この画像を大きなサイズで見るテレビがアメリカで試験的に利用可能になったのは1920年代後半のことだ。それから商業放送の目処が立つようになるまでおよそ10年ほどかかり、1940年代の初めに白黒放送が開始された。
その後1950年代におけるテレビは世論に働きかける初期媒体となり、家庭での普及率が徐々に上がりテレビブームの時代に突入することになるのだが、当時はまだテレビは高級品である。
なので当時の人々は「うちにテレビあるで!」をアピールする為、さりげなく、あるいは大胆に、写真のどこかにテレビを混入させていたようだ。
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この画像を大きなサイズで見るちなみにウィキペディアによると、日本でテレビの試験放送が行われたのは1939年で、1953年に日本製のテレビが1台175,000円で発売された。
お米10kgがおよそ680円だった当時、日本のテレビの値段は非常に高価だったため、公衆浴場や駅、飲食店などに設置され、個人で所有する家は一部の裕福な家庭に限られた。なお、テレビが一般に普及し始めたのは1950年代の終り頃だったそうだ。
















日本の映画「三丁目の夕日」でもテレビ買った家にお祝いのお酒を届けていたが、親の話ではテレビを買った家には近所の人が見せてくれと押しかけ、手ぶらでは悪いのでいろいろ付け届けをしたようなのであながち嘘ではないようである。
その昔の日本でも、テレビには贅沢品に掛けられる税金が課税されており、更に国からテレビ製造許可を取らないとメーカーはテレビを造る事が出来なかったので非常に高価だったそうです。
因みにキドカラーという革新的カラーテレビのキドは、稀土類由来半導体テレビの略だそうです。
美人がより美人に見える画質。
そうでない方もそれなりに・・
ステータスシンボルという死語が生きていた時代の
ほほえましく懐かしい光景だね。
大切に出迎えるという事は大切に使うという事。
昔は車も家電も家に届いた日はお祭り騒ぎだった。
2000年代前半までは主流だったブラウン管テレビ
そのときは高級品だった液晶テレビ、プラズマテレビや、windows xp
懐かしいな
さりげなくテレビを入れてるんじゃなくて
完全に2ショットとして撮ってるやつがすごいかわいいw
今ってこういうローン組んでまで買いたい実用品って家と車以外にないよね。
不景気になるわけだよ。
※8 今の日本では便利なものとかあったら良いなぁってものがすでに商品化して、尚且つ手に入ってるんだろうね。
物珍しさがないというかなんというか。
まだ世に出回ってないなんかスゴいものが発明されたらこれに近いことが起きるかもね。(さりげなく写真を写すとかさ)
インスタでよく見る写真と同じでわらった
この写真みたあとにインスタ見ると微笑ましくなるな
いい雰囲気だなあ
うちの父の実家は電気屋を営んでいたんだけど、プロレス中継や相撲中継がある日は村人が大挙して父の実家に詰め寄せ、観戦を楽しんでいたらしい。
(商品の宣伝のために居間をショールームのようにしていた。)
普通の六畳間の居間に大人が30人近くいるもんだから、当時小学生だった父は床が抜けないかと気が気でなかったとか。
1960年前後の話。
お米10キロ680円てことは、テレビは今の相場に直せば80万以上…。
そりゃ庶民には中々手が出ない訳だ。
お値段を見て、父の昔話が腑に落ちた。
※2
60年代末期の松下電工のテレビの新聞広告のキャッチコピー
「テレビは一生の買い物です!」
90年代のとある冬の日、うちからテレビを盗もうとした犯人が階段の下で捕まりました。
35型ブラウン管テレビを一人で運べる訳無いだろうに…
女性たちのレトロな服が可愛い
25番とか44番とかモニターの形がおしゃれ
黒人が奴隷だった以前の幸せなアメリカ。
クリスマスツリーがすごい奇麗だ
4番目の人の顔絵みたいや
ひとつの時代の明確な始まりとその証。
今だとなんに相当するのかな?
