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ドイツ生まれのアメリカ人が残した、1908年の日本の写真

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 ドイツ生まれのアメリカ人写真家、アーノルド・ジェンス(Arnold Genthe 1869-1942)は、アメリカ、チャイナタウンの写真で脚光を浴びた後、著名人の人物写真専門のスタジオを設立し、多くのポートレートを手掛けたほか、1906年にサンフランシスコを襲った震災の写真など、貴重な記録を残したことで知られる。

 彼の死後、スタジオに残された約2万枚の写真はアメリカ議会図書館に引き取られ、現在はアーノルド・ジェンス・コレクションとしてネット上で閲覧可能になっている。

 こちらはそのコレクションに収められていた、1908年(明治41年)の日本の写真だ。およそ当時半年の間、日本に来ていたジェンスが目を留めた当時の町の風景や海水浴を楽しむ人々の姿などが並んでいる。

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References: Rare Vintage Photographs of Japan's Daily Life Taken by Arnold Genthe in 1908 ~ Vintage Everyday

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この記事へのコメント 99件

コメントを書く

  1. №20の写真は、栃木県日光市の神橋ですね。
    他の写真の場所はわかりませんが、特大の電柱が立っているところをみると東京あたりなのかな?

    • +7
  2. 明治41年とはいえ、かなり田舎の方でしょ。
    まるで江戸時代の撮影のセットみたい。
    海水浴の写真だけがいきなり現代っぽかった。

    • -4
  3. 舗装されてないけど道がめっちゃ綺麗だな。ゴミ一つ落ちてねえ。

    • +38
  4. 1886年に日本初の電力会社である東京電灯会社ができたそうな
    電柱ってけっこう昔からあったのね

    • +8
  5. 番傘、蛇の目、こうもり傘、ビーチパラソルまである。なにこれwwwww

    • +8
  6. 海水浴が男と女に分けられてるのが面白いね
    銭湯のような感覚で来てたんだろうか

    • +15
    1. ※11
      そう、海水浴なのに誰も泳いでるふうに見えない。
      入浴してるみたいなんだ。

      • +2
    2. 6、9、12枚目と電柱があることにびっくりした。
      100年前には電化製品があった家庭がどのくらいったんだ?
      都会の写真かな?
      それにしても思いの外、現代と変わらんな。
      もちろん着物を着ている、無舗装という事はあるにしてもこういう建物や風景はありそうだ。
      ※11
      海水「浴」だからね
      ゴミが落ちてない、凄い!!ってやつはどんな町に住んでんだ?
      そんな道路がゴミだらけの家に住んでんのか?
      地域住民は掃除をしないのか?

      • 評価
  7. 1週間で戻ってこれるならこの時代に行ってみたい

    • +12
  8. 結構電化されてるなぁ、明治四一年。
    江戸の情緒を色濃く残しながらも近代化の波がやって来てる。
    一般向けにカメラが発売されたのが明治三八年、真崎鉛筆が三菱鉛筆になったのもその辺り、円盤形のレコードが出て少し、工業だとやっと軍艦(戦艦扶桑)を独自設計始めた頃、我が故郷室蘭が鉄の街になる前年くらいの日本の風景。
    まだ折衷とも言えない和の中の洋、明治、結構好きな時代なんだよなぁ。

    • +21
  9. この時代には当たり前だった
    着物も和傘も手書きの看板も日本家屋も
    今では超がつく高級品になった。

    • +10
  10. 7枚目や11枚目はアーケードのある商店街的なことなのかい?
    道路はキレイに見えるし
    色々とすげーな

    • +16
  11. 10番は奈良の長谷寺かな
    13番は金毘羅さんの参道?

    • +1
  12. 貴重で興味深い
    それから通りが綺麗なのが感心した
    もっとも当時は捨てるものがないって位
    物を大事に使ってたそうだからゴミなんて殆ど出なかったんだろうな

    • +5
  13. 京都かなあ。はっきり場所がわからないけど

    • 評価
  14. 10番は奈良の長谷寺?
    13番は香川の金毘羅さん?

    • 評価
  15. 海水浴場で男女別れているの初めて知った。

    • +4
  16. 嗚呼、良いなぁ…
    真夏に一週間ぐらいタイムスリップしたい。
    さすがに住むのはご免だけど。

    • +2
  17. 海水浴って、メジャーなレクリエーションだったんだろうか。

    • +1
  18. なんか江戸時代って言われても信じちゃいそうな風景。

    • +2
  19. 舗装されてないのに、驚くほど雑草が生えてない。今なら、しょっちゅう除草剤撒かないとこうはならんて、ホンマ。

    • +3
  20. 綺麗な街並みだ。
    是非自分の脚で歩いて見たかった。

    • +2
  21. すごい! 今の日本にはなかなか無い風情あふれる写真。
    同じ国でも100年でこう変わるのかあ。

    • 評価
  22. 巻きたばこがまだなかったためか、吸い殻が道に落ちてない。
    呉服、和装ばっかりで、現代でいうスーツの需要並みに呉服店の需要が大きかったことがわかる。
    大人も現代に比べると背が低いので、子供のころからの摂取カロリーが現代より低かったのがわかる。

