この画像を大きなサイズで見る誰もがもっと幸せになりたいと願っている。
問題は、幸福を左右する要因の多くが、我々にコントロールが利く範疇の外にあるということだ。遺伝的に物事が楽観的に見える人もいるが、反対に遺伝的に悲観的にしか見れない人もいる。世間は悪いニュースで溢れている。人は必ずしも親切ではないし、雇用は時に不安定だ。
だが余暇の時間なら多少はコントロールが利く。余暇の過ごし方で幸福度が左右されるのはそれも理由の1つだ。
アメリカの最新研究によると、余暇をリアルな活動に過ごしている若者に比べて画面を眺めている時間が長い若者ほど不幸である実態が明らかになった。それは10代だけでなく大人も同様であるという。
アメリカで行われた余暇の過ごし方と幸福度の関係調査
アメリカ人の10代の若者(ティーンエイジャー)100万人を対象とした米サンディエゴ州立大学の研究では、彼らの自由時間の過ごし方を調査し、幸福度に関係する活動とそうでないものを割り出した。
2012年以降、ティーンエイジャーの幸福度は大きく低下しているが、その原因が余暇の過ごし方の変化と関係があるのか調べることが研究の狙いだ。
また同様に成人の幸福度も2000年以降低下しているが、その背景についても考察された。
この画像を大きなサイズで見る幸福度を下げた犯人は画面の向こうにあった
研究で用いられたデータは、1991年以降毎年実施されている学生に関する代表的な調査のもので、8年生(日本で言う中学2年生)、10年生(高校1年生)、12年生(高校3年生)が対象とされた。
毎年、ティーンエイジャーは全般的な幸福度や時間の過ごし方について質問されている。研究で明らかになったのは、友達と直接会う、運動、スポーツ、礼拝、読書、宿題(意外だ)といった活動に多く時間を費やしているほど、幸福度が高まる傾向があることだ。
一方、インターネット、テレビゲーム、SNS、メール、ビデオチャット、テレビといった活動は幸福度を下げる傾向にあった。
つまり画面が介在しないあらゆる活動が幸福度の向上と関連し、画面が介在するあらゆる活動が幸福度の低下と関連していたということだ。その違いは明白で、1日に5時間以上オンラインで過ごすティーンエイジャーは、1日に1時間未満の子よりも2倍も不幸である傾向にある。
もちろん、不幸だからこそ画面を求めるという可能性も考えられる。しかし画面の使用が原因であり、不幸がその結果であることを示す研究は増えつつある。
この画像を大きなサイズで見る不幸だから画面を見るわけではない
参加者に1週間フェイスブックの利用を控えてもらった実験がある。そこでは、被験者の幸福度が改善され、孤独感やうつが緩和されるという結果が得られた。
また仕事のためにフェイスブックを使わないでもらった別の実験でも、やはり幸福度の改善が見られている。
さらにいくつかの縦断研究でも、画面を見つめる時間が長くなると不幸になるが、不幸だからといって画面を見る時間が長くなるわけではないことを示している。
したがって本研究から簡単なアドバイスをすることができる。スマホやタブレットの電源を切って、何でも構わないから別のことをしようということだ。
この画像を大きなサイズで見る画面の向こうにある不幸。10代のメンタルヘルス問題が急増
現代の若者(i世代)はそれ以前の世代と比べて、画面を見て過ごす時間が長いので、今回の発見は懸念すべき情報である。
2006年から2016年にかけてオンラインで過ごす時間は2倍に伸びており、12年生の82パーセントが毎日SNSを利用している。
i世代の幸福度が2012年(アメリカ人の過半数がスマホを手にした年)を境に急落したのも頷ける。ゆえにティーンエイジャーの自尊心、生活の満足感、とりわけ友人関係の満足感、楽しいという気持ちは低下した。
こうした低下と鏡写しなのが、この世代におけるメンタルヘルス問題の急激な増加だ。うつ、大うつ、自傷行為、自殺の件数が急増しており、楽観的で前向きなミレニアル世代(1980年代~2000年代初頭生まれの世代)に比べると、i世代は自信に乏しく、うつがちだ。
この画像を大きなサイズで見る若者だけではない。大人も画面の向こうの不幸に陥っている
だが、成人でも似たような傾向が見られる。30歳以上の大人の幸福度が15年前と比べて下がっており、性行為の回数も減っているのだ。
