて、常に自分の体がどこにあるかを把握している。

 脳の中に作られる体の空間地図は「ボディ・マトリックス」と呼ばれている。

 ボディ・マトリックスは、体の中央を縦に走る「正中線」を基準にして、目や皮膚から入ってきた感覚の情報を右側と左側に振り分けている。 

 視覚や触覚の情報がボディ・マトリックスと食い違うと、脳は不一致を解決しようと働く。

 過去の実験でも、ゴムで作られた偽物の手や鏡を使い、脳に人工の手を自分の体の一部だと思い込ませると、隠しておいた本物の手の温度が下がることが分かっていた。

 そこでイタリアのミラノ・ビコッカ大学の研究チームは、VR空間で身体の正中線を越える錯覚を起こした場合、肉体にどのような生理学的変化が起きるのかを検証した。

VR空間で自分の手が別の場所にあると思い込ませる実験

 研究チームは、26人の成人を集めてVRを使った感覚運動実験を行った。

 参加者はVRヘッドセットを被り、右手でコントローラーを握る。

 実際の左手は視界に入らないよう目の前のテーブルの上に置かれたままにする。

 参加者は15分間、実際の右手を使ってVR空間内の棒を振り、青いキューブを標的に向かって押し出す作業を行った。

 棒がキューブに当たると右手のコントローラーが振動し、デジタル世界に実際に触れている感覚を高めている。

 実験は3日以上の間隔をあけて2回行われた。

 片方はVR空間でも右手が棒を持っている通常の状態、もう片方はVR空間で棒を持っている手を視覚的に左手へとすり替えた状態である。

 どちらを先に行うかは参加者ごとに入れ替えられた。

 参加者の目には、左手が体の右側で動いているように見え、実際の右手の動きを完璧に模倣するという錯覚が生み出された。

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VRで作業中の参加者。左が通常の状態で右手が表示され、右がすり替えた状態で左手が表示されている。拡大部分がその違い。Image credit : Girondini et al., Cortex (2025) / CC BY-NC-ND 4.0

脳が見失った現実の左手の体温が物理的に低下

 研究チームは赤外線カメラを使い、テーブルの上に置かれたままの実際の左手の温度を測定した。

 同時に、神経系の活動を示す皮膚の電気伝導度(発汗量など)を測るため、左手の甲に軽い電気刺激を与えて反応を観察した。

 VRで左手が体の右側にあると視覚的に錯覚させた場合、テーブルの上に置かれた現実の左手の皮膚温度が実際に低下した。

 低下の幅は平均0.109℃だった。

 反対に、VR空間でも右手が表示された通常の状態では、左手の温度は平均0.149℃上昇している。

 通常の状態でもVR空間に左手は映っていないため、左手が見えなくなったことが原因ではなく、左手が体の右側へ移されたことが温度を下げたと考えられる。

 目隠しをして自分の左手がある場所を指さすテストを行ったところ、参加者は自分の左中指が本来の位置より少し右にずれているように感じていた。

 ただしこのずれは、手をすり替えた条件でも通常の条件でも同じように起きている。15分間ずっと右手だけを使っていたためだと研究チームは考えている。

 課題を終えた参加者は、VR空間の棒をどれくらい自分の体の一部のように感じたか、体に違和感があったかを答えている。

 答えは二つの条件でほとんど変わらなかった。本人が異変に気づかないまま、体温だけが動いていたのである。

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Image by unsplash / Stella Jacob

身体の錯覚を利用した神経痛などのVR治療法へ応用

 実験から、空間認識が肉体の生理的な調節機能に直接影響を与えていることが明らかになった。

 脳が自分の体の一部を見失うと、物理的な体温まで下がってしまうのである。

 今回の研究は参加人数が少なく、右利きの参加者のみを対象としている点など限界もある。

 VRの視覚的な錯覚とコントローラーの振動による触覚のどちらが強く影響したのかについてもさらなる検証が必要だ。

 特定の脳の領域に磁気や電気で刺激を与えれば、体温調節に関わる神経回路を絞り込めるはずだと研究チームは述べている。

 メカニズムが解明されれば、ケガが治った後も強い痛みが続く「複合性局所疼痛症候群」など、患部が異常に冷たくなる神経疾患の新たな治療法につながる可能性がある。

 身体の境界線をVRで安全に操作し、乱れた脳の地図を正常に書き換える日が来るかもしれない。

References: doi.org/10.1016/j.cortex.2025.08.008

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