この画像を大きなサイズで見る古代都市ポンペイは、紀元前89年、古代ローマ帝国の政務官、ルキウス・コルネリウス・スッラによって征服され、植民都市となった。ヴェスヴィオ噴火が起きる168年前のことだ。
今回新たにポンペイ遺跡の考古学公園にある図書館「ビル、サン・パオリーノ」の地下から、偶然にローマ帝国時代の軍人の墓が見つかった。
この軍人は、最後のスペイン征服戦争で皇帝アウグストゥスに仕えた重要な人物だ。はっきり残されていた碑文によってこの人物の身元が判明し、当時のローマの権力構造を理解する上で重要な発見だという。
初代ローマ皇帝アウグストゥス
まずはアウグストゥスについて説明しよう。共和政ローマの政務官で、紀元前27年から紀元14年までローマを統治した初代皇帝だ。
エジプトを併合して地中海世界を統一し、数多くの戦争や領土拡大、反乱をを経て、のちにパクス・ロマーナ(ローマによる平和の意)と称される時代の基礎を築いた人物である。
この画像を大きなサイズで見るポンペイで発見された古代ローマ軍人の墓に刻まれた碑文を解読
発見された墓の碑文にはその軍人の輝かしい軍歴とポンペイでの隠遁生活が記されていた。
ヒスパニアは皇帝アウグストゥスの時期に全土がローマの支配下となったが、この驚くべき発見により、紀元前1世紀から紀元1世紀のヒスパニア(スペイン)史に関する新たな情報が得られることになった。
フェデリコ2世ナポリ大学のマリア・キアラ・スカッパティッチオ氏とボルドー・モンテーニュ大学のアルベルト・ダッラ・ローザ氏が碑文の解読と解釈に尽力した。
最初に露わになったのは半円形の墓の両端で、このような墓はスコラと呼ばれる。
石灰華堆積物トゥファ石でできた半円形のベンチのような墓で、両端がライオンの足のような形をしている。
この画像を大きなサイズで見るポンペイでこうしたスコラ墓は以前にも見つかってるが、この墓にはかなり大きくくっきりとした碑文があった。ベンチ部分の湾曲した背面に、赤い塗料の跡がうかがえる文字が規則正しく巧みに刻まれていたのだ。
西暦79年に大噴火が起こったとき、すでにこの古い墓は長年放置されていて、ベンチ部分まで埋もれていた。
そのせいか、ベスヴィオ火山がポンペイの町を壊滅させ、碑文が忘れ去られても、文字ははっきり読み取れるほど鮮明に残ったようだ。
この画像を大きなサイズで見るこの碑文から被葬者が誰なのかが明らかになった。そこにはこう刻まれていた。
N(umerius) AGRESTINUS N(umerius) F(ilius) EQUITUS PULCHER TRIB(unus) MIL(itum) PRAEF(ectus) AUTRYGON(um) PRAEF(ectus) FABR(um) II D(uum)V(irus) I(ure)D(icundo) ITER(um) LOCUS SEPULTURAE DATUS D(ecreto) D(ecurionum)
これを翻訳するとこうなる。
ヌメリウスの息子、ヌメリウス・アグレスティヌスは、正義の騎士、護民官、アウトリゴヌムの長官、技術者たちの長官、司法権により2度も二頭政治者(例えばポンペイ市の最高権力者)に任命された。市議会の命によりこの埋葬地が与えられた
更に、同市南東部にあるポルタ・ノチェラ墓地で発見された別の墓碑銘によって、ヌメリウス・アグレスティヌスの身元が確認された。
ポルタ・ノチェラ墓地にはアグレスティヌスの妻だったベイア・バルキラがふたりのための記念碑を建てていた。
元老院議会の命令によってアグレスティヌスを称えて公有地に墓を建てることを決定したのは、のちになってからのことだ。
次に「Praefectus Autrygonum」という言葉だ。
アウトリゴヌムはイベリア半島北部の民族で、当時のローマ皇帝アウグストゥスは紀元前29~19年にかけて、ヒスパニア占領のためのカンタブリア戦争をくりひろげていた。
つまり、ヌメリウス・アグレスティヌスは、このスペイン、アウトリゴヌムの長官だったということだ。
ローマの権力構造を理解する上で役立つ発見
これは歴史的に新たな視点で、共和制から帝政への移行期にローマの権力がどのように組織されたかを理解する上で役にたつ。
ポンペイ考古学公園のディレクター、ガブリエル・ツフトリーゲル氏はこう説明する。
帝政のエリート層を結びつける権力ネットワークが誕生していたことがわかります。
各メンバーは経済的な報酬だけでなく、なにより居住地域での社会的名声が約束され、その代わりそれぞれの紛争地に身を投じるよう要求されたのです
ポンペイの最高位である二頭政治者を2度も務め、公有地に墓碑を建ててもらって栄誉を受けたことは、帝国の大儀のために最前線で戦った人物であるという認識とその労に報いる誠実さの表れといえる。
この墓が偶然に見つかったのは、ポンペイにおいて保護、研究、向上がいかに密接に絡み合っているかを示す新たな例だろう。
この発見は『Pompeii Excavations』誌で発表された。
References:An unexpected discovery in Pompeii: A Roman Tomb Reveals the Existence of an Unknown Imperial Position in Hispania – Arkeonews / Discovery of military officer’s tomb in Pompeii sheds light on the history of Spain / written by konohazuku / edited by / parumo














ポンペイはまじで考古学者にとっての宝の山だな
>>1
火山噴火で埋もれたってのはタイムカプセルみたいなもんだからね……盗掘や破壊に合わないってのはでかいね
>>1
ポンペイって今でいう軽井沢に近い地域だったのも
運が良かったのかもな
これが都心とか人の多い地域だと政権変わったら
ぶっ壊すということをよくやってたので、貴重な
資料も残ってないこともある
火山の噴火と火山灰に埋もれたポンペイ市民は、お気の毒です。
でもそのおかげて考古学者にとっては町全体がタイムカプセルみたいになってる。
政務官じゃなくて執政官では
>>4
いや、「執政官(コンスル)」はローマの「政務官(マギストラトゥス)」の一つだから間違いではないな。
duumvirusは日本語では「二人官」て呼んでる官職だね。複数形のduumviriに対する訳語としてインデックスされてることが多いから、duumvirusで調べると定訳を見つけにくい。
いわゆる封建領主ってやつでしょ
紀元前なのに恐ろしく機能整備された社会システムだ
スコラ・・・。とある雑誌を思い浮かべるのは50代以上かな・・・。