そこには多くの要因があるのかもしれないが、画面を見て過ごす時間は彼らの間でも長くなっている。それは性行為のパートナーを含め、直接他人と顔を会わせる時間が減っている可能性を示唆しており、その結果、性行為の回数が減っていると推測される。
ティーンエイジャーと成人の幸福度が低下したのは2008~2010年の不況下においてであるが、経済が復調の兆しを見せ始めた2012年以降であっても幸福度の回復は見られなかった。
それどころか、経済の回復を尻目に幸福度は低下を続けているため、2012年の急落が不況を原因とするものである可能性は低い。
特に成人においては、所得格差の広まりが一因であるのかもしれない。しかし、もしそうなら、幸福度は所得格差が広まり始めた1980年代以降にも低下していたはずだ。
ところが実際に幸福度が低下し始めたのは、成人では2000年頃、ティーエイジャーでは2012年である。それでも雇用と所得格差に対する懸念が2000年代初頭に閾値を超えたという可能性はあるかもしれない。
この画像を大きなサイズで見る0か10ではない。適度な利用が一番幸福度が上がる
少々意外なことだが、デジタル機器を一切利用しないティーンエイジャーは、それを少しだけ(1日1時間未満)利用する子に比べて、やや幸福度が劣っていた。つまり最も幸せを感じているティーンエイジャーはデジタル機器を少しだけ利用する人たちだったのだ。
したがって、答えはテクノロジーを完全に捨て去ることではない。昔から言われるように、「ほどほどが肝心」ということである。スマホは必要最小限にとどめ、あとは何か別のことに勤しめばいい。それで今より幸せになれる。
References:theconversation / livescience/ written by hiroching / edited by parumo














過ぎたるは及ばざるがごとして事でしょ
ネットは手軽すぎてすぐ過ぎちゃうって事で
つまり、カラパイアを読み続けると不幸になるのか…(違
読書をするのと画面を見るにそこまで近いがあんのか?
※3
おそらく何を読むか内容が決まってるいるかどうかでは?
普通の読書はリアルタイムで内容更新されたりしないし意見のやり取りもない。
批判したりされたりといった余計な考えせず没頭できる。
手に持つ本は本以外の何者でもないが「画面」はそうもいかない。
※3
こういう脊髄反射的な意見を見ると、この話も正しい気がしてくるよ
ゲームは一日一時間は正しかった
とは言えシータさんも
どんなに恐ろしいニュースを知っても、たくさんのブログ記事を操っても、人はITデバイスから離れては生きられないのよ!
って言ってますし(言ってない)
※4
ムスカがビルゲイツに見えてくる
それではここで暗黒時代といわれた中世の皆様にインタビューです!
幸せですか?
※5
では逆に言うならば、中世の人間は全て不幸だったのだろうか?
その時代に生きた人達の主観的な幸福観念を、後世に行きた人達が事実の総体から客観的に考え、彼等は『そうだった』と言ってしまうのは非常に傲慢な思考じゃないだろうか
けれど、それゆえに貴方の言葉には、真理がある
つまり「貴方は幸せだと感じているけれど、常識的に考えて違うかもしれませんよ」と言う思考と、「私は幸せだと感じているけれど、常識から考ると違うのかもしれない」と言う反射こそが、画面の向こうに潜む不幸の正体なのだから
例えばこのコメント欄でも、ついつい自分達を比較対象にして記事を吟味してしまっている人達が見受けられるのが分かると思う
それは今回にあっては不幸をもたらさないかもしれない
けれど結局、ネット上で何らかの反応を示すということは、肯定するにせよ否定するにせよ、こんなふうに自己と比較するしかない部分があるから(情報に対しては、その分野の知識のない人は自分を引き合いに出すしかないため)、画面を長く見ていれば見るほど、嫌な記憶は強く残り、楽しい記憶はすぐ忘れがちな人の脳の性質もあって、不幸感が蓄積していく可能性は高いんです。SNSに限らずね
……また、このことから『画面』というのは『不幸の媒介』に過ぎず、『不幸の本質』ではない事が分かるので、『画面』に事の焦点を当てて推論したところで的を射ることはないでしょう、と最後の補足しておきます
※5
中世が暗黒時代ってのはローマ帝国が崩壊して産業や技術や学問が一時的に衰退してた時期のことであり
それも中世の前半部分のことで「中世は酷い時代だった」という意味では無いぞ
ちゃんと歴史の授業受けたのか?
