この画像を大きなサイズで見る世界最高峰のエベレストでは、毎年登山シーズンの春になると数千人がベースキャンプに集まり、氷河の上に巨大な仮設の町が出現する。
人々はそこで食事を作り、暖を取りトイレに行く。そんな日常の営みそのものが、足元にあるクンブ氷河を溶かす熱源になっている可能性があるという。
特に注目されているのが、登山者たちの「おしっこ」だ。ベースキャンプでは1日に6,000リットルを超える尿が排出されている。
この尿とベースキャンプで使われる燃料と合わせると、2023年春の1シーズンだけで、約2,500トンの氷雪を溶かすのに十分な熱量に相当することが、研究で明らかになった。
この研究成果は、学術誌『Regional Environmental Change』(2026年7月27日付)に掲載された。
氷河の上に毎年出現する巨大な町
調査対象となったのは、エベレストのネパール側、標高約5,350mにあるエベレスト・ベースキャンプ(EBC)だ。このキャンプはクンブ氷河の上に設けられている。
研究チームは2023年春の登山シーズンに現地調査を行い、このとき収集したデータをもとに、ベースキャンプで調理や暖房、発電などに使われる燃料と、人間の尿によって生じる熱を分析した。
また、氷河周辺の長期的な温度変化については、1991~2023年の衛星データを使って調べている。
今回の研究の筆頭著者であるネパール政府測量局のキム・ラル・ゴータム氏によると、毎年春の登山シーズンには、登山者だけでなくガイドや研究者、各種スタッフなど2,000人を超える人々が集まり、1カ月半以上をここで過ごす。
この画像を大きなサイズで見るまた、EBCを訪れるのは、エベレスト登頂を目指す登山者だけではない。ここは世界的に人気の高いトレッキングコースの目的地でもあり、登頂を目的としない多くのトレッカーも訪れている。
2023年春、EBCには約1,600張のテントが並んでいた。近年のベースキャンプには高速Wi-Fiや温水シャワー、エスプレッソを出す店、大型テレビなどもあり、中にはペルシャ絨毯を敷き、床暖房まで備えたテントもあるという。
標高5,000mを超える氷河の上に、春の間だけ小さな町が丸ごと出現するようなものなのだ。
当然ながら、それだけの人間が極寒の高地で暮らすには、ただでさえ大量のエネルギーが必要になる。
2023年春のシーズンの約50日間で、EBCではLPGボンベ824本、灯油18,935リットル、ガソリン5,130リットルが、調理や暖房、発電などの目的で使用されたという。
1日に6,000リットルを超える「おしっこ」
今回、研究チームが燃料とともに注目したもう1つの熱源が、「人間の尿」だった。
ゴータム氏によると、高地では空気が乾燥していて脱水状態になりやすいため、高山病を防ぎ体調を保つためには、より多くの水分を摂取しなくてはならない。
標高約5,350mのEBCでは、通常1日に少なくとも4~5リットルほどの水を飲む必要があるという。体に入る水分が増えれば、排出される尿の量も増える。
その結果、EBCでは登山者やガイドらによって、1日に6,000リットルを超える尿が排出されると推定されている。
ではその大量の排泄物はどこへ行くのか。便については、ブルーバレルと呼ばれる容器に集め、少しだけ標高の低い場所にある処分場まで運んでいるという。
ところが尿については事情が異なる。ゴータム氏によると、EBCには尿を回収して運び出すシステムがなく、最終的に氷河の上に直接流してしまっているのだ。
尿を集めればかなりの重量になる。ゴータム氏は、廃棄物を下へ運ぶ際には重量に応じて費用がかかることも、尿を回収する上での問題として挙げている。
下はEBCで出たゴミの山。青い樽のような容器が、便を回収するのにも使用されるブルーバレルと思われる。
燃料と尿で約2,500トンもの氷雪を溶かす熱量が発生
人間の尿には尿素や塩類が含まれているため、理論上は凝固点を下げて氷を溶けやすくする作用も考えられる。
だが今回の研究が着目しているのは、こうした化学成分による影響ではなく、主に尿が氷河に直接持ち込む熱についてだ。
ゴータム氏によれば、排出されたばかりの尿の温度は体温に近い約37℃であり、それが氷点下になるEBCの雪やモレーンに直接落ちるわけだ。
一部の熱は周囲へ逃げるが、残った熱は氷雪の融解に影響する。1人分ならごくわずかな熱も、数千人が毎日、何週間にもわたって同じ場所で排尿すれば、その積み重ねは大きくなっていく。
もっとも、今回の研究では、人間の尿だけが問題視されたわけではない。EBCで使われる化石燃料も、氷河を溶かす重要な要因となり得るからだ。
研究チームは2023年春に調理や暖房、発電などに使用されたLPG、灯油、ガソリンから生じる熱と、人間の尿が持ち込む熱を計算した。
その合計はなんと約85万メガジュールに達し、計算上は約2,500トンの氷や雪を溶かす熱量に相当するというのだ。
ただし、実際に「人間活動によって約2,500トンの氷雪が溶けた」わけではない。
これは、「燃料や尿から生じる熱がすべて氷雪を溶かすために使われたと仮定した場合」に、どれだけ溶かせるかを計算した理論上の数値である。
また、尿は熱源ではあるものの、全体に占める割合は小さい。論文の共著者、スディープ・タクリ博士によると、EBC周辺への影響は、尿よりも暖房や調理、照明などに使われる燃料のほうがはるかに大きいのだそうだ。
この画像を大きなサイズで見る衛星観測でもベースキャンプ周辺に大きな温度上昇を確認
研究チームは現地調査だけでなく、衛星からのデータを使って、1991~2023年の地表面温度の変化も分析した。
