この画像を大きなサイズで見る第二次世界大戦中、80年前に製造された米軍の戦闘糧食(Cレーション)の缶が開封された。
保存状態のとてもよかったこの缶詰には、チョコレート、インスタントコーヒー、角砂糖、ビスケット、ジャムの缶が姿を現した。1
1944年に導入されたオリーブドラブ色のこの缶は、第二次世界大戦中に前線の兵士1人分の1食分として支給されたものだ。
開封したコレクターによると、中身の匂いは「嫌な匂いでも、いい匂いでもなかった」という。
戦場の兵士たちの胃袋を支えるミリメシ(戦闘糧食)
1939年9月1日から1945年8月15日まで行われた第二次世界大戦中、アメリカ陸軍の兵士たちが前線で口にしていたミリメシ(戦闘糧食)は、小さな缶の中に詰め込まれていた。
これらの戦闘糧食は、1938年に開発が始まり、1941年から大量生産が開始された。
戦闘糧食はABCの3種に区分されていた。
- Aレーション:生鮮食材を使った食事
- Bレーション:野戦厨房で調理する前提の包装済み食材
- Cレーション:缶詰にされた調理済みの食事
Cレーション缶を開ければそのまま食べられるため、兵士にとって最も手軽な食糧補給の手段だった。
缶のオリーブドラブ(Olive Drab)色は、黒と黄色(または茶色と緑)を混ぜ合わせた暗い黄緑色で、第二次世界大戦からベトナム戦争時期までアメリカ軍の軍服や車両の標準色として使用されていた。
目立たず自然環境に溶け込みやすいこの色が、戦場のあらゆる装備品に統一して使われていた。
夕食用のCレーションは以下の2缶がセットで支給された。
- Mユニット缶:調理済み肉料理
- Bユニット缶:ビスケット・菓子類
兵士は1日に朝・昼・夕の3食分、計6缶を支給された。
今回開封されたのはCレーションのBユニット缶で、1944年の改良で新たに追加されたジャムの小缶も含まれていた。
この画像を大きなサイズで見るレーション缶に詰まっていたもの
缶を開封したのは、古いレーション缶を専門に収集するアメリカ人コレクターだ。
Instagramアカウント「mrs.fallout」に投稿された動画では、蓋に取り付けられた金属製の巻き取り式キーをゆっくりと回し、80年ぶりに缶の封を解いている。
この画像を大きなサイズで見る投稿者によると、缶の中にはチョコレート、ネスカフェのインスタントコーヒー、白い角砂糖、丸いビスケット4枚が入っていた。ビスケットを取り出すと、その下から缶とほぼ同じ直径の薄型のジャム缶も姿を現した。
ジャムの缶には「EVERBEST JAM / GLASER CRANDELL CO. / CHICAGO ILL」と印字されており、シカゴの食品メーカーが軍に納入したものと確認できる。
ネスカフェの包み紙には「NESTLE’S MILK PRODUCTS, INC. / NEW YORK, U.S.A.」と製造元が明記されており、スイスのネスレ社のアメリカ現地法人が製造したものだとわかる。包み紙の文字は80年後の現在も鮮明に読める。
この画像を大きなサイズで見るチョコレートは形は当時のままだが、石のように硬く固まっており、動画の中でもなかなか割れない様子が確認できる。
この画像を大きなサイズで見る角砂糖も原型をとどめており、ビスケットも1枚は割れたものの、ほぼ無傷の状態だった。
この画像を大きなサイズで見るコメント欄で「匂いは大丈夫でしたか?」と質問したフォロワーに対し、投稿者は「嫌な匂いでも、いい匂いでもなかった」と答えている。
密封されたオリーブドラブ色の缶が、80年という歳月から中身を完全に守り抜いたようだ。
戦場の兵士たちの本音と缶への不満
Cレーションは携帯性と保存性において優れた設計だったが、兵士たちからの評判は必ずしも良くなかった。
缶が重くかさばること、そして何より「毎日同じ味」という単調さへの不満が絶えなかった。
1943年には軍の医療審査委員会が「他の食糧による補食なしにCレーションだけを与え続けるのは最大5日間までにすること」と勧告するほど、長期使用の問題が認識されていた。
本来は「緊急時の一時的な補食」として設計されたCレーションだったが、第二次世界大戦の激しい戦闘では、それが数週間にわたって兵士の唯一の食糧となるケースも珍しくなかった。
当初は缶にラベルのみが貼られていたため、そのラベルがすぐに剥がれ落ち、中身が何かわからないまま食べるという状況も生じていた。
この画像を大きなサイズで見る朝鮮戦争、ベトナム戦争へ
Cレーションの正式な仕様は1945年に廃止が宣言されたが、生産自体は1958年まで続いた。
さらに、大量に備蓄されていた旧在庫はその後も使われ続け、朝鮮戦争やベトナム戦争に従軍した兵士たちにも支給された。
1968年にベトナムで従軍した海兵隊の戦車指揮官は、1950年代初頭の製造日が刻まれた缶が頻繁に支給されたと記録している。
今回開封された缶は、そうした長い歴史の一部だ。
1944年に製造され、誰かの手に渡ることなく80年間密封されたまま保管され、2026年になってようやく封を解かれた。
チョコレートも、コーヒーも、ビスケットも、当時の兵士が口にするはずだったまま、静かに時を待ち続けていたことになる。
収集家がこの缶をコレクションに加えた理由もよくわかる。小さな缶の中に、第二次世界大戦という時代がそのまま封じ込められているのだ。
実際に食べてみたのかどうかは書かれていないのでちょっとよくわからなかったけど、食べられるのかな?