多分画面を通していてもクリエイティブなことしてたらその限りじゃない
その日を終えた後に満足感があるかどうかってことじゃないかな
何でもデジタル化されたことで、創造の可能性は増えたけど、想像力は奪われているからな
誰もがアーティストになれるチャンスはあるのに、皆批評家になりたがる
※7
写真や音楽やイラストやる人間にはデジタル化の恩恵は計り知れないけど、ネットに上がった写真やイラストには必ず文句つける人がいるものね
想像力を養うには読書や芸術鑑賞が有効と感じるので、画面じゃなく生でホンモノに触れる機会を増やせばプラスになると思う
カラパイアをチェックしたらスマホを置けってことだな
むしろ幸福度が低いから、休暇にアウトドア・スポーツ等の能動的・活動的な行動ができずに、手軽な画面の娯楽に向かってしまうって事もあるのでは
自分が能動的に働きかけて何かを変化させるという経験はネットでは出来にくいよ。どうしても受動的に情報を一方的に受け取るばかりのことが多い。世界に関与している、世の中と四つに組んでいるという感覚を持てないとだんだん無能感が増幅してウツに近づいてゆくんじゃないかね。感覚器官を駆使して世界に働きかけて、それに対するリアクションが返ってくる、その経験がこの世界に生きているという実感になっているんじゃないか。受動的に脳だけを使っていると自分の中の生命力が涸れてゆくんじゃないかね。
スマホばかり見てると表情筋が弱る
幸福度といっても自分が感じるものだからねえ。実際に幸運か不運かはまた別の話。
正直、ひとりで過ごす時間が好きだからな。
人とワイワイするのは幸福ではないんだよね。
それに一昔前は小説は紙で書くし、写真は印刷していたが
いまではPCを使わないことは考えられないんだよね。
漫画もタブレットで描くのが一般的になったし、電子書籍で漫画を読む人も増えている。
色々な趣味がPCと結びついているから使用時間が延びるのはしかたないんだよね。
もちろん紙で書いてもいいし、写真を印刷してもいいんだけど。
手間やコストを考えるとPCを使わない選択は出来ないかな。
いや一日中画面見てるけど
ウィキペディアサーフィンしたりゲームしながら英語勉強したり
わりと悩みどうこうとかもネット画面で済ましちゃうし
そんな不幸せな事でもないと思うわ
確かに今の若年層は初めからスマホとかアイパッドって感じだろうから
そういうのないで過ごす時間が圧倒的に少ないってのはわかる気がする
生放送で毎日一緒にジョギングや散歩してくれる
ユーチューバーとか人気でるかもな。
ここで言う幸福度の定義ってなんだ?
当たり前というか逆でしょ?
リアル楽しかったら長々と画面に張り付いたりしないよ
若者の未来への不安感が仮想空間に追いやってるってことじゃないの?
