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古代エジプトにあった3400年前の「失われた黄金都市」が発見される

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(著) (編集)

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credit:Ministry of Tourism and Antiquities
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 エジプト、ルクソールの北側で、「失われた黄金都市」と呼ばれる3400年前の古代都市が発掘されたそうだ。

 ワインボトルの粘土製の蓋には、第18王朝のファラオ、アメンホテプ3世(在位 紀元前1386~前1353年)を表す象形文字が刻まれていたとのこと。その治世は概ね安定しており、古代エジプトの力が国際的にも最高潮に達していた時代だ。

 遺跡からはさまざまな遺物が発見されており、装飾品・家具・陶器といった品物の生産に特化していた可能性がうかがえるという。

ツタンカーメンの葬祭殿を探していたところ偶然の貴重な発見

 発掘現場は、「メディネト・ハブ」(ラムセス3世の葬祭殿)と「メムノンの巨像」(アメンホテプ3世の葬祭殿)に挟まれた区域にある。

 この辺りでは、第18王朝の最後を飾った2人のファラオ、アイとその次の王ホルエムヘブの葬祭殿が発見されている。

 そのためエジプトの考古学チームを率いたザヒ・ハワス博士らの狙いは、ツタンカーメンの葬祭殿を発掘することだった。

 昨年9月に発掘が開始されてから数週間で泥のレンガが発見。それは高さ2.7メートルあるジグザグの壁だった。

 まさにそれは、ルクソールの「失われた黄金都市」であることが判明。偶然が生んだ貴重な発見となった。

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credit:Ministry of Tourism and Antiquities

さまざまな遺物が続々と発掘

 ツタンカーメンの墓に次ぐと言われるほどの貴重な発見となった失われた黄金都市の遺跡からは、指輪・スカラベ・陶器・無数の石像の破片・道具(おそらくは紡績や織物に使われたもの)・鋳型といった数々の遺物が発掘されている。

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credit:Ministry of Tourism and Antiquities

 南部では、かなりの人数が作業できるだけの広さがあるキッチンのような場所も見つかった。そこにはかまどと貯蔵用の陶器が置かれており、パンを焼いていたらしかった。

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credit:Zahi Hawass Center For Egyptology

 日干しレンガの製造所や管理施設らしきものも発見された。ウシの骨や人骨が発見された区画もある。その人骨は、腕を体の横にまっすぐ伸ばし、奇妙なことに膝にはロープが巻かれていたそうだ。

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credit:Zahi Hawass Center For Egyptology / Ministry of Tourism and Antiquities

改革者アメンホテプ4世

 1889年に王家の谷で発掘されたミイラの分析から、黄金の都を統治したアメンホテプ3世は、40代か50代で亡くなり、晩年は関節炎や肥満、歯の膿瘍といった病気で苦しんだだろうことが推測されている。

 長男トトメスが夭逝していたため、王位は次男アメンホテプ4世が継承した。彼は「アマルナ改革」を遂行したファラオとして知られている。なお王妃は古代エジプト三大美女のネフェルティティ。次男があのツタンカーメンである。

 古代エジプトでは当時、太陽神「アメン」を中心とする多神教が広く信仰されていた。しかしアメンホテプ4世はこれを認めず、同じく太陽神である「アテン」のみを信仰する一神教を興したのである。

 アメンにちなむ名から、アメンホテプ4世はアテンにちなむ「アクエンアテン」に改名し、さらに首都をテーベからアマルナ(当時のアケトアテン)へ遷都したのもそのためだ。

 こうした改革が行われたのは、アメン教の神官たちがファラオを脅かすほどの権勢を振るっていたことが背景にあると考えられている。今回の調査からは、そうした当時の政治状況をひも解くヒントが得られるかもしれないとのことだ。

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アメンホテプ4世と彼の家族がアトンを信仰している姿 / image credit:public domain/wikimedia

 なお遺跡の北にある大きな墓地からは、まだ手付かずの財宝が残されていそうな岩を切って作られた墓が発見されているそうだ。

References: Egypt says it has uncovered a vast, untouched, 3,000 year-old 'lost golden city' / Archaeologists find “lost golden city” buried under sand for 3,400 years | Ars Technica

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この記事へのコメント 18件

コメントを書く

    1. >>1
      繁栄を意味する方のGolden、黄金だと思う

      • +11
      1. な、なるほど!※6さんありがとう
        「黄金都市」≒「繁華街」ってことか そういう意味もあるんだね

        • +3
  1. ザヒ・ハワス博士の名前を久々に見た気がする。
    以前は内外のテレビ番組によく登場してたものだが
    エジプト革命以降あまり見なくなっていたように思う。

    • +7
    1. >>2
      童顔
      博物館の引っ越しのニュースにも「あれ、出てこねえな…?」と思ってた

      • +1
  2. アメンホテプ4世のレリーフが女性のような体つきだけど、当時のエジプト美術の流儀のようで、疾病などによるものではないそうだ

    • +5
    1. >>4
      頭の帽子や形状もだけど、壁画の形容美術に左右されるそうな
      ハトシェプストとか女王だったから男として生まれた話を記録したり男らしく描いていたり

      アマルナ改革は神官の権勢から変えようとした宗教改革だけど、あっという間に戻されたんだっけな

      • +3
  3. エジプトに新しく出来たバカでかい博物館行ってみたいわ〜

    • +5
  4. この地に千年アイテムとアクナムカノンのミイラがある可能性があるわけか

    • 評価
  5. 王権 vs 宗教勢力 の戦いは3400年前から既に繰り広げられていたと。未だに世界中の国が同じ問題を抱えている。

    • +2
  6. アクエンアテンの妻が、美人で有名なネフェルティティだけど、アメンホテプ三世の妻にもネフェルティティがいるし、アクエンアテンは妹を妻にもしてるし、もー倫理観が違いすぎる!となるエジプトマジック。

    • +4
  7. 死者の書を発見しても絶対に読んではいけない、読んでしまったら猫とブレンダン・フレイザーを呼ぶべし

    • +4
    1. ※13
      アーカム財団&スプリガン「我々も手を貸そう」

      • +1
  8. 生活感の残る都市っぽいけどどうして埋まってしまったんだ?
    戦争なり災害なりで都市を放棄せざるを得ないことがあったのかな

    • +4
    1. >>17
      センター街とか歌舞伎町かも知れない。

      • -1

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