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海外ではこう伝わっている。日本の江戸時代に関する10の史実

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 インターネットの普及で、海外情報が簡単に手に入るようになったのはいいが、誤った認識がそのまま広がっていったり、広がっていくうちに微妙に歪められたり、誇張されたりと、情報の伝言ゲーム化は日常茶飯事となっている。特に文化や言語が違うと、一旦誤った情報を訂正するのは至難の業だ。

 そういった意味も含めて、今回は日本の江戸時代に関しての海外記事を見ていくことにしよう。

 日本の江戸時代はサムライがいたり、鎖国政策により独自の文化が開かれていたりと、我々日本人はもちろん、海外人にとっても興味のつきない時代である。

10. 入出国が違法(鎖国)

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 1633年、三代将軍徳川家光は、以降200年にわたって続く鎖国の基礎となる政策を打ち出す。この第一次鎖国令によって、奉書船以外の渡航が禁止された。

 日本を離れた日本人には死刑が科された。また、これを密かに計画する者や海外から帰国した者も死刑の対象となった。

 一見、過酷に思える政策の背景にあったのは、キリスト教宣教師やヨーロッパ貿易商の影響力が国内を不安定するという幕府の懸念だ。1639年には第五次鎖国政策によってポルトガル船の入港も禁止された。

 日本に上陸しようとするポルトガル船は破壊され、乗員も処刑の対象となった。ただし、これはやむを得ない場合の処置であり、ポルトガル船への攻撃は実際には滅多になかった。

 意外なことに、こうした鎖国令にもかかわらず、江戸時代には海外貿易が盛んに行われていた。外国人は入国が禁止されていたが、オランダ、朝鮮王朝、明朝や清朝とは通商関係があったからだ。

 特にオランダはこの貿易から利益を上げており、ペリーによって開国が迫られるまでは、日本に上陸できた唯一の西洋人であった。

9. 男性の平均身長は155cm

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 芸術、文化、商業が隆盛を極めた江戸時代であったが、庶民にとっては大変な時代でもあった。生まれに応じた社会的な身分制度が存在したからだ。

 頂点に立つのは武士であり、以下は農民、職人、商人と続く(士農工商)。そして人口の大半を占める農民は唯一年貢を課される身分であった。

 時代とともに多少の改善が見られたとは言え、一般に農民の暮らしは貧しかった。貧しさゆえに子供の間引きが行われることもあった。貧困者は都市部でも似たようなものである。

 国立科学博物館の調査によれば、江戸時代において日本人成人の平均身長は男性155cm、女性145cmだったという。当時の人骨10,000点の調査からは、大勢が栄養不足だったことが明らかとなっている。また梅毒の痕跡も発見されている。

 また女性は化粧に起因する鉛中毒が多かったようだ。そうした遺体の多くは若者であり、その年代の死亡率が高かったことを示唆している。

8. 人糞は大切な商品

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 江戸時代、畜産業がそれほど盛んではなかったため、肥料となる動物の糞が不足していた。そのため農民は人間の大便を使用しており、夜な夜な農民自身や汲み取り業者が回収していた。

 国中の道には農家や地主によってトイレが設えられていた。大便ほどではないにしても、尿も回収されたという。

 し尿の回収販売は大切な産業であり、これを盗めば投獄されることもあった。汲み取り産業は組織的に行われ、固定された相場が存在し、回収権をめぐって争いが起きた。

 1772年に起きた事件では、大阪ワナタベ村の汲み取り業者に尿の独占的回収権が与えられたことが発端で、他の業者と争いが起き、トイレの破壊活動まで行われたという。

 そしてこの汲み取り業は、江戸時代の日本を当時世界で最も清潔な国にする。ヨーロッパの各都市が、窓から投棄される糞尿で不潔極まりなかったのと対照的である。おかげで江戸時代に不衛生を原因とする疫病が蔓延することはなかった。

7. 春画の大流行

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 江戸時代には春画という木版画が大流行していた。幕府はこれを一応取り締まっていたが、あらゆる身分の男女が楽しんでおり、実効性はほとんどなかったようだ。

 春画は本に綴じられることもあり、一般的な本よりもよく売れた。作成は匿名であったが、葛飾北斎、喜多川歌麿など、当代随一の浮世絵師たちの誰もが春画を手がけている。その題材はソフトなものから、みだらなもの、同性愛、エキゾチックな外国人との逢瀬、触手モノの先駆けのような作品まで多種多様である。

 外国人との接触の機会も増えだした1859年、横浜を訪れたフランシス・ホールというアメリカ人は、訪問先の主人が自慢げに見せてくれた春画のコレクションにショックを受けたという。彼の日記には、「おびただしい本が、恥知らずにも展示されている」と書かれている。

 春画は日本が近代化と西洋化を進める過程で廃れていったが、最近になって再評価されるようになってきた。

6. 俳句コンテストが一種の賭け事として人気

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 五、七、五でなる世界的に有名な定型詩である俳句の源流は、俳諧という集団文芸にある。俳句とは違い、俳諧は本格的な芸術というよりはずっと手軽な余興であった。

 俳諧の最初の句を発句というが、俳句はこれを単独での鑑賞に耐える自立性の高い作品にしたものだ。松尾芭蕉のような俳人は俳句を芸術の域にまで高めた一方、多くの人々は室内ゲームとして熱中していた。

 俳諧が貴族階級や職業詩人以外にも広まり、やがて農民や町人にも嗜まれるようになると、前句付けという一種の賭け事興行が行われるようになる。これが大人気で、作品を募集すると、田舎の村々から数百点、ときには数千点もの作品が応募された。17世紀後半になされた京都でのある公募には1万点以上の作品が寄せられたという。

 俳人や上流階級の人間以外にも、様々な者が前句付けの公募に送る作品作りに励んでいたようで、ある俳人の日記には、女性や子供、果ては山賊まで俳諧を嗜むようになったと非難する口調で綴られている。

 こうした風潮には松尾芭蕉も感心していなかったようで、参加者を詩の世界を勘違いした者と批判している。

5. 離婚は日常茶飯事

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 日本の他の時代とは異なり、江戸時代の離婚率は高かった。地域によってはなんと4割が離婚していたというのだ。離婚のすべてが届けられていたわけではないことを考えると、実際にはもっと高かった可能性もある。

 離婚を言い渡せるのは夫であったが、妻の両親にその力があることもあった。

 儒教的な伝統では、夫が妻に離婚を言い渡していいのは、舅に従わない、無子、いん乱、嫉妬、悪疾、多言、窃盗のいずれかの事由がある場合であり、これを七去という。しかし多くの場合、夫は特に落ち度もないのに妻と別れていたようだ。

