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戦時中、兵器を作る材料として集められた教会や市庁舎の鐘の保管場所「鐘の墓地」

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(著) (編集)

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image by: Grassmayr Bell Museum/Wikimedia Commons
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 二度の大きな世界大戦では世界各国で兵器を作る金属資材が不足していた。特に教会や市庁舎の鐘は青銅製であることから、戦時中は重要な素材となるため、ドイツでは自発的、あるいは国から強制的に徴用され、溶解されて軍需産業に使用されたのである。

 これらの鐘が集められた場所は「鐘の墓地」と呼ばれている。

ドイツと金属寄付の歴史

 第一次、第二次世界対戦時、ドイツの一般家庭は何らかの貢献をした。多くは家の男子を戦場へ送り、また貴重な金属を差し出した。

「私は金属の為に金(ゴールド)を差し出します」これは、1914年、第一次世界大戦と同時に始まった金属類回収キャンペーンのスローガンになった。ドイツ国民は戦争に必要な資材の寄付を求められたのだ。

 このスローガンは、1813年から14年にかけて、フランスの占領から自由になるためにプロイセン王国とその連合軍が戦った、第6次対仏大同盟がそもそもの起源だった。

 このとき、プロイセンのマリアンヌ王女が、国の全女性たちに手持ちのゴールドのアクセサリーを、”鉄のためにゴールドを提供した”と印字された鉄製のブローチや指輪と交換するように呼びかけた。この印字が愛国心のシンボルとなったのだ。

第一次世界大戦中、あらゆる金属を国に差し出す命令

 第一次世界大戦中も、多くのドイツ人女性がすすんで手持ちの装飾品や結婚指輪を、鉄の指輪や前回と同じスローガンが入ったメダルと交換した。

 しかし、戦争が長引き、金属不足が深刻になると、ベルリン陸軍省は、弾薬や軍需品の製造に必要な銅、真鍮、錫、亜鉛などあらゆる金属を差し出すよう命じた。これを拒めば、一年以下の懲役になることもあった。

 ポットや鍋、彫像、教会の鐘などが、国中から消え始めた。行政命令により、ドイツ帝国のあらゆる教会区は、所有しているすべての青銅製、その他銅合金製の鐘のリストを提出させられた。

 直径25センチ以下の小さな鐘は供出しなくてもよく、鉄道や船のための信号用の鐘もそのまま使えた。

 美術史的な価値に応じて、鐘は3つのカテゴリーに分類された。グループAは文化的価値の低いもので、ただちに溶かされた。グループBは文化的価値が中程度でとりあえず保留され、グループCは保護された。

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インスブルック、ヴィルテン地区にある鐘の墓場(1917年頃) / image credit: Grassmayr Bell Museum/Wikimedia Commons

第二次世界大戦中に設置された回収された鐘を保管する「鐘の墓場」

 第二次大戦中、ナチス・ドイツは鐘のカテゴリーをA、B、C、Dの4種類に分けた。AとBはただちに引き渡さなくてはならず、CとDは歴史的価値のある鐘だった。

 Cはその文化的価値を美術史家に判断させるために保留にされ、Dは保護された。各教会が所有を許されたのは、もっとも軽いものたったひとつだけだった。16世紀、17世紀、中世の鐘はだいたい供出を免れた。

 尖塔から取り外された鐘は、船や貨物列車でハンブルグにあるふたつの大きな製錬所のどちらかに運ばれた。オラニエンブルグ、ヘットシュテッド、イルセンブルグ、カール、リューネンなどの銅製錬所にも、かなりの数の鐘が送られた。

 こうした製錬所には広い保管スペースがあり、運びこまれた鐘は溶鉱炉で溶かされて、青銅の塊になるまではここに置かれたため、「鐘の墓場(Glockenfriedhof)」と呼ばれた。

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没収された鐘が山と積まれたハンブルグの港 / image credit:Germanisches National Museum.
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ハンブルグの港に集められた没収した鐘 / image credit:Wikimedia Commons

「溶かされる前の鐘たちが保管された、いわゆる”鐘の墓場”には、なんとも言いようのない哀愁が漂っていた」鐘の専門家であるクラマーは、著書『Sounds of Infinity』の中で、当時の目撃者の言葉を引用している。

小さな鐘はハンマーで叩き壊され、大きなものは爆破された。鐘たちは、吹き飛ばされる瞬間、まるで断末魔の叫びをあげるかのように鳴り響いた

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ハンブルグの港に集められた没収した鐘 / image credit:Wikimedia Commons 

 およそ6万5000個、総重量2万1000トンの鐘が第一次世界戦中に溶かされたと言われている。第二次大戦中は、さらに4万5000個が犠牲になったという

第二次世界大戦後、溶かされなかった鐘はどうなったのか?

