メインコンテンツにスキップ

第二次世界大戦中、戦争捕虜たちはオリンピックを開催していた。「ヴォルデンベルグ・オリンピック」(ポーランド)

記事の本文にスキップ

19件のコメントを見る

(著)

公開:

この画像を大きなサイズで見る
Advertisement

 戦時中、非公式ながら捕虜たちがオリンピックを開催していたという事実を知っているだろうか?第二次世界大戦の勃発とともに、世界はどす黒い敵対意識に包まれ、1940年に東京で開かれる予定だったオリンピックは、日本政府が開催権を返上、実現には至らなかった。この時までに、各国の分裂は決定的になったようだ。

 この状態は1944年のロンドンオリンピックまで続いたが、ポーランドのある捕虜収容所が伝統をよみがえらせようとした。「ヴォルデンベルグ・オリンピック」は、そんな狂った時代において、仲間意識や平時の状態に飢えていた、捕虜だけで作られたオリンピックだ。

 2004年、NBCのドキュメンタリーで放映された内容によると、ドイツ管理下のオフラグ(将校収容所)に収容されていたポーランド人将校たちが、母国のアスリート、ヤヌス・クソチンスキーを悼み、1940年に秘密裡に非公式オリンピックを開いた。

 ヴォルデンベルグの看守は44のイベントを行うことを許可した。ただし、フェンシング、アーチェリー、槍投げ、棒高跳びはなしという条件だった(捕虜たちに逆襲されないようにするためと思われる)。

 音楽、アート、彫刻なども披露され、囚人たちは自分たち独自のプログラムを作ることや、収容所の郵便局の厚意によって記念切手を発行することまで許された。オリンピック旗は、スペアのベッドシーツからうまいこと作られ、スポーツマンシップに感化されたドイツ人将校たちも実際に敬礼した。

この画像を大きなサイズで見る
シーツで作られた手作りの五輪旗

 7000人の捕虜のうちおよそ369人が参加し、ほとんどの選手がハンドボールからバスケットボール、果てはチェスまで、複数の競技に出場した。ボクシングもあったが、捕虜たちの体力が弱っていたため、骨折が相次ぎ、試合は早く決着がつく結果になった。

 ほぼ同じ頃、別のポーランドの捕虜収容所、グロス・ボーン(収容人数3000人)でも、独自のセレモニーが行われ、優勝者はボール紙で作ったメダルを授与された。オフラグと共にもともとは将校用の収容所だったため、ドイツ側も肩書きのついている捕虜たちに一目おいていたせいもあって、こうしたことが許可されたと思われる。

この画像を大きなサイズで見る

 両収容所のこうした草の根的なオリンピックは、更に4年後、1944年7月と8月にも行われた。1945年1月までに、それぞれの捕虜たちは収容所から移送されることになり、この死の行進の間にどれくらいの数の死者が出たのかはわかっていない。しかし、オリンピック旗のひとつが生存者のアントニー・グルゼジクの手元に残されていた。

この画像を大きなサイズで見る
via:mentalfloss・原文翻訳:konohazuku

 1974年、この中尉によって旗はワルシャワのスポーツ&ツーリズム博物館に寄贈され、1940年の非公式オリンピックで使われたほかの旗と一緒にされた。これらは、自由な人生を失ったことを嘆き悲しむのではなく、大勢の男たちが希望を失わなず、短い間でも人生を謳歌できたスポーツライフの象徴として、今日でも大切に保管されている。

📌 広告の下にスタッフ厳選「あわせて読みたい」を掲載中

この記事へのコメント 19件

コメントを書く

  1. こいつら…なんだよ…スポーツ馬鹿かよ…(涙)

    • +13
  2. 自分は参加しない大多数に所属したであろうことは想像に難くない。
    だからこそ彼らに畏敬の念を抱くな

    • +3
  3. 日本でも収容所あったけどマスゴミが喚くような虐待は皆無で
    自由に出入りしていたんだよな。まだ知られてないだけで
    スポーツ大会が捕虜内でもあったかもしれない

    • -16
    1. ※3
      それ第一次大戦中の坂東俘虜収容所のドイツ人とかでしょ

      • +1
    2. ※3
      >日本でも収容所あったけどマスゴミが喚くような虐待は皆無で
      冗談で言ってるんだよな?それとも都合の悪い事実は見えないのかな?とりあえず ググれ

      • +6
  4. 戦争をやりたくてやってる人間なんていないということか

    • +12
    1. ※4
      そりゃそうよ、いつの日も犠牲になるのはこういう人達だよ

      • +8
  5. すごく胸の熱くなる話…なのに、正直本当にごめんなさい
    ヤヌス・クソチンスキーはずるい

    • +13
  6. あれ、ロンドン大会は1948年だった気が…
    あと書いてて気付いたが、もしかして今日までこの非公式の大会が、ポーランドで開催された唯一のオリンピックになってしまうのか
    こういう、囚われの身になっても我を通して人生を楽しもうとする話は泣かせるなぁ

    • +5
    1. ※10
      自由というか、戦争での捕虜は人間としての尊厳が保たれる(べきであるという条約がある)
      逆に言うと、捕虜に入れないカテゴリーの人間(例えばスパイ)は苛烈な扱いを受ける

      • +4
  7. 骨折しやすくなるほど弱った身体をおしても、やりたかったんだね。
    そして、やり遂げた。
    でもきっと彼ら一番の望みは次の、本物のオリンピック参加と同僚の応援だったと思う。

    • +5
  8. 現代の商業主義にずぶずぶに毒されたオリンピックと比べると、
    まさしく隔世の感があるな…
    比べるのもおこがましいか

    • +6
    1. ※15
      こんどのTOKYOはこういうスポーツを楽しむ気持ちを全面に出して欲しいよね
      商業的 大衆歌謡の開会式なんかじゃなくて

      • +4
  9. 捕虜でスポーツと言うと、GLAYの何かのPVを思い出す

    • 評価
  10. 一方ソ連では共産党主導による冬のオリンピックが行われていた

    • 評価

コメントを書く

0/400文字

書き込む前にコメントポリシーをご一読ください。

リニューアルについてのご意見はこちらのページで募集中!

知る

知るについての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

歴史・文化

歴史・文化についての記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。

最新記事

最新記事をすべて見る

  1. 記事一覧を読込中です。