この画像を大きなサイズで見るアメリカ、ニューメキシコ州を拠点として活躍しているアーティスト、ジャスティン・クローは、アートプロジェクトの一環として、去年初めて人の遺灰を使った食器を作った。
これが大反響を受け、自分も作って欲しいとの注文が殺到したそうで、ジャスティンは新たに会社を設立。彼が運営する「クロニクル・クレメーション・デザイン」は、遺灰を使ってコーヒーカップ、椀、燭台など、普段使いするアイテムを作り、愛する故人を偲び、身近に感じる機会を人々に提供している。
「日常生活の中に死の感覚を取り入れた食器を作ってみたかった」クローは最初に遺灰を食器類の制作に使うアイデアを思いついたことについて語った。
2015年、クローは200片の人骨を買い取り、細かいパウダーにして、日常使いする皿やカップや椀用の釉薬の中に混ぜた。そして、しきたりにとらわれないディナーパーティでこれらの食器を使い、ゲストたちは人間の遺灰を再利用した食器で飲み食いした。
この画像を大きなサイズで見るこのプロジェクト「ノリッシュ」には賛否両論あった。クローは、自分のアートプロジェクトに必要な人骨を探す一方で、ネット上のコミュニティサイトに「人骨カップ2客で35ドルで販売します」という広告を出した。すぐに反応があり、そのうちのひとりの女性は、聖書を引用してこんなことをすると地獄に堕ちると罵倒し、クローのことを調査すると脅してきた。
だがその一方で、クローの友人など多くの人が、愛する故人の遺灰をさまざまな陶器に混ぜて作ってくれないかと依頼してくるようになった。
新たなる火葬の形
クローはこれは特別な火葬の形だと信じ、会社を立ち上げた。
陶器に遺灰を混ぜるのは、それを使う日々の生活の中で亡くなったその人のことを思い出すひとつの方法なんだ。毎朝、コーヒーを飲みながらおばあさんのことを思い出したり、家族との夕食のときに話が盛り上がったりするかもしれない
おとなひとりを火葬すると、1.8キロから2.7キロの灰ができるが、クローがこの特殊な釉薬用に必要とするのは100グラム。
この画像を大きなサイズで見る一度窯で焼けば、陶器は水分にも熱にも強くなり、食べ物や飲み物を入れても大丈夫だ。人間の遺灰の化学成分は、通常の陶芸に使う釉薬と同じ天然素材でできていると彼は説明する。
この画像を大きなサイズで見るこうした知識は、先人の知恵から発生している。ぼくたちは皆、自分たちが踏みしめている同じ土からできているというとらえ方をしているんだ。
この画像を大きなサイズで見るクローの会社は、399ドル(約41,100円)で顧客の釉薬を作り、159ドルから649ドル(約16,300円から67,000円)で、それぞれ希望の陶器を作成している。
注文すると特殊な灰採取キットが送られてきて、それに遺灰をおさめて会社に送り返すと、文字通り故人そのものである陶器ができあがってくる。
興味のある人は公式通販サイトをチェックしよう
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written konohazuku / edited by parumo














う~ん…これは…。
気持ちは判らんでも無いですが 少々違和感を禁じ得ません
えんだああああああああ いやああああああああ
日本人の死生観には合わなそうな気がしますね。
※4
じゃあ遺灰で位牌を作ろう
※4
日本でも信長がすでに通った道なんだよなぁ
※42
信長が行ったとされるそれとは完全にやる意味が違うと思うな
コレは死者を偲ぶ意味だけど信長のそれは殺した敵のどくろのさかづきで乾杯だもんなぁ
なんだろう、生理的に駄目だ。遺骨アクセまではまあこんなものもあるよねだったけど、それを使って食事をするとなるとゾッとしてしまう
あんまり用途は変わらないと思うんだけど、なんでこんなに駄目なのか
※5
自分の道具にしてる感じがするからかな…。
それに、ペンダントとかよりも壊れやすそうで心配になる
始めはちょっと気味が悪いと思ったけど、普段使いの器というところがいい距離感なのかも。
