メインコンテンツにスキップ

マンモスの骨で作られた古代の巨大構造物、その作り方と用途がDNA分析で明らかに

記事の本文にスキップ

10件のコメントを見る

(著) (編集)

公開:

この画像を大きなサイズで見る
マンモスの骨で作られた円形構造物/Credit: Kostenki, Russia
Advertisement

 ロシア南西部で、2万4000年前の直径12mを超える巨大な円形の構造物が発見された。しかもそれは、60頭ものマンモスの骨と頭蓋骨で作られていた。

 この遺構は「コステンキ11」と命名され、すぐに調査が開始されたが、当時の人々が、どのように骨を集めて、どんな暮らしをしていたのかは謎に包まれていた。

 この疑問に答えるために、国際的な研究チームはマンモスの骨そのものに着目し、DNA解析などを行った。

 2025年の最新の研究結果によると、長期にわたって死んだマンモスの骨を再利用していた証拠が発見された。

 この研究では、最終氷期の終わりを生きていた旧石器時代の人々の生活だけでなく、マンモスの習性についても興味深い事実が得られている。

マンモスの骨で作られた円形の巨大構造物「コステンキ11」

 モスクワから300kmほど離れたドン川近くにある「コステンキ11(Kostenki 11)」は、後期旧石器時代のものとしては、もっとも重要な遺跡の一つとされている。

 ウクライナやロシア西部では、マンモスの頭蓋骨や骨を利用した構造物は特に珍しくなく、これまでに70ヶ所以上が発見されてきたが、コステンキ11は、作られた年代が最も古く、大きさも直径12mと過去最大だった点で注目を集めた。

 コステンキ11はいくつかの層に分かれており、放射性年代測定の結果によると、4万~2万4000年前の最終氷期に作られたとされている。

この画像を大きなサイズで見る
上空から見たコステンキ11遺跡/Credit: Antiquity, Alex Pryor

古代の人々はどうやって骨を集めたのか?

 これだけ大量のマンモスの骨を、旧石器時代の人々はどのように集めていたのだろう?

 生きているマンモスを狩って、肉とともに骨を手に入れたのだろうか? それとも、どこかに落ちていた骨を拾って、建材として使っていたのだろうか?

 この疑問に答えるため、コペンハーゲン大学やエクセター大学をはじめとする国際的な研究チームは今回、放射性炭素年代測定やDNA解析などを行い、マンモスの骨の詳しい分析を試みた。

この画像を大きなサイズで見る
発掘作業に没頭する研究者たち/Credit: Antiquity, Alex Pryor

死んだマンモスの骨を再利用して住居にしていた可能性

 そして明らかになったことは、その骨が数世紀に渡る死んだマンモスたちのものであるということだ。

 骨の中には、円形構造物が作られる1000年以上も前に死んだマンモスのものもあった。

 これは、当時の人々がマンモスを狩るだけでなく、長期間にわたって古い骨を回収し、長期にわたって住居として再利用していたことを示している。

 その証拠に、すべての円形構造物の近くには大きな穴が並んでおり、食料を保管したりゴミ捨て場として使用された形跡があるという。

 さらに、炭や焼けた骨・石器の破片・当時の食生活を伝える植物の組織なども見つかっていう。

 炭は、円形構造物の内部で火が使用された証拠だ。この構造物が建設された頃、この地域はかなり寒く、平均気温はマイナス20度を下回ったと考えられる。

 この厳しい寒さを生き抜くために、当時の人々は火で暖をとりながら暮らしていた。炎にゆらめく、マンモスの骨の影はさぞ幻想的なものだったろう。

この画像を大きなサイズで見る
円形構造物にある著しい数のマンモスの骨、骨、骨…/Credit: Alexander Pryor/University of Exeter

使用されている骨はほとんどがメスのマンモスのもの

 この研究は、旧石器時代の人々の生活だけでなく、マンモスについてもたくさんのことを教えてくれた。

 DNA解析から明らかになったことは、骨のほとんどがメスのものであることだ。

 これは他のマンモス遺跡とは対照的だ。通常、化石として残るマンモスはオスの方が多い。これはオスが単独行動をすることが多く、危険な場所(泥沼など)で死ぬことが多いためと考えられている。

 だがコステンキ11遺跡のマンモスの骨は、メスの群れのものが使われた可能性があるという。

 では、なぜコステンキ11ではメスのマンモスが多かったのか?

