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小さな親切は世界中で頻繁に行われている。人間の助け合いの精神は普遍的であることが判明

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(著) (編集)

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 ときに人間の本質は争いであるかのように思えるが、私たちの魂には助け合いの精神もしっかりと根付いているようだ。

 国際的な研究チームが、世界各地の人々が日常生活で行なっている協力(小さな親切)を分析したところ、どんな文化圏でも、小さな助けの要請に応じる割合が、断る割合よりもはるかに高いことが明らかになった。

 平均すると2分に1回、誰かが誰かを助けているのだ。

 人々の協力は文化的に育まれるものという説もある。だが『Scientific Reports』(2023年4月19日付)に掲載された研究によれば、どんな文化でも、人は他人を助けることのほうが圧倒的に多いことが確認されたという。

文化の違いを超えた協力行動

 これまでの協力についての研究では、文化間の共通点よりも、むしろ違いが注目されることが多かった。

 たとえば、インドネシア、ラマレラのクジラ漁師は、手に入れた獲物を決められたルールに従って分け合うが、タンザニアのハヅァ族が食べ物を分け与える動機は、嫌な噂が広まることに対する恐れだ。

 ケニアのオルマ族は、道路のような公共のものを工事をするとき、裕福な村民がその費用を負担する。

 一方、パプアニューギニアの裕福なグナウ族なら、そのようなことはしないだろう。なぜなら、貧しい村民がお返しをしなければならなくなり、かえって負担を背負わせてしまうからだ。

 このように、人々の助け合いの作法は文化によって違っているようだ。

 ならば私たちの助け合いの精神は文化によって育まれるものなのだろうか? それとも厳しい環境を生き抜くための人間の本能なのか?

 カリフォルニア大学ロサンゼルス校のジョバンニ・ロッシ氏らは、オーストラリア、エクアドル、ドイツ、オランダ、イギリスの大学の研究者と協力し、こうした疑問を解き明かすために、世界中の人々の暮らしを観察してみることにした。

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photo by Unsplash

世界中での助けの要請と応答の頻度を調査

 彼らが調べたのは、イギリス・イタリア・ポーランド・ロシアの町や、エクアドル・ガーナ・ラオス・オーストラリアのアボリジニの農村など、文化も言葉も違うさまざまな地域での人々の暮らしだ。

 人々の日常生活を撮影し、そこで実際に行われた助け合いを分析したのである。

 特に注目されたのは、ある人が助けを求めるサインを出し、誰かが実際にそれを助けたケースだ。

 たとえば、誰かが助けて欲しいと頼んだとき、その人はどのくらいの割合で助けてもらえるだろうか? あるいは側から見て明らかに困っている人がいたとき、周囲の人はそれを助けるだろうか?

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photo by iStock

2分に1回、誰かが誰かを助けている

 すると、ヘルプサインが出され、実際に助けられるという流れは1000回以上も確認され、平均すると2分に1回起きていることがわかったという。

 協力といっても、大袈裟なものばかりではない。日用品を貸し借りしたり、家や村の周りのちょっとした雑用の手伝いなど、気軽にできる協力でも立派な協力だ。

 そうした「軽い協力」が求められたときならば、どんな文化でも人々は圧倒的に手助けすることが多いのだ。

 具体的に言えば、軽い協力を頼まれた人は平均79%それに応じるのに対し、断るケースは10%、無視するケースは11%でしかなかった。

 そうした協力的な姿勢はすべての文化圏に共通しており、しかも相手が家族かどうかも関係がなかった。

 また手助けするときはいちいち理由を説明したりはしないが、断るときは7割以上のケースで、手助けできない理由が説明されていた。

 つまり助けられるときは無条件に助け、断るのは正当な理由がある場合のみであるらしいということだ。

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photo by Unsplash

人と人の助け合いは、人間の奥底に染み付いている

 研究チームの一員である、シドニー大学のN. J. エンフィールド氏の解説によると、これまでの研究では、こうした協力に対する姿勢は文化によって違うとされてきたのだという。

 そうした説によれば、協力への姿勢は、地域のルールや価値観、自然・技術・社会経済環境に対する適応度などによって左右される。

 仮にそうした背景があるのだとすれば、それを理由に誰かから頼み事をされても断りやすいはずだ。ところが実際には、どんな文化の人々も助けを求められれば、ほとんどの場合は助けていたのである。

 こうした発見からは、他人を助けるという行為が、人間という種に染み付いた反射的な行動であることがうかがえると、ロッシ氏はプレスリリースで説明する。

 確かに負担が重い協力だと、文化による違いはある。だが、もっと気軽にできる協力ならば文化的な違いはほとんどないのだという。

 そうした助け合いの精神は、私たちの普遍的な傾向と言えるのだそうだ。

References:Small acts of kindness are frequent and universal, study finds | UCLA / written by hiroching / edited by / parumo

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この記事へのコメント 21件

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  1. >具体的に言えば、軽い協力を頼まれた人は平均79%それに応じるのに対し、断るケースは10%、無視するケースは11%でしかなかった。

    どうやって統計を取ったのだろう?

    根拠はあるのか?