遺髪や遺骨をペンダントとか指輪にするとかも見たことあるけど、近すぎて故人に支配されそう。とり憑かれるとかじゃなくて、精神的にね。
写真や絵画や置物はあまりに普通で、生活の背景に簡単になってしまう。あるいは具体的過ぎる。
器と遺灰という違和感は、普段使いの「死」にちょうどいいのかな。
戻すべきを戻さず故人に固執・執着するように感じる人の割合かもね。
文化の違いというか愛の方向・表現の違いというか。
割れた時ショックが大きそう
※8 と同意。失う悲しみアゲインしちゃうよね。
人の死を身近に感じ、死について考える機会を積極的に作り出していく姿勢がとても素晴らしいと思う
商業ベースに乗るとミスって他人の骨が使われたのが送られてきそう
ダイヤに加工するのは分かるんだけど、間接的に口に触れるものはやだなぁ
仲間の灰でカップを創れ 。それを俺たちは抱いて食卓へ行く 。
「薄濃」みたいでちょっと引いてしまうかなあ。
あれは討ち取った武将を後々にまで伝えたり、その武将を讃える為の行為らしいですが。
死者の弔い方も宗教関係なく人それぞれあっていいと思うけど、うっかり割ってしまったら二度と立ち直れなさそうだからティーカップは嫌だな。
注いだ表面に、故人の顔が浮かんできたりして。(笑)
割れてしまったら、「ハイ、さようなら」でゴミ箱行きですかね。
それはちょっと悲しすぎる・・・。
何か前にSF小説で
死んだ女性の遺体から
ダイヤ作成してコレクションにする
とんでもないのがあったような
ボーンチャイナとは違うのかな。
日本だと、ペットのほうが需要ありそう。
なんだろうな、壊れたらすごい衝撃を受けそうだ…とか、
エド・ゲインを遠からず連想してしまう
遺骨ダイヤはアリだと思うけど生活雑貨にするのはなんか抵抗ある…
あべさだ事件みたいに 愛人の所有物や肉体を所有したいという欲求は結構いろんな国であるんだろな
落として割った時の気持ちが全く浮かばない
いいと思う。
でも割れたときがまたショックだろうなあ
自分は出来ないしされたくない。
大切な人の死は、ちゃんと悲しんで時と共に徐々に薄れて行くのが理想だな。
うっかり者し、割ってしまった時の事を考えると怖いよ。
落として割っても捨てられないな
自分の愛する人の遺灰を食器を作る職人さんとはいえ
触られるのに抵抗ないのかな?
割れたり欠けたりしてしまう不安も考えてしまう。
静かに眠らせてあげてたまに写真を見て思い出話をして
墓に花を手向けに会いに行くだけでは駄目なのかな?
黒執事でこんな話あったなー
牛の骨混ぜて作るボーンチャイナは実際にあったよね
人口の岩礁(だっけ?)に遺灰を混ぜて海に返す、みたいなのもあったね。
故人本人の了解がとれてるならいいんじゃないかな。
敵の頭蓋骨で杯を作るのはセーフ?
ヨーロッパや海外の死生観って、いろいろな考えあるし
お祈り済ませた後の死体はただの死体とかシンプルな
考えもあるし、燃やすこと自体が許せんという考えもある
狭い日本ですらいろいろあるし世界の死生観って奥深い
これで作ったカップとかふいに割っちゃったらいたたまれない気持ちになりそう。
ふつうのカップなら掃除して処分して新しいのを買えばいいところが・・・
はっきり言って恐いわ
しかも食器って・・・割れたら後、どうすんのよ
割れたらどうしよう
残すのも捨てるのもキツい
信長はすでにやってたけどね
なぜ食器にしたのか・・・
花瓶とかでいいやん
花瓶ならちょっといいかも
食器は食事のたびに死を感じてしまいそうでちょっと嫌だ
いいなと思いました
新しい友人「割れたから捨てといたよ♪」
仲間の灰でダイヤモンドを作れ
日常的な飲食に使うのはともかく、仏壇に供える器にはむしろピッタリではないかな。
髑髏盃だこれ!チベットなんかだと人間の頭蓋骨をそのまんま儀式に使用することがあるけど、日常の食事に使うとなるとちょっとカニバ臭がするぞ。俺は死亡者本人がそうしてほしいと望むならいいんじゃないかって思う。
製品を使う人と製品になる人の間で合意があるならまあ良いかな?
でもどうもエド・ゲインが頭に浮かぶな
これを不謹慎とか冒涜とかは言わないが
死にわかれた人間に対しての偏執的なものを感じてしまう
口を付けて飲むものは特に
カパーラかな?
