この画像を大きなサイズで見る”君にできないことはなにもない。愛こそすべて”
1969年にビートルズがこの曲を書いたその9年後に、文字通り”愛こそすべて”を実践した男性が現れた。そしてその愛は実を結んだのだ。
プラデュムナ・クマール・マハナンディアさんは、愛があらゆる問題、困難を乗り越えるという事実を身をもって証明したのだ。
インドで貧しい暮らしをしていたマハナンディアさんは、裕福なスウェーデンの女性と出会い恋に落ちた。
女性が自国に帰るとき、「成功して必ず会いに行く」そう誓ったマハナンディアさんはその約束を果たした。
最愛の人に会うために、約6400km、中古の自転車でいくつもの国を横断し、ついに再会を果たしたのだ。まるで映画のようなこの話は、今も語り継がれている。
貧しい男性と裕福な外国人女性が恋に落ちる
貧しい男性が、裕福な女性と出会い、ふたりは恋に落ちた。のちに女性は自分の国に帰ることになり、男性はビッグになって、必ず女性を訪ねると約束した。
時がたち、男性は両方の目的を実現しようと苦労を重ね、ついに、最愛の人に再会するという約束を果たすため、自転車で8ヵ国を巡る旅に出た。
これは、近々公開予定のボリウッド映画ではないが、それに匹敵する映画のような話だ。
インドのプラデュムナ・クマール・マハナンディア博士(PK)と、スウェーデン人のシャーロット・フォン・シェドヴィンさんの実話なのだが、感動、ドラマ、愛にあふれたボリウッド大ヒット作映画の要素がすべてそろっている。
壮大なロマンスの物語の主人公PKは、揺るぎない愛さえあれば、すべての境界線は越えられることを身をもって証明した。
男性と女性との出会い
マハナンディア博士(以降PK)は1949年、オディシャ州デンカナル地区の貧しい職工の家に生まれ、不可触民だと蔑まされていた。
芸術家としての才能はあったが、両親には息子に教育を受けさせられる十分なお金がなかった。
インドの忌わしきカースト制度のせいで、PKはたびたび屈辱を受けた。だが、1971年にニューデリーの芸術大学に入学し、肖像画制作で人気者になった。
1975年、ロンドンの学生だった19歳のシャーロット・フォン・シェドヴィンさんは、PKの噂を耳にして、肖像画を描いてもらうために、遥々インドまでやってきた。
絵を描いている間、PKはシャーロットさんの美しさの虜になり、シャーロットはPKの純粋で素朴なところに惹かれた。そして2人に愛が芽生えた。
シャーロットさんはインド名チャルラタと名乗り、インドの伝統的な儀式にのっとって、ふたりは結婚した。
この画像を大きなサイズで見る自力で会いに行くと約束し、女性はスウェーデンに帰る
シャーロットさんが国に帰ることになったとき、PKに一緒に来てと頼んだが、PKはまだ学生で、学業を全うしたいと考えていた。
シャーロットさんが後から航空券を送ると申し出ると、PKは自分の力で会いに行くと言って、それを断った。シャーロットさんが帰国した後も、ふたりは手紙で連絡を取り続けた。
約束はしたものの、それを実現するためのお金がないという現実が、PKの目の前に突きつ
けられていた。しかし、彼は決して諦めることはなかった。
PKは持ち物ほとんどを売り払い、中古の自転車を購入した。画材道具だけを持って、とんでもないことを決行した。1978年、愛する人と再会するために、インドから遥か西へと向かう自転車旅に出発したのだ。
この画像を大きなサイズで見るインドからスウェーデンまで中古の自転車で会いに行く
ニューデリーから、インド北部のアムリッツァルに到着し、その後はアフガニスタン、イラン、トルコ、ブルガリア、旧ユーゴスラビア、ドイツ、オーストリア、デンマークを通過した。
途中、PKの自転車は何度も故障したが、何日も飲まず食わずでも、彼は進み続けた。彼の決意を打ち砕くものはなにもなかった。
4ヵ月と3週間の大変な自転車旅を経て、ついにPKはスウェーデンのイェーテボリに到着した。当時は、国をまたがって旅をするのにビザを必要とする国はそれほど多くなかった。
この画像を大きなサイズで見るついに到着。シャーロットさんは王家の血を引く生まれだった
到着すると、スウェーデンの入国審査官に質問攻めにされた。そして、PKがインドから延々と自転車でやってきたことを知ると、皆、驚いた。
PKは、その理由を説明し、シャーロットさんとの結婚式の写真を見せた。
すると、さらにまわりは仰天した。実はシャーロットさんは、ヨーロッパ王室の血を引く家系の生まれだったのだ。
そんな人物が、貧しいインド人と結婚するなど、誰も信じられなかったのだ。
突然の思いがけない事実に、PKですら、シャーロットさんが本当に自分を受け入れてくれるかどうか、半信半疑になるほどだった。
およそ5ヶ月もかけて、はるばるインドから自転車でスウェーデンにやってきた男性のニュースを聞いて、シャーロットさんは急いでイェーテボリに向かい、限りない幸せで胸をいっぱいにして、PKを迎え入れた。
正式に結婚が認められ、家族に迎え入れられる●
シャーロットの両親は、貴族と非白人と一緒に住むことを禁じる、王室の伝統を破って、PKを家族の一員として受け入れた。
結婚40年を経た現在、PKは駐スウェーデン、インド・オリヤ文化大使として、妻シャーロットとふたりの子どもたちとスウェーデンで暮らしている。
この画像を大きなサイズで見るかつて、PKのことを不可触民として遠ざけてきたインドの村は、今では彼が村を訪れるたびに、熱烈に歓迎する。
PKはスウェーデンでは、アーティストとしてよく知られていて、スウェーデン政府のもとで芸術・文化顧問として働いている。
政府は、PKとシャーロットの愛をたたえ、世紀の不滅の愛を記録する映画を制作した。
世界中の主要都市で、PKの絵の展示会が開かれていて、あのユニセフのグリーティングカードにも採用されている。
2012年1月4日、PKはインドのオディシャ州ブバネーシュワルにある、ウトカル文化大学から、名誉博士号を授与された。
こんな「映画化決定!」みたいな話を放っておくはずもない。ボリウッドの著名な映画制作者サンジェイ・リーラ・バンサリは、PKとシャーロットの愛の物語を映画化しようと計画しているそうだ。
References:A Man from India Rides 3,977 Miles on His Bicycle for 5 Months to Reunite with His Wife – Good Times / The epic journey of a man who cycled from India to Sweden, all for love / written by konohazuku / edited by / parumo














インド人以外もビックリ!