 離婚を望む夫は、妻に三行半という離縁状を突きつければいい。夫が妻の財産や持参金を返還する限りは、特に支障なく進んだようだ。

 19世後半まで離婚率は高いままだった。ところが、日本が近代化と西洋化を突き進むにつれて、離婚率は低下する。この2つは一般的に離婚率を上げる要素であるのに不思議なことだ。

4. 隠れキリシタンの存在

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 日本のキリスト教徒は人口の1%未満であり、中国や韓国のような他の東アジア諸国と比べるとかなり少ない。しかし、16世紀中頃に初めて宣教師がやってきたときは、布教についてはかなり楽観視されていた。

 16世紀末期には、農民や大名らが改宗し、30万人ものキリスト教徒がいたという。しかし信徒が増加すると、幕府はこれを問題視しはじめる。彼らは迫害され、改宗を迫られ、処刑や磔に遭うこともあった。

 これによって不満を募らせた農民のキリスト教徒が島原の乱を起こし、キリスト教は完全に禁止されてしまう。

 しかし当時いた大勢のキリスト教徒は改宗することなく、地下に潜り、密かに信仰を持ち続けることを選んだ。それから200年、彼らは人里離れた場所や島などに住み着き、洗礼を受け、クリスマスを祝い、意味など知る由もないラテン語の祈りを捧げて生きた。

 こうした隠れキリシタンは江戸時代末期には3万人ほど生き残っており、再び訪れた西洋の宣教師たちを驚かせたという。

3. 合法だが過酷な売春

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 現在の日本において、売春は違法とされているが、1956年まで長きにわたって合法とされていた時代があった。江戸時代初期から大都市では、幕府によって遊女が遊郭に集められていたのだ。

 秩序と風紀を守るために、遊郭には数多くの掟があった。各遊郭は高い壁に囲まれ、堀の前にあるただ1つの門からしか入ることができない。そこを訪れる客にも従うべき行動や服装に関する掟があった。また一般女性がここに足を踏み入れることは禁じられ、反対に遊女がそこから抜けることも非常に困難であった。

 現代的な視点からは、江戸時代の売春はむしろ性的な奴隷であるといえよう。貧しい農民は借金の返済あるいは新たな借り入れのために娘を売っていた。遊郭側は女性や家族に厳しい契約とかわし、実質的に遊女が抜けられないようにしていた。

 また地位の低い遊女の労働条件も過酷であった。適切な医療機関など利用できるはずもなく、性病が蔓延した。遊女たちは自殺や堕胎による合併症によって若死にするのが常であった。

2. 心中物が自殺を促す

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 遊郭のお得意様は商人や武士だった。当時の身分制度において最下層とされていた商人であるが、実際には非常に豊かであり、その資金力で大きな影響力を発揮していた。

 そのような中には時折、遊女に惚れ込み、身受けを望む者もいた。しかし高額な身代金を支払える者は少なく、そうした客をつなぎとめるための手練手管として、遊女が体の一部を切り落とすこともあった。髪を切ったり、爪をはいだり、さらには指まで切り落としたりして、それを最大限の誠意として客に与えたのである。

 しかし体の切断は儒教においては禁忌である。そこで遊女はまだ客を取らない妹分の振袖新造の爪を切ったり、死体から指を手に入れて、自分のものと見せかけるようになった。

 こうした愛の形はやがて心中へと発展する。おそらくは18世紀の天災や貧困によって誇張されていると思われるが、大勢の愛に狂った男が遊女と心中したという。

 これは一般大衆の関心を引きつけ、やがて心中を題材とした舞台が公演される。特に有名なのは近松門左衛門で、『曽根崎心中』以降、多くの連作が作られた。

 やがて心中は社会問題となり、幕府は心中物はおろか、心中で亡くなった男女の葬式まで禁止するようになる。また生き残った者は刑罰が科され、相手を殺害していた場合は殺人罪が問われた。

1. 非情なる法制度

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via:10 Bizarre And Fascinating Facts About Life In Old Japan・written hiroching / edited by parumo

 盗人の手を切り落としたり、殺人者の首をはねたりするのは、同時代においては標準的なことかもしれないが、江戸幕府の犯罪に対する態度は実に厳格だ。

 例えば、盗難被害を報告しないことは、盗難を犯すのと同様に違法だった。盗人への流刑や死罪があったが、後の時代には額に入墨を入られるようにもなった。

 また裸にされ、3日間公衆の面前で座り続ける刑罰もあった。死罪は最も重大な犯罪にのみ適用されたが、処刑後に磔や晒し首になることもあった。なお切腹が許されたのは武士だけである。

 さらに当時の社会制度を維持するために、農民は移動の自由が大きく制限されていた。彼らが別の村へ移動できたのは、送り状という証書がある場合のみである。また彼らは着るものも決められ、苗字を名乗ることも許されなかった。武士を敬わなければならず、不敬のかどでいきなり切り捨てられることもあった。

 面白いのが田舎で行われた入れ札という制度で、放火や窃盗の犯人が見つからないとき、投票によって真犯人を決めるというものだ。このとき犯人とされた人物を弁護した者も同罪となり投獄された。

 落書起請という匿名の告発状を神社に落として、犯人を決める風習もあった。役人の汚職の告発などに一役買ったようだ。

注:以上の文章は、海外サイトに掲載されていた英文を抄訳したものですが、元記事の情報が古かったり、誤りが含まれている場合があります。特に海外情報は歪められたり、誇張して広まってしまうことが多いので、もし、誤りを発見した場合には、コメント欄で指摘していただければ幸いです。確認次第、記事の追記・補足・修正をいたします。

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この記事へのコメント 133件

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  1. 入れ札って初めて知った。ガチ人狼かよ

    • 評価
    1. >>1
      クジによる犯人選びは洋の東西を問わずどこでもやってる
      神明裁判の中ではおとなしい方だよ

      • +14
    2. ※1
      因みに入れ札での犯人捜しの場合、罪一等が減じられた。「犯人」の多くは罰金刑や手鎖、入牢などの罪になった。重くても追放。
      (『犯人』が罪に服す間は、犯人の家族の扶養義務は共同体が負った。一人あたりの食い扶持が決めれていて、それを構成員全員で用意した。医薬の手も尽くされたりしてた)

      • +11
  2. 海外で伝えられた情報ということであれば、特に間違いであっても問題はないかと。
    一応、明確な間違いとしては、オランダ人だけが日本に上陸できた唯一の西洋人という話については正確ではなく、蝦夷地の開発の際、南下するロシアとの国境線を明確にさせるため何度となく上陸や話し合いが行われています。

    • +10
    1. ※3
      蝦夷地を日本とカウントするかどうかだね。
      当時はまだ無主の地(実際にはアイヌたちの土地だったが)というべきかな。

