この画像を大きなサイズで見るジョージア(旧グルジア)にある南コーカサス地方の山奥で、英クランフィールド大学とジョージアの研究チームが青銅器時代の要塞遺跡を初めて調査したのは2018年のこと。だが、彼らが見ていたのは氷山の一角にすぎなかった。
その後、ドローン調査で撮影された1万1000枚超の空撮写真を合成し、地形の詳細な地図を作成した結果、そこに築かれていたのは、全長1km以上の防壁を備えた、この地域最大級の約3000年前の巨大要塞だった。
要塞の周辺から土器や動物の骨が見つかったことから、ここは集落が形成された要塞都市であり、当時の人々の暮らしや社会の姿が見えてきた。
ドローンで全貌が明らかとなったコーカサスの巨大要塞
ジョージア(旧グルジア)の南コーカサス地方で発見された遺跡は、これまで部分的にしか確認されておらず、その全貌は長らく謎のままだった。
2018年に始まった初期調査では、石造りの壁や建物の一部が見つかったものの、地形が険しく広範囲にわたるため、全体像を地上から把握するのは困難だった。
そこで研究チームが導入したのが、ドローンによる空中撮影技術だ。
上空から撮影した1万1000枚以上の高解像度写真を専用ソフトで合成し、立体的な地形モデルや俯瞰写真を作成。その結果、遺跡全体の構造が明らかになった。
解析の結果、そこには全長1kmを超える防壁と、内壁・外壁を備えた二重構造の巨大要塞が築かれていた。
険しい峡谷に囲まれた高台に位置し、戦略的に極めて有利な立地にあったとみられる一方で、ただの軍事拠点ではなく、人々の暮らしが営まれていた痕跡も多数見つかっている。
この画像を大きなサイズで見る3000年前の巨大要塞都市
この要塞は、青銅器時代後期から鉄器時代初期(約3000年前)に築かれたもので、「ドゥマニシ・ゴラ(Dmanisis Gora)」と呼ばれている。
これまで知られていた同時代の構造物の中でも、南コーカサス地域では最大級の規模を誇る。
この画像を大きなサイズで見る調査を率いた英クランフィールド大学のナサニエル・アーブ=サトゥロ博士によれば、ドゥマニシ・ゴラには城壁の内外に広がる建物群、農地、墓地などが確認されたという。
ここは防御施設でありながら人々が実際に暮らしていた「要塞化された集落」だった可能性が高いという。
防壁は厚さ約1.8mの石積みで、粗削りな大きな岩とモルタルを用いて築かれていた。
内壁と外壁が同時期に存在していたとすれば、内側には常時住む人々が暮らし、外側のエリアは季節的に利用されていたと考えられている。
この画像を大きなサイズで見る当時の人々の暮らしや社会を解き明かす鍵に
発掘調査は現在も進められているが、すでに数万点におよぶ土器の破片や動物の骨、石製の道具などが出土している。これらは当時の食生活や農耕、牧畜の営みを示す貴重な手がかりとなっている。
外壁の内側では出土品が比較的少なかったため、この区域は通年の居住地ではなく、限られた時期に使用されていた可能性がある。
一方、内壁に囲まれた中心部からは生活の痕跡が多く見つかっており、より安定した定住空間だったと推定されている。
アーブ=サトゥロ氏は、ドゥマニシ・ゴラをさらに調べることで、青銅器時代後期から鉄器時代初期にかけての社会や、当時の人々がどのように集落を形成し、適応していったのかを解き明かす手がかりになるだろうと述べている。
研究チームは今後、建物ごとの用途や人々の動き、家畜の管理方法などを詳しく調べ、当時の社会構造や集落の形成過程を解き明かしていく予定だ。
この研究成果は、考古学誌『Antiquity』(2025年1月8日付)に掲載された。
References: Cambridge / Eurekalert














なんか年初くらいにも見たようなw
ttps://karapaia.com/archives/479662.html