ボリウッドでミュージカル映画、ハリウッドで感動巨編やな!
心から感動を覚える話なのですけれど、PKという略称はなんとかならなかったものでしょうか?
サッカーの場面が脳裏にちらついて、話の内容に今一つ入り込めませんでした…
シャーロットさんの旅費工面の話を断って自力でチャリで来たマハナンディアさんの誠実かつ熱い人柄よ
そらシャーロットさん惚れるわ
どうか末永くお幸せに
身分も貧富も関係ない
やっぱり人柄なんだよな
「成功して必ず会いに行く」と言ったけど結局成功はしてないような気もしつつ…本人たちがいいならいいのかな?
そういえば
インドとスウェーデンって陸続きだから
自転車で行けるんだよな
海を跨がないと
お互いの国にいけないイメージ
>>7
地続きではあるが
ボスポラス海峡は定期船か橋
ドイツからスウェーデンは定期船を利用したと思われる
>>15
デンマークを経由したっていうのでドイツからの船ではないと思う
ボスポラス橋は既にあったみたいだけど自転車の通行は無理だったんじゃないかな
>>19
デンマークでもユトランド半島ではなく、シェラン島(コペンハーゲンのある島)を通っていそう
ボスポラス海峡は船かもね
自転車旅行をするとビッグになる
というのがこのストーリーにイマイチ釈然としない理由かもしれない
現代から見て、目立つことが目的の人の活動に無感動な傾向が
北海道沖縄1.5往復の距離はとにかく凄いのだけれど…
>>8
インドからスエーデンまで大体6,400 kmらしいけど
その行程が旅行なんて優しいもんじゃないってことだよ
むしろ冒険と言っていいと思う
途中イランを通ってるみたいだけど1970年代の中東ってまだ紛争地域もあって治安とか相当危険だっただろうし
道だって舗装されてるところばかりじゃないからね
治安も良くて道も舗装されてる現代日本と比べちゃ困る
何よりその功績が認められて実際ビッグになったんだから有言実行でいいと思うんだけど
>>12
アフガンは常に不安定だったけどこれ以降だと本格的内戦だし、原理主義に席巻される革命前のイランを通過するギリギリのタイミングだったと思うけどね
たとえ4000マイル離れても
夜が来てまた心は求めあうのさ
星空の下のディスタンス
すごいパワーだわ
素敵な話
1978年はアガニスタンにソ連が本格介入する直前で国内も不安定な状況だった筈。よく無事に無事に通り抜けられたね。
自動車じゃなくて自転車だったから見向きもされなかったのかもしれないが
意味が分からない
既に結婚しているのに、なぜ彼女は母国に帰った?
彼女が母国に帰るのならその時夫も行けばいいだけなのにな
>>14
そこを彼女の力でなく自分で乗り越えたいんだ、と。記事にも書いてあるだろ?こういうのは理屈じゃないんだよ。
現代でこれをやろうとしてもアフガニスタン部分が絶望的に無理だろうね
冷戦時代とはいえユーゴ国境は厳しくなかったようだしルート選びも興味深い
元記事でもどっちのドイツか書かれてないけど、まあ西ドイツだよね
世界名作劇場みたいなアニメ化してほしい
まさに「Power of Love」
くお~!! ぶつかる~!! ここでアクセル全開、
>>20
もう古いし、古参ゲーマーしかわからないぞ
沢木耕太郎的な面白さがあったので他の記事も読んでみたら
車で運んでもらうこともあったと本人も認めていて、イスタンブルウィーン間の鉄道チケットをもらったとCNNの記事には書いてあった
お二人とも素晴らしい素敵な笑顔♡
愛し愛されていますね。
歌曲にしてほしいな
「バイシクルレース」
に肩を並べるような
凄いな。
画材を持って旅立ったってことは、道々で似顔絵描きでもやって食料費や自転車の修理費を賄ったのかな?
それだったらスウェーデンで有名アーティストになったんだしその時の絵にプレミアついてそう
それ何ていうなろう小説?
すごいなぁ…