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コインでしか知られていなかった失われた古代都市「ナトウニア」を山中で発見した可能性

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(著) (編集)

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 最近、イラクのザグロス山脈で古代の山岳要塞が発見された。これこそが、失われた古代都市「ナトウニア」ではないかと、専門家たちが色めき立っている。

 ナトウニアは、かつての重要な王立都市で、これまでは数枚のコインでしかその存在が知られていなかった。

 この調査結果は、『Antiquity』誌(7月20日)に発表された。

山中で発見された古代遺跡

 近東考古学研究所のドイツ、ハイデルベルク大学のマイケル・ブラウン教授率いる考古学者チームは、イランの南西部からイラク、トルコそれぞれの国境線となる「ザグロス山脈」のピラマグラン山で、綿密な発掘とドローンを使った航空写真によるマッピングを行い、「ラバナ・メルクリ山岳要塞」を集中的に調査した。

 ここは、およそ2000年前のパルティア帝国の中心地のひとつである。

 この遺跡からは、全長4キロに及ぶ城壁だけでなく、兵舎らしき建物や、岩のレリーフ、宗教施設などがあるふたつの小さな集落も発見された。神殿は、ゾロアスター教のイランの女神アナヒタに捧げられたものではないかという。

「これほどの規模の要塞建設を計画・建設・維持するために費やされたに違いない相当な労力から、当時の統治活動の様子がうかがえます」とブラウン教授は語る。

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A) ラバナの「聖域」、B) 階段、 C) 鉄の矢じり、 D) 祭壇 (スケール = 1m) / image credit:Michael Brown, Kamal Rasheed Raheem, Hashim Hama Abdullah, Antiquity Publications Ltd., DOI: 10.15184/aqy.2022.74

失われた都市ナトウニアである可能性

 遺跡の壮大さと複雑さから、ここはメソポタミア北部の古代王国アディアベネ王朝の始祖ナトウニサールに捧げられた、失われた都市ナトウニア(別名ナトウニサロケルタ)ではないかと研究者たちは考えている。

 これまで、この都市の存在をほのめかす唯一の証拠は、現在のトルコ南東部ヌサイビンから出土した、紀元前1世紀ごろのコイン数枚しかなかった。

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トルコ南東部のニシビス(現在のヌサイビン)で出土した、文字や記号が刻まれた7枚のナトウニア硬貨のひとつ / image credit:The Trustees of the British Museum.

 今のところ、あくまでも推測の域でしかないが、このラバナ・メルクリが、長く忘れられた都市ナトウニアである可能性を示す手がかりがいくつかあるという。

 まずは、都市の年代。コインに刻まれている文字が、これが紀元前1世紀前半に鋳造されたらしいことを示していて、この遺跡の年代と時期がほぼ合っている。

 ナトウニサロケルタという地名に、王族ナトウニサールの名前が使われていると同時に、パルティア語で要塞や濠を意味する言葉も含まれていると、研究著者たちは主張する。

 「こうした描写は、ラバナ・メルクリにも当てはまるかもしれない」ブラウンは説明する。

 さらに、要塞の入り口にあるふたつの岩のレリーフは、儀式用の被りものをつけた、等身大の統治者の姿を描いている。

 この人物が誰なのかを示す碑文はないが、パルティア時代の支配者のほかのレリーフに非常によく似ていることから、ナトウニサール、あるいは直系の子孫を描いている可能性が高い。

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要塞の入り口に彫られた壁のレリーフは、この都市の創始者であるナトウニサール、あるいは直系の子孫を描いている可能性がある。A) 水銀の岩レリーフ。B) ラバナの岩レリーフ。C) ハトラ王 ʾtlw/アディアベネのアッタロス像 (M. ブラウンによるイラスト) / image credit:Rabana-Merquly Archaeological Project / Antiquity Publications Ltd

 遺跡がある場所もまた手がかりになりそうだ。

 この集落は、パルティアに従属する地方王朝の王が統治していたアディアベネの東の国境に位置している。

 ここが、王国のすぐ外にいる牧畜民族と交易するため(あるいは軍事的圧力をかけるため)、アディアベネ王朝の外側にのびる重要な外港になった可能性はある。

ラバナ・メルクリのレリーフに描かれた無名の支配者と、ハトラのアタロス王の像の間に図像的な類似点があることから、ラバナ・メルクリとアディアベネ王国、さらにはナトウニア遺跡との間に、確かな関連があることを自信をもって主張できるのです(マイケル・ブラウン教授)

References:In search of the lost city of Natounia / written by konohazuku / edited by / parumo

追記:(2022/08/05)本文を一部訂正して再送します。

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この記事へのコメント 19件

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  1. 2000年前のパルティア帝国すげえと思ったら、例のチートなシュメール文明もあの地域だっけ?

    • +1
  2. 中東は古代王朝の勃興や衰退が繰り広げられていたから結構な発見だとおもう

    • +9
  3. 北海道の礼文島の山の中で大正時代のコイン拾った事あります。

    • +2
  4. 2000年も前に高度な文明を誇っていたのに今はどうした?

    • -15
    1. ※4
      エジプトやローマなど多くの高度な文明も今では土の下に消えた
      ことを見りゃ2000年ところか1年でも文明はガラリ変わる
      たぶん知られてないだけで多くの高度な文明持つ国家あっただろうし
      それらは後世の歴史考古学者の宿題として楽しみを残しておこうよ

      • +8
      1. >>7
        宜保愛子さんはピラミッドは超能力者が関わっていて約3日間で作られた語っていた
        信憑性はともかく
        私はロマンがあるなと思った

        • -2
        1. >>14
          現時点では科学的信憑性も何もかも皆無な主張ではあるけどロマンの塊ではあるね

          • +1
    2. ※4
      2000年前といってもローマはすでにカエサルの時代だしな…。お隣がチートすぎる。

      • +4
    3. ※4
      今も十分中東の雄だぞ。
      アメリカが一番敵視してるってだけでも、その存在の意味がわかるはずだ。

      • +2
  5. 二千年も拾われなかったコイン
    側溝に消えた俺の百円もこうなるのかな

    • +4
  6. 子供の頃ばぁちゃん家の庭で寛永通宝発掘して遊んでたけど父親が子供の頃蔵の中から持ち出して投げて遊んでた事が最近発覚した
    考古学レベルのコインの出どころ分かったらロマンだよね

    • +2
    1. >>8
      遺跡の発掘では出土品が出てきた場所や近くに埋まってた他の出土品との関連とかが重要だと思うんだけど、
      実際にその物品が使われてた頃より後の年代で、無関係な物たちと一緒に仕舞われてたのを子供が遊びでまとめて持ち出して変な所に適当に配置したまま放置して……とか結構ありそう

      • +2
  7. ✕「ハイデルベルグ」

    ○「ハイデルベルク」

    ドイツ語では、音節の末尾にある”g”は[k]と発音される基本ルールがあります。

    • +4
  8. 日本の烏帽子にも通じるところがあるが、頭に被っている帽子から垂れているリボンは、彼が神から王権を与えられたことを表している=王 頭の帽子はおそらくフリギュア帽

    • +2

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