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古代マヤ文明の基盤を築いた4000年前の最古の漁業施設を発見

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(著) (編集)

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Photo by:iStock
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 中央アメリカのベリーズで、古代マヤ文明の起源に迫る発見があった。約4000年前、古代マヤ人の先祖が魚を効率よく捕獲するために築いた複雑な運河網が見つかったのだ。

 この漁業施設は、マヤ文明が本格的に繁栄する遥か以前に、半遊牧民の高度な創造性と技術を示すものだ。

 後に中央アメリカやメキシコ南部を支配するまでに成長したマヤ社会の基盤を支えた可能性が高いという。

マヤ人の先祖が作った漁業施設

 研究チームは、ベリーズのクルックド・ツリー野生生物保護区の湿地帯で、数マイルに及ぶジグザグに走る運河のようなものを発見した。ドローンとGoogleアースを使った成果だ。

 現地で発掘調査を行ってみたところ、貯水池がセットになっていて、ナマズなどの淡水魚を誘導して捕獲するための設備であることがわかった。およそ1万5000人を養うのに十分な魚を捕獲することができたと思われる。

 放射性炭素年代測定を行うと、この施設は4000年前のものであることが判明した。

 当初は古代マヤ人が建設したものと思われていたが、マヤ人が大規模な農業を始める時代よりも古いものであることがわかった。

 マヤ文明が始まった正確な年は明確に特定されていないが、一般的には紀元前2000年頃にその基盤が形成されたと考えられている。

 だがこの施設は、マヤ文明が始まる前の約4000年前から、およそ1000年間使用されていたという。

 施設の周辺には人が集まり、集落ができ、最終的に都市の発達へとつながったことがうかがえる。

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 古代マヤ人の先祖である狩猟採集民は、干ばつの際に食料を確保するための漁業施設を作った。(A) ザンビアの現代の漁場、(B) ボリビア・アマゾンの古代の漁場、(C) ベリーズ西部ラグーンにある古代の漁場の航空写真が示されている Image credit: All images courtesy of Google Earth. Harrison-Buck et al., Sci. Adv. 10, eadq1444

マヤ文明を発展させた礎に

 研究チームの共同責任者でバーモント大学の人類学教授のマリーカ・ブラウワー・バーグ氏はプレスリリースでこのように述べた。

このように大規模な運河は古代マヤ人が作ったものだと思い込んでいたので、大変驚きました。

これは古代メソアメリカで記録されている最古の大規模な漁業施設で、こうした施設が出現した背景は、紀元前2200年から紀元前1900年の間に起こった長期にわたる異常気象対策だった可能性があります(リーカ・ブラウワー・バーグ氏)

 近くでは「棘のついた槍の穂先」のような遺物が発見されていて、これは棒に取りつけて魚を突き刺すのに使われたと思われる。

 こうした初期の遺構は、のちの神殿やピラミッド建設、高度な文字体系や天文学を構築した複雑な社会の基盤を示していると考えられる。

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運河跡の放射性炭素年代と地形学的な説明がついた写真 Image credit: BREA project– Journal Science Advances

 マヤ文明があるとき突然現れたわけではない。先祖たちのさまざまな工夫、創造を経て徐々にできあがっていったという継続性を感じさせてくれる。

本研究は『Science Advances』(2024年11月22日付)誌に掲載された。

References: Early Mesoamericans Trapped Fish Far Earlier Than Previously Thought | UNH Today / Archaeologists uncover 4,000-year-old earliest large-scale Archaic fish-trapping facility recorded in ancient Mesoamerica - Arkeonews

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この記事へのコメント 12件

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    1. 縄文時代以前から海は大きな庭程度で世界各地へ
      遊びに行ったので、その子孫が暮してる可能性ある
      ただ海で生きた民族は大航海は普通だったので
      そちらさんの血も受け継いでるかもね

      • -4
    2. モンゴロイド系というレベルなら共通点と言えるかも知れない。北アメリカで縄文土器そっくりな土器が発掘されたので縄文人が北アメリカまで行っていたのではないかという説があるが、偶然似ているだけと言うことで学術的には否定されている。まあモンゴロイドは実際にアリューシャン地峡を渡っていったのだから可能性は0ではないけど。

      • 評価
    3. 漁労を営む半定住の文化というのは縄文人と似てるね。1~3kmの運河を複数造れるというのは、三内丸山よりかなり大きな規模の集団で技術レベルも進んでると思うけど

      • 評価
  1. >マヤ文明が始まった正確な年は明確に特定されていないが、一般的には紀元前2000年頃にその基盤が形成されたと考えられている。
    >だがこの施設は、マヤ文明が始まる前の約4000年前から、およそ1000年間使用されていたという。

    紀元前2000年頃て約4000年前じゃないの?

    • 評価
    1. 表記ゆれじゃないでしょうかね。 統一するなら使われていた期間は紀元前 2000 年~紀元前 1000 年、あるいは(今から) 4000 年前~ 3000 年前と読みました。 現国の成績はわるかったんで解釈違いだったら申し訳ないです

      • +1
      1. 表記ゆれはいいんだけど
        漁業施設の使用が紀元前 2000 年~紀元前 1000 年
        マヤ文明の基盤形成が紀元前2000年頃
        だとしたら、この施設はマヤ文明が始まる前ではなくマヤ文明と同時期になるのかな?と思って

        • 評価
  2. すごいなあ
    メソアメリカの古代史は、全然わからないことだらけでどんどん新事実が現れるんだね。
    スペイン人のせい、という部分も大きいけど。

    • 評価
  3. うーむ。ベアとかエドがよくやってた奴かな?ダムみたいなの作って一箇所狭い入り口作って、魚が入ったら性質上出られなくなるやつ。

    • +1
  4. 運河開削技術を農耕以前に持っていたから灌漑農法へシームレスに移行できたんだろうな

    • +3

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