この画像を大きなサイズで見る百聞は一見に如かずとはよく言ったものだが、昔の映像は現代の私たちにいろんなことを教えてくれる。
そんな記録が始まって間もない頃のクリップ集がYouTubeで興味深いと脚光を浴びている。そこに映っているのは1890年代に暮らしていた世界各国の都市に住む人々の姿だ。
約130年前の日本の東京を含む、アメリカ、イギリス、フランス、イタリア、スイス、ロシアなどの様子を見ていこう。
動く写真の黎明期。当時を伝える珍しい記録集
こちらは作曲家でプロデューサーのドルヴァ・アリマンさんが独自に編集したもの。
映像技術の初期に着目した彼は、フランスの映画発明者リュミエール兄弟の映像やオランダのアイ映画博物館にある高品質リマスター版から、1890年代後半のものをつなぎ合わせたそうだ。
映っているのはほとんどが見ず知らずの人ばかり。背景がわからないものもたくさんあるが、100年以上も昔の世界がリアルに伝わってくるぞ。
1. 1897年4月 エルサレムのヤッフォ門
この画像を大きなサイズで見る2. 1897年 チェコ共和国ボヘミアの教会を後にする人々
この画像を大きなサイズで見る3. 1899年8月6日 イタリアのリボルノを出発する船
この画像を大きなサイズで見る4. 1896年5月 ロシアのモスクワのトヴェルスカヤ通り
この画像を大きなサイズで見る5. 1897年 日本の東京 日本橋
この画像を大きなサイズで見る6. 1898年 イギリスの初期のジェットコースター(復元映像)
この画像を大きなサイズで見る7. 1896年2月20日 イギリスのロンドンの通りドルリーレーンで踊る女の子
この画像を大きなサイズで見る8. 1899年6月 ビクトリア朝時代にイギリスのロンドンで開催された女性のサイクリングイベント
この画像を大きなサイズで見る9. 1899年 スコットランドの町セルカークのパレード
この画像を大きなサイズで見る10.1896年11月3日 オーストラリアで開かれた馬のレース「メルボルンカップ」に集まる人々
この画像を大きなサイズで見る11.1896年5月 スイスのジュネーブの人々
この画像を大きなサイズで見る12.1896~1901年 アメリカのニューヨークの人々
この画像を大きなサイズで見る
この画像を大きなサイズで見る13.1896年 ドイツのベルリンのフリードリヒ通り
この画像を大きなサイズで見る14.1896年夏 イタリアのミラノ
この画像を大きなサイズで見る15. 1896~1898年頃 ニューヨークでスケートを楽しむ人々
この画像を大きなサイズで見る16.1898年 フランスでスケートを楽しむ人々
この画像を大きなサイズで見る17.1890年代後半 フランスのパリ
この画像を大きなサイズで見る18.1897年 フランスに到着した2階建て列車
この画像を大きなサイズで見る19.1898年頃 フランスのパリの公園ブローニュの森の通り
この画像を大きなサイズで見る20.1896年4月11日 フランスのマルセイユのハイストリート
この画像を大きなサイズで見る21.1898年頃 フランスのフェリックス・フォール大統領と群衆
この画像を大きなサイズで見る22.1898年9月 オランダのハーグのスヘフェニンゲン通り
この画像を大きなサイズで見る23.1896年頃 撮影に応じるローマ教皇(レオ13世)
この画像を大きなサイズで見る24.1896年 フランスのリヨンでビー玉で遊ぶ子どもたち
この画像を大きなサイズで見るこの動画に関するユーザーの反応は…
・カメラが500年前だっけ?そう考えるとすごい勢いで発達したな。
・これらから先も未来の人が同じように今の自分たちの動画を見るだろう。その人たちも驚くだろうな。残念ながらその感想を知ることはできないが。
