メインコンテンツにスキップ

未知の神に捧げられた古代の砂漠の石の遺構が発見される

記事の本文にスキップ

16件のコメントを見る

(著) (編集)

公開:

この画像を大きなサイズで見る
Advertisement

 サウジアラビア北部に集中する、巨大な石の建造物「ムスタチル」は、儀式や初期の巡礼の場だったことが、新たな研究からわかった。

 紀元前5300年から5000年ごろに作られたとされるムスタチルが初めて発見されたのは、1970年代のこと。それ以来、おもにサウジアラビア北部で1万6000ものムスタチルが発見されている。

 集中的な発掘調査にもかかわらず、これら構造物の正確な用途は、今日に至るまでわかっていなかった。

 今回、西オーストラリア大学の研究者たちが『PLOS』誌に発表した論文で、ムスタチルは巡礼の地で、儀式のために使われていた可能性がかなり高いことがわかった。

 だが、どんな神々に捧げられたものなのかは不明なままだ。

ムスタチルに動物の骨、未知の神々に捧げられた可能性

 「ムスタチル」は、新石器時代の人々が作った低い壁で囲われた石の長方形の建造物だ。その名前は、アラビア語の「長方形」に由来する。20メートルから600メートルほどの大きさで、両端に台や壁がある。

 アルウラ市の東88キロのところにある、長さ140メートルのムスタチルの直立した巨石近くで、7000年前のおもに家畜と思われる動物の頭蓋骨や角の断片が発見されている。

 論文著者は、ここは動物をいけにえとして捧げた場所である可能性がかなり高いと主張している。

この画像を大きなサイズで見る
ムスタチルで発見された牛の骨 / image credit:KENNEDY ET AL., 2023, PLOS ONE, CC-BY 4.0

 筆頭著者である西オーストラリア大学のメリッサ・ケネディ氏はこう書いている。

こうした骨は中央の石で表されている未知の神々への捧げものだったと考えている。ムスタチルは、複数のグループが一緒に建設し、コミュニティをまとめるひとつの形態として機能していたのではないかと思われる。

また、多くのムスタチルは、水がある場所を差し示すように建てられているため、水との関連があるのかもしれない。アラビア半島が徐々に今日のような乾燥した土地になっていった、古代の気候、そして環境変化と関連があるともいえよう

ムスタチルは巡礼の目的地

 この発見はまた、これらムスタチルが、人々が何度も大陸を横切って行き交う巡礼の目的地だった可能性を示唆している。

「人々がこの建造物を目指して旅したと思われる事実は、この地域に巡礼の初期の形が存在していたことを思わせる」ケネディ氏は書いている。

この画像を大きなサイズで見る
ムスタチル / image credit:KENNEDY ET AL., 2023, PLOS ONE, CC-BY 4.0

 「これより以前は、アラビア北部のさまざまな地域間で、交流はほとんどなかったと考えられていたが、そうではなかったことが今ではわかっている。このように宗教的な信仰が広大な地域に広がる可能性は、こうした早い時期に世界のどこにも類のないものだ」

 新たな考古学プロジェクト「先史時代のアルウラとハイバル発掘プロジェクト(PAKEP)」の一環として、新石器時代と青銅器時代の間のこの地域のより詳しい環境や気候の情報を収集するために、もっと多くのムスタチルの発掘を手がける予定だ。

 研究者たちは、これが古代サウジアラビア文明の発展をさらに理解するのに役立つことを願ってい
る。

この画像を大きなサイズで見る
ムスタチル / image credit:KENNEDY ET AL., 2023, PLOS ONE, CC-BY 4.0

「ムスタチルが、古代の気候や環境変動への対応策として発達したのなら、初期のコミュニティが、こうした問題にどのように対処したのか、彼らの信仰システムがこうした新たに変化する現実にどのように適応したのかについて、重要な洞察を与えてくれるだろう」とケネディ氏は書いている。

References:Archaeologists Discover Worship of Unknown Gods at Ancient Desert Monument / written by konohazuku / edited by / parumo

📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中

この記事へのコメント 16件

コメントを書く

  1. > 論文著者は、ここは動物をいけにえとして捧げた場所である可能性がかなり高いと主張している

    安易だな

    たった1ケ所しか骨は出土されず、全ての地域で骨が発掘されたわけでもないのに

    • -12
    1. >>1
      俺は専門家じゃないから専門家の言うことを安易に「それは安易だ」と言わないことにしてるんだけど
      貴方はどんなことを専門にしてるんです?

      • +8
    2. >>1
      現地に行ってる学者
      vs
      この記事を読んだだけの人

      ということかな?

      • +6
    3. >>1
      学会での発表時に同じ様に突っ込む人がいると思う。

      • -8
    4. >>1
      学会での発表時に同じ様に突っ込む人がいると思う。

      • -7
      1. >>14
        いるだろうけど、反論として別の説を出すと思う
        ただ無意味に反対意見だけを述べることはしないだろうなと

        • +2
  2. イスラム的にはどんな感じなんだろ
    未知の神にささげられた神殿なんてのはさ

    • -1
    1. >>2
      イスラーム化以前のアラブ圏(無道時代)は、部族ごとに別々の神を崇めていた。

      彼らにとって克服するべきものではあっても、闇に葬り去る理由はないと思う。
      彼らの神学者が、ターリバーンのような心得違いをしていなければ。

      • +4
  3. こ、これは…
    規模の大きい遺跡で明らかに何らかの発達した文明(宗教)があったのはわかるんだけど、遺物が少なすぎてどういったものか想像できないな。
    だから、当時の人の行動様式・気候を考慮して発掘してるだろうけど。

    • +5
  4. 西にエジプト、東にメソポタミア
    いわゆる「肥沃な三日月地帯」の南縁部だな
    犠牲供儀の様式はバビロニアのキスプに近いものを感じる

    • +5
  5. カイトサイトだっけ、遊牧民の追い込み猟施設の形状にも似てるね。

    • +1
  6. 現在残ってる信仰がメッチャ排他的だもんな
    消えた神様なんてそれこそ山の様に居そうだわ

    • -5
  7. 競りや屠殺前の集積所じゃないかなぁ

    • +1
  8. 敗れ去った文明の神は忘れ去られて、死ぬ
    今生き残ってる神の信者が歴史を書き換えてるんだろうね

    • +1

コメントを書く

0/400文字

書き込む前にコメントポリシーをご一読ください。

リニューアルについてのご意見はこちらのページで募集中!

知る

知るについての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

歴史・文化

歴史・文化についての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

最新記事

最新記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。