    • +4
  23. 道にゴミ一つ落ちてないんだな
    撮影前に拾ったのか、綺麗にすると言う今とは倫理観が違うのか
    渋谷のあの騒ぎを見た後では美しいなと思う

    • +2
  24. 海水浴場の写真で、この時代は、公共の場では男女が分けられていて、親兄弟以外の異性を間近で見るのは結婚した後ぐらいだったと小学校のじいさん先生が言ってたのを思い出した。

    • 評価
  25. 現代っ子の私、3、19の縦字の看板が読めないでござる・・。
    あと、15ののれんにある『カ』的なものはなんだろう・・。
    不思議がいっぱいだ。

    • +1
    1. ※38
      15ののれんは、
      “カ”にカネ”┐”を組み合わせた”カネカ”っていう屋号と思う。

      • +1
    2. ※38
      あれは屋号だよ。昔からやっているお店とかに行くとよく見る。(カツオのヤマキとか)

      • 評価
  26. 路面の清潔感、ゴミの少なさが今と同レベル

    • +5
  27. 13. が鎌を持った死神に見えて2度見した(ド近眼)

    • +2
  28. 日露戦争に勝利した国とは思えませんなぁ…
    やっぱり、明治~昭和は、かなり無理をした成長期だったんですね。

    • +1
  29. すごい、モダンな東京とかではなく、(写真には大阪の住所があるようですが)
    普通の町並みや人達の写真て、あんまり見ないけど、綺麗に撮れてるし臨場感ある。
    今は亡き明治晩年生まれだった祖母は、
    こんな雰囲気の中育ったんだろうと思うと凄い感慨深い。

    • -1
    1. ※42
      ここに写ってるのは田舎でしょ
      明治だと東京の都市部なんかは欧米式の建築や都市計画が実行されてたから今よりも整然としてて現代的な街並みだったんだよ。
      戦後は都市計画なんて無視してやりたい放題開発したから発展途上国っぽい街並みになってしまったが…

      • +3
  30. 100年でこんなに変わるってなんか凄いな

    • +1
  31. この一枚を撮る瞬間に別の場所でも暮らしてる人がいて、砂埃が舞ったり、小鳥が鳴いたりしてたわけで、当時の人も亡くなってその子孫が今生きて、舞ってた砂もどこかへ飛んで鳴いてた鳥ももう去って…..
    これを見てる我々もいつか浮世を去るんだね

    • +4
  32. これがたった百年前だもんなあ
    百年後は今とは全く違うんだろうなあ
    見られないものねだり

    • +8
  33. なんかめっちゃ良い。懐かしい感じがして泣けてくるのは日本人だからなのか…
    海水浴は男女で別れてたんだね。

    • +5
  34. 俺の田舎は昭和40年代頃もこんな街並みだったぞ。

    • 評価
  35. 道がけっこう広いのにビックリ。
    そのうえ、今でいうアーケードがあって、それも驚き。
    雨の日も商品が濡れずにお客さんが来るようにってことなんだろうなぁ。
    本当に道にゴミ一つ落ちてない。
    各家で店の前を掃除しているんだろうな。
    今は行政がやるからって普通の家の前を掃除しているのを見かけるのは少なくなった気がする。

    • +5
  36. 2124年から見れば2016年はこんな感じに見えるんだろね。

    • +6
  37. 大阪には1988年に9階建ての、東京には1989年に12階建ての凌雲閣が完成してるね
    都市計画は終戦から半年経たないうちに立案されてる
    戦災復興院(旧建設省現国交省)も創設した
    だが、完全に実行するだけの金も資材も人手も足りなかったんだ…
    地方を先に復興させようとしたんで、名古屋とか神戸、仙台は結構計画通りだよ
    都市計画とは見た目の事じゃないからね
    見た目の文句なら景観条例に言うべき?

    • -1
    1. ※53
      >1988年に9階建ての、1989年に12階建ての凌雲閣
      →1888年、1889年

      • +1
  38. 私の亡き祖母が片言を喋って歩き回ってた時代だな。看板の住所が大阪…ってのもあるし、関西近畿地方辺りかな。ほぼ和装の中、最後の写真の子はワンピース、後方のおじさんはシャツに短パンだね。家屋はほぼ木像か。海水浴が男女別ってのにびっくりw。みんなが言うように、道がキレイだな。
    明治時代ってほんと興味深い。

    • 評価
  39. 道がきれいなのは家の前の道路をほうきで掃く習慣があったからかな
    30年くらい前までやってた気がする

    • +2
  40. ドイツ人さん、D機関にスパイ容疑を掛けられてそう

    • +2
  41. 死んだばあちゃんが明治45年生まれ。
    この数年後に生まれたのか。なんか感慨深いなぁ。

    • 評価
  42. 3と19も同じか
    パルモの目は節穴か
    訳に立たん目玉ならくり抜いて銀紙でも貼っとけ(パタリロ・ド・マリネール8世)

