この画像を大きなサイズで見るイギリスの研究者がケンブリッジ大学のアーカイブを調べていたところ、第二次大戦中に失われてしまったと考えられていた一連の歴史資料を発見し、古代アフリカ最古の文明のひとつに新たな光が当てられた。
マンチェスター大学の生物医学エジプト学者、ジェニー・メトカーフ氏が、1907年から1911年にヌビア(エジプト南部アスワンあたりからスーダンにかけての地名)で初めて行われた発掘調査で回収された「記録カード」として知られる文書を発見したのだ。
ヌビアで栄えたクシュ文明
ヌビアとは、ナイル渓谷を中心とする北東アフリカ地域の古代の呼び名で、現在のスーダン北部やエジプト南部に当たる。ここは、紀元前3000年くらい前に古代アフリカ最古の文明のひとつが発祥した場所でもある。
何千年にもわたって、この地域ではさまざまな文化や王国が現れては消えたが、もっとも注目すべきはクシテ(クシュ)文明だろう。
古代エジプトのファラオが治めていた時代もあり、伝統的に下ヌビアと上ヌビアのふたつの地域に分かれる。下ヌビアはヌビア北部に当たる。
失われたヌビアの発掘記録カードを発見
マンチェスター大学の生物医学エジプト学者、ジェニー・メトカーフ氏は、自著『The Archaeological Survey of Nubia Season 2 (1908~1909) Report on the Human Remains』のための調査を行っていたとき、ケンブリッジ大学の保管文書に埋もれていたこの「記録カード」を発見した。
1907年から1911年にかけて、下ヌビアで1年にわたる発掘調査が行われた。
このとき、150以上のヌビア人の墓地を発掘し、およそ2万の墓を発見、7000体の遺骨と多数の遺物を回収した。
この発見は、エジプト南部ナイル川流域の古代コミュニティのユニークな記録を提供してくれることになった。
「当時、調査された最古の墓地は、紀元前3800年頃に始まったヌビア人集団Aグループのものですが、それ以前にもこの地域に人が居住していた痕跡はあります」メトカーフ氏は語る。
20世紀始めの調査の中心人物は、解剖学者のグラフトン・エリオット・スミスと同僚のダグラス・デリーで、彼らは第2シーズンで解剖学的な観点から研究を行った。
この画像を大きなサイズで見る第3と第4シーズンの記録カードは失われていたが、第2シーズンのカードのほとんどはメトカーフの著作にしっかり記録されている。
記録カードはエリオット・スミスが考案したもので、発見者を記録するため、あらかじめプリントされたカードです。
発見場所や年代、遺骨の年齢や性別、大腿骨などの長骨や頭蓋骨のサイズ、歯の存在や、病気や骨折などの外傷の有無を記録し、整理しておく箱がありました
このおかげで、解剖学者は個々の遺骨を研究、比較し、ヌビアコミュニティの全体像を構築することができるのです(メトカーフ氏)
この画像を大きなサイズで見るこれまで、第2シーズンの記録カードは、第二次世界対戦中に空爆で破壊された第1シーズンのものと一緒に保管されていると考えられていた。
ところが、メトカーフ氏は、ケンブリッジのダックワース研究所の保管庫で、第2シーズンのカードのほとんどと、第1シーズンのカードの一部が、数年後に行われた別の発掘調査のカードと混ざって保管されているのを発見した。
私は495枚のカードを発見しましたが、そのほとんどは20の異なる墓地の遺骨に関する詳細でした。
中には、一度に複数の遺骨の発見を記録したカードもありました。記録カードは、Aグループ時代から西暦500年から1100年ごろのキリスト教時代の墓地の遺骨まで網羅されていました
古代ヌビアの人々の暮らしが明らかに
今回の最新の発見により、古代ヌビアのナイル流域に住んでいた一般の人々が、どのような生活をしていたのかについて徐々にわかってきた。
この研究により、古代社会に見られた病気、外傷、解剖学的変異などに関する膨大な情報が得られたという。
「この発見から、失われたと思われていたコミュニティに関する情報がわかり、現代のわたしたちが古代ヌビアを理解する上で大いに役立ちました」メトカーフ氏は言う。
今回発掘された墓地は、王や王妃が埋葬された場所ではありません。
古代ヌビアに暮らしていた一般の人たちの墓なので、彼らの死亡年齢やどのように埋葬が準備されたのか、歴史のさまざまな時点でコミュニティーの規模などについてヒントを与えてくれます。
この特別な墓地に眠る人たちについて、情報を再構築できたのは初めてのことです(メトカーフ氏)
この記録カードに記されたデータは、古代ヌビア人が深刻な病や障害をもつ集団内の仲間を世話していたことを明らかにしている。
現代医学が登場する何千年も前に、深刻な病気や怪我から数ヶ月いや何年も生き延びた人たちがいた証拠があります。
これは、そうした人たちの安全を守り、食料や水を与え、傷の手当をするといった、家族やコミュニティの配慮があって初めて可能になったことだと思われます
重要なのは、エリオット・スミスとデリーが、おとなだけではなく子どもたちの記録も残していることです。
当時の解剖学者はたいていおとなのみを対象にすることが多かったので、これは極めて異例なことです。
このおかげで、当時の平均余命や、子どもとおとな両方に施された埋葬習慣などについて、わたしたちはしっかりした考えを持つことができたのです(メトカーフ氏)
References:Chance find fulfils 110-year mission to give ancient Nubians a voice / Records from Early 20th Century Nubian Excavations Miraculously Rediscovered / written by konohazuku / edited by / parumo
















バ、バカなッ・・・ ! ?
よりにもよってアレを見つけてしまったのか ! ?
こういう几帳面な記録は、後世の再研究にとって大助かり。
その場で患者を救う医師も偉いが、亡くなった人を調べて記録することで今後の発展につながる可能性は高い。
今回は考古学に近いけど、そこから当時の食糧事情や文化など見えてくるものがあるんだろうな。
二次大戦のせいではなく単純なヒューマンエラーってのが笑えるw
どこにあったん?
言うまでもないような普通の場所?
そこがちょっと気になったわ。
クシュ(クシテ)文明響きが宮崎駿ワールドぽくてロマンを感じる