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和洋折衷の香り漂う明治時代の日本女性の花嫁姿

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(著)

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 日本の花嫁の婚礼衣装における白無垢は室町時代後半、角隠しは江戸時代後期から取り入れられた風習のひとつだと言われている。

 明治時代の初めになると西洋文化を取り入れる人々の間で洋装がひろまり始めた。

 明治時代当時の日本の結婚式は新郎宅で披露宴を兼ねた祝言もしくは神前式が一般的で、ウエディングドレスを受け入れる場がほとんどなかったという。

 その後西洋へのあこがれや海外文化の浸透のほか、着物に比べると安価である点や着用のしやすさなどによりウエディングドレスが急速に普及し、一般庶民の女性が挙式時に着用するようになったのは1960年から1980年代のことだ。

 海外サイトにて紹介されていた日本の女性の花嫁姿は、こうした変化が訪れ始めた1900年~1910年(明治33年~明治43年)代が中心となっている。

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9. こちらは遊郭の花魁らしい

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 なお、これらは和装にちらほら洋装が混じるなど時代の移り変わりを感じさせる古写真だが、詳細な情報が添えられてないため撮影の目的や用途、正確な年代は定かではない。

 ちなみに日本における結婚式は古くは自宅で行われ、式の内容も現代より質素で簡単なものだったが、近隣のコミュニティではなく遠方の相手と挙式するケースが増えたことで別の土地の文化や慣習が取り入れられ複雑化したという。

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via:vintag・written D
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この記事へのコメント 46件

コメントを書く

  1. ただの着物やウェディングドレスなのになぜ色気を感じるのだろう
    アルベール・カーンのコレクションでも多く日本人や風景写真が
    あるけど全員自然的であり、今のグラビアやTVで作られたような
    違和感や表情も皆無なので、男性もかっこよさの中に威厳あり
    女性も美しさの中に筋のある何かが感じられる
    時代なのかもしれないが、当時の西洋の人が日本人を見て
    西洋での失われていく古き良き世界を感じたのが分かる気もする

    • 評価
  2. 9は結婚式じゃないと思う。
    今はともかく当時、禿つきの花魁コスプレを結婚式ではしないんじゃないかな。
    お祭りの花魁道中か本物の花魁じゃないの?

    • +13
  3. 洋の方が判らないのが何点かあるなぁと思って見てたんだが、椅子か!

    • +7
  4. 9はどう見ても花魁と禿(かむろ)ですが。

    • +4
  5. 9番は花魁さんだね。ちらほら花嫁さんとは違う写真が混じってる感じ。
    思ったより、女性より男性の方が洋装が多いのね。

    • +6
  6. キリスト教徒に改宗している男性はだいたい海外留学経験者や知識層と限られてました
    嫁ぐ女性も権力者や事業主の娘だったりが多いので結婚にあたり改宗し都会ならウエディングドレス田舎でもベールを被ったりしていました
    簪や髪飾りがとてつもなく派手なのは銀線細工で有名な秋田で金銀珊瑚に宝石で組み上げたセット物が富裕層で流行り大正でピークを迎え昭和初期で廃れました
    明治後期になると洋装への憧れから華族や富裕層がお色直しにタキシードにウエディングドレスを着るようになりました
    海外の移民に嫁いだ女性は同じ農民や市民が一般的で豪華な打掛を携えず海を渡っていました
    花魁と禿(かむろ)の写真は結婚式ではいと思います
    東アジアや東南アジアに渡った唐行きさんではないでしょうか
    当時はジャポニズムが流行ったり神秘的な日本女性への憧れからパリのクルチザンヌのように売れっ子のポートレートや絵葉書がたくさん作られ販売されました
    唐行きさんが現地在留の西洋人と結婚する事も少なからずあったようですが改宗してウエディングドレス姿がほとんどです

    • +6
  7. ふんわりしたレースのベールは
    いつの時代でも女性には美しいものと
    写るのですね~。・・・ところで
    9枚目の花魁スタイル、背後の雪見障子に
    写り込んでる人が怖いw

    • +2
  8. 9 は花魁のように見える (本物は見たことないので想像で言っているんだが)。11や12や18はモデルみたい。

    • +2
  9. 9番は花魁の写真じゃないか。何故紛れ込んだんだろうな。

    • +1
  10. 「禿=かむろ」ですか・・。「ハゲ」と思ってたわ。

    • +1
  11. 7と10番の女性の顔つきが竹久夢二の絵っぽくてビックリした

    • +8
    1. ※14
      禿(かむろ)さんという苗字の方もいますよね。
      珍名の定番。

      • 評価
  12. 明治生まれの祖母から生前に聞いた話では、旧家であっても大正期の祝言は自宅で行われるのが普通で、たいへん簡素なものだったようだ。宴会は親族の詩吟だけ。料理は近所の魚屋が大きな鯛と包丁を持ち込んで台所を借りてその場で調理。
    これって最近のホームウェディングやケータリングと同じなので「先祖返り」ともいえる。
    ど派手な演出をする専用の結婚式場は昭和時代の遺物なのかもしれん。

    • +1
  13. この時代にちゃんとした支度で記念写真が残っているのは、
    立派なお宅なんじゃないだろうか

    • +17
  14. 昔の人の写真見たらいつも思うのだけど、みんな品があるよね

    • +5
  15. 3は白無垢なので昭和かな。明治時代は黒の大振袖が主流なので。10は面白いですね。黒の大振袖で頭にベール。すそ模様が洋花の薔薇。ほんとに和洋折衷。

    • +4
    1. ※20
      昔だから品があるんじゃなくて真面目な顔だから品があるように見えるんだよ
      現代だって写真屋で一切ニヤけずに結婚写真を撮っている夫婦はすごく品があるように見えるよ
      日本人だろうと海外の方だろうと真剣な表情は品があって美しく写ってるね

      • +1
      1. ※28
        可愛いですよね。探してみたらこちら新橋の浜勇さん。半玉(雛妓)ということなのでこの写真は10代後半なのでしょうか。今でいうなら人気アイドルの写真集(シチュエーションごとのコスプレあり)的なモノ? hamayuu,hamaryuで探すと海外に渡った他の写真を見られるようです。
        「英語を話せる芸者」の初代で後に外交官夫人となった中村喜春さん『江戸っ子芸者一代記 』の書評がネットで読めるのですが、そこに出てくる “素踊りだけでも客を酔わせていた” 浜勇、というのはもしかするとこの人のこと?

