この画像を大きなサイズで見るアメリカ・ミズーリ州に住む66歳の女性の家に、朝早くから続々と子供たちがやってくる。
彼らはみな、「朝食クラブ」に参加している高校の生徒たちだ。数年前、女性の孫にあたる少年は不運な事故でこの世を去った。
少年はなによりも祖母の作る食事が大好きだった。少年が他界した今も、クラスメートたちはおばあさんの家に週に1度通い続ける。
この習慣はおばあさんの心を癒し、生きる励みとなっているようだ。
亡きクラスメートの祖母の家を訪ねる生徒たち
ミズーリ州セントルイスに住むペギー・ウィンコウスキーさん(66歳)の水曜日の朝は、いつも大忙しだ。
地域のビショップ・デュブール高校に通う生徒たちが、ペギーさんの家で行われる「水曜朝食クラブ」に参加しにやって来るからだ。
ペギーさんが毎週子供たちに朝食を提供するようになったきっかけは、当時高校2年生だった孫サム・クロウさんの言葉だったという。
2021年のある日、学校と提携している食堂で朝食クラブに参加していたサムさんは、そこで提供される食事をあまりおいしいと感じておらず、クラスメートに「僕のおばあちゃんは、これよりおいしい料理が作れるよ」と口にした。
その翌週から、毎週水曜日になるとサムさんのおばあさんの家にみんなが集まるようになった。
サムさんが事故で他界した後も朝食クラブは続く
ペギーさんは水曜になると夜明け前から起きて、孫を含む多くの生徒たちのためにたくさんの朝食を準備した。
朝食クラブは順調に続いていたが、去年7月にサムさんが交通事故でひき逃げされて亡くなったときから、より特別な意味をもつものに変わった。
孫を失ったペギーさんは、当然深い悲しみに暮れた。サムさんのクラスメートたちは、そんなペギーさんのもとを訪れ、慰めの言葉を口にしてハグをした。
ペギーさんは大切な孫を失った。クラスメートたちもまた、友達を失くした。互いの悲しみを癒すため、ペギーさんは毎週水曜日の朝食クラブを継続することにした。
暗いうちから家に朝食を取りにやってくる子供たち1人1人に玄関先でハグをして、ペギーさんはみんなを中へと招き入れる。
みんな、私が大丈夫かどうか確認してくれていたんです。
ペギーさんも生徒たちも、一緒にペギーさんの家に集まって朝食を取ることで、悲しみが癒されていくことを知ったようだ。
サムは、自分がこの朝食クラブを始めたことを誇りに思うことでしょう。今でもみんなが、ここに癒しのために集まってくれているんですから。
心が温かくなりますよ。(ペギーさん)
大切なのはサムを失った気持ちを共感しあえること
朝食クラブにやって来る生徒の1人はこのように語る。
ペギーおばあちゃんが、みんなの気持ちをひとつにしてくれるんです。
また、別の生徒も次のように話している。
食べ物がどうとかいうのではなく、ただペギーおばあちゃんと一緒にいることが大事なんです。
私たちは彼女から恩恵を受け、彼女は私たちから恩恵を受ける。お互いに助け合っているようなものです。
悲しみ方は人それぞれだが、ペギーさんも朝食クラブの生徒たちも一緒に悲しみを分かち合い、再び笑い合うことを教え合っているようだ。
そしてその過程で、ペギーさんの家での温かい食事のように、サムさんを失った痛みが癒され、懐かしい思い出が今後もずっと続いて行くと信じている。
References:How a weekly breakfast at grandma’s helped students heal from the grief of losing a classmate/ written by Scarlet / edited by parumo













喪の悲しみは時として残された側の人たちの絆を深くするね
やさしいせかいね
誰かのために生きる(食事を作る)ことができる、これは何よりも大きな生きがいとなる
その相手が人間でも動物でもね
食費がどこから出ているのか気になる
>>4
クラブ活動だから
学費とかから費用は出してるんじゃないかな
とは言えこの学校は私立高校みたいだから
子供たちの家は多分お金持ちとかだと思うけどね
タダ飯食べれるし婆ちゃん喜ぶしウィンウィンか
そもそも朝食クラブという文化がピンとこない
「朝食クラブ」って書いてあるじゃん
なんでタダメシだと思ってるんだ
普通に学費から出てると思うよ
>>8
ワシントンポストの記事によると、
元々彼らの学校は水曜日は授業の開始が遅いので近くのダイナーで朝食をとっていたらしい。最初の1年はペギーさんが提供、2年目からは地元の企業や彼女の家族、生徒の保護者も提供するようになった。
ペギーさんは要介護の夫と暮らしていてお金に余裕はないけれど、亡くなった孫のサムが、自身の15人の孫の他に30人の孫を連れてきてくれた、とこの水曜朝食クラブを続けている、という。
無私の精神とお互いの思いやりの連鎖。