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現代に残された2000年以上前の古代ローマの巨大地下貯水槽(イタリア)

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(著) (編集)

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Bellatrovata / wikimedia commons
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 イタリア、フェルモ県にあるヴィア・デジリ・アチティ(Via degli Aceti)の、目立たない入り口を入り、古い石の階段を降りると、2000年前の技術の粋を集めた驚異を目の当たりにすることができる。

 そこには、驚くほど保存状態の良好な古代ローマの貯水槽が広がっているのだ。その規模と精巧な仕組みから、2000年以上前にこの丘の上の要塞を造ったローマの建造者たちの驚くべき技術知識がとてもよくわかる。

Cisterne Romane – Fermo – Marche – Italy

古代ローマ皇帝の命令による水道システムプロジェクト

 このとてつもない大がかりなプロジェクトを命令したのは、 ローマ帝国の初代皇帝のオクタビアヌス(アウグストゥス)である。オクタビアヌスは、属州統治や都市整備に尽力し、ローマの平和の時代をもたらした人物である。

 彼は、イタリアのアドリア海沿岸のローマ人コロニー、Firmum Picenum(現在のフェルモ)に飲料水を供給するための水道システムを構築しようとしたのだ。

 水は自然の泉や雨水から集められ、町のトゥファ石(沈殿した炭酸石灰から成る多孔質石灰石)の地下深く、技術者が造った貯水槽に浄化されたのち貯蔵された。この貯水槽はそれぞれ傾斜を緩くして設置されていて、通気システムまで整っていて、実に巧妙に調整されている。

 この水システムは、近くのポルト・サン・ジョルジョ港近くの遠征船に水を供給するのにも使われたと考える歴史家もいる。

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“Fermo, Marche, Italy – Piscine Romane #2 -by Gianni Del Bufalo CC BY 4.0”

地下貯水槽や修道士たちのワインセラーに

 ローマの時代が終わると、この地下貯水槽は使われなくなり、戦争で疲弊したフェルモ市民のゴミ捨て場になってしまった。

 しかし、13世紀、ドミニコ修道士たちが新たな修道院を作ろうとして、偶然この貯水槽を見つけたため、ここは再び日の目を見ることになった。

 修道士たちは、この地下貯水システムの一部をワインセラーとして、より実用的に再利用したのだ。現在でも、ワインを貯蔵するために修道士たちが造った階段室や落とし樋を見ることができる。

 天井や洗浄台、通気用の井戸に使われた板の跡、壊れたテラコッタや、水漏れを防ぐために使った防水モルタルなどが混じった残留物など、今日の訪問者は、もとの仕事の痕跡を見て驚くことだろう。

Fermo, Grandi Cisterne Romane The Roman Cisterns (manortiz)

第二次大戦中は空襲時の防空壕に

 1950平方メートル以上の広さに、10室×3列、30の貯水槽が連なっている。それぞれの水槽はわずかに隣より低くなっていて、水槽から水槽へと水がゆっくりと流れるようになっている。

 水位はおよそ70インチ前後に保たれていて、水槽から水槽へ流れていく間に、水を空気にさらす曝気移動ができるようになっていて、連続している水槽の底に沈殿物が落ちるようになっている。

 10個のシャフトが周期的に開いて、この地下貯水槽の空気を循環させ、換気ができるようになっている。

 第二次大戦中は、この巨大な地下スペースは空襲時の防空壕になった。爆弾が投下されている最中に描かれた壁の落書きを今でも見ることができる。遥か2000年前のこの水システムは、つい最近の1980年代まで、町の一部への水を実際に供給していた。

CGバーチャルツアー映像

Cisterne Romane – Posizionamento da Piazza del Popolo

 古代ローマ時代地下貯水槽は、見学することができるが、ガイドなしでは立ち入ることはできない。チケットは地上のポポロ広場にある観光局で買うことができる。

References:Cisterne romane di Fermo/ written by konohazuku / edited by parumo

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この記事へのコメント 25件

コメントを書く

  1. 2000年前の物で現在でも使用に耐えうるっていうと
    ローマのここと、秦の始皇帝の万里の長城とエジプトのピラミッドぐらいかな

    • +1
    1. ※1
      エジプトのピラミッドは、2000年どころじゃないぞ

      • +1
      1. ※5
        うん、「2000年以上前のもので現在も使用に耐えうるもの」と書きたかった

        • +2
      2. ※5
        それお墓だから。
        生きてる人の役に立ってる遺構ネタプリーズ。

        • +1
    2. 古代エジプトの知識と技術を受け継いだ賜物だろうけど、古代ローマの遺産も素晴らしいな。

      ※1
      万里の長城は現代でも建造中だから全然違う。
      前漢の城砦跡は後世の改変を受けず手つかずで現存するのもあるが、風化が激しくて変わった形の岩にしか見えない。
      もちろん万里の長城も秦代の物は風化し過ぎて小高い砂山にしか見えないよ。

      • 評価
    3. >>1
      結構な数のローマ水道が現在でも現役だよ

      • +3
    4. >>1
      現存かは知らんが実は割と日本の上下水道も縄文、弥生時代の集落の溝がそのまま使われてたりする。

      • 評価
  2. カジュアルだけどちょっとよそ行きの小奇麗な格好で
    あんな地面が濡れてて滑りやすいところを歩く時って
    盛大に転んで泥だらけになってしまい
    しかもそれがツアーの始まりで
    まだこれから訪問先やイベントが有るのに
    既に気分はドンヨリみたいなことになるヒトが出て来ないかなって
    考えてワクワクしちゃうよね?

    • -18
  3. そしてそこに眠る柱の男が三人…
    「寝坊した」

    • +8
  4. 日本でも明治の下水道管が似たような構造で発見されたり
    保存されてるけど、このローマの技術が現代まで生き残り今の
    技術者に受け継いでるのかもしれないな

    • 評価
  5. 機能を維持したまま2000年も残るってすごいよね。
    現代の建築物で2000年後も残ってるのはあるのだろうか。

    • +5
    1. ※10
      正倉院は1200年くらい残ってるから火事とかなければ、2000年は行けるんじゃないでしょうか

      • +3
  6. どの時代にも飛び抜けた天才がいてその人のお陰で生活が豊かになるんやなぁ

    • +7
  7. オペラ座の怪人を思い出したのは私だけじゃないはず…。

    • +1
  8. ここまで綺麗に残っているのは地下の構造物であることが大きいね
    地上だとどうしても風雨に晒されるから
    同じローマ時代の遺構でも地上のものは結構ボロボロなのが多い

    • +11
  9. 日本の神社仏閣だって、もう少し年数を重ねていけば。。

    • 評価
  10.  石を施工する技術というのはまさに心技体ワニからね
    ワニ家の曾祖父もこの集落近辺で琉球石創り墓棟梁してて
    曾祖父や祖父の力でワニ家やこの集落近辺の人間が生きてきたと
    言っても過言ないぐらい力持って居るワニ

    • -2
  11. 古代ローマ云々、と言われると
    無条件に凄ぇと感じてしまいます。
    実際、凄いのですが。

    • +1
    1. ※24
      今は考古学博物館として使われている中世の宮殿の入場券とセットで5.5ユーロ。だいたい660円だから安いんじゃなかろうか。

      • +2
  12. まぁどっかのカルトが、悪魔の所業って古代のもんを片っ端からぶっ壊して回らなければ良かったんすけどねw

    • +3

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