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これがピザの元祖なのか?ポンペイの遺跡でピザのような料理を描いた壁画が発見される

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(著) (編集)

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 イタリアの古代都市、ポンペイの遺跡で、いかにもおいしそうな、地中海料理のフレスコ画が発見された。

 その中にはピザそっくりの料理も描かれており注目を集めた。だが肝心のチーズがなく、みんながよく知るピザとはちょっと違うようだ。

 だが、もしかしたら、これが現代のピザの遠い祖先なのかもしれない。発見された場所がイタリアだけに。

ポンペイの遺跡で発見されたピザっぽい形状のフレスコ画

 イタリア、ポンペイの遺跡で、2000年前のものと思われるフレスコ画が発見された。

 フレスコ画は、壁面や天井などの表面に、湿った石灰漆喰(プラスター)上に顔料を塗って描かれる絵画だ。

 絵の具が漆喰と化学的に反応して乾燥することで、壁面に絵が定着し、耐久性があり、長期間にわたって美しさを保つことができる。

 イタリア、ナポリ近郊にある古代都市ポンペイは、西暦79年に発生したヴェスヴィオ山の大噴火で丸ごと飲み込まれてしまったが、一瞬にして火砕流に埋もれたため、当時の遺物がきれいに残されている。

 今回発見されたのは、皿に乗った料理が描写されたフレスコ画でその中に、ピザのように見える料理があったことで注目を集めた。

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ポンペイの遺跡で発見されたフレスコ画 / image credit:Archaeological Park of Pompeii

これはピザではなく平らなフォカッチャの可能性

 今日、我々にとってはおなじみとなっているトマトとモッツァレラチーズたっぷりのピザは、1800年代になるまでイタリアに登場しなかったそうだ。

 なので、このフレスコ画のピザの土台らしきものは、平たいフォカッチャの可能性が高いという。

 フォカッチャは、ヴェスビオ火山が大噴火して、ポンペイの町が破壊されてしまう西暦79年前まで、一般庶民が日常的に食べていたものだ。

 6月27日、この小さなフレスコ画が公開された。この絵は、洗濯屋、パン屋など商業施設と住宅が混在する古代都市の第9地区で見つかった。さらに、犠牲者3名の白骨も発見されている。

Did the People of Pompeii Eat Pizza?

 黒を背景にしたこの静物画には、銀色のトレイの上に中身がいっぱい入ったワイングラス、ナツメヤシ、ザクロ、赤いリボンが巻かれたブルーのスティックの隣に、黄色い果物で作った花輪のようなものが描かれている。

 なんといっても、トレイの左側にある平たいピザっぽい食べ物が、目を引く。

 「どう見てもこれは、ピザではないかと思いたくなります」ポンペイ考古学パークのガブリエル・ツクトリーゲル氏は、ピザは南イタリアの貧しい庶民料理として生まれ、現在は世界を征服した食べだと指摘した。

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住宅と商業施設が連なるポンペイの一画で、ピザにも似たフォカッチャであろう料理が描かれたフレスコ画が発見された / image credit:Archaeological Park of Pompeii

古代ローマ人にとってトマトは未知のものだった

 ピザといえば、モッツァレラチーズとトマトソースは欠かせないが、ポンペイに住んでいた古代ローマ人には、未知のものだった。

 トマトは、16世紀までヨーロッパには入ってこなかったし、モッツァレラチーズが初めて作られたのは11世紀になってからのことだ。

 しかし、ローマ人には、”囲炉裏のパン”という意味のパニス・フォカッチャスという食べ物があった。

 これは小麦粉、オリーブオイル、水、塩で作るイースト生地でできていて、その基本レシピは、数千年にわたって受け継がれている。

 絵に描かれているものは、平たいパンにスパイスやソースなどのトッピングをつけたように、カラフルな色使いで描かれているところが、まさにこのフォカッチャを思わせる。

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Archaeological Park of Pompeii

客人をもてなすため、家に描かれた静物画

 ポンペイの静物画は、もてなしの贈り物をモチーフとする、クセニアと呼ばれる絵画のジャンルだ。

 家の中央にこうしたフレスコ画を配置するのは、客人をもてなしたいという家の主人の希望を反映している可能性がある。

 ポンペイや近隣の町からは、およそ300ものこうした静物画が見つかっている。

 フォカッチャによく似たパンについては、ラテン語の文献にも出てくる。

 野菜、果物、ニンニク、ハーブ、平たいパンに塗ったペコリーノ・ロマーノのようなチーズを、典型的な質素な食事として描いているローマの作家たちもいる。

 大きな邸宅の壁に鮮やかな色で描かれた質素な食事は、一方で牧歌的で神聖なもの、その一方で銀のトレイの豪華さや、芸術的、文学的に洗練された表現の間にたつ領域を思い起こさせ、興味深いコントラストを映し出している、とツクトリーゲル氏は語る。

 3万2000平方メートルの広さがあるポンペイの第9地区の発掘は、現在も進行中だ。

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References:Pompeii: a still life discovered by the new excavations of Regio IX – Pompeii Sites / 2,000-year-old ‘not a pizza’ fresco discovered in Pompeii | Live Science / written by konohazuku / edited by / parumo

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この記事へのコメント 16件

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  1. ハンバーグステーキではないのだろうか?

    • 評価
  2. トマト抜き以前に、果物が上に乗ってる時点でイタリア人はピザって認めなそうね

    • +8
    1. >>2
      実際キレてるコメント付きのを違うところで見た

      • +5
  3. 手搏図に描かれているピッチャのパクリなのは確定的に明らか

    • -5
  4. どんな料理だったのか
    食べてみたい( ^ω^ )

    • +9
  5. ザクロとナツメヤシはたぶん分かった。
    黄色の飾り切りされたような果物が何なのか、気になる!
    また果物の間にある魚みたいなものは?
    一番手前にある白い細かいものと、上に載ってる昆布みたいのはなんだろう。

    • +6
    1. >>5
      黄色いのはキイチゴだそうな。
      手前側の白いのはナッツ類?クルミかな。

      • +4
      1. >>13 ずいぶんおっきな木苺だね!
        フォカッチャに載ってるのはバジルかな~

        • 評価
  6. そこらの遺跡なら「パンを作ってた痕跡」程度のものがポンペイではどういう形状でどのように食していたかまでわかるだもん。すげえなあ。
    フォカッチャだ!ピザだ!いやピザではないピザの祖先だ!って話題はイタリア人に任せておいて、平たいパンにトッピングをして食べるのはこの頃からすでにあったのね。

    • +3
  7. トマトは毒だと信じられていましたし

    • 評価
  8. かなり写実的に描いてあって如何にもローマ帝国だなぁと思った。
    なぜここまで進んでいた絵画や芸術が中世ヨーロッパの宗教画のような二次元デフォルメ絵画になってしまったのだろう。

    • +1
  9. 日本が竪穴式住居とか住んでハオ!って埴輪やっとこさ作ってた頃、現代と電気がない程度の違いしかない進んだ暮らしをしていたローマ…

    • -1
    1. >>11
      それを言い始めたら、当時のフランスドイツイギリス辺りなんか(ローマの植民都市以外は全て)ガリア・ゲルマン人やスラヴ人ひっくるめて蛮族が住む野蛮な地域扱いされてたんですけどね、実際に彼らはまだ農耕を始めたばかりで同時代の日本と文明レベル的に対して差はなかった

      • +1
  10. 2000年前なのに色が残ってるの凄い。復元したものなのかな。

    • 評価

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