      • +13
      1. ※26
        今のアメリカの裁判がこんな感じだよ。
        なんとなく周囲と馴染まないコミュ障っぽい人を適当に容疑者にして取り調べて物的証拠がなくても怪しければ起訴する。
        で、素人(陪審員)が多数決で有罪か無罪か決める。
        金のある人は優秀な弁護士を雇って被告に有利な陪審員を集められるから無罪、貧乏なコミュ障は有罪。

        • +25
      2. ※26
        こうやって和を乱す人(自分が気に入らない人)を消していくんだな。
        監視社会だわ。

        • 評価
      3. ※26
        だからこそ、普段から人様に疑われない生き方をしようって思うんだろうね。
        案外、今の日本人のメンタリティを醸成した原因かもしれない。
        一方、米国の、同じ肌の色だから疑わしいけど無罪にしようとか、世界の司法は
        まだまだ完璧には程遠い。日本は紆余曲折ありながら、公平な司法を追求
        してる国だと思うよ。多分に左翼的、博愛的な傾向が強い気もするけど。

        • +5
        1. ※119
          ねつ造ではない部分も多いよ。
          公式な記録に実際残ってる。

          • -6
  3. 吉原の遊女は廓から出られないけど、島原は許可かなんかあればお出掛け出来たんじゃなかったっけ?

    • +8
    1. ※4
      たしか、お客さんと同伴ならいい、みたいな

      • +9
    2. ※4
      時代による。初期の頃の吉原は、交代で町奉行所にお茶汲みに行ってた。その場合前日から客を取らなかったから、客の塚に事を「茶を挽く」というようになった。
      時代が下っても、客が同伴だと旅行にも行けたよ。(郭に保証金を出す必要がある)
      泊まりがけで江ノ島に遊びに行った吉原の遊女の例もある。
      客に退かれることが決まってたら、そこからは客は取らせなかった。(取らせたら抱え主が処罰される)遊女の身分のまま、場の取り持ちや采配等の裏方仕事を務めながら身請けを待った。
      吉原は一般の女性も出入りしてた。吉原で豪遊した商家の女将の話もあるし、洗濯や繕い物をしに通う女性もいた。髪結いや小間物業者とか、色々出入りしてた

      • +11
  4. 記述がおかしいというよりも
    これらの習慣に”異様”とタイトルつける欧米人に
    自国の歴史を勉強しなおして来いと言いたいねw

    • +107
    1. ※5
      こうやって、自分の国にベタボメ以外の評価を得ると
      「おまえのところだって! 俺だけじゃない!」と吹き上がるの
      反省できない日本人の態度をよく表しているよね

      • +13
  5. 昔から貿易なくしては日本経済は成り立たなかった。
    昔からくみ取り業はあった。
    昔から農民は移住が許されなかった。(今の中国がそれ)
    こういう歴史の勉強おもしろいですね。

    • +4
  6. 春画
    昔からアニメ系(マンガ?)には強かったんだなw

    • +17
    1. ※8
      当時は奢侈禁止令があったので凝った浮世絵を公式に売れなかった。
      しかし地下出版の春画は禁止令が適用されなかったので絵師も存分に腕を振るえたわけだ。
      買う方にしても、つまらない浮世絵より面白い春画に銭を放るのは当たり前で、結果として大流行したんだな。

      • +7
  7. ザビエルがフサフサだったと知って、教科書の落書きも間違いじゃなかったんだ!と。
    (ギャラクシーリーゼントだけどね)
    あ、おでこの入れ墨、犬 とか・・・こわっ。

    • 評価
  8. どんな酷刑に見えても当時としてはそれなりの必然性が
    あったんだと思うけどね。外国ではどうのこうのよりも
    日本人、外国人を問わず、現在の価値基準で残酷だ
    異様だと言うのがナンセンスだと思うよ。

    • +4
  9. 大都市の話でしょ
    農村はどうだったのか?

    • +50
  10. 魂魄が腹にあると信じられ、死に際に腹を裂かないと死後もこの世を彷徨うと考えられていた。
    つまり、切腹は生まれ変わる転生を望める行為であり、武士の理想の死に方だった。

    • +1
  11. なんだろう、間違ってない、けっして間違ってはいないけど僕の知ってる近世日本とも少し違う

    • 評価
  12. トイレに関しては日本は現代でも特殊な国だったりする
    排便後の肛門洗浄は、紙や砂などを使用する乾式と水を利用する湿式とに二分されている
    世界中のあらゆる文化圏において、肛門の洗浄方法は多少の変化はあっても中世以降の風習が現代でも受け継がれているのが現状
    日本はその唯一の例外で、ウォシュレットの普及によって乾式から湿式(厳密には乾式と湿式の併用)に移行した

    • +2
  13. 一応調べてるようだけど、表層的なところを撫でて終わってる感じ。こっちにしたって中世ヨーロッパでは風呂に入らないのが健康の秘訣とされていたと聞いてうへぇと思ったりするわけだし、異文化の本当ところを理解するのは難しいって事じゃないかな。

    • +10
  14. 入れ札酷すぎ笑った
    俺みたいなコミュ障はどれだけの罪を負う必要があるんだ

    • +18
  15. とんでも日本歴史が出てくるかと思いきや
    だいたい合ってて驚いた

    • 評価
  16. 江戸時代には醤油が海外に輸出されていて、
    中国のものより上質だと評価されていた。
    ルイ14世の食卓にものぼったという。
    らしいよ。

    • 評価
  17. 面白い。
    小便大便が貴重だったから、清潔が保てたんだ。知らなかった。別に日本人は清潔感があったわけではないんだな。

    • 評価
  18. 武士の「無礼討ち(切り捨て御免)」は、殆ど無かっただろ
    切り捨てたあとは奉行所への報告義務があったし
    正当な理由があったと判断されなかったら、切腹しなきゃいけなかった
    自分の命をかけてまでやろうとは思わないからな
    人口比でいっても武士は少数派だし、多数派の連中を本気で怒らせたら大変
    武士のメンツを守る為の建前みたいなものだろう

    • +33
    1. 米21 江戸時代も長くて初期と後期では全然違ったみたい
      後期は切り捨てもほとんどなかったらしいけど初期はヤクザみたいなもんで辻斬りもよくあった模様

      • 評価
  19. くじによる犯人捜しは「タイムスクープハンター」でもやってたな。

    • 評価
  20. 遊郭あたりの話怖いわ
    化けて出る女の幽霊てぜってーこいつらだわ

    • 評価
  21. 以前友人と江戸時代へ行けるなら行きたいよな?って質問に
    それは場所にもよるんじゃないですかね?って応えてお互い妙に納得した。
    コレ見たら江戸でもかなり生活大変だったろうなと思う。
    でも池波正太郎の作品に触れるとそうでもないんじゃないかって思う不思議。

    • 評価
  22. キリスト教の迫害は奴隷と硝石なしには語れない
    貿易のためにキリスト教徒になる
    他国の人を攫う→売って硝石を買う→軍備拡張
    これじゃ秀吉も怒りますわ

