この画像を大きなサイズで見る盆栽をもっと身近に、暮らしの中に取り入れようと、新しい盆栽の楽しみ方を提案してくれる東京盆栽生活空間では、小さくてかわいいマイクロ盆栽から、様々なモノと融合させたハイブリッド盆栽を作り上げ、ネット販売している。
今年ももう残り僅か。2018年を良い年にしたいし自分を律したい、ついでにおしゃれ感も欲しい。そんなあなたに最適なのが「仏像盆栽(BUDDHA BONSAI)」だ。
土の中に頭が埋め込まれた仏像が盆栽と一体化しながら常にあなたを見守ってくれる。こりゃなんだか御利益ありそうなんだぜ。
どれ1つとして同じものはない唯一無二な盆栽と仏像の融合。サツキ、ムレスズメ、モミジ、ガジュマルなど様々な木々と一体化した仏像からはすごいオーラが放たれている。
この画像を大きなサイズで見るお値段は盆栽の種類や大きさなどによるが、苔と仏像だけなら9,000円。盆栽は19,000円から99,000円まである。
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この画像を大きなサイズで見る盆栽は海外でもブームとなっており、もはやお年寄りの趣味という範疇を超え、アートとして、インテリアとして楽しむ人が多い。
関連記事:海外での盆栽ブームは急加速。更なる浸透を見せる日本の伝統文化「盆栽 - BONSAI -」
盆栽は愛でるだけでなく育成するという楽しみもある。そこに仏像ときたもんだ。自身の穢れをがっつり浄化できそうだ。
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この画像を大きなサイズで見るさらには仏像だけでなく伐折羅(バサラ)や毘羯羅(ビギャラ)、因達羅(インダラ)など、仏教の護法善神である十二神将も、盆栽と絶賛融合中だ。
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この画像を大きなサイズで見る日本のみならず海外でも人気爆発しそう。
新年に真っ先に拝みたい盆栽だ。
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最新作は断崖にミニチュアの建物を組み合わせ神秘的で幻想的な空間を演出したという「断崖盆栽」だそうで、こちらも商品化が楽しみだ。















廃虚マニアの臭いを感じる。
※1
分かるわー
東南アジアのジャングルの奥地にある寺院みたい
アユタヤ遺跡のイメージですね
こりゃ粗末に出来ませんな。
ぶつぞー!って怒られそう
個人的には遊び心や芸術性のある面白い商品と思うが、
真面目で敬虔な仏教徒からの意見も聞いてみたいところ。
韓国のゲームで女の首から上を育てるゲームを思い出した。
※10 tomakなつかしい…あのインパクトは中々のものだったw
断崖のかけ造りは良いな、三佛寺投入堂は一度行ってみたい場所だ
仏像が首だけなのはちょっと不吉な気もするが・・・
まぁ名前が明らかに海外向けだし深く考えないことにしよう。
※11
生首=死んでいる=罰当たりと考えるのは宗教観が薄いからなんだと思う。
自然と一体化していて良い感じがするよ。
安心感もある
欲しいなぁ
メガテンの悪魔で出てきそう
生首埋めてるのはなんか違うって感じだな
仏像が身近な我々からするとバチが当たりそうって感覚が先行する
なんとなくバチあたりな気がする。少なくともうちに置くのはご遠慮申し上げたい。
焼け落ちた大仏殿が放置されたまま年月を経た、みたいな感じがする
製作者の意図はともかく、儚さがたまらない
新時代のアートとしては、ありなのかも知れないが、オレは古い人間だからかな、首の取れた仏像とか見るとちょっと落ち着かない気がする・・・
あたらしいものって何でも一線を超えてくるものなんだろうけど、奇抜って、きちんと基本を踏襲した上で、あえてそれ以外の何かをもってくるから良いんだと思うんだよね。
ただ、やりたい放題というのとはちょっと違うような気がするんだ。(狭量なのかな?)
盆栽好きの外国人が作る、奇抜な発想もいいなと思うものもあるのだけど、なんかその辺の境がなんちゅうか・・・(コレも既に何かにとらわれているということなのかなあ?)
ミニカンボジア
頭痛薬とか抗○○病薬のポスターっぽい・・・
仏像があるだけでなんとも神秘的幻想的になるな
これはとても面白いと思う
盆栽が趣味の親父殿に画像を見せたところ、邪道だと大層憤慨しておられた(笑)
長期間放置された生首に見えるw
仏教はご利益宗教ではないのですよ
それはともかくアユタヤみたいでいい
断崖盆栽はほしくなった
自然がそのまま家にあるみたい
※23 御利益
神仏が人間に与えるお恵み、幸運。ご利生(りしょう)。霊験。「観音さまのご利益」
(デジタル大辞泉の解説)
逆に罰当たらねぇかな…?