遺灰に故人の何かしらのものが残っていると考えるならば、「固める」というのは、故人からすればそれは拘束であったり牢獄であったりするような気がしないでもない。自分はそういう意味で死んだら散骨して欲しい派。
やっぱ海に撒かれたいかなぁ
形にして残して欲しいとはあんまり…
信長かよ。
うーん…この活動を否定はしないけど、
死者をこちらのエゴで無理矢理引き留めて置くようで、少なくとも私はカップになるのはイヤだな
死んだら土に還りたいよ
思い出すよすがなら思い出や写真で十分
どうせこれも新生児と同じ、取り違えが起こるんでしょ?(笑)
現代版織田信長
ウチは墓が遠隔地なので、肥料として庭に撒いてる。
うーん、費用的にはダイヤモンドにするのとトータルでは変わらないんだな
※52
庭があるとそういうのできていいなあ
自分も死んだら自然のサイクルに還りたい
愛が行き過ぎると相手との同化を求めるようになるらしいけど(究極が食人)
どうせ遺灰を口にするのなら、プランターにでも撒いて生った野菜を食べたいわ
別に悪いとは思わないが、うっかり割ってしまった時の事を考えると怖過ぎて使えなくないか…?骨壺の中にカップの破片とか入れてたらボケたと思われそうだ
無理無理無理
賛否があるのを承知で言うと、あまりにも故人に固執しすぎると
その方が成仏できないんじゃないかと思ってしまう。
どうも故人を「偲ぶ」範疇を超えてしまっているように思っちゃうんだよね。
絶対にいやです。
遺灰が使われた焼き物を割っちゃったら、余計につらくなりませんか?
自分はいいなと思ったけど、コメントは意外と微妙な反応だった。
もう髑髏杯使っちゃえよ
ボーンチャイナには牛骨が混ざってますよね。でもそれは牛が人間にとって食糧だからその延長線上に考えるからOKな訳で
いくら愛する人でもその遺骨を食器にするのは違和感を禁じ得ない。
ただ鑑賞用の飾り皿の様に扱うならばそれも良いかもしれないですね…
仏壇に置いたり陽当たりの良い窓辺に大事に飾るとか(^ω^)
割った時の精神的ダメージ大きそう
落として割ったら祟られるな
食器は割れたらダメージが大きい気がするな……やっぱりペンダントぐらいがいい。
※62
食器にされた時点でw
最期に灰ってやつだ
黒執事で似た話があったような…
牛の骨を混ぜて作るのはボーンチャイナの食器だったか
まぁ画期的なアイデアだとは思う
こういうのは遺族の側で考えるか、故人の側で考えるかでも意見が変わるんだろうな。
故人の偲びかたはそれぞれで構わないと別に思うんだけど、使用する食器にするっていうのは精神的にどういう位置なのか、自分にはイマイチ想像付かないや。
毎日毎日熱いお湯をぶっかけやがって、祟ってやるからな!
ダイヤモンド、アクセサリー、フリスビー、フィギュアときて、今度は食器か~…
う~ん…間接カニバリズム…
割りたくないから嫌だ…って書こうと思ったら皆書いてたわ
何かで石だか何かに加工して指輪やアクセサリー?にしてくれてたの見たからあれが良い、百万位だった気がするけど…っていうか看取るより看取られて先に逝きたいわ、旦那を看取るなんて耐えられない
ぎりぎりで花瓶にして仏壇に置くくらいまでだな
食器はちょっと無理だわ
ボーンチャイナですか・・・
もうあと10年も生きられないような、老夫婦の片割れが死んで食器にしてもらう…
て、いうなら気持ちは分かるかも。
人間の遺灰を再利用
キチガイだね
お土産は日本兵の頭蓋骨
キチガイだね
割れたらもっかい悲しいやん
割ったら余計虚しくなりそうだなw
故人の顔が描かれた飾る用の絵皿とか
生前故人が好きだった何かをかたどった香炉とかなら
百歩ゆずってありかも…?
ダイアモンドを作って腕章に…
否定まではしないですけど、他の皆さんおっしゃるように割れたら嫌ですよね。
割れなくたって普段使いにしたら茶渋などで汚れて行くわけで…飾っておくだけならともかく、普段使いには出来ないなあ…仮にも個人の形代は綺麗なままであってほしいですから。
黒執事と言えば、髪入れたペンダント出てきたよね
あれくらいなら抵抗ないんだけどコレはなんかイヤだな
爪も気持ち悪いし…となると、ボーダーはどこなんだろう
損なう恐れのある日用品だからなのか口を付けるものだからなのか…
違う人の遺灰が混じっててもわからないよね
預かった遺灰をうっかり落として混じった、とか人的ミスも
起こりうるだろうし
よく考えたらアクセサリーとかでもそういうの起こりそう
制作過程をずっと監視してないと安心できないのでは
陶磁器の類いは土に還らなかったような気がするんだけど…
好きにすればいいけど、生理的に無理です。
セメントの袋に入ってた手紙の話を思い出した。
昔陶芸をやってた時の先生が
「最終的に自分の遺骨、遺灰で骨壷焼きたい」と言っていて
骨を砕いて土にして遺灰を釉薬に、とか色々方法を談義してたんだけど
結局自分では出来ない、人に頼むにも難しいね、てオチになってた
先生みたいな人だと「作りたい」の方だからこのサービスもちょっと違うかもしれないけど
夫にこんなサービスあるから、私が先に死んじゃったらカップにして毎日コーヒー飲めば良いよ!って言ったら、ヴォエ!○○ちゃんで作ったカップなんて不味そうだから絶対やだ!って言われたよ…
割ることにビクビクしてる人が多いけど、みんなそんなに食器を割りまくってるんだろうか?