・この人たちがその時なにを考えてたのかなって思う。映像記録は素晴らしい発明だ。ほぼ永遠に忘れ去られることが無くなるんだから。
・当時の東京の子どもも100歳になった時、都市の変わり様に驚いたかな。
・世界中を旅行してるがこういう記録は大好物だ。教科書の歴史より、生活に根差した身近なものの映像のほうが楽しいと思う。
・ここに映ってる人も動物もほぼ亡くなってるんだよね。そう思うと奇妙な感じ。木はずっとそこにいるのにね。
・しかもいろんな地域の様子が一気にみられるのがすごい。
・未来の我々に手を振っていた人たちの一生がどんなものだったのかとかつい考えてしまう。
・昔の人はこんな時代になるなんて考えもしなかったろうな。
・昔の人って思うと他人事だけど、どっかに親せきやご先祖様が映ってるかもしれないな。
・人の一生ってはかないもんだな。精一杯生きようって思った。
町並みはもちろん技術や服装とか知識でしか知らないこともほんとにそうだったんだと実感できるシーンがいっぱい。こういうの見るたび映像ってやっぱりすごいって思っちゃうよ。
References:laughingsquidなど /written by D/ edited by parumo














現在のすげえ最悪な世界だなと思われるほど、映像を
見ている人たちがいい世界になってほしい
燕尾服の文化は極一部を除いて消滅してしまったな…。平成入ってからだがワイの結婚式の時、父親が燕尾服着てて(しかも自前で持っとる)えーっと思ったが、親戚も全員燕尾服で驚いた。あれが最後の時期だったんだろうな。
※2
結婚式の男親族って、たぶん燕尾服ではなく
モーニング・コート(縞ズボンに太ネクタイのやつ)では…?
卒業式の校長先生なんかもよく着てる。
燕尾服は、夜宴に着るもので、上下黒で白い蝶ネクタイ、
上衣の前側が独特の形に短く切れ上がっている。
ていうか、現代っ子ってもはや
モーニングと燕尾服の区別も付かなくなってるんだな…。
ちょうどガソリン自動車と路面電車が普及し始めた時期。
徒歩と馬車・自動車に路面電車が交差する、めっちゃカオスな交通事情だな…。
※3
インドや東南アジアなどの光景とそっくりだと思った。
ヨーロッパの街は昔から馬車文化だから
もうちょっとルールが整備されてたのかと思ったら、
走ってる馬車のすぐ前後を平気で横切っていて
同じようなカオス状態だったんだな。
>>16
日本も戦前までは大して変わらなかったよ。
ジェットコースター楽しそう
8:37は動く歩道だな
こんな時代からあったのか
※5
さすがにエスカレーターは映像には、なかったね
そしてみなさん歩いていない(重要)
やはり初期の設計思想に歩行がない(チラッ)!
そんな気はしていた
燕尾服なんて、新内閣発足くらいしかお目にかかれないな
>>6
後はノーベル賞の時位?
モーニングならわかるんだけど。
この頃は僕も若くて映画の登場には驚いたよ
現在から見て130年前と言うと物凄く昔の様な気がするが今40歳の私が生まれた時には90年前の映像だったと考えると時が経つのは早いのか遅いのか分からなくなる
このあとの2つの大きな世界大戦、原爆、原発事故、種の大絶滅、地球温暖化につながっていく人類の過ちは、こうした黎明期の方向性にあるわけだが、これらは避けられないことだったのだろうか? と思う。どう見てもこの当時はとっても遅れている日本がなんでまたそれらの悲劇に中心的に関わってしまったのかという疑問もある。
ともあれ大きな路線変換を人類は首元に突きつけられている。
>>9
あんたが知らないだけで世界中いろいろあったよ。
チェルノブイリ原子力発電所事故
人は死んだらどこに行くんだろうなぁ
全世界で共通しているのは
昔は男女問わず帽子を
ほとんどの人がかぶっている
なぜ現代は帽子をかぶらなくなったのだろう?