場所は多分この辺かな。 5000 年前の遺跡が残ってるの?と疑問に思ったわけですけど上空からだと緑豊かに見えますが、近所のストリートビューだとわりと乾燥してそうに見えますね。 遺跡も残りそう。
ttps://www.google.com/maps/place/41%C2%B019’55.9%22N+44%C2%B012’15.8%22E/@41.3281585,44.1874343,524m
「要塞見つけたわ~!ヤッター!」からの
「もしかしてこの辺一体全部遺跡なんでは…?」
と気付いた時研究者の皆さん興奮しただろうなあ
モルタルあったのか
ついでに調べてみた。配合は試行錯誤したのでしょうけど、意外と身近にある材料で構成されていた。
>主な原料は石灰石、粘土、けい石、酸化鉄など
ドゥマニシ市の頭上にある高台なのに旧ソ連時代の耕作によるもの以外の破壊から逃れられたのは奇跡と言えるのかも。
不思議な事に外郭の居住区は季節限定という見解だけど、その割に数十個もの20m四方の大型の建物の痕跡が密集しているので、ここに定住していたように思える。
季節限定の仮拠点なら4m四方の小型建物でも十分過ぎる程だ。
記事内には広さだけじゃなく防御の外側にある区画で生活痕跡が内側に比べて少ないから常時住んでた訳じゃ無いだろうと見られてることが説明されてます。
常時住んでたなら外側区画にもさらに外周に防壁作って囲んでただろ?ということ。
これだけ大きな要塞都市があったってことは
そうしないと対抗し得ない相手が周辺にいたってこと…?
そんなにエエとこやったんなら、何で捨てられたのかってのも知りたくなるわ。
舌状地形で要塞都市にピッタリね
南コーカサス地方…聞き覚えのある呼び方
グルジア…ロシア語だとグルジア地元の言葉だとジョージア
なんだかジョージアが正統な呼び名らしいけど一番なじみがないな(テリとかナノチャンネルYouTubeで知っているけど)
今もロシア軍が駐留していて半属国的な扱いらしいけど、世界に誇れる遺跡の存在が勇気を与えてくれると良いな
(暴力を使わないでロシアを撤退させられない物かな)
ジョージアは英語でーす。
現地語だとსაქართველო、サカルトヴェロだ。
あと現地はロシアマネーねずぶずぶだから彼らなしには一般市民の生活はなりたたん。
三国志の 五丈原 みてえだな
水源あるのか?
この地形だとやっぱ最終的に水の問題で撤退してそう
ヤバイ、、、ワイが小学生の時に作った秘密基地が見つかった!
人が増えて周辺の森林資源が枯渇したから燃料不足と環境悪化で拠点としての価値がなくなった。それで定住都市から家族単位の遊牧民の一時滞在所に逆戻りしたんだと思う。
「この研究成果は、考古学誌『Antiquity』(2025年1月8日付)に掲載された。」
なんかコーカサス山中でドローンで画期的発見というのに憶えがあり、最後に記されていた研究成果発表の日付が半年以上も前ということで、ちょっと調べてみたら、まったく同じ研究成果を参照している別の記事があるではないの。しかも他メディアではなく、カラパイアさんの1月12日の記事だった(パルモ氏直接の執筆では無いけど、「編集」として記名有り)。
https://karapaia.com/archives/479662.html
ネタの大元である研究成果の発表が同一である以上、タイトルにある「全貌が明らかに」というのも、前の記事で「明らかに」なったこととそんなに違いはないのでは?
あと、1月の記事、当初は「3500年前」となっていたのに、今見たら「約3000年前」となっている。こちらの記事に合わせて訂正した?
よく気付かれましたね。
まぁ、面白い話が記事となって紹介されて人々の目に少しでも多く触れることがこのサイトの趣旨であるだろうから、何らかの手違いで記者が異なる類似記事がたまにあったとしても良いのでは
コーカサスオオカブト