※17
それはよく言われるツッコミなので、ここでは予防線が張られている。
>画面を見つめる時間が長くなると不幸になるが、不幸だからといって画面を見る時間が長くなるわけではないことを示している。
でもこの予防線の物言いはよく考えるとちょっとおかしくて…
スマホの画面に向かう時間は徐々に長くなると考えらるけど、
完全に自分の事だよ・・・休日はネットを見て意味のない時間を過ごしてばかりだな。休日の過ごし方を変える必要があるぞ。
自分と違って画面の向こうは活き活きしてると勝手に頭の中で解釈してるって事なんだろうな
リアルな活動の方が充実するっていうのはもう経験的に分かってるんだけど、やっぱり楽な方に流れるんだよね
確かにね
パソコンモニターを通して見ているものって、幸せとは遠いものだもの
記憶に残らない
人と関わるほど比べることも多くなってしまうので
ネットとかで済ますってのはあると思う
比べる時間よりも
そういうことに時間をさかないってのはわりと精神衛生にいいと思う
SNSとかで有名人やセレブの私生活と自分を比べてしまって鬱になるとかならわかるけど
モニターを見ると不幸になって
リアルで本読んだり宿題やったら幸せになるとかいうのは流石におかしいわ
PCで電子書籍読んだり勉強したらどうなるんだよって話
人のコメントにマイナスばかり付ける人とかもね
確かにブログやコメントに何日かはまると、性格が崩れるような感覚があるし、1日それで終わっちゃうことに焦燥感が有るのにやめられない。
あとコメントによる中途半端な関わりも心に悪い。わかりあえるほど会話できないし、予想外な悪意に取られたりするもんね。
とにかくネットは中毒になっちゃダメだわ。
江戸時代は良かったのー…
みなさん
土日はカラパイアを見ないようにしましょう
※31
一日見ないと未読の記事が溜まってしまって、
逆に見てる時間が長くなってしまい…
完全に中毒になってますな。
大事なヒントをありがとう!
速さ・快適さを求めて見ているはずの画面なんだけど、
探しても捜しても、答えや求める気分を得られず、
却ってイラつくことがしばしばあるんだー。
いつの時代も不幸な理由は同じ、貧乏だからさ!!!!
ネトゲーやSNSでも同じ、貧乏だから
一部の人のみが、大量に儲けている
その贅沢ぶり、生活の違いをリアルに見れるネットのショックは大きいよ
健全な人間だって萎えるぜー
株価は急成長してるのに、庶民は貧乏だ!
これは、一部が大儲けしてるのさ、それをリアルで感じるのがネットさ!
今の若者の給料の平均は安いぞ、生活がやっとのはずだからね
※33
確かにネットやらゲームやらは金がそんなにかからないしのぅ
でも大金持ってれば外に出て遊ぶのかと言われてもうーんという感じ。
ネットのおかげで幸福になれたけどなあ
入り浸るのはなんだってよくないけどさ
まあ分かり合おうと努力する行為は時間の無駄だと早く悟ると幸せになれるよとアドバイス
※34
>分かり合おうと努力する行為は時間の無駄
嫌でも分かり合おうと努力しなけりゃ人生終わる修羅の世界に住んでなくてよかったね
日本は引きこもってネットしてれば安全な世界ではあるけど、それがいつまでも続くと思ってたら危ういとしか言いようがない
宿題がプラスに働くのが面白い
リアルな活動をするほど不快になる人だけを集めて同じ調査をして欲しい
不幸だから画面を見るわけではないように、画面を見るから不幸なわけでもないだろ
自分が楽しいと思える事に割いてる時間が多ければ幸福であって
そうできなければ不幸なんだろう
sns上の仮想人格にエネルギー注ぎ込んでも、ネトゲやソシャゲのキャラにエネルギーを注ぎ込んでも、それで得られるのはsns上の人格やネトゲソシャゲのキャラにとっての充実であってネット切った時のリアルの自分にはなにも得られないのは当然っちゃ当然である
因果関係が逆じゃないと思ったらそれについても書かれた記事だったか
程々がいいと分かっているんだけど30分だけのつもりが気付けば五時間経過してるのが常で一日の終わりの焦燥感といったら…
ところで、友達と直接会う、運動、スポーツ、礼拝、読書、宿題(意外だ)といった活動 ←余暇の過ごし方に礼拝がごく普通に入ってるのアメリカらしいなあと思いました
読んで得た情報を自分から出力する機会も持たないとあんまり意味ないなとは思う
実際に自分で遣るのと人の体験談読むだけじゃ全く違うし
人間ごちゃごちゃ考えたり他人と比べたりせずに能天気に体動かした方が幸せになれるってことさ
誰がなんと言おうと俺は家でPCモニタの前に座ってる時間が一番幸せだ
その時間のために1日を頑張っているとも言えるから余暇とは呼べないかもしれないが
超インドア派だから一日中動画みて過ごすのもそれなりに気分転換になるわ
