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映画「ターミナル」のモデルとなった18年間空港で暮らした男性が空港で死去

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(著) (編集)

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 トム・ハンクス主演の映画「ターミナル(2004年)」のモデルにもなった、フランス、パリの空港に18年間住んでいたイラン人の男性が、心臓発作により空港のターミナル内で死去した。1945年生まれなので、77歳くらいかと思われる。

 メフラン・カリミ・ナセリさんは、外交問題により法的に身動きができず、1988年から2006年まで、18年間にわたってシャルル・ド・ゴール国際空港に住み続けていた。

Man Who Lived In Paris Airport For 18 Years Dead After Heart Attack

パリの空港で暮らし続けた男性が死亡

 パリ空港当局関係者によると、11月11日の正午頃、メフラン・カリミ・ナセリさんがパリ=シャルル・ド・ゴール空港のターミナル2階で、心臓発作により死亡したという。

 警察と医療チームがナセリさんを治療したが、救うことができなかったそうだ。ナセリさんは、1988 年から 2006 年まで、同空港のターミナル 1 に住んでいた。

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pixabay

 1945 年、イランのクゼスタン州でイラン人の父とイギリス人の母の間に生まれたナセリさんは、1974年にイギリスで勉強するためにイランを離れた。

 しかし、イランに戻った時に国王に抗議したことで投獄され、その後パスポートなしでイランを追放された。

 ナセリさんは欧州の複数の国で政治亡命を申請した。しかし、ベルギー政府によって与えられた難民証明書が入ったブリーフケースを、パリの駅で盗まれたとナセリさんは主張。

 公式の文書を所持していなかったためフランス警察に逮捕されたが、結局どこにも国外退去させることができず、ナセリさんは1988 年 8 月にシャルル・ド・ゴール空港に留まることを余儀なくされた。

18年の歳月を空港で過ごしたナセリさん

 以後も、外交問題や更に厳しくなったヨーロッパの移民法によって、ナセリさんは何年も空港で過ごした。

 赤いプラスチック製のベンチで寝泊まりを繰り返すうちに、ナセリさんは空港職員とも顔見知りになり、友達になったおかげで職員の施設でシャワーを浴びさせてもらえるようにもなった。

 空港では、カフェに座ってコーヒーを飲みながら日記を書いたり、雑誌を読んだり、通りすがりの旅行者を観察したりして1日を過ごしていた。

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image credit: youtube

  “アルフレッド卿”というあだ名を職員たちから付けられたナセリさんは、「空港で暮らす男」として、乗客の間でもちょっとした有名人になった。

 その後、ようやくフランスに住むための難民申請書を受け取ることができたが、彼は空港を離れることについての不安があったようだ。

 空港を去ることができるようになったにもかかわらず、ナセリさんはそのまま空港に住み続けた。

故郷と呼んでいた空港で息を引き取る

 2006 年に病気で入院するまで空港暮らしを続けていたナセリさんは、その後パリのホステルに住んでいた。

 しかし、空港職員によると、死の数週間前には再びシャルル・ド・ゴールに戻っていたという。

 過去にナセリさんを診察した空港医師は、長い間の空港生活によって身体および精神状態が蝕んでいたナセリさんを、「彼は化石化してしまった」と表現していた。

 また、空港職員たちにも、外で生きることができない囚人と比較されていた。

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image credit: youtube

 ただ、いつの間にか、空港はナセリさんにとってイラン以上に「故郷」になっていたのかもしれない。実際に、彼は空港をそう呼んでいたそうだ。

 2004年には、ナセリさんのことを聞いたスティーブン・スピルバーグ監督が、彼をモデルにして制作したトム・ハンクス主演の映画『ターミナル』が公開された。

 当時、ナセリさんは映画についてのたくさんの取材を受けており、映画からの収入でホステル滞在をしていたようだと地元メディアは伝えている。

References:Man Who Lived In Paris Airport for 18 Years Dies In Paris Airport / written by Scarlet / edited by / parumo

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この記事へのコメント 21件

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  1. 愛しい場所で亡くなれたのはある意味良かった
    しかしよくよく読むとおフランスの対応が能天気すぎる
    移民に対して興味ないのかなんなのか
    結局移民だらけの街になってパリが乗っ取られてるしそれも能天気だからか?

