メインコンテンツにスキップ

古代エジプト女王の墓から5000年前の密封されたワイン壺が大量に発掘される

記事の本文にスキップ

27件のコメントを見る

(著) (編集)

公開:

この画像を大きなサイズで見る
Advertisement

 考古学者たちは、古代遺跡から5,000年前の太古のワインの痕跡を発見した。

 ナイル川の西岸の砂漠には、エジプト神話に出てくるオシリス神復活の地「アビドス」があるが、そこにあるウンム・アル・カーブ(初期王朝の王のネクロポリス)で、エジプト第1王朝期の王妃であるメルネイト女王の墓が発掘された。

 女王の墓から密封された数百個のワインの壺が発見されたのだ。保存状態の良い壺の中には古代のワインの残滓がまだ残っていた。

 発掘を行ったエジプトとドイツ・オーストリアの合同考古学チームによると、壺に刻まれていた文字は、王妃の極めて高い地位を示す証拠だったという。

良好な状態で発見された5000年前のワインの壺

 エジプト観光考古省の声明で、考古最高評議会の事務局長ムスタファ・ワジリ博士は、この発見の重要性をあらためて確認した。

 ワインの壺はかなり良好な状態で発見され、中のワインの残滓は、およそ5000年前のものであるという。

 これら壺以外にも、当時の埋葬習慣や信仰が垣間見える、葬送用備品の数々についても明らかにした。

この画像を大きなサイズで見る
密封されたワイン瓶から取り出されたブドウの種子 / image credit:EC Kohler

 カイロにあるドイツ研究所所長、ディーテルシュ・ラオ博士は、今回の発掘によって、メルネイト女王の生涯や統治について新たな洞察が得られたと説明した。

 女王の墓から出土した銘板に刻まれた碑文は、中央政府における彼女の役割の重要性を強調している。

 女王が「中央政府の役所を担当し、非常に高い地位にあった」と記されている。今回の発見は、謎めいているが、非常に重要なこの古代の支配者の生涯をさらに詳しく語ってくれることになるだろう。

この画像を大きなサイズで見る
アビドスのウンム・アル・カーブ(初期王朝の王のネクロポリス)で、メルネイト女王の墓が発掘された / image credit:EC Kohler

輝かしい統治の証明となるメルネイト女王の墓

 摂政であり、王妃でもあったメルネイトは、「ネイトに愛された者」を意味する女神ネイトにちなんだ名を持ち、エジプト史の中でも際立っている。

 おそらく、第1王朝の3代目または4代目のファラオだったらしい夫ジェトの死後、紀元前3050年から3000年の間にエジプトで権力を掌握したと考えられている。

 息子のデンが、王位に就くにはまだ若すぎたためで、王妃が摂政だった期間は彼が成人するまでだったと思われる。

 メルネイトが、こうしたいきさつでエジプトを支配した最初の女王だったのか、あるいは2番目の女王だったのかについての議論の決着はついていない。

 ネイトホテップが古王国第1王朝の最初の女性ファラオだと主張するエジプト学者もいる。

 長い間、エジプト学者たちは、女性が権力の座に就くのは、古代エジプト第1王朝の時代から数世紀後のことだと考えていた。

 しかし、この時代の強力な女性統治者の情報は、証拠が明らかになったことから、事実として受け入れられるようになった。

 一方、メルネイトの存在と統治力に関する決定的な証拠は、アビドスにあった。

 古代エジプトのエジプト神話に登場する冥府オシリス神復活の地として知られるアビドスは、、ナイル川の西岸の現在のエジプトソハーグ県にある。

 男性王族の眠る墓の中にあって、Yの墓には、統治者メルネイトの名が刻まれている。

 また、壺や石の器や印章といったメルネイトの名が刻まれた遺物が、マスタバ(古代エジプトの墳墓)3503から発掘された。

 メルネイトの墓から新たにワイン壺が多数見つかったことで、さらにこの証拠の信憑性が増した。

 メルネイトの遺産は、新王国時代には薄れてしまったように見えた。彼女の名は、しかるべき統治者リストにはないが、古王国の有名なパレルモ石には、ちゃんとその名が記されている。