となりの芝生があてはまると思うけどなぁ。
画面を見てる人はアナログな人間からしたら何してるかよくわからないから芝生にすら見えていない。
逆に画面を見ている人からするとアナログな活動は嫌でも情報として飛び込んでくるので青々とした芝生に見える。
結局SNS類の存在が一番影響あるんだと自分は思う。
画面を見てる時間が多い人はSNS類を見てる時間が相対的に長そうだし…
人間同士のコミュニケーションって言葉よりノンバーバル言語の部分が実は大きいっていうから文字だけのやりとりじゃ満たされないのでは(自分では気付いてなくても)。
人と関わることで幸福度上がるってやつ、やっぱ直接会ったり顔見てコミュニケーションとらないと、文字だけとか画面越しじゃ足りないんだと思う。
若者が携帯の画面を見る理由なんて大半がメールかsnsを利用するためだと思う
snsのせいで多くの人が自分は大したことが無い存在だと自覚してしまうし
なによりsnsは互いを四六時中監視し合い電波が届く限り集団から離れることができない
軟禁状態のような感じになり心が休まらないだろうし
しかも長々と同じ姿勢でいるわけだから心身ともによくなるわけがないと思う
画面使うものでもネットでの調べものとか映画鑑賞とかお絵描きとか格ゲーとかだと一日中やっても楽しいけどな俺は。
逆にSNSやらネトゲは経験上負の感情が勝りやすいかなと思う。だからあんまりやらなくなった。
画面使って何やるかってだけで「画面」そのものがいかんってのはないでしょうよ。多分。
結局はネットでやってることってコミュニティじゃね小さなコミュニティ
そこに人種や国の差はないっていう
マイノリティか…宗教か…ヒエラルキーへの反発
今のところビットコインはだだ下がり
あぶねえなぁ…
こんな調査をすればこんな結果が出て当たり前
だって大抵の人は「長時間画面に向かってますが幸せです」とは答えないでしょ
そんな寂しい奴とは思われたくないもの
いわゆるリア充的な体験でないと幸せを感じてはいけないみたいな風潮の下で調査すれば必ずこういう結果になるよ
一日の終わりにコーヒー飲みながらネット、休日はコーヒー片手に音楽聞きながらお絵描きとかサイトいじり。
・・・幸せです。
ただし何々以外に限るが付くんだろうなw
子供のうちに外で遊びまわっておくと
画面見る生活やってもええやろ
やっぱりそうだよね
創作活動してたり、何か目的があれば達成感などを得られるだろうが
ついネットサーフィンしちゃったりして無駄に時間経つことある
他人のリア充活動見て、比較して嫉妬したり卑屈になったり嫌な感情になる人もいそう
そりゃ、宿題の方が有意義
本での読書は、語彙力や、ゆっくり想像力を働かせられる
ネットはライトの刺激が強くて確実に目を痛めてる
あと、Facebook、変な外国人に乗っ取られた。変更できないし大嫌い
統計的にそういう結果が出てるのは構わないんだが
どういう理屈でそうなるかを追求するのも必要なのでは
思いつく限りだと運動量の低下や、画面の光を長期的に浴びることでの弊害、実際の視野の調節不足なんかが思いつくけど
様々な情報を取得しやすいってことも重要かね
ゲーム脳認定と本質は変わらんな。こいつらみたいなのが一世紀前に小説を読むと馬鹿になるとか言ってたんだろう
ここ百年の文明の進化が早過ぎて、人間がついて行けていないのかもしれんのう
ガチで引きこもりになって久しい俺が教えてやろう
最も心を蝕むのは、『誰とも話さない』事だ
これはチャットやSNSでのやり取りなど、『声を出さない交流』では解消出来ない
実際に誰かと話さねば、『自分が生きている』事は実感出来ないんだ
そしてここでいう『幸福ではない』を『なんだか解らないけど充たされない』と言い換えるならば、この内容は辻褄が合う
自分の経験と照らし合わせた自分なりの見解なのでもちろん異論はあると思うけど、心がしくしくしている人がいたなら、『表に出よう、そして誰かと話そう』とだけは言いたい
宿題というのは意外じゃないかも。アメリカとかじゃ実際宿題は日本より多い。うちの子も小学校のころから毎日宿題こなすのに何時間もかかってたし、ハイスクールのいまでは土日もクリスマス休暇もひたすら宿題やって一日が終わるって感じだ。で「そんなに宿題ばっかりで楽しい時間がなくて鬱になったりしないのか?」って息子にきいたら「自分が幸せかとか考えてる暇もないんだよ!」って言われた。ちなみにただ今、中間試験期間なんだが、夏休みを除いて唯一宿題がないのが試験期間なので、すごく楽しそうにしている。
割りと深刻な問題だよね
画面に向かってる子には親や友人も介入し辛いし
よくわからん
ゲームしたりネットで小説とか漫画読んだり、変な雑学仕入れたり、猫の写真見倒したりするのめっちゃ楽しいよ???
