
彼は、同じフランスの写真家であり、史上初めて実用的な写真技術を完成した人物として知られるルイ・ダゲールと「写真術の父」の座を争っていた。
ダゲールが世界初の実用的写真撮影法「ダゲレオタイプ」を発表するよりも前に、バヤールが写真撮影法を発明していたと言われているが、その発表は差し控えられ、ダゲールのほうが自分が先だと主張した。
バヤールはこれに反発して、入水自殺を装って「溺死者に扮した自写像(セルフ・ポートレイト)」を偽造し、自殺した不運な発明家として自らの姿を写真におさめたのだ。
フランスの写真家による溺死者に扮したセルフ・ポートレイト
イポリット・バヤールに、発明した写真撮影技術の発表は待つようにと勧めたのは、ダゲールの友人のフランソワ・アラゴだった。その結果、バヤールの写真技術の発明や貢献は、世間に知られることなく霞んでしまった。当時、ルイ・ダゲールが発明したダゲレオタイプのほうに脚光が当たり、もてはやされたのだ。
怒りが収まらないバヤールは、これに対抗するために、「溺死者に扮したセルフ・ポートレイト(自写像)」と称する写真を1840年に制作した。
これは、上半身裸の男が椅子にへたりこんでいるもので、目を閉じ、死んだばかりのように見える。この男こそバヤールだというのだ。

世界初の偽造写真として知られることに
これは世界初の偽造写真と言われていて、写真技術への自分の貢献をフランス政府が認めなかったことへの抗議として、バヤールが自殺したという言い分が添えられていた。写真の裏には次のような奇妙なメモが記されていた。あなたが見ているこの死体は、このような写真撮影技術を発明したイボリット・バヤール本人です。この技術のすばらしさはすぐにわかるでしょう。そのメモには、他でもない溺死したはずの男自身のサインがしてあった。"H・B(イポリット・バヤール)、1840年10月18日"
私が知る限り、不屈の実験者であるこの発明家は、写真技術を完成させるために3年もの間、その身を捧げました。
学術院も、国王も、この写真を見たすべての人が、今この瞬間のあなたと同じように、彼の写真を称賛するでしょうが、彼自身はまだそれだけでは飽き足らないと思っています。
称賛は彼にとって、非常に名誉なことですが、金銭的な見返りはまるでないからです。必要以上にダゲール氏に肩入れしてきた政府は、バヤールにはなにもしてやれないと宣言したため、この不幸な男は絶望のあまり身投げしました。
ああ、なんと人間とは、気まぐれな生き物なのでしょうか! 長い間、芸術家、科学者、報道機関などが彼に関心を寄せていたのに、本来ならより秀でているはずの彼が今は、死体安置所で何日も横たわっている身だなんて。
誰も彼に気づかず、彼を引き取ろうと名乗り出る者もいません。さあ、皆さんの鼻が曲がるほどの異臭が発生しないうちに、ほかの話をしましょう。たぶんお気づきでしょうが、彼の顔と手はすでに腐敗し始めています

200年前から偽造写真の可能性が示唆されていた
バヤールの写真技術への貢献は、ほとんど知られていない。だが、この初期の自写像は写真という手段に本来そなわっている真実の表示ということ以外に、写真をいじくって遊ぶことができる可能性を示した重要なものでもある。世界初の偽造写真の例として、この肖像画には、写真のふたつの性質がはっきり表われている。まずは、私たちが見ているのとそっくりそのままの世界を描くことができるということ。
次に、こうした写真撮影技術が発明されて以来、見た目はなにも矛盾したところがないやり方で、演出や変更が行われてきたことだ。この一貫性のせいで、写真の説得力が増すというわけだ。
References:Self Portrait as a Drowned Man: The First Hoax Photograph Ever Shot in 1840 ~ Vintage Everyday / written by hiroching / edited by parumo
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コメント
1. 匿名処理班
最近同記事内での表記揺れが過ぎる
2. 匿名処理班
ギャラリーフェイクのカニ兄さんが大爆笑するぜ
3. 匿名処理班
写真とグラフィックスの違いは今もなお厳密に定義できていない境界線があるよね
私は色の破綻を数値化して定義できればキッチリと境界線を引く事ができると思う(RAW現像などの調整時)
4. 匿名処理班
締めのセンテンスを除けば、とても写真の歴史に触発される記事だ。
5. 匿名処理班
この写真の場合虚偽はどこにあるのかと考えるとそれはテキストやストーリーにであって写っている情景そのものに嘘は一片たりとないんですよね。目をつむった男性が写っている。それだけ。Hoax、fakeはいつ生まれるのか。誰によってなのか。仕掛けた側ではなく自分の認識の手順によってではないのかなどを疑い立ち止まるきっかけになる写真ですね。
6. 匿名処理班
もしかして、最初の自撮り?