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思ってる以上に古かった。マヤ暦最古の可能性がある。紀元前3世紀頃の破片を発見

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(著) (編集)

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 中米グアテマラにある、古代マヤ文明のサン・バルトロ遺跡で、壁画の一部と思われる2つの破片が発見された。

 それぞれは、とくに大したものではないように思われたが、この破片をつなぎ合わせるとぴったり合いマヤ文字が現れた。考古学者によると、これは最古のマヤ暦の証拠かもしれないという。

2つの破片に描かれたマヤの数字記号

 壁画の一部と思われる2つの破片に描かれているシンボルは、一本の横線にふたつの点を重ねた一頭の鹿を表わす絵文字で、これはマヤの数学記号7だ。

 このふたつを合わせると、マヤの占い暦の1日を表わす鹿の7になる。

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絵が描かれた破片をつなぎ合わせると、”7を表わす鹿”のシンボルになった。これは、マヤの占い暦の1年260日の1日を表わしている / image credit:Science Advances

1年が260日の古代マヤ暦(ツォルキン歴)

 古代のマヤ暦は、ふたつの周期を使って時を刻んだ。数字で表わされる13日周期と、神々や超自然の存在にちなんだ20日周期だ。1日ごとに数字と神格が割り当てられているため、暦は260日というユニークな日数で表わされる。

 西洋の基準からすれば妙だが、この暦は儀式のタイミングや未来を予測するのに大変重要なものだった。

 マヤ人だけではなく、アステカ族、ミステク族、サポテコ族、その他のアメリカ大陸の古代文明も、この暦を採用していた。

 この暦は「ツォルキン歴」とも呼ばれており、神聖暦や儀式暦と呼ばれることもあり、「マヤの長期暦」とは別のものだ。

 長期暦は日数ではなく、グレゴリオ暦で紀元前3114年8月11日に相当する、神話上の創造の日からの年数を数えるもの。

 マヤの長期暦はここから5125年続いて、2012年12月21日に終わるとされていた。カルト集団がこの日が世界の終わりにほかならない大洪水を予言したものと信じて、大騒ぎしたのを覚えているかもしれない。

 アメリカのコロンブス以前の文化では、ハーブと呼ばれる第三の暦が使われていた。これは365日の太陽暦を20日ずつの18ヶ月と、5日しかないひと月に分けたもの。

 マヤ暦(ツォルキン歴)とハーブ暦は共に、52年周期で繰り返されるカレンダーラウンドを形成し、今でもグアテマラの一部では利用されている。

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マヤ文字で表記された鹿の絵、つまり数字の7をわかりやすく表わしたイラスト / image credit:Science Advances.

紀元前300~200年の間に作られたもの

 今回発見された破片は、サン・バルトロ遺跡の祭壇に描かれた巨大なマヤ暦の壁画の一部と思われ、時間と、太陽、月、太陽系の惑星、天空の重要な星など天体の両方を追うために設計された。

 テキサス大学のデヴィッド・スチュアート教授率いる研究チームは、この破片と同じ層から見つかった木炭を放射性炭素年代測定した結果、7を表わす鹿のシンボルが、紀元前300~200年の間に作られたことを突きとめた。

 これは、これまで最古といわれていた紀元前1世紀頃のマヤ暦よりも更に古いということになる。

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グアテマラの古代マヤ遺跡、サン・バルトロの紀元前200~300年頃のものと思われる儀式用構造物の復元図 / image credit:Science Advances.

壁画の破片が続々と発見されているサン・バルトロ遺跡

 グアテマラ北部ジャングルの奥深くにあるサン・バルトロ遺跡では、2001年から発掘調査が行われている。

 この遺跡は、マヤ人が数百年以上かけて、古い建物の上に建てた巨大な複合構造物だ。結果的に、建物はタマネギのように何層にもなっていて、最古の建造物や壁画を見つけるには、深いトンネルを掘らなくてはならない。

 サン・バルトロの発掘が始まって以来、トータルで7000以上のさまざまな壁画の破片が見つかった。

 今回の研究では、2002年から2012年の間に見つかった、7の鹿のシンボルを含む11点の壁画の破片を分析した。

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Drawings by David Stuart

壁は、儀式スペースを再建するために古代マヤ人によって意図的に破壊されていました。その後も建築を重ね、最終的にピラミッドにまでなったのです。

ふたつの破片はぴったり合い、黒いカリグラフィーが書かれていて、7の鹿の日付けで始まっています。あとは判読しにくくてわかりません

 スチュアート教授は言う。

 後期のマヤ歴は、動物の絵ではなく、言葉で”鹿”と表記してあるため、今回の発見は初期のマヤ文字の証拠ではないかという。

現在の私たちが慣れている”基準”がまだ確立されていない時代の、文字システムの初期段階なのかもしれないと推察しています

この発見は『Science Advances』誌に掲載された。

References:The earliest Mayan calendar may have been found in 2,300-year-old Guatemalan ruins / An early Maya calendar record from San Bartolo, Guatemala / written by konohazuku / edited by / parumo

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この記事へのコメント 8件

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  1. ふたつの破片を合わせると「ま」「や」の文字がっっ!

    • 評価
  2. そんな長い歴史のある文明を滅ぼしたスペイン人…

    • 評価
    1. ※3
      スペイン人が滅ぼしたのは
      インカ帝国です、それでも酷い悪行ですが
      マヤはその遥か以前に滅んでます
      滅亡要因は様々なパターン・説が唱えられてますが
      環境破壊・自然環境の変化における
      食料飢餓が原因ではないかと言うのが一般的です
      ただ何故こんな高度な文明が誕生したかについては
      未だに謎で研究が進められてるのが現状です

      • +5
  3. 一部のマヤ人がエジプトに到着しピラミッド作った可能性あると
    噂もあるので、その説が本当になったらすげえな

    • +1
  4. 日本3大マヤ
     林マヤ
     桜マヤ
     ほんまや!(さんま)

    • -2
  5. まだまだ古い時代のがごろごろしてそう
    ホント歴史とかどうでもいいと思ってるのだろうなー
    うつわが大きいというか、無頓着なのか、文明なんてゲームと言わんばかり
    そういう気質なんだろうなー

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