    • +1
  23. 投票するだけ魔女裁判より遥かに民主的だな

    • -5
    1. ※30
      古来から日本は不浄を嫌う民族なのだよ。それが信仰や生活に根付いている
      まあ清水が豊富で亜熱帯に近い風土に起因するものだろうけどね。
      狭い島国にこの人口密度で、伝染病により死滅しなかったのはある意味すごい
      また江戸の町は当時世界最大規模の上水道を備えていたわけで、くみ取りで清潔が保てた
      というのはこの記事書いた外人の知識がなさすぎ。

      • +2
      1. ※28
        その話、醤油の歴史を探った本で読んだことあるけど、その本一冊だけでしか触れられてないんだよね
        鎖国によって日本の醤油が手に入らなくなって、イギリスでは醤油を水増しするために原料に加えてウスターソースが作られたって話もその本だけでしか見たことないから、嘘かホントかわからないと言う
        ※58
        士農工商っていうのは、中国の春秋時代における身分制度
        そして、春秋時代では実際に身分的な扱いではその順番の通りだった
        日本では、大まかに言って、士分とそれ以外って分け方だった
        ※60
        町民でも身体が資本の大工や棒手振等の職人勢の方が、意外に普段の食に金をかけてない商人よりも値段が高かった

        • 評価
    2. ※30
      貴重なのもあるが、清潔感も同時にあった。
      糞尿を肥料として使うようになる結構前から日本には便所があった。
      (公家などはオマルを用いた)
      あまり関係ないが江戸時代は歯磨きが大流行した。
      白い歯は江戸っ子の粋だったらしい。

      • +43
      1. ※33
        明治政府は、江戸時代を否定的に教育する必要があった。現代まで引き継がれていて、時代劇などでは簡単にチャンバラをやらかす。斬り捨て御免も当たり前と思われている。ところが、ご指摘のように刀を抜くという行為自体が大変な事件だった。江戸の治安は極めて良好であり、武士も農民も商人も、それなりに共存して生活していた。同時代のヨーロッパや中国と比べれば、庶民の生活権は桁違いに保証されていたと言える。(補足でした)

        • +16
    3. ※30みたいなのが逆に海外をよく知らない日本人という話になるな
      魔女裁判は実質村による私刑であって教会による正式なものではない

      • +14
    4. ※30
      日本は当時、世界のどの国よりも清潔だったよ。
      毎日風呂に入るという習慣があったからね。
      日本というよりも江戸だけかもしれない。江戸は風が強くて埃っぽいから、仕事が終わってから銭湯で一日の汚れを落としてから帰るというのが一般的だった。(もちろん、夕飯を食べてからというのもあったけど)

      • 評価
  24. 農民の移動は制限はされていたが、お伊勢参りに講を募って村の代表で送り出したり
    三男坊とかは江戸大坂に奉公に出したりと無いわけではなかった
    街道と宿場も主に参勤交代のために整備されていたし
    人の移動はなかなか多かった

    • 評価
  25. ・「切り捨て御免」と認定された成功例は江戸では1件も無かった
    ・遊郭の遊女は27歳を過ぎると「年増」として引退できたorさせられた
    ・一方、三味線や歌を担当する芸技は主婦が吉原へ通勤して勤めるケースもあった
    ・戦線までの日本人の体格が小さいのは食べる物からの栄養失調でなく寄生虫(ぎょう虫等)が原因
    ・冷害などの飢饉が無ければ地方の農民の生活は貧しくはなかった
    だいたいそんなもんか

    • +2
  26. 江戸時代(といっても長いけど)は外国人どころか一般的な現代日本人が思うより色々なことが合理的でドライでフリーダムだった
    おおらかだった性に対する考え方が屈折しちゃったのも、夫婦関係や家父長制の弊害とかも、現代日本で問題とされてることって実はこの後の明治時代に西洋化の過程で固まったものが多いんだよなあ
    そういう「日本の伝統的な考え方では~」とか言われてるけど実はそんなに古くないってことが結構ある

    • +4
  27. 士農工商という序列・身分制度がどーたらと小学校で習った世代だけど、どうやらそうじゃなかったとわかってきたとかなんとかで今は教えてないらしい。
    そういうような事柄はほかにもあるわけで、数年おきに「お前に教えたウソ知識」みたいな冊子が送られてきて衝撃を受けながら読むとか、もっと周知をはかる仕組みにならんもんかな。

    • +9
  28. 三下り半(三行半)は、嫁が亭主に無理矢理書かせたのも結構多いそうだ。

    • +3
  29. >これによって不満を募らせた農民のキリスト教徒が島原の乱を起こし
    これは異議あり、当時の島原は藩主が暗君暴君の類で年貢が九公一民であり、さらに囲炉裏銭や窓銭のようなとんでもない苛斂誅求に苦しめられておりもはや反乱しか道が無かったのだ

    • +5
  30. 普通のことは記録に残らないんだよね
    逆に言うとその当時でもニュースになることが記録に残る

    • +6
  31. 士農工商は身分の順番ではなく、ただ語呂がよかっただけって話を聞いたことあるな。

    • +3
  32. お伊勢参りや富士講など信仰をたてまえにすれば意外と旅行は自由だった。

    • +14
    1. ※42
      公衆衛生の発展が江戸時代からというのは合ってるよ
      大気都比売神が須佐之男命に尻から出した食物を食べさせて切り殺される話があるんだけど
      それは古代から人糞の堆肥としての再利用がタブーだったってことなんだ
      平安時代の京とか華やかなイメージがあるけど悪名高いパリと同じく街路に人糞が積んであるとか普通だったらしい
      貴族は風呂にも入らないのでお香が発展したのもパリの香水文化にソックリ
      当然不衛生すぎたのでみんな疫病で苦しんだ

      • +20
  33. 江戸市中の糞尿にもランクがあって
    いいもの食べてる高級旗本と一般町民とでは値段が違ったとか

    • 評価
  34. こういう日本歴史スレはキリスト教禁止と迫害は書くのに何故、
    日本人奴隷貿易と有色人種差別の事は併記しないんだろうな
    あの時代の欧米キリスト教では極自然で外せない要因だろうに
    あとは植民地化計画

    • 評価
  35. キリシタンの下りは奴隷売買もセットで語られるべきなのにフェアじゃないな

    • +8
    1. ※47
      罪悪感をみんなで分け合って薄めようって感じがとっても日本的。

      • +36
  36. 裏を取りながらの訳は手間だったと思いますが今回の翻訳はクオリティ高いですね。このクオリティを全ての翻訳記事で維持できたら素晴らしいなと思います。がんばって!(このコメンとは別にコメント欄に載せなくてもいいです笑)