紫外線は増えているのに
※12
・単純に面倒くさい。
室内では帽子とコートを脱ぐのが礼儀で、
飲食店や会社の取引先など出入りの度に着脱が必要。
帽子掛けや椅子の横に置いて、忘れ物の元。
・立体を潰さないように保管するためには、玄関の帽子掛けや
クローゼットの帽子箱など、かさばって場所を取る。
・時代が下るにつれ軽装化が進み、
戦前のスーツには必須だったチョッキも無くなった。
・髪型の多様化で、帽子はむしろお洒落の邪魔。
・乗り物の発達で、現代人は外歩きの時間がさほど長くない。
(農家や漁師などの野外作業者は、今でも着帽率が高い。)
・労働者の帽子などは、より実用的なヘルメットに進化した。
・洗髪頻度やシャンプー剤でフケが減り、整髪料で髪落ちを防ぎ
ナースキャップやメイド帽なども実用的意味を失った。
薬品・食品工場の制服や手術帽は、厳格に現場でだけ着脱。
あたりではないだろうか?
>>12
寝癖や白髪になど気軽にドライヤーやスプレー、ワックス他便利なモノが使えるようになったからじゃない?80代とかもう絶対白髪が有る年齢のお年寄りなのにがっつり黒にしてる人は生え際の真っ白隠すのに帽子を室内でも常時かぶってる老人は多い。
>>20
スポーツの観客をテレビ等で見れば分かるが外人は帽子もだがサングラスは多い。
※12
道路が舗装されていなくて土埃が酷かった
髪を整えるのに脂をつかうので帽子なしでそとを歩くと
一日で頭が土まみれ
こうしてみると現在の服装がめちゃくちゃ(多様性がある)な気がする。
デザイナーが伝統を良しとせず、新しいことをするという考えに囚われているから?
こういう昔の模様が分かる映像はとても興味深い
※13
そもそも伝統というのはその地域に合った最良だったり独自の方法で何かを作る方法が伝わっていったものなのだが
昔はテレビもインターネットもないし本だって庶民にまでは出回ってなかったため
他の地域の情報がほとんど入ってこなかったわけだな
一番わかり易いのは鎖国していた日本だよね
服装がほとんど一緒になっちゃうのは必然なんだよなあ
あと現在のデザイナー全てが伝統を良しとしてないように捉えられる言い方はどうかと思うぞ
木はずっとそこにいるってなんかわかる
樹齢数百年みたいな木平気であるもんなぁ。俺が死んでも、俺の子、下手したら孫が死ぬ時もこの木はここにあり続けるのかなぁとか考えると不思議な気持ちになるわ
みんなテンション高そうなのにほっこりしてしまった
>1897年 チェコ共和国ボヘミアの教会を後にする人々
当時はオーストリア=ハンガリー帝国領です。
一次大戦の敗戦(1918)で崩壊。その後チェコスロバキア、チェコスロバキア社会主義共和国、ビロード革命を経てチェコ共和国なので、だいぶ先取りしてます。
チェコ共和国と書きたいのであれば、頭に「現在の」を付けるべきではないでしょうか。
地名としてのチェコと言いたいのであれば、共和国は外すべきかと思います。
清国の映像も見たかったな。男子は弁髪結って、宦官とかもいて、阿片窟なんかもあった頃の。
日本は大久保さんが西洋化を急いで進めまくったんだよな。それで西郷どんと仲違いして…
130年前は世界中が混沌と動乱の時代だった。あの頃の活気に満ちた時代はもう訪れないのかな?
※23
街角でなにげに凌遅刑やってるとか?
あなたのレスをよんでかの有名な「北京の宦官」検索したら
ぐぐっと新しくておどろいたよ
前世期の写真だと思い込んでたのよ 1949年だって
撮影者のカルテイエブレッソンも2004まで存命だった
古い時代は割とみじかにあったりする
※23
130年前は世界中が混沌と動乱の時代だった。
今がそうでしょ
150年後の教科書には 1990年代とそれに続く現代は
世界史のの激変期と書いてあるはず
※23
辮髪の頃ほど古くはないけど、
YouTubeなどにある戦前の映像を見ると、
馬車よりも人力車・大八車・ロバが曳く荷車みたいなのが多く
日本の雰囲気と近い気がする。
あと、日本の着物でもそうだけど、チャイナ服のお爺ちゃんらは
生活皺が多くてモッサリした生地の質感とか
オーバーコートみたいなゆったり具合い、
茶を喫んだりする所作も含めて、やっぱ着こなしが自然だな。
>>27
そりゃ日本が占領していたからね。