
そして時にそれは、人の一生を大きく狂わせてしまうことがある。
アメリカで、自身の記憶により悲劇に見舞われた男がいる。自身の子供によって虐待を訴えられた彼は、子供が5歳の頃から悪魔の儀式で虐待していたと自供し、その罪を認めた。
だがその記憶は、ほとんど眠ることも許されない取調べで植え付けられた、偽の記憶である可能性が濃厚なのだ。
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サーストン郡悪魔的儀式虐待事件(1988年)の概要
ワシントン州イーストオリンピアに住むポール・イングラムは、それまで16年間、サーストン郡保安官事務所で勤務し、皆から尊敬される副官だった。ところが1988年の秋、自分の娘であるエリカ(当時22歳)とジュリー(18歳)が「回復記憶療法」を受け、過去の忌まわしい記憶を思い出したと主張したことで人生の歯車が狂っていく。
娘たちは、父親から性的虐待を受けていたと話し、ポールは性的虐待の容疑で訴えられたのだ。
エリカは、父親であるポールが850以上の悪魔の儀式を行なっていたと主張。その内容は異常なもので、儀式的な動物との性交や赤子の生贄から、妊娠したエリカを堕胎させ、その胎児を食べるといったことまで行われていたという。
イーストオリンピアは宗教に熱心な地域である。ポールは牧師に励まされると、その事件を”思い出し”始めた。取調官に要求されるままに自供し、その内容が事実確認されることもなかった。

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違和感のある供述にもかかわらず裁判は進む
エリカとポールの話は、現実と食い違うこともあった。たとえばポールは、ジム・ラビー並びにレイ・リッシュという共犯者がいたことを自供している。しかしラビーが儀式に参加していたとされる日、彼はアメリカ国外におり、参加できたはずがなかった。
またエリカと妹のジュリーは、傷だらけだったと主張しているが、身体検査でそれは確認できていない。さらに埋めたとされる生贄の遺体も発見されていない。
それでも裁判は進んでいった。

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偽の記憶である可能性を疑い、社会学者が調査
これを疑って調査に乗り出したのが、社会学者のリチャード・オフシェだ。ポールを訪ねたオフシェは、彼が取調官によって暗示にかけられ、偽の記憶を植え付けられていると考えるようになった。
なぜなら、取調べの最中、ポールはほとんど眠ることを許されず、白昼夢を本物の記憶と思い込んでいる節があったのだ。
この仮説を証明するために、オフシェはある実験を行った。作り話をポールに話して、彼がそれを自分の記憶と思い込むかどうか試してみたのだ。
オフシェは警察の立ち会いのもと、ポールにこう語りかけた。
「息子さんと娘さんから聞いたところによると、あなたは自分の目の前で彼らに性交させたそうですね。覚えていますか?」
当初、イングラムはその話を否定した。しかし詳しい場所や日時を説明されるうちに、だんだんと”思い出し”始めた。
そしてその翌日、これに関する3ページもの自供書を書き上げて提出したのだ。そこにはオフシェが考えたセリフまでもが記載されていた。
だがポールは、その話がまったくの作り話であると説明されてもなお、「自分には、他のことと同じように普通に現実のことです」と言い張った。

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オフシェがポールの妻サンディと面会したときには、突拍子もない非現実的な出来事を語らせることにも成功している。サンディは、牧師から虐待の話を聞かさ、催促されるうちに、やはりそれを”思い出す”ようになった。
彼女によると、悪魔の儀式で木に縛り付けられたことがあるのだという。すると1冊の本から血が流れ始め、それが重力に逆らって上へ流れると、そこにいた加害者の1人の体を包み込んだのだ。
また娘の1人(妹のジュリー)からは、彼女がそれまで話したこともない悪魔の儀式について聞き出すこともできた。

