この画像を大きなサイズで見るポンペイの古代遺跡で、テラコッタ(粘土を素焼きしたもの)で作られた13体の彫像が見つかった。
その中には、キュベレーとアッティスの悲恋物語を表したと思われるものもあった。この発見は、名高いローマの町の宗教的、文化的慣習に新たな光を当てることになった。
高さ15cmほどの小立像は、ある家の廊下の棚だったと思われる場所に整然と並べられていたという。これらは、ここに住んでいた人々の信仰や生活を垣間見せてくれる。
ポンペイの古代遺跡から出土した13体のテラコッタ像
ご存じの通り、現在のイタリア・ナポリ近郊にあった「ポンペイ」は79年のヴェスヴィオ火山の大噴火の影響で壊滅的被害を受け消失した古代都市だ。
今回、ゼウスが白鳥に変身してレダを襲う神話を描いた、驚くほどよく保存されたフレスコ画で有名「レダと白鳥の家」の遺跡内の私邸の一室から、13体のデラコッタ像が出土した。
現在この場所への出入りと理解を進めるためのプログラムとともに、発掘と保存が行われている。
この画像を大きなサイズで見る女神キュベレーと恋人アッティスの悲恋をモチーフにした像も
像の中には、古代ギリシア・ローマの神話に登場する、女神キュベレーと、その愛人で息子でもあるアッティスの悲恋を表したと思われるものもあった。
偉大なる母、神々の母として知られるキュベレーは、手つかずの自然と豊穣なる力の象徴だ。たいてい野生動物や山、力強い自然の風景とともに描かれる。
アッティスは、植物、とくに常緑の松の木のような若い神を表し、古代の豊穣崇拝の中心だった生と死と再生のサイクルを体現している。
神話では、キュベレーのアッティスへの深い愛が語られているが、その愛はアッティスがキュベレーを裏切り人間と結婚しようとしたとき絶望に変わる。
あまりの激怒と嫉妬で、キュベレーはアッティスを狂気に追いやり、ついにアッティスは松の木の下で自らを去勢して死んでしまう。
アッティスの死後、キュベレーは自責の念にかられ、アッティスを肉体が朽ちることのない不死にして欲しいとゼウスに懇願する。
このドラマチックな物語には、愛、裏切り、生命のサイクルのテーマが織り込まれていて、ローマ世界に深い共感を呼んだ。
これらが見つかった場所は、装飾が施されフレスコ画が描かれた壁の真ん中、床から2m以上の高さがあるあたりで、こうしたセッティングはこれらがこの家庭内で重要度が高かったことを示している。
おそらく、崇拝の対象あるいは日常的な信仰儀式の一部として使用されたものと思われる。
当時の人々の信仰心が垣間見られる
これらテラコッタの彫像は、この家の装飾的、宗教的な構造の一部で、ローマ家庭の信仰におけるキュベレー=アッティス伝承の重要性と、当時の幅広い宗教背景を表していると思われる。
復活と豊穣というテーマは、成長、衰退、再生を永遠に繰り返すサイクルを象徴する、とくに春分の日の古代豊穣崇拝や儀式と関連している。
高さ15cmほどの彫像の中には、人物像のほか、クルミやアーモンド、粘土製の雄鶏の頭、ガラスの松ぼっくりなどがあり、おそらく水平に棚が取りつけられていたと思われる部屋に直立して置かれていたと推測されている。
彫像は、床から2m以上の高さまで積もった軽石の中から見つかった。これらがあった部屋は、おそらく家の吹き抜け部分で、彩色されていて壁の上部にはフレスコ画が描かれていた。
最初の調査から、像のいくつかは季節の移り変わりや大地の豊穣、春分の日と関連していると思われる。
2019年に官能的なフレスコ画が見つかったことにちなみ「レダと白鳥の家」と名づけられた邸宅近くで回収されたこれら小立像からは、この家の持ち主の文化的な豊かさと、神話にインスピレーションされた芸術に囲まれて暮らしたいという願望がよくわかる。
ポンペイで進行中の調査研究は、ただ過去を明らかにするだけではない。このような人類の宝を未来の世代のために保存し、学習や鑑賞のために彼らがこれらを見ることができるようにするのも重要なことだ。
現場では、発掘や修復作業が続いていて、こうしたテラコッタ像のような新たな発見は、悲劇的な最後を迎える前の古代都市の日々の生活を理解するためのパズルのピースをまたひとつ提供してくれる。
References:13 TERRACOTTA FIGURINES EMERGE FROM THE PUMICE DURING THE EXCAVATION OF A DOMUS NORTH OF THE HOUSE OF LEDA AND THE SWAN – Pompeii Sites / Pompeii’s Ruins Reveal 13 Figurines Telling A Dark And Twisted Myth | IFLScience / written by konohazuku / edited by / parumo














う~ん…ドラマチック…なのか?
やっぱ神様達の恋愛事情は理解できん…
>>1
そりゃまあ実際に神様が恋愛をしてたわけではないし、人が創った神様の恋愛事情の物語(ドラマ)なんだからドラマチックなんだろう。知らんけど。
>>4
じゃあ、この物語を考えた人の気持ちだか考えつく脳ミソだかが理解できんってことになるのかな
当時は親子間の恋愛もアリだったのかな?
神様だからいいだろうって感じかな?
どっちにしろ気持ち悪いねぇ
>>6
ひとつ考古学上のあり方として、当時の風習・思想等を現代人の常識・感情で判別してはダメってこと。
その時代の常識はどうであったかを常に意識すべきだよ。
>>6
「親子」の概念がおそらくあなたの考えているものと違う。
その気があるなら、関連本を読んでみると見えてくると思います。
取っ掛かりとしてはWikipediaでもいいけれど、必ず他の文献も併せて確認することをお勧めします。
>>1
常緑樹の起源神話、繁殖を前提とした植物の婚姻儀式、(去勢)動物(人間含)の儀式処刑といった樹木神信仰にありがちな宗教儀式をベースに完全に後世の人間が作ったっぽい話だね
神話は神話時代の遥か後に作られた物語であって、どうしてもその時代の人々が求める物語に捏ち上げられてしまう
個人的にギリシャ神話のダイナミックな恋愛劇と悲劇的終末は、神権君主の聖性を正当化する必要がない民主社会での大衆文化への迎合・普及とかが影響してるんじゃないかと思ってる
1900年前か…
日本はその時代どういう状態だったんだろ。
>>2
歴史に詳しいから分かるけど、当時の日本にはスマホはなかったよ
>>3
まだ黒電話の時代だったっけ
割と不便な時代だよね
>>2
鉄に夢中よ
愛人で息子、とは、、、なんと
キュベレにまつわる話は去勢だらけ