リア充度みたいな指標を元に幸福・不幸を決めてたら、そりゃ今の時代は不幸な人間が多くなるだって感想しか。
ネット三昧でも幸せだと感じる人間は結構いると思うけどな。
少なくとも、ネットが登場する前のように暇を持て余すってことはなくなったんだし。
分かる気がする。「凹んでる時にネット見てると余計凹む情報が入ってくるけど、読書に切り替えると有用な情報が入ってくる」経験をしたことがあるので。理由は分からないけれど何なんだろう。
そしてモヤモヤしたら黙々と歩いたり筋トレしたりするに限る。健康にも良くて一石二鳥。
画面のせいというか画面を通した人付き合いのせいじゃないのか?
大変ワニね個人主義の競争社会の個室篭って石油消品、電気3Dが
宝とオルグされちょる世界ワニわ、人間が満たされるものが実りある大地に根ざす
人々の真心だけである事しらず、それを包み隠して消品ビジネスさせられて
死ぬまで御車様で車上生活徘徊特攻されられちょるのも知らずワニに、ワニさんが無き婆と
暮らしてた40年以上前はまだ隣近所皆窓開け放って生活丸見えの開放的な世界だったワニ
この前1000mちょっとのちょい山登りしたら、山頂にフリーwifiあって吹いたw
でも、誰も携帯を長い時間見たりしてない。
雪が積もってたので携帯コンロで鍋沸かしたり、人とゆっくり話してたり、僕みたいに単独でもぼーっとするだけだったり。
でも帰ってから、撮り貯めた写真を携帯でじっくり見るので、あんま変わらない気もする…
ネットでの調べものとリアルに体感しに行く活動をうまくリンクさせられるとやっぱ楽しいよね
でも若い人は育った環境が違うから価値観も変わるかも知れんし
こういう新しい価値観を否定する論文はそれこそ幸福を生まないと思うな
リアルで何かするより画面に向かう方が大抵安上がりだからね・・・・
ネット中毒は、ど肥満や引きこもりと似た、居心地のいい不幸かも。
たまに過食したり、誰にも会わない日があったら楽しいけど、常にやってると焦燥感と隣り合わせになって、そっちを見ないように無意識の努力を強いられるような・・。
うっかり政治議論の板なんか覗いたら、たちまち鬱になっちゃうが、カラパイアみたいな割りとお気楽なサイトだと(失礼!)見た後結構楽しい気分だけどなぁ?
おま環というのもあるけどツイッターとかでみんな成功しか言わなくて毎日楽しそうで自分が不幸なんじゃないかって感じてしまいいっとき鬱っぽくなったことあるなぁ
幸福度とかあやふやな言葉で測らないで欲しいんだよな
どこまでいっても画面の向こうは触れない他人の人生だからなあ
ぼっちコミュ障貧乏人から好まれない自分にとって手っ取り早い暇つぶしがネットなんだけど
もっと有意義に過ごせないものかな
よくわからないがこの統計結果は発達障害のような人間関係に対して一般人よりも多大なストレスを感じる類の人間には当てはまらないのでは?