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虚偽の記憶により20年の実刑判決が下される
こうした試みや、子供たちが次々と訴える内容にほとんど証拠がなかったにもかかわらず、ポールは自らが罪を犯したということを頑なに認め続けた。そして結局6件の強制性交の罪で有罪となり、懲役20年の判決を受けた。
彼が罪を認めた日、ポールの弁護人を務めたゲイリー・プレブルは、イングラム一家に対して「5年もしたらみんな目を覚まして、こんなことは一度も起きなかったのだと気づくのではないでしょうか」と語ったそうだ。
当時アメリカで相次いでいた悪魔的儀式虐待の真相
当時アメリカでは、悪魔崇拝者の儀式に子供たちが供されて性的・肉体的に虐待されたとする「悪魔的儀式虐待」の告発が相次いでいた。何万人もの子供達が悪魔崇拝者らによって虐待され、殺害されていると考える人が少なくなかったが、FBIの統計上ではそのような事実は認められていない。
現在は、アメリカの特に宗教に熱心な地域社会で広まった、悪魔崇拝者のレッテルを貼られた者に対する現代の「魔女狩り」であることがわかっている。
References:False Memories And The Man Who Confessed To Satanic Rituals And Murder | IFLScience / written by hiroching / edited by parumo
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コメント
1. 匿名処理班
歴史的に見てもこういうのは欧米だとかなり珍しい事例でしょ。日本社会ではこんなの日常茶飯事なんだけどねぇ。
2. 匿名処理班
この俺も大勢の女を泣かせた罪で有罪だぜ・・・(捏造された記憶)
3. 匿名処理班
悪魔崇拝の儀式の内容がウ=ス異本レベルの内容なのが「信心深いキリスト教徒」の心の闇を映しているようで草
つまりところ牧師さんやらがそういう妄想をしてるって事なんだよなぁ
4. 匿名処理班
冤罪で状況がわからないまま死刑にされた
知的障害の男性の悲劇があったな。
5. 匿名処理班
国家が偽の記憶を国民に強いるケースもあるぞ
隣国という例は特に酷いし
6.
7. 匿名処理班
※3
牧師さんや神父さんは懺悔をひたすら聞く立場だから、
色んな悪徳の知識が集まるらしい
そこから適当なものを抽出して話を作っていくのでは
8. 匿名処理班
この間、BSで見たマクマーティン保育園裁判の話を思い出した
9. 匿名処理班
>>1
そういう統計があるのかやで?
暗数!暗数!は恥ずかしすぎるから言わん方がええでw
ちな、欧米は白人同士を含む人種差別が絡んだ冤罪事件が尋常じゃない件数あるから調べてみると知的好奇心が満たされるで
アイルランド人だから悪人、ユダヤ人だから悪人、黒人だから悪人ってな事件がいくらでも出てくるで
ドレフェス事件とか歴史の授業でも習ってると思うんやけどねーw
10. 匿名処理班
誘導で偽の記憶を植えつけるの簡単だからな
事件現場周辺での聞き込みなんかで「当日こういう服装(容疑者の格好)の人見なかった?」と何度も聞かれると相手を喜ばせたい心理も相まって、段々本当に見た気になるらしいね
しかも一度植えつけられると別の犯人が捕まっても「いいや私は確かに見た!」となかなか取り除けないとか
11. 匿名処理班
警察の捏造ってだけなら有名なのは日本だと紅林麻雄だろうか
アメリカは人種宗教も絡むからややこしい
12. 匿名処理班
「抑圧された記憶の神話」読んだことがあるんだけど
虚偽記憶のほとんどはなんか荒唐無稽な内容なんだよね。
どっかから何人も乳幼児を攫ってきて生贄にして庭に埋めたとか
何度も妊娠、出産したが産まれた子や胎児はみんな生贄に使われたとか。
↑もちろん庭を掘り返しても子供の遺体なんか出てこないし乳児が誘拐された事実もない。
なのになぜかちゃんと教育も受けてる良い年した大人がそんなバカげた話に乗せられてしまう。
モラルパニックってやつね。
13. 匿名処理班
>>1
日常茶飯事なん?
