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古代エジプト王族が使用していた3500年前の要塞化された離宮がシナイ砂漠で発見される

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(著) (編集)

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 シナイ半島北部のテル・ハブワ考古学遺跡で、3500年前の古代エジプト王族が使用していたとされる要塞化された離宮跡が見つかった。

 泥レンガで造られたこの建造物は、エジプトの東の門近くの宮殿のひとつとされていて、新王国第18王朝のトトメス3世(紀元前1479~1425年)の治世に古代エジプト軍、さらには王族が逗留する施設だったと考えられている。

シナイ半島は地中海征服のための軍事遠征地

 3500年前のこの時代、古代エジプトの支配者たちは頻繁に東地中海への軍事遠征に乗り出しており、進出のために利用した一般的なルートのひとつがシナイ半島を経由するものだった。

 西アジアのアラビア半島とアフリカ大陸北東部の間にあるシナイ半島に、王が滞在する離宮があったということは、軍がシナイ半島を横断するときに立ち寄り、物資の補給のための戦略的な場所だったことは明らかだ。

「そのレイアウトと陶器の破片が内部にほとんどなかったことから、この建物は王族の隠れ家的休憩所として使われていた可能性が高い」とエジプト観光考古学省は述べている。

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シナイ砂漠しない砂漠で発掘された3500年前の離宮 / image credit: Egyptian Ministry of Tourism and Antiquities

トトメス3世の名の刻みから年代を特定

 建物が発見された場所はシナイ半島のテル・ハブワで、現在のカイロの北東およそ257km地点のスエズ運河沿いにある。

 この建物には、ふたつの連続した長方形のホールと隣接するいくつかの部屋がある。メインの入口は北側にあって、3本の石灰石の柱に挟まれた第一のホールに通じている。

 東西に入口があるもうひとつの小さなホールが最初のホールとつながっている。この小さいほうのホールの中央には2本の石灰石の柱があり、石の敷居で入口がわかるようになっていて東西に面したふたつの別々の部屋に通じている。

 さらに建物の東側に隣接する一連の小さな部屋と、部屋の入口の石の敷居も特定された。

 最高考古学評議会事務局長のモハメド・イスマイル・ハーレド博士によると、この建造物の年代は、層位の分析、見つかった陶器の破片、そしてトトメス3世の名を示すカルトゥーシュの刻みから特定できたという。

 カルトゥーシュとは、古代エジプトで使用されていたヒエログリフ文字(記号)の一つでファラオの名前を囲む装飾用の枠のことだ。

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この場所で発見されたトトメス3世のカルトゥーシュ / image credit:Egyptian Ministry of Tourism and Antiquities

 建物が東向きの門を備えた壁を周囲に張り巡らせて強化されていることから、ここがエジプトを東へと拡大するための王の軍事作戦のさなかに使用されたことがうかがえる。

 この3500年前の離宮は、ホルスの道として知られる古代の道の始まりを示しているという。

 この道はエジプトからシナイ半島を通ってガザ地区に至る歴史的な道で、戦略的に重要なため、要塞や軍事施設が建ち並んでいた。

離宮は要塞からから埋葬地へと再利用された可能性

 シナイ開発プロジェクトの一環としてエジプト考古学使節団が発掘を行っていたとき、上空から撮られた最近の映像によってこの建物の存在が明らかになり、古代エジプトの軍事史を理解する上でその重要性が注目されることになった。

 のちの第21王朝から第25王朝期には、この場所は埋葬地として再利用されていたことがわかった。異なる層からさまざまな土器が出土し、子どもの遺骨がおさめられている墓もあった。

 これまでの発掘で、まぐさや扉、新王国時代の風景や王室の記章が刻まれた石など、離宮だった頃の材料を建材として再利用して墓が造られたことがわかる遺物が発見された。

 さらに、第26王朝時代の建物が基礎堆積物とともに3層連続しているのも明らかになり、王朝末期の王のひとりアモス2世の名が記されたステラという石板などの遺物も発見された。

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トトメス3世が敵を殲滅している様子を描いた壁画。カルナック神殿の7番目のレリーフ / image credit:public domain/wikimedia

この離宮はトトメス3世のものだったのか?

 だが、この離宮がトトメス3世時代のものだったという説に反論する学者もいる。

 トトメス3世は、古代エジプト第18王朝6代目のファラオで在位は紀元前1479年4月28日から 紀元前1425年3月11日までの54年間統治したとされている。

 ニュージーランド、オークランド大学の古典・古代史名誉教授スパリンジャー氏は、周囲の層位や見つかったカルトゥーシュがもっと後の時代を示していることを指摘し、建物が使われた時期を特定するには、もっと情報が必要だと強調した。

 実際にトトメス3世本人がここを使用したかどうかはまだわからないという。

References: Ministry of Tourism and Antiquities / 3,500-Year-Old Egyptian Royal Retreat Found in the Sinai Desert / written by konohazuku / edited by / parumo

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この記事へのコメント 4件

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  1. エジプト王の何世てのは王朝が変わっても増えていくの?

    • 評価
    1. >>1
      同じ名前にするのはよくある事なんで、後世の学者が分かりやすくするために順番に1世2世とつけてるだけで、セベクエムサフ王の息子がセベクエムサフ、とか分かりにくいですよねw

      • +5
    2. >>1
      ~世ってのはヨーロッパでの呼称を日本語訳した呼び方なのでエジプトの考古学での呼称は違うよ。
      ◯◯(神の名前)と●●の△△の子□□の偉大なる■■を始祖に持つ▲▲という感じで神を称えて偉大な先祖を称えてその子孫であることを唱えることで権威を付ける感じの名前を聞いたことがないかな?

      • +1
  2. 想像力がまるでないからこういうのはAIで当時はこんな姿でした!今回の発見でこんな姿に!みたいのがないと何も想像できない

    すごそうだし興味あるのに毎回想像力の欠如で凄さがわからず残念
    ハリウッドに期待しがち

    • +1

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