        • +4
  16. 着物の柄付けや着付け、髪型から見て大正~昭和初期も混じってると思う。
    ウチの婆ちゃん戦後の配給が残ってた時代に結婚したけど、式ってかご近所へのお披露目会に近かったみたい。着物は配給券かき集めてこしらえた黒留袖、文金高島田はカツラ。
    戦前の曾祖母の妹の花嫁姿も写真で見たけど、髪は自前で着物は裾模様の黒振袖、一緒に映ってる母親姉妹との違いは髪型と髪飾りと袖の長さくらいだったな。
    結婚の様式や服装は明治維新前後より、戦前と戦後、都市と農村部でだいぶ差がありそう。

    • +7
  17. 11、12辺りは多分絵はがきとかブロマイド的な商業用の写真でしょうね。
    花嫁だけの写真というのが不自然だし、2人ともずいぶん奇麗な人なのでこういうモデルのような仕事をしていた人なんだと思う。

    • +6
  18. メインは結婚式、他に成人式や七五三などの行事アルバムの作成をする会社に以前勤めていました。
    現在も様々な挙式やドレスの形式があり和装も結構多いのですが、こちらの写真の方がしっくりくる気がします。
    そしてセンスも良く感じるのは偏見ですかねw

    • +3
  19. 富裕層は大振袖の三枚重ねが基本で同じ柄を白地赤地黒地と重ね着してました
    見えっ張りの金持ちは五枚重ね七枚重ねと競ったそう
    皇族や宮家や公家出身の華族様のように十二単衣はさすがにはばかられたようです
    大正期は化学染料と洋柄の大振りなデザインが流行ったので薔薇や百合や鸚哥などハイカラなものが好まれました
    半襟にレースを使ったりブローチを飾ったりハンドバッグ下げたりとアバンギャルドな着こなしで現代的です

    • +7
  20. 数年前の沢尻エリカの和装も和洋折衷の趣きがあったよね。
    すごく綺麗だったけど。

    • +3
  21. そういや昔、昭和なりたて生まれの婆ちゃんが昔の礼装や晴れ着は下着、中着、上着って襦袢の上に着物三枚着てたけど、私の娘時代は中着に上着が礼装晴れ着の普通になったんだよ、って言ってたような……?実家の箪笥のどっかにこれが中着だよって言われた白無垢の着物が入ってるはず。こっちの婆ちゃんも農村部で富裕層ではない。

    • +2
    1. ※27
      沢尻エリカさんはメイクやヘアスタイルは現代的だけど着物は高いものだと思うけど一般的なものですごく素敵でしたね。神田うのとか和装もプロデュースしてるけど着物に幼稚なリボンやレースをつけたりして本当にレベルが低くてセンスが悪いものばかりです。

      • 評価
  22. 写真撮ってる時点で 充分お金持ちの家と思われるね。
    なんだろう和洋折衷のやつ 洋装か和装かで揉めて 仕方なくベールで手打ちしたみたいな。
    昔の着物の着慣れた感じ やっぱカッコいいな。

    • +3
  23. 明治はともかく、大正昭和初期まで下ればそこまで写真は馬鹿高くないし、大きめの街には写真館があり、個人所有のカメラもあったよ。家の曾祖母妹の花嫁囲んだ写真(推定大正)は近所の人にお願いしたら何かと物入りだろうからってタダにしてくれたらしい。結局野菜と米届けたみたいだけど。

    • 評価
  24. 17 の写真、家族だから同じような顔にみえるのだろうか、それとも化粧法が同じ顔っぽくみせてるのだろうか。
    すんません、オヤジなので最近の若い娘さんの顔が同じにみえます←たぶん化粧法が原因

    • +1
  25. 男性は背筋を伸ばしてしゃんとして
    女性は幾分前にこごんだ姿勢が美しいと言われていたようだが、この写真たちを見るとそれがよくわかる。

    • 評価
  26. 着付けが今と違うような気がするけど
    化粧法が全然今と違うんだね

    • +2
  27. 17はよく似た家族で化粧法も同じだからだと思う。左端が多分お母さんで、長女が花嫁、囲んでるのが未婚の姉妹たちだろう。ウチの家族写真とよく似てるよ。
    遺伝子は怖いくらい金太郎飴みたいな顔を生み出すことがあるんだぜ。私、曾祖母と同じ顔でしばらくヘコんだもの。

    • +3
  28. この頃から新郎の立ち位置が向かって右から向かって左に変わって行ったんだな。
    知識としては知ってたが、こうやって見せられると感心するものがある。

    • +1
  29. 綺麗な人多いね。詳細な情報がないとあるけど、この人達の背景が気になってしまうくらい。

    • 評価
  30. 9番は帯の形見て太夫かと思ったけど?
    でも売るのは芸だけと言いつつホントのところはわからないんだし
    花魁とどれほど違うのかとは思うけどね。

    • +1
  31. 見直してみたら確かに9は帯がまな板じゃなく心の形だ!島原の太夫さん?

    • 評価

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