車じゃないし、PCでもないし、多様化し過ぎてそれぞれの価値観なんだろうね。
自分がイベント会場でVR見てワクワクしたように昔の人も初めてTV見たときはワクワクしたんだろうと思うと感慨深いな。
あと何年かしたら自分も下の世代の人に「昔のVR機材は10万円もしたんだぞ」とか言うんだろうか?
※17
「VRが昔は10万円もしたんだぞ」についてだが、
VHSが昔はプレーヤー(レコーダーだっけかな?)が10万円したんだぞ、は言われたことあるからたぶんあるな!
ちなみにソフト(VHSのカセット)は1万円。高い~
1964年の東京オリンピックの頃のテレビは
今の感覚で言えばちょっと高めの自動車買う感覚って聞いたから今なら数百万だな
※18
知り合いのお爺さんは家購入の頭金を勝手に使ってカミさんに大目玉くらったそうです(笑)昭和っぽい話ですね
今の年配の人はテレビが無い時代から白黒、ブラウン管、薄型、さらにスマホと進化の過程を全部網羅してきたのかと思うと感慨深い
今だとPS VRのレビューをYOUTUBEにアップしちゃう人々
なんだろうか?
祖父はテレビが高級品だった時代に自分で作ったって言ってたな。確か白黒写真を昔見せて貰ったことがある。町中の人が集まってるんじゃないかっていう人の前で祖父が一番前でテレビを弄ってる感じ。
戦時中は学生で飛行機を作る工場に居たらしく、機械にはめっぽう強かったらしい。
70近い父が言ってたけど、テレビができたばかりの頃テレビを持ってる人の家には近所の人が大勢で観に来てたって言ってたもんなー
そうかこういうご家庭はカメラも所有していてカラーフィルムも使えるのね
少し後には高級なTVにも安くできるキットが発売され
それを作る店や電気に詳しいアマチュア無線家などが
せっせと依頼され作ってた
ラジオでも同じように作ったし、今じゃキットなんて
高くなるし考えられないな
NTSCとかPALとかの規格が思い浮かんだ
デザインが素晴らしいのがあるね、ブラウン管を引っこ抜いて味気ない薄型液晶をはめ込みたい。
もうず〜〜〜〜〜とテレビないけどね。
cdのジャケットみたい。
かわいい写真ばかり!しかし水着のやつはなんなのよw
年寄りがプリウスを買って自分の手柄のように燃費を自慢するのが今で言う「テレビ買ったぞドヤドヤ」に当たるかなと思う。
画面が丸っこいと愛嬌ある感じがする。SFっぽい感じも。
ファッションもインテリアも可愛い。
そのまま商品のカタログやポスターにできそうな写真ばかりだね
さすがに写真館に持ち込んで家族写真撮る家庭はなかったか
テレビ達が誇らしげにそこに居るように見える
ちょっと違う観点からだけど、写真の保存性が良いなぁ
カラー写真なんて同時期の日本のカラー写真は結構劣化してるんだよね。
キチンと保管されてたタイプのものなら大丈夫だけど
日本の一般家庭でここまできれいに残ってるパターン少ない気がするなぁ。
やはり、湿度が低い気候が関係してるのか、品質が安定して製造・現像できていたからか。
いろんなことが楽しそう、いい時代だったんだろうな
昔は分割払いなんてマイホームローンしか無かったから、
テレビを買うなんてそれこそ大イベントだっただろうね
そう言えば家以外の分割払いって家電量販店が独自に始めた
「三種の神器セット」が始まりだって聞いた事が有ります
??「あそこの家、テレビ入ったらしいよ」
テレビの画面にほとんど映像が映ってないのが気になった。
テレビの上に置物を置くのが日本と一緒で興味深いw
今は薄くなってものなんて置けないけどね。