その結果、EBCがある地点では、地表面の温度が年0.28℃の割合で上昇していたことが判明した。
これは隣接するクンブ氷河表面の温度上昇率のおよそ2倍で、EBCのすぐ北にある岩屑に覆われた地形と比べても、約15%高い上昇率だった。
ただし、この温度上昇率差のすべてが、EBCでの人間活動によって生じたと証明されたわけではない。
研究でもクンブ氷河の融解に影響を与える要因として、「地球規模の気候変動」「現地での化石燃料の使用」「人間の尿」の3つを挙げている。
つまり、ヒマラヤの氷河が広範囲で縮小している背景には、地球規模での気候変動が大きな要因となっているのだ。
既に温暖化の影響を受けて融解が進む氷河の上に、毎年のある時期、数千人の人間が集まって生活することで、さらに局所的な熱を発生させている…。
今回の研究が示したのは、まさにこの問題なのである。
この画像を大きなサイズで見る長年エベレストを見てきた研究者が感じた変化
ゴータム氏は2011年以来、測量や登山などを通じてエベレストに長く関わり、自らも山頂に2度立っている。
ゴータム氏によれば、彼が初めてEBCを訪れたころと現在では、その景色そのものが変化したそうだ。
以前のEBCには、「セラック」と呼ばれる巨大な氷の塊や塔がいくつもあり、キャンプの一方の端から反対側まで見通すことができなかった。
ところが現在のEBCではそうした氷の塔が失われ、端から端まで見渡せるようになっているという。
もちろん、この変化の原因を、EBCにおける人間の活動だけに結びつけることはできない。
だが、ゴータム氏は自身が2026年に撮影したクンブ氷河の融解状況を紹介し、長年の現地観察と衛星データの双方から、ベースキャンプ付近の氷河が薄くなっているとしている。
下は現地で撮影された、「溶けゆく氷河」の様子。
以前から問題になっていたエベレストの排泄物
実はエベレストでは、人間の排泄物が以前から問題になっていた。先述の通り、便はEBCより標高の低いゴラク・シェプ近くにある処分場まで運ばれている。
だが標高が低いと言っても、この処分場はEBCより約150mほど低いだけの、約5,200mの場所にある。
こんな寒冷地では排泄物の分解が進みにくく、周囲の水系へ漏れ出して水を汚染する恐れも指摘されてきているのだ。
さらにEBCよりも標高の高い場所では、長年にわたって登山者らの排泄物が山に残され続けてきた。
ネパールのサガルマータ汚染管理委員会(SPCC)は2024年、キャンプ1からキャンプ4までの間に約3トンもの人間の排泄物が残っていると推定。
そしてその約半分が、標高約7,900mのキャンプ4(サウスコル)に集中しているとしている。
こうした問題を受け、2024年からはEBCより上へ向かう登山者らに専用の携帯排便袋を使用し、自分の便をベースキャンプまで持ち帰ることが義務づけられた。
だがその一方で、尿のほうは今も最終的に、氷河の上に直接流されてしまっているという。
下の動画は、ゴータム氏自らが撮影したEBCの様子だ。遠目に見る限りでは美しい場所である。
ベースキャンプ自体を移すという選択肢も
研究チームは、化石燃料への依存を減らし、人間の排泄物管理や長期的な観測を改善する必要性を指摘している。
さらに、現在のEBCから南西側に位置する安定した地盤にある2つの場所を、将来ベースキャンプを移転する必要が生じた場合の候補地として挙げた。
また、ベースキャンプには太陽光発電設備も導入され、従来の燃料を使った発電への依存を減らす試みも進められているそうだ。
ゴータム氏は、今回大きな注目を集めた尿について、それ自体が最大の問題なのではないと話している。
尿はほんの小さな一例です。私たちのせいで、氷河が「病気」になっているのですから
ちなみに「サガルマータ」とはネパール語でのエベレストの呼び名で、世界のてっぺんとか天の額とかいった意味である。チベット語では「チョモランマ」と呼ぶ。
また、EBCを訪れるために、エベレスト登頂を目指す必要はない。EBCは世界的に知られるトレッキングの目的地でもあり、観光客でも行くことができる。
首都カトマンズから飛行機でルクラなどへ飛び、ナムチェ・バザールやゴラク・シェプなどを経て、標高約5,350mのEBCまで歩いて訪れることができるのだ。
ただし、EBCまでの道のりは、日本では経験できない標高5,000mを超える高地を進む、本格的なトレッキングルートである。
ルクラから10~15日ほど険しい山道を歩き続けることになるし、ハイキング気分で行ける場所ではないことは肝に銘じておかなければならない。
入域許可やガイドに関する規則は変更されることがあるため、実際に訪れる場合はネパール政府観光局や現地自治体の最新情報を確認してほしい。
日本からはもちろん、現地でもパックツアーが組まれているので、これを利用するのが無難かもしれない。
なお、心配される2026年8月の大規模な洪水だが、被害が集中したのは西側のラスワ郡からボテ・コシ~トリシュリ川流域で、エベレスト方面とは別の水系にある。
9月上旬の時点では、EBCのトレッキングルートにこの洪水による直接的な被害は確認されておらず、現地ではトレッキングが行われているとのことだ。
References: ‘हिउँ पग्लिँदै छ, हिमनदीहरू रोगी भइरहेका छन्’ / Human Urine and Fuel Are Melting the Glacier Beneath Everest Base Camp / Springer.com
















もう立ち入り禁止にしろよ・・・
いつも思うけど
ガイド雇って世話してもらわなきゃ登れない輩に
環境破壊してまで山登らせる必要あるか?