それはともかくとして、もし割ってしまったとしても金継ぎで直せるのでそんなに恐れることはないと思う。
修繕跡が残るのが嫌だと言われてしまったらどうしようもないが。
浅井討った後の信長とやってる事は同じだな
流石の私もヒエッ…ってなった
どんなに親い人の死でも、こんなに固執するのは良くない。
はい、そうですか(灰葬ですか
故人の遺灰でできたカップを愛用するのはいいとして
本人が死んだら、のこされた遺灰カップの処置はどうなるのだろう。
土葬主流なアメリカで燃やすって抵抗あると思う。
結局、その辺の土だって、
死んだ生物が使っていた体の一部が混じっている可能性は限りなく高いけどね。
なんだろう、人間だったという情報の問題なのかな。
不気味に感じる。
遺骨を食器にの是非は置いといて、割れたらショックというコメントが多いようなので一言。
金継ぎという技法で割れてしまった大切な器も復元できます。
金色の修復跡も、個性として美しいものです。
今はあちこちで修理を受けてくれるところがあるので(それなりの価格はしますが)、気に入っているものが壊れた場合はご一考を。
故人の顔をかたどったレリーフとかのが良いんじゃ・・・
「食器にする」っていうのは日本人の死生観に合わない気がする。
日本における死者って、ご先祖様になって守ってくれたり怨霊になって祟ったりとか、一種神的な存在な気がするので、そういう存在を、どれだけ高級だろうとあくまで「消耗品」である食器にして「使用する」っていうのは合わないんじゃないかなぁ。。。アクセサリーだったらまだわかるんだけど。
花瓶やプランターにして使うのなら抵抗感はないなあ。
後はお香用の灰受けとか、お香立てとか。
これは自分はダメだわ、うっかり落として割ってしまう
いくつも食器を駄目にしてきたかわからん
日本人の感性には合わないだろうね
形見の遺髪とかはまだ分かるけど食器にして使うとか…
気が知れないな
骨を混ぜた釉薬って1滴残らず使いきるのかな?
それでも入ってた器や撹拌したものとかに残るよね?
それは“余り”として捨てるの?
諸々から愛というより執着と冒涜を感じてしまう
自分は死後ダイヤにしてくれとは言ってるけれど食器は何かなぁ…
それこそ花瓶とか食器以外なら良いとは思うけれどね
まず食欲が湧かないよね
故人を思い出す切っ掛けとはいっても
楽しく食事できるのかなぁ
私は死んで食器になりたくない
神道では神様が土で人間の形を作り、息を吹きかけて魂を入れたと言われる
死後も土になって何かの命を作る(陶芸や大地に根付き木を育てるとか)…そんな選択肢があるのは良いかもしれない
いや私はムリ。
アクセサリーとか身に付けるものになるのは理解できるけど口にするものには抵抗がある。
諸行無常とか、過度の執着を厭うバランス感覚とか、故人の魂の尊厳とか。
日本人の美意識が垣間見えて本文以上にコメントが興味深かった。
※110
それキリスト教じゃないのか? 神道にそんな話はないだろ。
使うのも嫌だがなにより自分の骨使ってこれされるのは嫌だ…
アクセサリーとかにも思ったけど、これ日本じゃ死体遺棄的な法に触れるんじゃ?確か遺灰を海とか山とかに撒くのも違法だって聞いた気がする。
故人が好きだった動物とかの形にして、
仏壇とかに飾る置き物みたいにしたら、結構素敵かも
イルカとか鳥とか
食器にする=汚すってのが故人を侮辱するようで嫌
通常ではどうしても出せない白色を出すのに人骨を使う裏技、っていうオチのホラー短編があった気がする。
確か奥さんがいなくなったのち陶芸家は長年の夢を実現した、みたいな。
日本人にゃムリかも
「変愛小説集」っていう短編集にのってたニコルソン・ベイカーの「柿右衛門の器」がまさに大切な人の遺灰を器にする話だった
その本には確か奇想の一つとしてのってたんだけど、とうとう現実が追いついたか
大昔のJUNEってBL小説のハシリの雑誌に、寵愛してた美少年の骨灰入りティーカップを作って紅茶飲む男の話があった。おいおい、ボーンチャイナからの着想かよって思ったけど、まさかリアルになるとは。けっこうそういう作品多いんだね。
まあ割れても金継ぎすればまあ何とか・・・
けどやっぱり故人で作った食器は嫌だなぁ。
故人の骨で食事しているようで。
これも死生観の違いかねぇ。
黒執事かよ