画面の向こうの動きを見ることで誰かといる気になるしかないんだよ…好きで画面ばかり見ているわけじゃない。大人になると知り合いを作るのは簡単だけど、友達を作るのは凄く難しい。
運動、読書、宿題なんて一人で出来るし
メールやビデオチャットなんか人と関わってるものでもマイナス方面みたいだから
ぼっちかどうかはあんまり関係ないような気がするんだけどどうだろね
私の場合現実のことを考えるとより一層憂鬱になるよ。何一つうまく行っていないし、今まで何をしてもうまく行かなかったから
SNSで友達を見つけるのは「困難」だけど、現実では「不可能」なんだ
たしかに不幸だよ。でもネットにいれば少しはマシな気持ちになれる。現実世界なんかよりずっと心を動かされるよ
※81
うわー 典型的だな
自己顕示欲の強い人と比較し始めるのは良くない。
芸能人、インスタやらで有名な人はいつも盛った自分をさらけ出してる。
厚化粧、一流スタイリストがセットした髪型、服装。体型。
幸せそうな瞬間。高い車、腕時計、バッグ….。
現実の彼、彼女達はどんな生活をしてるか、見たくれかは知る良しがない。
ただ自己顕示欲の強い人は必死で自分を盛ってよく見せて、賛美される方法を日々探してる。
単純に体を動かしてるからというのもあると思う。知人で筋トレを始めてうつ病が劇的に改善した人がいるから。脳にもいい刺激がいくんだと思う。
アーミッシュの人々は特別に幸福でもないけど不幸でもない中庸さを現代に求めてるから
あの生き方が人生になってるんだよ
なぁAmazon
自らが不幸であると感じなくて済むのは果たして幸福か、
不幸であると知って向き合うから絶望を感じて不幸が増幅するのであって、
1%に入ってない「俺ら」は経済的にはどう考えてもそもそもの事実として不幸せである。
人も動物だから当然だよね。
バーチャルとリアルでは五感の刺激に大きな差がある。
こないだは200キロ離れたところまでわざわざエンジンカートに乗りに行ったけど、数時間ゲームや動画観るよりほんの10分カート運転するほうが刺激あったね。
能動か受動かというのも大きい。
ゲームや動画ってのは手軽さ故の暇潰しであって、仕事や人間関係などのイヤなことに対する逃避なんだと改めて感じたわ。
当人は能動的なつもりでも手軽なものってのはやっぱり受動的逃避なのよ。
面倒くさいリアルが存在する以上はね(笑)
ワイ自宅業務マン
確かに孤独に画面に向き合うのは幸せにならないよなーと思い仕事サボってコーヒー屋でお茶飲んでたら隣席で派遣社員と派遣会社の人が会話してて健康保険に入れる入れないとかいう話してて別に外で働くのも幸せではないなと思い直す
今のネットなんかネガティブな情報に溢れてるからな
そろそろスマホブラウザにurlのブラックリスト機能がほしい
休みの日はもっぱら家で寝てます。
たまに絵も描くけどね
うろ覚えだけど、三島由紀夫が自殺した太宰治に対して、太宰は毎朝ジョギングでもしてれば死ぬことはなかっただろうと言ってて妙に納得した。と言いつつ三島は割腹自殺してるんだが(笑)
太宰は走れメロスという素晴らしい話を書いたのに、当の本人は走るのをやめちまった。人は観念だけでは生きていけないのか
みんな辛い現実から逃避したいんだよ…
最近、気づき始めたところです。
ネット上に溢れかえっている、攻撃的、不特定多数を傷つけるような言葉を見た後、だいぶ参っている自分に…。
なのでツイッターとか、管理されてないコメント欄は見ないって決めました。
多分ですが、画面の向こう云々というより、私みたいに悲しくなるコメントなどが目に入って鬱になるのでは…?
一日3人他人と会話するとうつ病の発生も減るらしいね
人と接するといやなこともあるけどいい刺激もある
ストレスって悪いものだけじゃないし
いいことでもストレスは溜まる
なんでも適度にやることと人と接していい刺激を脳に与えることが大事
※98 ジョギングは幸せホルモンがでるんだっけ?うろだけど
うつの軽減のために朝の散歩勧めてるのよく見るし
そしてこの幸せになるための情報が書いてあるのが目の前の画面である
🐬フォーエバーブルーシリーズでイルカやシャチと一緒に遊泳してる時&ジンベイザメやクジラの背に掴まってあてもなく回遊してる時🐋
バイオシリーズで大量のゾンビ達をチート武器でひたすら駆逐してる時💥🧟💣🧟💥🧟💣🧟💥🧟💣🧟💥🔫😆