 さらに、彼女の影響力の証拠は、第1王朝の統治者たちの名を並べたデン王の墓で見つかった紋章からも明らかになっている。

 ホルス神と関連づけられる、疑いようのない男性統治者の名の中において、メルネイトの称号は、はっきりと「王の母」となっている。

 とはいえ、議論は白熱している。メルネイト単独統治に異を唱える学者の中には、第1王朝の統治者を列挙した別の印章は、メルネイトの名を明らかに排除していると指摘する者もいる。

 忘れられた統治者だったのか、意図的に省かれたのか、いずれにしても歴史におけるメルネイトの存在は、依然として興味の尽きない謎を残したままだ。

この画像を大きなサイズで見る
メルネイト女王の墓は、Yの文字で表されている / image credit:PLstrom / CC0

メルネイトの墓はエジプトの初代女王のものなのだろうか?

 メルネイト女王の墓は、アビドスのウンム・エル・カーブにある第1王朝のほかのファラオたちと関連する地域で、1900年にフリンダース・ペトリー氏によって発見された。

 有力な証拠のいくつかは、この墓が彼女のものであることを示すふたつの石碑だ。

 彼女が初代エジプト女王であることが明らかになったのは、のちに手がかりが発掘されてからだった。

 おもに生レンガ、粘土、木の板で造られたメルネイトの墓には、独特の特徴がある。これは、現在までにアビドスで見つかっている第1王朝の女性王族の唯一の墓のようだ。

 重要なのは、この墳墓では彼女の側近や使用人のものと思われる墓がほかに41基も見つかっていることで、これらは、さまざまに異なる時代に埋葬されたことがうかがえる。

 最新の発見は、エジプト史における初代王朝の側面の一部をさらに明らかにし、この時代の王室の埋葬習慣をより深く理解させてくれる。

 発掘研究はまだ進行中で、考古学チームは、メルネイト女王をとりまく歴史と彼女の真の正体に関する秘密をさらに紐解こうとしている。

References:5,000-year-old wine for Egyptian queen / 5,000-Year-Old Wine Jars Unearthed at Queen Merneith’s Tomb / written by konohazuku / edited by / parumo

📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中

この記事へのコメント 27件

コメントを書く

  1. 日本人が原始人みたいな生活してる頃に
    エジプト人は折りたたみイス使ってたりするんだよな
    すごいよなぁ

    • +2
    1. >>1
      うほうほと騒いでるお猿さんの印象が高いけど
      この時代にはすでに世界の海へ飛び出してたので
      必ずしも文明が低いわけではない
      しかも外交やアジア以外の国との交易もあり
      一説には古くから世界一周もしてた形跡もある
      もっともどこの島国国家では同じ感じだったけどね
      なので意外と昔から日本もすごいんだぜ

      • 評価
    2. >>1
      日本人が原始人みたいな生活をしていたのは1万年より遥か昔
      調べてみたらエジプトで農耕が始まったのが紀元前6千年紀後半って書いてあるけど、縄文時代より立ち後れてるじゃん

      • -6
      1. >>6
        縄文時代に農耕はなかったよ!(一部植物栽培はある)
        日本での農耕の始まりは2300年前の弥生時代とされている。
        ちなみにエジプトでの農耕の始まりは7000年前。

        • +6
        1. >>9
          流石に縄文時代晩期には稲作ぐらいやってるよ
          中国式の水田技術の大規模導入が弥生時代との区分みたいなもんだし
          6000年前の縄文前期の貝塚から米や麦などが大量に見つかっているから
          確定こそしていないもののそれぐらいから農耕が始まっていると見られる
          それに伴い弥生時代も昔は紀元前7世紀からだったけど
          現代では紀元前10世紀から始まったと時代が300年早まっている