    • 評価
  43. 3の写真の文字が「大阪博労町弐(二)丁目」と読める。
    現在の大阪市中央区博労町かな。

    • -3
  44. 渋谷と比べてる人がいるけど
    渋谷の子達はこの時代新平民の階級で、会社の借り上げ社宅に住み上司から社会常識を教え込まれ囲われてたからいなかったように感じるだけよ
    きちんと罰する大人がいなけりゃ渋谷みたいになるのは当然

    • +1
  45. 3,19は同じカットですね、大阪中央区の博労町で良いのではないでしょうか。
    20は日光・神橋前だと思うのですが、右側のレールが気になります。
    日光電気軌道は1908年当時創業されていましたが、開通が1910年です。
    レール幅が人に対比し狭すぎること、レール向きが霧降方面に向いていること
    (路線通りなら左側にカーブしているはず)、画角上見切れている可能性もありますが
    架線が見当たらないこと等、線路工事のために敷かれた工事線・仮線のように見えます。

    • -2
  46. 木造がモルタルに変わっただけで
    道の曲がりや人の顔や着てる服はあんまり変わらんのな
    今ならこんな感じだろうなと想像しながら見ると面白いわ

    • 評価
  47. 海水浴は松本順って人が日本に紹介したそうだけど
    最初はレジャーではなく健康増進目的だった
    つまり温泉療養みたいな感覚だったんだね
    男女別なのはそこにあるかも

    • +2
  48. 地方で道路が舗装されるようになったのは、だいたい高度成長期以降だね。自動車も砂埃を上げながらガタガタ走っていた、車に乗ることは疲れることだったんだよ。

    • +1
  49. こういうの、すごくイイ。
    時代の変遷を感じる。

    • +2
  50. 感動した。貴重な写真ですね。素晴らしい!

    • 評価
  51. この時代の人にとっては この環境が当たり前で経験の最前だったのに、一世紀経て 現在の様子の通りだから また一世紀先なんてとんでもないだろうなぁ
    昔の人がいまほどの発展を明確に想像出来なかったように わたし達にはこの先が眩しくて全く分からない

    • +1
  52. 海水浴場…女子側から撮ってるよ、おい。

    • 評価
    1. ※78
      横書きじゃないよ、一文字縦書きだよ
      だから右からになる

      • 評価
  53. 田舎住まいだと
    今とあんまり変わらない所も多いな

    • 評価
  54. 20.チェーンに腰かけてるやつ、今でも見るわ。

    • 評価
  55. 3、19は大阪博労町とあるけど広告の看板だから撮影場所が大阪というわけじゃないと思う。宝寿の看板も京都本願寺ってかいてあるし、わからない。
    6,9は店の看板に京都名●大多福豆とあるから京都だろう。11も京都の八坂の塔が似てると思ったけど確証はない
    13は書籍販売所の看板に琴平町って書いてあるから金毘羅さんでいいだろう

    • 評価
  56. 帯は今ほど高い位置で結んでないんですね
    今は着付けでも韓国のチマチョゴリみたいに上にしてくる人がいて、胸に帯を巻かれた事がある
    やっぱり着物はこのくらいお腹に巻くのが普通だし着やすいですよね

    • +1
  57. 100年前ってイメージで思ってるより文化的なんだね
    都会には電柱があるのに田舎には通ってないあたり黎明期なんだろうか

    • 評価
  58.  うちのお爺ちゃん(故人)そっくりの写真がポンと出て来て驚いた。
    親戚縁者かな?そう言えば昔は祖父祖母の家系は両家共々が各々、全国津々浦々、色んな所へ仕事しに散らばっている家らしい、と、聞いた事がある。
    うちの親戚縁者ならば好いな。浴衣のような着流し姿が真にそっくりだ。
    と、流し見ていたら、その写真と同じ画像がもう一枚あっただよパルモさん。写真がたくさんことあるからな~。

    • 評価
  59. 本当に田舎の方いくと今でもこれに近い景観は見れるな
    20年前なら地方都市でも外れにはこういった古い家屋がよくあった。

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  60. 写っている人々はもう皆さん鬼籍に入られているんだよなあとかこの空はきれいな青なんだろうなとか、この手の拝見すると考える

    • 評価
  61. 空気感がすごいな、当然だが本当に自然だ。

    • 評価
  62. こんな昔から道路がきれいに清められている。素晴らしいですね

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  63. 1908年といえば、夏目漱石が
    『夢十夜』や『三四郎』を執筆していた頃だね。

    • 評価
  64. こりゃ舗装してないと無理だわ。
    砂ぼこりや、雨の後のぬかるみは酷かっただろう。

    • 評価
  65. 昔から日本人ってきれい好きだったんだな~と、道路を見て実感。
    それと、子供が子供をおぶってる画像が多いなと昔の写真を見るといつも思う。
    親は仕事をしていて、子供が小さい兄弟を面倒見てたのかな。
    今ではもう見ない光景だけど。

    • 評価
  66. 「慶應義塾大学野球部、ハワイに初遠征」 この写真とイメージが合わないなw

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  67. はっぴいえんどの曲に出てくる風街って言葉が街の雰囲気にぴったりだ

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  68. 宮島は今も日よけは継承されてるんだな。。。

    • 評価

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