じゃあ今月に起こった偽の記憶で有罪にされた裁判の具体例教えて?
14. 匿名処理班
※1
陰謀論とか好きそうw
その上欧米信者とか救いようがないな
15. 匿名処理班
>>1
このコメント自体が偽の記憶というオチ
16. 匿名処理班
※1
むしろ、心の底に抑圧されたトラウマを突き止め
現在へ続く精神的問題を癒すとかで 退行催眠が一世を風靡し、
「幼少期に親から性的虐待をされた!」等の訴えが続出して、
少し遅れて記憶の捏造と冤罪が問題視されるようになったのって、
主に欧米での事象だと思うが。
日本では、そもそも カウンセリングルームで催眠治療
みたいなの自体が一般的じゃない。
17. 匿名処理班
ポールのその後。2003年にようやく釈放、地域共同体から引き離されてようやく偽の記憶だったと認めた。同時期に偽の記憶による性的虐待、悪魔崇拝の免罪事件が相次いで「現代の魔女狩り」と呼ばれていている。
怖すぎる。
副保安官みたいな職の成人男性ですら記憶が揺らぐなら、精神的に不安定な人はイチコロだろうな。
18.
19. 匿名処理班
こういうケースが怖いのは、「被害者」が子供だから、証言に不合理な点があったり矛盾する点があっても
「そこは子供だから」「怖い思いを抑圧するためにニセの記憶を作ってしまったから」と見過ごされてしまったり擁護されてしまいかねない点。そして実際にそれには説得力があることだな。
20.
21. 匿名処理班
”容疑者?”を自白させることに、より注力させる体制に問題がある
22. 匿名処理班
結局冤罪として無罪になったの?
だとしても偽の記憶で訴え起こした娘達のその後も気になる。周囲からあれは事実ではないって言われても容易に納得しないだろうし、父への嫌悪感も消えないだろう。罪は消えても家族の不和を取り除くのは難しいに違いない。
最近でもたまに、小さい頃に性的虐待を受けていたと父を訴えた話を聞くが、その中にも事実ではないものも含まれているだろうな。
本当に虐待受けていた件もあるだろうが、証拠が残りにくい問題だし、十年二十年も経ってからだと尚更。
痴漢でもそうだが被害に遭う女性の事を第一に考えるなら冤罪もやむを得ないという主張もあるが、やはり冤罪は絶対にあってはならない事だし、冤罪もまた同じくらいの重みを持つ犯罪だと思う。
23. 匿名処理班
宇宙人にさらわれたって話も、この類。
特に「逆行催眠」のはまちがいながろう
24. 匿名処理班
やはり取り調べの可視化は絶対に必要だな
25. 匿名処理班
※22
娘たちはその後自分たちの記憶も捏造だと気付いたようだがその件自体を話題にされることを嫌がり他人との接触を極力避けて生活するようになったらしいです
自分の父親を自分たちの思い込みで冤罪に仕立てて家族関係を自ら破壊したなんて現実と直面できるわけがないからしょうがないけど自業自得かもね
一番悪いのは二人に退行催眠療法を行ったインチキ医者だろうけど、その医者が悪いと責任押し付けてそいつ訴えることもできない
それには父親に間違いでしたと謝ったり法的手続きして訴えが間違いだったと認めてからじゃできないしね、そういう手続きに一歩踏み出す事もできないほど罪悪感がトラウマになってるんだろうよ
以前父親はテレビで娘たちを恨んでいないとコメントしてたけど、そうやって許されることも辛過ぎるし絶対に顔合わせられないはずだよ
26. 匿名処理班
日本の場合は牧師じゃなくて警察がでっち上げの事件シナリオ通りに自供させてるよ
取調室に監禁して拷問まがいの事情聴取、人格否定の暴言から暴力まで何でもあり
容疑者が社会的弱者であればあるほど容赦がなくなる
宗教的狂気じゃなく、腐敗した警察機構が点数稼ぎのためにやってるあたり、むしろ救いようのなさでは上を行ってるかもね(笑)