あ、でも断崖盆栽は好きです
仏像を木製にして仏像から芽が出てるような、木が生えているような感じの盆栽も
あったらいいんじゃないかなぁ、と感じました。
東南アジアに行けばまだこう言う未発見の風景がリアルであるかも知れない。
何かそう思った。
私は古い人間で、仏陀は背をまっすぐ伸ばし座禅を組む姿こそ本来の姿だと思っているので、頭だけ土から出てるってのはどうも…
私なら要らない
密林に埋もれた寺院を連想させる・・・・・・
凄い
ガンプラと盆栽の組み合わせとかでも楽しめそう
※31
おお!わかる!
破壊され朽ち果てたガンプラから伸びる樹木とかそそるわ。
※31
錆と苔むしたスコープドッグとかアッガイが木に浸食されてたら堪らん。
ランボー2で見た
たとえば、鎌倉大仏。海外の仏教国の人からすると
「尊い仏様の体内に階段を作って、仏様の目線で
外を見る」という考え自体があり得ないそうです。
「滅びの美学」の具現化作品だね。
仏教そのものが滅びの美学だからね。
断崖とか全身像のはいいと思うけど、生首はちょっと違うかな
昔の人は怒られたんだろうなぁ
って気がするのはなんでだろう
俺が んなことどうでもいいとおもってるからだろうか
生首ばっかりで想像したのと違った
アユタヤの仏像っぽくしてるのかな
個人的にはもうちょい渋いのが好みだけど
海外では受けそう
断崖盆栽は欲しいと思うけど、生首だけなのはありがたみを感じないわ。
罰当たり感がハンパねーっつうか。
コンセプトとしてはこういうのもアリなんだろうけど…
個人的にはちょっとどうかと思うわ。
冬虫夏草に寄生されたアリの記事の続きかと思ったわ
頭だけなのはちょっと嫌
植物のモンスターに寄生とか吸血とかされているように見える。
仏様だとちょっと抵抗があるから、ダメージ加工したガンプラ使って再現してみるかな
「ここは地球だったんだ‼」
昔ジャンプでグッズの通販広告に仏像の頭があった
ん、言いたかっただけ
アンコールワット風とかオルメカ巨石文明風とかも見たくなってくるね
仏様の鼻の穴まで埋まってるのは、
息苦しい感じだ。
「方丈記」の「行く河の流れは絶えずして、・・・」ではないけれど、人間の考え方や価値観は、十人十色だし、時代と共に変化するから、こういうのもありといずれ受け入れられるようになるんだろうな。極論すれば「明太子スパゲティー」や「ラ抜き言葉」なんかと大して変わらないのかも知れない。
ところで、昔、ある高僧が、貧しい人のために木仏を燃やして暖めてやったという話がある。弟子は「仏物己用の罪(仏の物を私用に使う罪)だ!」と言って高僧を咎めようとしたが、「燃やして仏舎利を得んがためだ」と高僧は言い、更に弟子が「木像から仏舎利がとれるはずがないではないか」と食い下がると、高僧は「なら、ただの木ではないか」と言って、仏の心を軽視し、立派な仏像をありがたがる風潮に釘を刺したという話を読んだ事がある。仏は本来、衆生のために手も、足も、全身すらも施すだろうという事なのだそうだ。
この話から類推するに、朽ちかけた仏像そのものにはおそらく意味は無いのかも知れない。だからこの盆栽に何か退廃の美のようなものを感じるのもちょっとわかる気がする。現代の価値は、目に見える金銭的価値と、目に見えない価値とに大別されるが、後者は、はかる基準が極めて曖昧なため「無い」ものとされがちだ。せめて大事な「心」の部分が抜け落ちる事はないようにしたいものだとちょっと考えちゃいました。
(もう話が別の話にすり替わっとるな・・・長々ごめん)
肝心の仏像のお顔がどれも今ひとつなんだよな・・・
鋳造なんだから原型もうちょっと頑張って欲しい
仏頭を金属では無くて石材で作れば、
もうちょっと根が密着してソレっぽくなると思いますが。
アユタヤ遺跡に憧れて、ガジュマルの鉢にスフィンクスのミニチュア置いたら、いい感じになったよ
見た事あると思ったらカンボジアの遺跡だ
これは西洋人の考えた勘違い東洋
涅槃像とか 菩提樹の下で悟りを開くとことか 全身の仏像なら 受け入れられるわ
神様を食っている樹の化け物に見える
クトゥルフチックというか少なくとも自分はご利益なんか期待できそうにない
仁王さまは普通にかっこよく思えるので生首がいかんのかなあ
自分が感じた不快感は多分「本来なら心の的にする仏を単純な材料としてしか見ていない」事だな。
アユタヤの廃墟はジャングルに呑まれつつも信仰を感じるってところが凄いんだよな
自然と一体化した仏ってのはありだと思うがこれはあくまでも人工物だしな
仏陀でさえ自然に身をゆだねてるという教えとして見るならありだと思う
もう誰もお参りに来なくなり寂れてしまったカンボジア辺りの密林の寺院って感じ。
仏様ブチ切れそう笑笑
明らかに頭部しか用意してないっぽいのはちょっとつまらんな
地面に埋まっている、壊れてしまった等のストーリーがほしい
そこにただ置かれているだけっぽいと人工臭がする