ああ、小さい頃に良く行ってた親戚の家に、こんなテレビ有った。必要ないだろ?と思うくらい頑丈そうな木製のキャビネットに入っていて、いかにも「高級品ですよ」といった佇まいだった。高度成長時代は日本も夢を持っていた時代だったな。良い思い出だ。
記事の内容とは関係ないけど1の写真の左の女性が母の若い頃にそっくりでびびった…。
昔は「壁掛けテレビは夢の技術」とか言われていたな
「これからは、どんどんテレビの厚さが薄くなって行くんだ」
とか言われても「ブラウン管を、どうやって薄くするんだよ?」
とか思っていたものだ。現在では厚さ10cm以下のテレビが
有ったとしても、全く驚かなくなってしまったけどね。
昨今でも100インチクラスの液晶テレビがそう言う見栄っ張り向きの扱いだね。
取って付けたような機能を除けばどれも変わらなかったブラウン管時代と違って
今のテレビはネットだオンデマンドだと、機能が追加されてすぐ時代遅れになるのに・・・
爺ちゃんも田舎のわりにTV購入が早くて、ご近所の方が大相撲の時間になると鈴なりだったと母(鉄腕アトムを白黒で見た)から聞いた。婆ちゃんは寝耳に水で、満面の笑みでTV担ぎ込む爺ちゃんと大おじに怒る気力もなくしたそうだ。
爺ちゃん婆ちゃんは亡くなったが大おじはカメラも好きだし、こんな写真残ってるかも。今度聞こう!
今で言うと小洒落た格好してインスタで開封の儀を投稿するのと同じなんだろうね。
確かに「開封の儀」記事や動画は洋の東西を問わず存在してるもんねー。
Apple製品開封の義! 、New my motorcycle UNBOXING! 、開封できるものならなんでも開封の儀をとり行おう
19番のおばちゃんは、どうしちゃったの
変なきのこでも食べたんかいな
電子を加速して磁界で曲げて蛍光体にぶつけて発光させる・・・
これを考えた人も作った人も天才だ
あの…、17の写真だけ、何か今一つ撮影意図が読めないのですが…(何故水着?)
日本でも個人でなかなかテレビを買えない時代があって、例えばμ´sが初めて紅白に出場した時には、秋葉原の電器店の店先に黒山の人だかりができたことがあったり…(違
ちなみに母校の物理の先生は、アポロ11号が月の様子をテレビで生中継すると聞いて、大枚はたいて家のテレビをカラーに買い換えたところ、肝心のアポロからの映像が白黒放送だったため、当時の教え子たちとテレビの前で激しくズッコケたという
テレビが一種のインテリア感覚だった時代だなあ
上に小物飾ったりテレビ自体のデザインも家具と調和してておしゃれなんだよね
今のテレビはデザインがシンプルすぎて家具とマッチしない
機能面重視ばかりじゃなくてデザインも可愛いテレビとか売ればいいのにね
水着でTV>たぶん当時最新流行のかたちの水着と推測。TV購入にくわえて、これから海水浴バカンスに行くアピールかも。
そういえば昔、田舎のじいちゃんの家のブラウン管のテレビには
足ととびらがついていたなぁ
客:ガラッ!「かけそば一丁ね」
長寿庵「今夜はかけは売らんよ、月見以上を注文せんとテレビは見せられんよ?」
>テレビが一般に普及し始めたのは1950年代の終り頃
これ! そして力道山時代を経て、東京オリンピック1964年ころにカラーテレビ化。
ここに写っているアメリカのテレビはもうちょっと古いかんじ。
60年ころから国産はもうちょっと小型で四角い。アメリカ以上に家具調だった。
とても信じられないだろうけど、昭和30年代初頭にTVを買ったら、隣近所どころか町内中が見に来たと言っていたな。
4番目の人エリザベス・テイラーみたい
今でいう におわせ 写真ですな