    • -10
    1. >>1
      記事にちゃんと論文へのURLが掲載されていますよ

      >>13
      ネトゲで言えば日本のユーザーは些細なことに完璧を求めてギスギスしがち&マウント取りがち
      逆にワールドサーバーはそういった層は少ない(いないとはいわない)

      • +3
      1. >>14
        > 些細なことに完璧を求めてギスギスしがち&マウント取りがち

        ちょっとばかり上手くなった頃のプレイヤーにありがちですよね
        さも自分が上級プレイヤーにでもなったように錯覚して何かと他者を見下す
        そして思い通りにならないからとチャットで暴言を浴びせまくる
        そうでなければ荒らす事でストレス解消するあたおかとか
        意思疎通の取れるはずのギルドメンバー同士でもトラブルは起こりがち
        まして不特定多数のランダム戦だとカオスすぎて
        頭ではわかってはいても自分自身もイライラしっぱなし
        勝った時の満足感よりも精神的なストレスの方がすっと多い
        それの繰り返しに疲れてソシャゲからは自然と離れてしまったなぁ

        • +1
  2. 高等な群れの生き物の本能として助け合いが有るけど残念ながら順位付けやイジメも付随してしまうのよね

    • +8
  3. 社会性が重要な動物としては至極当たり前の事の様な気もするが
    統計の取り方が良く判らんけど数字で証明出来た事に意義が有ると言えば有るか

    • 評価
  4. 「人を助ける」という行為は、子孫を残す際に何かしら優位に働くのでしょう。

    • +1
  5. 中国のせいで、それら全てが帳消しにされてる
    自らを犠牲にして飛び降りた少女を救った男性「娘の怪我はあなたのせい」と非難される(中国)

    • -5
    1. >>6
      恐縮ながら○○が悪いと誰かに責任をなすりつけてる時点で
      批判している誰かと同じレベルなんです
      他者の悪い行いを見て自身を律する事が大切なんです

      • +2
  6. 世界中で2分に1回行われている助け合いの積み重ねはとても価値のある事だと思う
    ただそれ以上に私利私欲に溺れ他人を食い物にする者だったり
    憂さ晴らしのための罵詈雑言で溢れているのも世の中の悲しい現実なのですよね
    争いも憎しみもない全ての人が幸せを感じ笑顔で暮らせる世の中だったらいいのに

    • +2
  7. カラパイヤで紹介される生き物はみんな良い子。豆知識な。

    • +1
  8. 国際色豊かなサーバーのネトゲしてるとめっちゃわかりやすい。人種や文化的な価値観を抜きにしても世界中に親切な人は沢山いる。

    助けを求められても断る場合は助けれる自信や実力や時間などの余裕がないか、他者と関わって嫌な思いをしてきたとかで他人を警戒してる人のパターン。

    まぁ、困ってるのを見かけて反射的に助けちゃうヒーロータイプの人もいるし、親切だけどちょっと倫理観とか緩くて問題起こす人もいるし親切といっても色々だよ。

    • +8
    1. >>9
      ゲームという共通の目的を持つ人間同士が集まった環境だからとも言えるような?
      ゲームの種類でも変わってくるように思う
      以前やっていたソーシャルゲームのいくつかは荒らしと暴言が飛び交う醜い有様だった

      • 評価
    2. >>9
      今時ネトゲというかオンラインなのは当たり前だからその考えは少々古い気がするわ

      • -2
  9. 誰かの役にたつ事を実行できると脳の報酬系が働く気がする
    誰かの為に動く事は本能に組み込まれた快感のひとつな気がする

    • +4
  10. 猫がドアを開けて欲しそうにしていたら、無条件で開けるよな
    親切なんてそんなもの

    • +2
  11. 社会って他人の助けがあって自分が生きてられるものなんですけど。
    そもそも2分に1回どころの話じゃないと思うんですが。

    自分の着てる服は?口に入れて腹満たしたものは?垂れ流した糞便は?
    主義主張関係なく、この世のだれかが作ったり、始末してくれてるんですけど。
    吸ってる空気だって環境保全に努めてくれてるだれかのおかげで、産業発展の時代みたいな汚染されまくった空気吸わなくて済んでるんですよ。

    もちろんこれは個人の話じゃない。群れがお互い役目果たして成り立ってるんですよ。

    • -5
  12. ハミルトン曰くの「利他的行動」ってヤツ。
    群れを作る高等な動物はだいたい本能として持ってる、なんならハチ目のような社会性昆虫も。

    • +2
  13. これはわかる。
    海外旅行へ行った時に地下鉄に乗ったらバッグを切られて財布盗まれると聞いたから、コートの中に隠し持っていたら、現地の女性が妊婦と勘違いして席を譲ってくれた。誤解を解いたら社内が笑いに包まれた。
    オペラ観劇にでかけたら、劇場がたくさんあって迷っていたら、やはり親切な人が目当ての劇場まで連れて行ってくれた。
    海外は怖い、スリにあう、日本人は親切でサービスが良いって刷り込みがあったけど。普通に海外でも親切な人はたくさんいる。

    • +4
  14. 色んな国に住んだけど人が転んだりお年寄りが立ち往生した時のような咄嗟の手助けはヨーロッパが圧倒的に早かった
    日本はかなり不親切な部類……と日本人として残念ながら感じる…

    • +1

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