    • +31
    1. ※49
      岡場所の定年は33歳なので28歳になっても借金が残っていた
      吉原の女郎はそこに売られたよ

      • +8
  37. どちらかと言うと、表面的な現象だけの記述に終始している気がする。深い日本的な文化背景までは掘り下げていないし、分析しいていても違う解釈をしている場合が有るというのは、外国人ならしょうがないのかな?という気がした。
    私達が外国の歴史を見聞きする時には、同じ様に勘違いしたまま…という例も有るのかな?とは思った。

    • +13
  38. “濡れ衣を着せる”→濡れた服を複数の容疑者達に着せて、太陽に照らして、先に乾いた方が正しい(お天道様の加護を授かってる)
    という裁判方法の名残だよ。
    裁判を、あくまで真実よりは社会を円滑に運営する為という点は魔女裁判と変わらないし、今の裁判もその点を重視してる(段々被害者側有利になってるのも、あくまで社会秩序の為)
    春画は嫁入り道具で、お互いのアレを怪物のようにグロく見せて、実際怪物じゃないと安心させて、初夜を円滑にさせる為だよ。
    日本人が肉を食わなかったのは、畜産肉作るぐらいなら作物作って食べた方が効率的だったから。火山灰土壌の地域では農耕は不適で牧畜が行われてたけど、農耕馬牛の育成の為。
    秀吉の頃には肥前大名が領地をイエスズ会に寄進してたから、秀吉は相当危機感持ってたろ。徳川幕府になって平戸の貿易施設の壁に西暦(キリストの生誕年だから)が書いてあった事に難癖付けて出島に移動させたんだよ。出島は長崎商人が出資して作ったテナントでオランダ領でない。長崎にいたシナ人は当時も素行わるかったので唐人屋敷という隔離施設に居住させた。出入りはオランダより厳しくない。

    • +9
  39. オマルの中身を窓から街路にぶちまけたり、トイレのないベルサイユ宮殿建てたりしてた欧州人に「日本の文化は変!」って言われても~(´・ω・`)

    • +31
    1. ※53
      >数年おきに「お前に教えたウソ知識」みたいな冊子が送られてきて
      これいいな!すごくいいな!
      年1000円ほど払えば教科書会社から改訂一覧表とその解説が毎年おくられて来たらおもしろいだろうな
      これこそ「生涯学習」だ

      • +53
    2. ※53
      年代によるのかな・・・
      俺の時もそれは教わったが、農民が奴隷扱いだったという風には教わってないよ。
      実際、身分制度の上では武士に次ぐ高位の存在になってるしな。
      ただ、道徳の時間でEたHニンが虐められる悲惨な話は散々聞かされたわ。

      • +3
  40. 大体あってる
    細かいこと言い出したらキリないし、ええんでない?

    • +1
    1. ※55 現代でもあまり変わってないような

      • +23
      1. ※56
        島原の乱は宗教弾圧的に習った記憶があるが、実際は十二国の戴国かってくらいの悪政のせいだよなw
        見栄で石高鯖読んで報告されたらたまらんわ

        • +41
  41. 吉原は切手(通行証)が必要だけど一般女性も出入り出来た
    明治に商人の女性が豪遊している記録があったような
    オランダはあれだけ公娼地の吉原を批判していたのに、
    今では公娼地を作っているのが腑に落ちない

    • +8
  42. 春画は時を経ていくうちに通常の浮世絵なんぞよりももっと複雑になっていったようだ。
    100重ね摺りなんて当たり前になっていった。つまり、刷るための緻密な版画を100枚も用意するってことになる。
    そのせいで高名な絵師・摺師・彫師が集まらんといけなくなったから一流の技術者ほど春画に携わっていったそうだ。
    幕府が積極的な取締りをすることなく、一般的に親しまれた春画だがここにこそ江戸芸術の技術の真髄があった。
    なんとなく今も昔も日本芸術は変わらんと感じるなw

    • +8
  43. 指は本物ではなく、菓子で作ったものを指として贈る風習もあったはず。
    受けとる男もわかっているし、指を作るお店もあるしで意外と優しい世界。

    • +11
  44. キリスト教は、火薬と引き換えの日本人女性売買問題と寺社仏閣焼き打ち&農民を強制的にキリスト教にさせたのに危険を感じたからであって元々は信教の自由だからキリスト教でも良いよと言っていた。

    • +6
  45. 吉原の悲惨さは西洋化が進んでから売春=不道徳と認識されるようになって捏造されたって説があるね。
    供養もせずに投げ込み寺や鉄漿どぶ往きとか嘘だったらしい。
    女郎同士がいがみ合ったり早死にしたりってのも、その方が面白いからフィクションでは必ずそうなってるだけで、8割の女郎が年季明けや身請けされて吉原を出ていたって研究者もいる。
    貧しい農村や女工なんかと比べたらまだマシだったともいえる。

    • +47
    1. ※62
      実数不明ながら、多くの日本人奴隷が遠方まで売られていったみたいですね
      17世紀のメキシコの鉱山労働者反乱
      アユタヤ王朝、タウングー王朝の元奴隷とみられる傭兵団のなかに
      日本人らしき名前が散見されます

      • +2
      1. ※74
        大気都比売神の尻から生じた大豆を食ってる日本人が唱えるには、その説は無理がないか?

        • +8
  46. そもそも花街は文化の中心であり、金持ちから庶民まで人間の世俗での経験を積み成長を促す大切な街だった。それに花魁は当時のトレンドリーダーだったよ。地方の農村で生きていたなら一生縁のなかった学問や教養を身につけることは必須の条件だったし(お殿様や大商人も来るのに無学では相手にならない。洒落た手紙を送ったり高雅な誘い文句の一つもなければ退屈さで醒めるだろ)、毎日風呂に入りよく食べ、清潔で健康にあらねば億単位の衣装や美しさも宝の持ち腐れ。芸者や花魁あっての町人の粋や文化の興隆。日本はどこまでも生きる事に誠実で健康的だったという証拠だよ。

    • +1
  47. お役立ちサイト江戸時代Campasさんによると、農民もニックネーム的に苗字を使うことが
    多かったようです。当時の住民台帳には苗字がついている農民も多かったとのこと。
    (役人が調べるときに同じ名前ばかりでは混乱してしまうため)
    春画に見られる性に関しては奔放な部分は、時代柄男尊女卑が染みついている
    こともあるのか、女性が男性に粗末に扱われるのはおかしいことでもなく、逆に笑いを
    誘う場面もあるのが当時は見受けられる。
    今でこそギャップがあるが当時はそれがふつうだったんだろう。