References: Opening 82 Year Old Survival Food Ration Can from a Fallout Shelter!













BGMは”I Don’t Want to Set the World on Fire – The Ink Spots”です
中も外も80年たってるとは思えないほどきれいだ
皮肉だね、戦争と日常の利便性
「ペリリュー 楽園のゲルニカ」を思い出した
なんか普通に食べられそうだから
食べたんじゃないか?
特にビスケットは自分も
食べてみたい
ただでさえ不味さに定評のあったCレーションのデッドストックものとか
よく食べる気になりますわね
やっぱり食べられるのかは気になっちゃう!
運が悪いとすっごくお腹壊しちゃうのかな
食べるところまでが実験です
腹こわすところまでがお約束です
Youtubeに古今東西のMREを食べるアメリカ人のチャンネルがあるんだけど、最古は南北戦争当時のハードタックやら何やらを開封してたな。流石にこれは食べてなかったが。
本土が戦火に遭ってないので古いものが残ってて羨ましかった。
ネッスルって懐かしい響きだね。
これはアフタヌーンコーヒーを想定できそうな組み合わせですね。
内容的には軍隊の外の社会を忘れないようにと言った配慮が感じられます。
ただし、これが毎食毎食数週間に渡って支給されこれが唯一の食糧というのであればキツイですね。
腐敗がなくても、油脂分が酸化していて、それにより消化不良や胃酸過多を起こす可能性はあると思う
10年もつとの宣伝の缶に入った
カップヌードル 製造の不手際で
10年持ちませんでした、、
チョコレートが固く、甘みも薄かったのが不評の原因じゃないかな
ハー○ー「めっちゃ甘いでぇ」
あははw
知らないのかぁ
軍用の戦闘糧食に入ってるチョコレートはあんまり甘くないんだよ
ローガン大佐はチョコレートを非常用食糧と捉えていたので、嗜好品として気軽に食べられないよう「茹でたジャガイモよりややマシな程度」という味の基準を示したとされる。あまりにも美味であると、普段から兵士が食してしまい、本当に必要な時に手元に残っていないという事態を避ける意味合いがあった[2]。
だとさ
ワイも職場に非常食として無塩ナッツ置いてるわ。
soyjoyやカロリーメイトだと腹減ってなくても食いてえってなっちゃうんだよね
”SUPPER”って書いてあるから、夕食用の缶なのかな?
保存料がめちゃくちゃ入ってそう
最終兵器「Dレーション」開封&実食も見てみたい
毎日食べて嬉しいものじゃないだろうけど、ろくに食料もなく送り出された日本兵が次々に餓タヒしていったことを思えば圧倒的国力の差なんだよなあ
前線の兵士が「今日もこれかぁ・・・」ってぼやきながらコーヒーを飲める国と戦争して勝てるわけがなかった、ということがこの飯を見るだけでよくわかるが
当時の日本兵たちのことを思うと切ないな
20年以上前に各国のレーションを食べ比べてランキングした本がある。
米軍のものはケミカルな味がして美味しくはないが携行しやすく簡便ですぐ食べられるという点では高評価
自衛隊のものはレーションの中では大変美味しく 実際カンボジアPKO参加国の中では一番という評価だった
「戦闘糧食の三ツ星をさがせ!(大久保義信:著)」かな?
アメリカも飢餓に苦しんではいるぞ
軍人さんの戦闘食だから、超高カロリーなんだろうな。
すぐ動くための糖質と炭水化物、長期活動のために体に溜め込む脂質、体を維持するタンパク質、激しく動くから塩分も多いって感じで。
1番のストレス原因、実は3日くらい便秘気味になるとかじゃないだろうか。
当時の他の列強が一番重視した兵站を軽視の日本軍が勝てる戦争じゃ無かった。
PKO等で各国軍隊が食事持ち寄る行事あるらしいんだが
交換レートがアメリカの糧食二つに対して欧州(仏伊)の糧食一つだそうな(お察し)
ミリメシ大好きだわ
特に食い物関係の話と歴史とかね
一応調理師だからやはり食い物に関して目が(☆-☆)
ミリメシは試食は大変美味しいんだよね
ただ美味しいミリメシも同じものが何週間も続くと食事が作業になっちゃいそうでつらそう