 第二次大戦が終わったとき、没収されたが溶かされなかった1万3000個の鐘が、墓場にまだ残されていた。

 1947年、連合国政府は残された鐘を回収し、もともとの教区に返還するためのAusschuss fur die Ruckfuhrung der Glocken(ARG)という委員会を設立した。

 しかし、ARGが鐘の返還に関わったのは、フランスとソ連の占領地区に限られていた。ドイツの占領地(ベルギー、フランス、イタリア、オランダ、オーストリア、ポーランド、チェコスロバキア、ハンガリー)から戦争後期に没収された鐘の返還は、戦後の占領国が監督していた。

 わずか6年で、ほぼすべての鐘が、把握されている範囲で元の地域に戻された。

エルクラートの洗礼者聖ヨハネの鐘:1942年に解体され、1947年に回収された

 ARGは、無傷の鐘を保護するだけでなく、ドイツで壊された鐘の回収も引き受けた。ハンブルグにあるドイツ最大の鐘の倉庫には、爆撃で破壊された鐘がおよそ150トン残っていた。

 これらは、東ドイツのコミュニティに渡され、戦時中に鐘を没収された教会に分配された。残りは、特に被害の大きかったドイツ連邦共和国(西ドイツ)の地域教会に引き渡された。

 実は多くの町や村では、ナチスに鐘を引き渡さずに隠していた。こうした鐘が再発見されると、今日でもニュースになることがある。

References:The Bell Cemeteries of World War 2 | Amusing Planet / written by konohazuku / edited by parumo

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この記事へのコメント 21件

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  1. 貴金属のアクセサリーと鉄のブローチを交換って、どういうことなの

    • 評価
    1. ※1
      自分の指輪を寄贈して、「これで武器を作ってください」ってこと
      夫や息子が戦地で戦ってる訳だから少しでも助けになりたいって女性が多くいたんだよ
      そんで国はそれに感謝のブローチを送った

      • +3
    2. >>1
      国に貴金属を寄付。代わりに鉄のブローチをプレゼント。

      • +4
  2. 貴重なものは残す努力をしていたのは最後の良心という感じはするな。日本でも供出させてたけど分類していたという話は聞かないな

    • 評価
    1. ※2 うち(新潟)の場合
      ○○寺の「時の鐘」は歴史的価値が高いのでなんとか免除を…
      と東大の教授に鑑定を依頼して金属供出を免れたのがある
      郷土資料館で当時の新聞切り抜きが展示されててる

      • +7
    2. >>2
      アメリカでもやってるし、イギリスでもやってるし、ソビエトでもやってるけどな

      • 評価
      1. ※9
        分類をしたか否かのことを言っているのでは

        • +4
    3. >>2
      聞かないんじゃなくてさ、聞いてないんじゃないかな
      調べたら結構でてくるのに、検索サーバーって言うのを知ってる?

      • -6
  3. ドイツだけじゃなくて、大きな戦争があると金属に限らず戦略物資を回収するのは何処の国でもやるんだよね。

    • +7
  4. 戦争のために金属を出したってのは日本だけではなかったのか
    勉強になった

    • +10
  5. 日本の話は聞いてたが欧米でも遣ってたんだなぁ

    • +3
  6. これに関してはアメリカが化け物なだけだ。

    • +1
  7. 日本でもお寺の鐘を持っていかれて
    戦争終わって返却されたのは
    別のお寺の鐘だったりしたw

    • +5
  8. こういう言われりゃ納得するんだけど、何も知らなきゃ異様な光景なのすき

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  9. うちのばあちゃんも箪笥の取っ手を供出したって言ってたわ

    • +1
  10. 日本での写真で、寺の釣り鐘が山積みになってる物を
    以前見た記憶がある。
    「国家安康 君臣豊楽」
    って書かれた鐘も、たしか現存してたと記憶してる。

    • 評価

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