    • +8
  48. 江戸時代の犯罪についてです。
    江戸100万人の大都市、そこでの殺人事件は数年に一度程度であった、と聞いているのですが。十手持ちは、江戸八百八町で数十人から多くても百人程だったらしいと。
    今では考えられないほどに治安がなされていた。
    また、農民の移住です。
    年貢が思いと思ったならば、他国へ移り住んで農業を営んだらしい。
    我々が考えている以上に、自由度は高く、移動が出来ないとは思えません。
    お伊勢参りや富士講などを考えても、毎年毎年、何十万人から何百万人もの人々が数ヶ月とか懸けて旅をしているわけですから。
    二宮尊徳の功績が高く評価をされているのは、ある意味 農民の気楽さを象徴していると言えます。
    また、天領では数キロの上米を奉納するだけでよかったとも。
    各大名は、いかに農民を自国に繋ぎとめるかに腐心し、武士は創造以上に質素であり、結果、地方でも人口比のバランスがとれていたらしい。

    • 評価
  49. 飢饉で各藩が苦しんだって話も、
    実際には幕府からの負担逃れから
    餓死者を水増ししたんだってね。
    士農工商の階級社会で差別的とか、
    映画「七人の侍」で菊千代が指摘しているように、
    「貧しく気の毒な百姓」ばかりのわけがない。
    明治以降の反幕府や による宣伝教育で
    欧米レベルの誤解や偏見が広まった。
    最近は江戸時代の再検証・再評価が増えているのは
    当然ながらいい傾向だと思う。
    司馬史観含めて更に見直しが進んでほしい。

    • 評価
  50. 江戸時代ってものすごーく長いからね
    現代人ほどはありえないにしても法も価値観もコロコロ変わってたことだろう

    • +5
  51. >武士を敬わなければならず、不敬のかどでいきなり切り捨てられることもあった。
    一番の誤解はこれだよね。
    武士の戴場は実は結構弱い。日本を治める200余藩の上には江戸幕府があり、余り勝手なことをしてると主人が処罰される。
    「切り捨て御免」ってのは軍政の名残。非常時の代理処罰権で一刀で殺す腕が必要。
    「正常な状態で公正な判断を下し行った」証明をしないと駄目。出来なければ犯罪行為。
    悪所の行き帰りや、酔ってた場合は「犯罪行為」。被害者と金・土地・女などの恨みがある(本人・家族・主人でも)と「私怨による犯罪」。途中で止めると「士道不覚悟」一刀で相手が即死しない(逃げられた場合)は「武芸不心得」で処罰対象。
    処罰は切腹、家名断絶、財産没収・・・。最悪の場合、「斬首」(=非武士の処刑)。
    もちろん主人にも迷惑が掛かる。
    町奉行の調査には20日程かかるので、その間は自宅謹慎・・・。
    江戸350年を通して、切り捨て御免が認められた5人以下。
    ハードルが高すぎて切り捨て御免を試みる人も少なかった

    • 評価
  52. 士農工商はあったけど養子に迎えたり、弟子入りで身分は簡単に変えれたからそこまで厳格ではなかったんんじゃなかったっけ。
    あと刀狩りとかで武士以外は持っちゃいけない印象が強いけど。道中差しがあったり農村にも槍や刀、火縄銃なんかも所持してたらしい。

    • +20
    1. ※83
      隆慶一郎の「吉原ご免状」読むと、その辺のことがいかに西洋人と独身女性の偏見から捏造されたかがよくわかるよ

      • +6
    2. ※83
      本当? それが本当だったら、なんか救われる気がする!!!!!
      べつに自分は体売ったことはないんだけど、遊女関係の話を読むと、
      なんだかすごい落ち込むことが多いんだ。

      • +8
  53. もともと八百万の神を信仰してた日本がなんでキリスト教はダメだったかってそりゃー…ねぇ?

    • +11
  54. >>夫は特に落ち度もないのに妻と別れていたようだ。離婚を望む夫は、妻に三行半という離縁状を突きつければいい。
    三下り半の文面は離婚の宣言、妻の再婚許可(重婚ではないことの宣言)、離婚理由から構成されていて、理由を『私の都合で』とされていることが多いため、こう言われている。しかし実際には退職時の「一身上の都合で」と同じで、妻の再婚に差し支えるからと書かなかっただけの可能性が高い。また、三下り半は夫側の義務であり、書くことを拒否して離縁・再婚すると、下手すれば所払い(追放)になりかねない。結婚時にあらかじめ妻に渡しておくこともあるくらいだった。三下り半は現代男性が思うほど、男のための制度ではない。

    • +17
    1. ※86
      教科書はあくまで一つの見解に過ぎないよ、本当に歴史を知りたければ一時資料まで遡るか(これは非常に困難だけど) 真っ当な研究者の論文や著書を読むことをお勧めする
      メディアに良くでるような自称専門家的なものは論外、非常に恣意的でイデオロギーに拠ってるから

      • +1
  55. し尿にしろ魚にしろ農民は肥料を買う経済力があった。あと税として納めた残りの米は現金化されていた。

    • 評価
  56. 在所の揉め事調査に訪れた武士たちが農民らに罵詈雑言投石などを受けてその旨を報告した時、上役に「それでお前らは刀を抜いたのか」と聞かれ「抜きませんでした」と答えたら「武士たるもの、下賤の物に侮辱を受けて刀も抜かぬとは何事か」と身分剥奪処分された話もあるから、抜刀の匙加減も難しい。

    • +6
  57. 農民は非常に貧しかったと言いながら、春画買ったり、俳句作ったり、文字読めたりするんだけど
    昔習った教科書は、けっこう嘘だらけだった

    • -1
    1. ※92
      逆もあったみたいで「女性が男性を足蹴にする」春画も結構流行ったそうです。
      一定層のファンがいたとかで、当時でもM気質な男性もいたんでしょうね……。

      • +4
  58. 確かに今の日本人はみな先祖が侍と思いがちだが実際侍の人口は5%以下で大半の人が百姓で超貧乏だったそうな。

    • 評価
    1. ※93
      本当に100万人が数十人の役人だけでおとなしくしてると思ったら現実を知らなすぎる。(そう思ってるのは実社会に出たこと無い大学の教授だろ)
      人が大勢集まれば必ずトラブルが起こり、それを抑える「力」が必要になる。
      まぁ、日本人は海外よりはるかに温厚なことは動かせない事実だが。
      実際は目明かし(=実質ヤクザ)や、町の顔役が治安の末端処理を担当していたのだ。
      岩波新書の「犯科帳」や「目明し金十郎の生涯」を読むことをお勧めします。

      • +1
  59. 三行半は突きつけるものじゃないよ。離婚したがってる方にもう一方が渡す、今後再婚とかしても文句言わないっすあんたは自由っす、みたいな証文のこと。

    • +9
  60. 「ワナタベ村」→「渡辺村」
    「非常なる法制度」→「非情なる法制度」
    なんじゃないかな

    • +12
  61. 吉原では病気や加齢で客が取れなくなった遊女は遣り手やお針など従業員としての再雇用もあったそうだ(劣悪な私娼窟に売られずに済む)