          • -2
      2. >>6
        稲作がおそらく3000年前、さらに以前の木の実(クリなど)・芋類と思われるのが約5000年前あたりなので、さすがにエジプトよりは後発。
        農耕の定義にもよるけど、「主食穀物の栽培」とみるなら数千年の差はある。

        • +8
    3. >>1
      文明の発達には、ある程度不安定な自然への対応と他文化圏とのそこそこ継続的な平和的にしろ好戦的にしろ交流という二つの要素が必要
      自然環境が過酷すぎる。あるいは人間に都合が良すぎると逆に文明は発達しにくい
      前者は文明が大規模に発達するのに必要な人口確保が難しいため。後者は一年を通して温暖で食料が安定供給される地域。こっちは苦労しなくても飯が食えるから
      日本の場合は意外と自然環境が安定していたし、他文化圏との交流が少なかったがために、スタートラインとしては遅いのだ
      もう少し大陸から離れていたら、もう少しのんびりと発展した結果、大航海時代で西欧の植民地化されていたか。それ以前に接触するであろう中国からの文化影響が今よりも強い国になったと思う

      >>12
      地中海世界で標準的な”アンフォラ”っていうワイン入じゃないかな?
      機能で言えば勝手な推測だけど、底に不純物が貯まりやすく、撹拌されにくいと推測

      • +6
      1. >>14
        アンフォラ古代ローマ展で見たわ
        なるほどなあ

        ブドウって酵母菌が最初からたっぷりついててそれだけでワインになると聞いたときの衝撃

        • +6
        1. >>15
          ぶどうを潰して冷蔵庫に入れておくだけで、簡単なワインができます
          酒税法に引っかかるので気をつけませう

          • +4
    4. >>1
      ローマ帝国で建築工学者が集まってコンクリ建築&エレベーター作ってた頃も
      こっちはまだ文字が無かったからな
      その分戦争も無かったんだろうけど出遅れ感はやっぱりあるね

      • 評価
  2. 古代のブドウ酒は今で言うミネラルウォーター的な貴重な飲み物
    種からブドウの木が生えないかな

    • +10
    1. >>2
      ミネラルウォーターと聴いても貴重さ微塵も感じないんだがw

      • -2
      1. >>18
        現代日本では飲み水を巡って殺し合いが起きたりしないもんな

        • +3
      2. >>18
        海外では水よりジュースが高いことなんてことあるあるだぞ
        水を水のまま飲める日本に感謝しよう

        • +1
  3. ※ 発見したワイン壺に入っていたワインはスタッフが美味しくいただきました

    • 評価
  4. アーニャ知ってる・・勇気ある(無謀な)学者が太古のワイン飲むってこと・・・(´・ω・`)今まで何回もあった・・・

    • +2
  5. いけない!
    ヤツの封印が解かれてしまう!

    • 評価
    1. >>11
      アビドス高の生徒もエジプト神話由来だったりするので興味があったら調べてみてね

      • 評価
  6. 瓶の形がなにか不思議、機能性からなのか何かを模っているのか?

    • 評価
  7. 当たり前のようにやってるけどただの墓暴きだよなこれ

    • -5
  8. 遊戯王好きだからこういう話ワクワクするね

    • 評価
  9. 墓に配置されていたということは、亡き女王への捧げ物だったりしたのだろうか

    • +4
  10. 第一王朝!!!

    古代エジプトで連想される有名なファラオとか遺物ってほとんど新王朝のものなんだよね
    悠久の古代を象徴するような時代すらエジプトでは「新」王朝で、その前にさらに何代も古王朝が続いてたとか、
    どんだけエジプトの歴史は奥が深いのかとそれ知った時には目眩を覚えた

    その第一王朝の遺物があって当時の状況までおぼろげながら推察できるとか、その事実にまた感動してる
    エジプトすごい&考古学すごい

    • +5

コメントを書く

0/400文字

書き込む前にコメントポリシーをご一読ください。

リニューアルについてのご意見はこちらのページで募集中!

知る

知るについての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

歴史・文化

歴史・文化についての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

最新記事

最新記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。