    • +5
  2. 不法外人をなぜ空港に住まわせ続けたのか理解できない

    警備に問題あるだろ

    • -24
    1. ※3
      記事ちゃんと読んだ? 退去させないじゃなく退去先が存在しないのよこの人。
      母国から追放されてるし、フランス国内にも法律上滞在させられない、関係無い別の国に移動させてもその国が困るだけ。
      だから空港に留まり続けたわけ。

      ※10
      引き取らないんじゃなく「引き取れない」だぞ。
      そもそも正式な滞在許可がないとその国に滞在できないし、難民申請が無いと難民としても留まれない。
      しかし彼の場合は政治的な問題とアクシデントによりその許可証を失い、改めて難民申請することも困難(そもそも申請するために国内に足を踏み入れることができない…)という状況に陥った。
      これは法律上の不備・穴とも言えるが、しかしそんな状況になること自体がまず無い、異常かつ想定しないケースのため、各国の当局もどうにもならないのよ。
      それでも最終的にはフランスの難民申請を受け取れた。
      彼一人のためだけにそういう措置を取れるように法制度を改訂することがどんなに大変だったことか…

      • +13
  3. 生活費が気になるしプライベート空間もないところで生活するのってどんな気持ちなのだろう

    • +8
  4. やむなく空港で暮らす羽目になったのに、死期が近づいたら今度は自ら空港に戻ったということか
    なかなかに感傷的な感情を掻き立てる話だが、もう帰れる家があるのなら空港職員は家に帰らせるのは仕事じゃないの?

    • -6
  5. お母さんイギリス人なのにイギリスは受け入れてくれなかったのか
    ターミナルってゲートの内側だよね キツすぎる

    • +5
  6. 空港に留め置かれて精神を病んだならそうしたフランス側にも問題ある気がする

    • +6
  7. 美談にしてるけるけど、紙の書類が無いからってどこの国も引き取らなかったんだよね
    人権を無視したひどい話だよ

    • +9
  8. 批判的な意見が多いけど、野良犬を見て勝手に「かわいそう」と言うようなもので
    本人は好きで空港にとどまってるんでしょ。
    何年も住み続けてるうちにそこの場所に適応してそこ以外じゃ暮らせなくなったんだから
    他人が勝手にかわいそうな人だとレッテル貼るのはエゴだよ

    • -15
    1. >>11
      好きで留まってるわけないだろ
      最初からちゃんと移民手続きしてれば空港に留まりたいとか思うはずもない

      • +7
    2. ※11
      好きで空港留まってんじゃなく入国できないし出国先も無いから空港で足止めくらい続けただけなんすけど…記事をしっかり読みなさい。
      でもってなんで難民申請通ったあとも空港留まり続けたかというと、その時点で数年以上も空港で生活してたため、すっかり「普通の」生活ができなくなってたからだ。
      人間を人里離れた山奥に何年も隔離して生活させたら社会復帰が難しくなるのと同じなのよ?

      • +7
  9. どこへでも行ける場所でどこへも行けないもどかしさ

    • +7
  10. wikiで読む限りだと書類は紛失ではなく自ら手放してしまったんだね。何でも捨てる癖があるから身に染みるわ…。各国行政側も見捨てると言うより何とかならんかと手を尽くしていたようにも見えるし数奇な運命の人だなぁ。母親とされる?イギリス人女性は全く出てこないけどその辺りの裏付けはどうなっているんだろう。

    • 評価
  11. 結果からするともっと早くに超法規的対応をすべきだったようにも思えるが、仏民からすればワケのわからん国の、ワケのわからん人物だろうから。
    今、日本に北とか露とか赤露の人が何の公的書類も持たずに来たとしたら?
    「まあかわいそう!」といきなり野放しにはすまい。法を根拠にしてどこかに保留するでしょう。

    • +1
  12. 何が私達を守ってくれるのか考えさせられますね

    • +1
    1. ※18
      国家と法律。ですね。うっかり手放さない様にしましょう。

      • 評価
  13. 私は 1990 年の秋にシャルルドゴール空港を利用したのだけど、その時にすでに彼は居たのですね。なんか言葉にできないけど不思議な感じ。

    • +1
    1. ※19
      私も1999年にパリに行ってそこに居ました。
      帰国時に「パスポートが無い!」と大慌ててトランクを広げていました。
      きっとそこに彼はいたのだろうけど、
      知っててもそれどころじゃなかったかもしれない。
      長い年月を感じるなあ。

      • +1

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