    • +6
    1. ※98
      そうそう。一両でひと家族が一年食えるって話から現代の5万円くらいとも。
      十両盗んだら首が飛ぶとか・・・50万で殺されちゃ堪らんw
      そもそもこれって外国でそう言われてるって話だろ?
      史実ってわけじゃあない。

      • +11
  62. *94
    女性からの三行半もあった事が発見されたとか
    少し前のニュースでやってたな。
    日本は極端な男尊女卑社会のように捏造されてるけど
    実際は世界的に見てもかなり男女同権の国だった。特に教育方面ではね。

    • +6
    1. ※99
      メディアによく出てると論外、という中身を見ない評価の仕方で
      まっとうな研究者ってのを見分けられるのかな?
      メディア露出が多い研究者でも真面目な人、ほら吹きな人
      ちゃんといるんだけどw

      • +12
  63. 江戸時代の武士は身分だけが武士であって本当に剣術とか習ってる人少ない。
    江戸時代の写真とかで見る武士とかもほとんど身分だけの武士で鎧とか持ってるだけ。だから武術なんてないただの痩せてる人多い。武術習っていた江戸時代武士はかなり少数派
    でも飯をいっぱい食べる事を許されていて毎日ほとんどが武術の稽古に時間使っていた江戸時代の前の武士は違う。
    肉とかが食えないといっても、食生活による頑強な体作りで重要なのは消費カロリー以上のカロリーとって太るぐらい食べれるかどうかだとおもう。
    今の日本人は肉とか食ったりできるし身長170が平均といわれているけど、実際は一日に必要カロリー2000ぐらいで実際食べている量も平均2100ぐらいっていわれてる。
    でも2100カロリーってのはタンパク質とか脂質とか炭水化物全部合わせて2100なのであって、つまり消費カロリーに筋肉を作るための重要なタンパク質を消費カロリーに使って効率的に筋肉作りにタンパク質がいってない事になる。もったいない。これでも身長170が平均。

    • -31
    1. ※102
      自分のことを棚にあげて って感情だと思うよ
      反省できない日本人っていうのとはちょっと違うんじゃないかな

      • +9
  64. 思い通りにさせる展開に見えて逆に思い通りじゃない事ばっかりそれでいらついてつっかかってしまった
    水のみ百性とか百性とか昔の農耕していた人には素晴らしいスピリットある。

    • +10
    1. ※104
      江戸と一部の藩以外では切り捨てが横行してたけどね
      いちいち手続きなど取らないしもみ消しもする

      • +3
    2. ※104
      江戸と一部の藩以外では切り捨てが横行してたけどね
      いちいち手続きなど取らないしもみ消しもする

      • +11
  65. 心中の件は、当時の平均寿命が50代そこそこだったのも考えないといけないし、逢瀬や輪廻転生という考え方も影響があるので、今の70や80当たり前の人生観とはまた違ったものだと思う。

    • +2
  66. よくまとまっていて良いじゃないか、細かい事をグチグチ主張すると、後の若い子達が歴史に関心示さなくなる。読んでいて途中でウンザリしてしまうのだ

    • +1
  67. これまでのコメントでは吉原がまるでそこそこ良い所だったように言っているが、吉原に関しては「吉原花魁日記」という大正時代に実際に吉原で働かされた女性の手記がある。
    やはり実態は性 奴隷に近い悲惨な状態だったと言わざるをえない。

    • +5
    1. ※110
      バカ、それで足りていたことが大問題なんだろうが…
      普通はそんなので足りねえんだよ

      • +7
  68. 三行半に関してはWikiが詳しい
    この記事だと夫の身勝手な感じにかかれているが、意外とそうでもない 結構公平

    • +6
  69. 悪代官の影響でサムライやばいてイメージあるけど実際のサムライは無茶苦茶厳しい環境とルールだったんだよな。犯罪しようものならお家とり潰し切腹もまじだった。だから尊敬されていたのも本当だった。商人の方が圧倒的に良い生活してたしサムライは借金だらけだったしな

    • +12
  70. 島原の乱もキリスト教徒の仕業ってことになってるけど
    実際はキリスト教徒以外も参加してたんだっけか

    • +1
    1. ※117
      うちは先祖代々、由緒正しい水呑百姓だから多数派だな。
      水呑百姓や小作農の「搾取される農民」像も結構、戦後に共産主義思想に傾倒した学者によって作られた虚像で、地主からの取り立てもさほど厳しくもなく(個人差はあるが。逃散されると、耕作人のいなくなった土地分も地主は年貢を払わねばならないので)、割りと悠々暮らしていたというのが最近の定説。
      まあ、農耕生活なので、天候不順になると一気に飢饉になるけど、大抵の藩は兵糧という名目で御救米も常備してあったし、かつての教科書ほど暗澹たる生活ではない。
      土地も事実上売買されてたしね。

      • +6
  71. 見てきたように語る人と
    受け売りしてる自分が見えなくなる人と
    自己愛の根拠を歴史に求め、希望的観測に寄せた状況解釈に甘い人
    そんな人達が彩り書き上げるのが歴史

    • -1
  72. 日本って儒教あんまり関係ないんじゃ?海外では中韓と日本は同じイメージなのかな?

    • +3
  73. >150
    そうそうそれおかしいね。
    変な日本人まがいから吹き込まれたんだよ。

    • +7
    1. ※122
      吉原の定期検診のようなものがあって、
      それを研究していた人から聞いたけど、
      江戸時代も大分時代が下ってからは、性病などの検診なども
      実施されていたみたいだけど、やはりそういうのをもらって
      寿命を縮めた女性も事実としていたみたいだね。

      • -7
  74. 理解浅過ぎてイラっとするけど
    まぁ普通にトリビアとして外国文化知る上で理解浅いも深いもねぇよな

    • -5
    1. ※124
      それもまた、一部のお話や
      そもそも女性でひとまとめに出来ん位色々な実例が存在する。
      現代だって、女性でひとまとめにしたら文句来るやろ。
      本文にもあるけど、女性側の実家が~って言うのは何も日本の江戸時代を取り上げなくても外国の例でもいわゆる封建制社会を営むところならよくある話だったりする。
      嫁入りって言うのは国で言えば、2つの国が友好関係を迎えるうえで重要な大使派遣行為や。お嫁さん=外交官って奴で、それを不当な扱いをすれば、最悪2つの家で戦争だ。
      時代と地域やその他さまざまな状況によって一つ一つ事例が違う。
      安易に何処の地域なのか分からん「田舎」の一つの事例取り上げて時代を判断できんぜ