 研究者たちは、このマンモスたちが群れで行動するメスの個体だった可能性が高いと推測している。

 マンモスの群れは年長のメスが率いることが知られている。そのようなメスは女家長などを意味するマトリアークとも呼ばれる。

 おそらく、当時の狩人たちは群れの移動パターンを把握し、特定の時期にメスを狙って狩猟していたのではないかという推測が成り立つという。

この画像を大きなサイズで見る
Photo by:iStock

長い時間をかけて集められたマンモス骨

 また、これらの骨のミトコンドリアDNAを調べてみると、7つの系統が確認されていることがわかった。そのため、これらのマンモスがみな1つの群れの仲間だったわけではない。

 このこともまた、骨が一度の大規模な狩猟によるものではなく、長い時間をかけて集められただろうことを物語っている。

 もう1つ面白いのは、マンモスが食べていたものだ。

 骨の安定同位体から、メスとオスの食べていたものに大きな違いがなかったことがわかっている。これはかなり意外なことだ。

 現代のゾウの場合、メスとオスでは食生活が違う。オスはメスよりも広い範囲を移動し、その分さまざまな植物を食べる。だが、コステンキ11遺跡のマンモスにそれを示す違いがなかった。

 このことは、マンモスの社会構造や行動が、現代のゾウとまた違うものだった可能性を告げているという。

 骨が数世紀にわたって集められたという事実は、マンモスの骨で作られた円形構造物が、長期にわたって繰り返し使用されただろうことを告げている。

 このことから、この地域は基本的にはいつでも人が住める環境だっただろうとも推測できる。

 大昔の狩猟採集民が食べ物を求めて、常に移動していたというイメージは、徐々に時代遅れとなりつつある。

 そうした人々は確かに移動していたが、拠点や儀式の場となるランドマークを持ち、その周辺で行動していた可能性が高い。

 マンモスの骨で作られたコステンキ11遺跡も、当時の人々が氷と雪の世界で生きるための拠点の1つだったのかもしれない。

 この研究は『Quaternary Environments and Humans』(2025年2月11日付)に掲載された。

References: Sciencedirect / This massive circular structure is made entirely of mammoth bones and skulls. DNA now offers clues about how Ice Age hunters built it

📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中

この記事へのコメント 10件

コメントを書く

  1. はじめ人間ギャートルズの生活が明らかになっていくのだな

    • +14
  2. 現代社会でいう公民館みたいな施設だった可能性もあると……?

    • +10
  3. 研究は進んでほしいと思う一方、西側からロシアに赴く研究者たちの勇気に感動&無事を祈らずにおれない

    • +2
  4. 大きくて軽くて丈夫ならいい建材だよなあ
    草とか毛皮とか被せてテント的な構造してたのかしらん?
    当時の集落の人口がわからんけど、寒い時期だし集落全員で入ってたのかな?
    体温36度なら1人100Wの熱源になるからまとまって住んでた方が暖かいし

    • +9
  5. 建材扱いの骨からも生前の食生活とかわかるんだな

    • +7
  6.  最初はマンモスの墓場の上に建てたのでは?と思ったけど、狩っていたようですね。 ワンチャンとしてマンモスを飼っていた→世界初の牧畜ってせんは……ないだろうな。 こういう謎の施設跡って面白いです。 続報も期待してます。

    • +4
  7. 昔博物館でマンモスの骨と毛皮で作ったいかにも”原始人の家”って感じのやつを見たけどこれはそれの大きい版かな?

    • +4
  8. マンモスハウスは割と有名だと思う
    日本でも国立科学博物館などで復元展示されているし

    • +3

コメントを書く

0/400文字

書き込む前にコメントポリシーをご一読ください。

リニューアルについてのご意見はこちらのページで募集中!

知る

知るについての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

最新記事

最新記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。