      • -2
      1. ※103
        別にメディアによく出る=全て嘘つきとは言ってないよ
        ただメディア露出が多い人は(メディアの性質上)そういう輩が少なくないので、有名=正しいではないと言いたいだけ(正しい歴史なんてのはおかしな言葉だが)
        中身を見て判断できればいいけど教科書=正しい歴史と判断する具合であれば
        有名というだけで追従しかねないなと危惧している

        • 評価
  75. 逆に外人の日本への偏見がどのようなものかわかるよね。
    外人に日本のことを説明するときには
     女性の力が強いこと
     キリスト教が奴隷貿易・植民地化の先兵であったこと
     日本は中韓に隣接しても儒教(朱子学)は一般的ではなかったこと
     武士は間違って切り捨てることなどできなかったこと
    あたりを重点的に説明すべきだな。
    そのほかのことは奴らは悪意を持って理解しようとするから言わんでいい。

    • -1
  76. 大体あってるし、日本人が言うんやったら良いけど、外国人が言うとイラつく。
    あいつらはいつもいかに日本が変か誇張して書くし、知ったかぶりするから。

    • +5
  77. 日本の鎖国政策が成功していた、大きな原因は、ヨーロッパでの政変が起きます。プロテスタントとキリスタンの間で宗教戦争が発生します。ユグノー戦争や30年戦争は30年戦争の発生したドイツでは数百万の死傷を出し、ユグノー戦争の舞台と成ったフランスを中心に行わたでは歴史が半世紀後退したと言われる位の凄まじい殺戮劇が発生して居ました。ヨーロッパが国力を回復するまで百年以上の時間を費やしました。

    • +6
  78. 農民農民というが、農民にも色々あり、
    たとえば名主なんかは当時の日記など読んでも
    教養が高く、一地方の農民なのに、中央で起きていることも
    さほどの時差もなく情報をつかんでおり、当世の事情に精通していたことが
    わかりおもしろい。
    また、普通に箱根に湯治に行ったりしてるんだけどな・・・。

    • -6
  79. ざっと通して読んでみて、それほどひどい誤解は無いと思う。
    ただ建前と実際、17-19世紀の欧米と比べた視点が記述されていないから、おかしいんじゃない?ということになるのだろう。
    1. 非情なる法制度>実際制度上過酷であった。そのためと、閉塞した相互監視社会(連座制もあげるべき)もあって、非常に平和な社会でもあった。
    2. 心中物が自殺を促す>自殺がブームというだけ。そのために自殺が多かったとは書かれていない。自殺しなくても感染症や飢饉、災害で死ぬことは身近であった。
    戦争が無いだけ欧米よりまし。
    3. 合法だが過酷な売春>売春は不合理。しかし人間が社会を作り始めたときから存在した商売。欧米と比べて過酷だったとは言えないように思う。
    4. 隠れキリシタンの存在>3万人の根拠は知らず、隠れキリシタンも土着宗教となり仏教諸派と同じような檀那寺・檀家を装って暮らしていたことを書くべき。
    5. 離婚は日常茶飯事>近代社会の欧米及び日本の倫理が異常であったと理解したほうがいいのでは。
    (続けます)

    • +1
  80. 続けます。
    6. 俳句コンテストが一種の賭け事として人気>卑近な比較が挑発的ですね。
    7. 春画の大流行>やはりこれも、近代の異常なほどの潔癖感で見るほうがおかしい。泰西名画にも神話を題材にしたあぶな絵はあった。たまたま平和な社会で文化的消耗品も品質が高かった。
    8. 人糞は大切な商品>これは今の日本人にもあまり知られていない事実。もっと知られてもいいと思う。都市の保健衛生は結果で、貧栄養の農業の問題解決の一手法です。都市近郊は木綿生産や園芸農業が盛んであったので、多肥が必要。しかし稼げるので人糞や干鰯等の金肥が使えた。その他の地域では山で柴刈り(灌木刈)して田畑に鋤込んだ。だから明治までの日本の低山は丸坊主。
    9. 男性の平均身長は155cm>戦国時代から江戸時代になって平均身長が下がっているので、明らかにタンパク食減が理由。それは江戸時代になって開発が進んで田畑が増え人口が倍に急増、それを養うほどのタンパク源がなかったから。金持ちの薬食いという名の肉食は有名です。でも宗教で禁忌があったから日常食ではなかった。
    10. 入出国が違法(鎖国)
    鎖国を感じたのは、海禁となった時点の日本人貿易商や、日本入国が出来なくなった欧米人でしょう。先にもあったように、国内では蘭癖ブームがあったように、意外と身近。
    東アジアでは海禁策は良くとられた施策。
    以上、感じたまでを書きました。

    • +1
    1. ※137
      江戸時代の話をしてるんですが??
      江戸前期後期ですら文化風習と違うところがあるが
      江戸と明治以降の違いたるやその比ではない
      文明開化も善し悪し

      • +5
  81. まあ本当に欧米で伝えてられている過去の日本については
    「野蛮なアジア人」というイメージが強く、GHQの白人によって
    「今の礼儀正しい先進国日本」となったと歪められているんだろうな
    だから海外の提示版でポルトガル人やオランダ人がやたら日本を文明化
    させたんだと言い張るんだろうな

    • +1
  82. 西郷どんがこないだ終わったが?、今までの歴史上の史実によると?、西郷隆盛は?、西郷どんや中高の社会や日本史の授業や数々の歴史書に記載のある・西郷隆盛は?、自身の率いる軍を率いて政府軍と最後まで激しい攻防を繰り広げた末に最後は西南戦争で故郷の鹿児島にて仲間たちと共に政府軍と戦った末に最後は敗色濃厚となって自決して死んだと言われているが?、が?、本当の真実は?、全く違って、西郷隆盛は?、実は?、自決して自殺して死んだのではなく、誰かに殺されたのが本当の真実であったとの新たな事実が最近歴史学者の間から盛んに言われてきた。あと?、有名な話しで誰もが皆知っている歴史上の本当の史実として、織田信長は?、最後は明智光秀軍に攻められて信長自身が自分で本能寺に火を放ってつまり自分で本能寺に放火して自分で切腹して自決して死んだと最初は?言われていたが?、途中からは、織田信長は本能寺で自殺して死んだのではなくて、信長自身が側近等と一緒に本能寺から密かに脱出して逃げた末に途中の山道の中で何者かによって斬られて死んだとされてるのが、歴史上の本当の史実だって言うことは皆誰もが知っている。

    • +1
  83. ネットガーさんはネットにイチャモンつける前に一番の害悪のテレビ番組にちゃんと苦言を呈せよな
    一部の大学教授が名声得るためのの捏造歴史放送しまくりじゃねえかインターネット以上に問題だわ

    • 評価
    1. ※140
      だから足りてないんだよ、単に殆どの事件は内済か無かった事にされていただけだ

      • 評価

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