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かつてのいじめられっ子が語る、「いじめから学んだ5つのこと」

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 パルモも小学校時代、女子的いじめを経験したことがある。ある日突然クラス中の女子から無視されたり、誕生会に自分だけ呼ばれないという類のものなのだが、おとなしくいじめに甘んじるタイプではなかったので、そんな時は男子や下級生と遊んでやり過ごしていた。しばらくすると、何事もなかったようにまた元に戻るといったことが何回か繰り返されたが、今思うとあの頃はピュアだった。今なら普通に「やめてよ。」と言うことができたのに、誰にも相談することなく、なぜこんな目にあうのか、自省と自己分析に必死だった。

 とまあ私のことは置いておくことにして、日本のみならず人のいるところにいじめは存在する。戦争といじめは人類が滅亡しない限りはなくならないんじゃないかと言うほど人類のDNAに組み込まれているチックなところがあるわけだが、今回紹介するのは、海外で子どもの頃、いじめを経験したという パウリさんが、いじめから学んだ5つのことである。

 以下はパウリさんがまとめたものを抄訳したものだ。パウリさんは子供時代、ひどいいじめにあっていたという。今それを信じる者は誰もいないそうだが、中学生の頃から始まったいじめのおかげで、学校では当たり前のように精神的な苦痛を味わう日々を送ったという。

 いじめにあっていた数年間で、パウリ氏は、いじめに精を出す馬鹿げた連中をやり過ごす方法をたくさん学んだ。おかげでその後の人生は楽勝になったそうだ。

5.いじめられにくくなる方法はない。

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 言っておくがここで暗い話をするつもりはない。私は太ってなかったし、人種や女性関係でいじめられたわけじゃない。その理由ははっきり言って私がとんでもなく変な子供だったからだ。私は本やマンガ、そしてロールプレイングゲームにどっぷりハマるという1990年代の典型的ないじめられっ子の必須条件をきっちり備えていたのだ。それだけじゃない。さらに成長も遅くガリガリで、口を開けばいつも余計な失言ばかり。おまけに髪型や服装には全く無関心だった。状況が改善しなかったのはいつも同じシャツを着てたせいかもしれない。

 ここまで読んだ人は良いアドバイスをするつもりで、「じゃあそのおかしな態度を1週間ぐらいやめて、ちょっと様子をみればいい。」なんて思うだろう。でもそれはいじめっ子の「ターゲット選択」システムに規則性があると考えてるからだ。

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 そんなものは無い。むろん私はターゲットになりやすい立場だったが、なんらかの形でいじめの対象になる人間を予測するのはほとんど不可能だったのだ。いけにえを特定する理由は本当になんでもいい。私が知るターゲットは「醜すぎ」、「可愛すぎ」、「バカすぎ」、「利口すぎ」、もしくは単に「イカれすぎて理解不能」などだ。そのせいで、悪知恵が働くタチの悪い奴らのいじめ心を刺激してしまっていた。

 もちろん、誰がどういうわけでいじめを行うのかを予測する科学的なシステムはある。とはいっても、放課後に犬のフンが入った袋の中に張り切って君の頭を押し込もうとするガキ共の群れと格闘していたら、君がそれを止めることはもちろん、この現象の背後にある理由を突きとめるため、行動科学の先生達に相談する、なんてことはムリだろう。

 実際にそんな目にあっている時、そこには理由もクソもない。君は単にくだらない連中の標的に入ってしまった社畜か、途方に暮れた子供のどっちかに過ぎないのだ。

4.神と悪魔の戦いではない

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 感情的に脅迫されている状況下では、人間の行動を測る正確な物差しなど無い。プレッシャーに弱い奴もいるし、強い奴もいる。しかし、絶望的な状況で、いじめられている人間の欲求不満が溜まりまくった時、自分をいじめている奴は悪魔だ、といった考えが生まれるケースが良くある。そう考えるのは簡単だが、他の人間に害を及ぼすものが全員悪魔なわけがない。

 現実には、イジメの背後にある理由はほとんどはっきりしないことが多い。いじめっ子は、その当人が別のところでいじめられていることがよくある。その原因は過程にあるのかもしれないが、もし君が八つ当たり的にいじめられてるなら、そのうち君も誰かに当たるようになるだろう。

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 意外なことかもしれないが根っからの悪魔みたいにひどい奴は世の中には滅多にいない。だからおそらく、学校で、君を殴るようなやつでも、生まれながらの悪魔ではなかったはずだ。彼はとにかく馬鹿げたことをしでかすただの頭の悪いガキだ。とはいっても君のリュックに小便をかけ続けているそのクソ野郎のことを、理解するのは難しいだろう。

3.いじめてるヤツより傍観者の方がもっとタチが悪い

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 映画の中のいじめの構図は簡単だ。主人公 VS いじめ(災難)という2極に集約されているからだ。だが映画とは違い、実際には、いじめっ子が1番の悪とは限らない。その責任は傍観者の方にあることが多い。つまりただその辺に座り、休憩時間に繰り広げられるイジメのショーを見て見ぬフリを装う奴らだ。

 残念ながらいじめは人間性の一部なのだ。進化を語る学者たちは、”いじめはかつて社会のヒエラルキーを築いた類人猿時代の名残りだ”、という。その学者たちはさらに、”我々がそういった行動を踏み潰すことで次世代の子供たちがいじめを企てるのを阻止することが可能になるし、また阻止すべきだ”、と言い続ける。しかしコミュニティの中にそれを実践しようと思う人間が一人もいない場合はどうなる?

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 愚かでムカつく奴の1人や2人なら誰でも我慢できる。私達は毎日その練習を山ほどやっている。本当に問題なのは、君の周囲でその状況をただ眺めて肩をすくめ、自分たちの日常を送る人間全員だ。この事実は髪にガムくっつけたまま家に帰ることよりダメージが大きい。なぜならこちらから助けを求めることを不可能にするからだ。気にかける人がほとんど皆無の状況で一体誰に頼ればいい?

 傍観者の多くはただ怖がっているだけで、いじめに立ち向かわずに精神的な痛みの分け前を受け取っているらしい。でも、見てるだけの君、いじめられてる本人に「君と一緒に苦しんでいるんだよ。」なんてことを言えるのか?君達には心から失望させられる。

 幸いにも冷たき傍観者(受け身の野次馬)に関する問題は、いずれは改善されるかもしれない。心理学者らはその問題に気がつき、いじめっ子の代わりに傍観者の意識に焦点を合わせ、いじめに対抗する手段に取り組んでいるそうだ。しかしその状況が変わらない限り、いじめっ子と受け身の野次馬のタックにより、”いじめられる運命にある奴”の烙印を押され、なかなか消し去ることはできないだろう。

2.復讐したいと思う気持ちを抑えきれなくなる

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 暗闇の中を長いこと旅し続ければ、やがてそこに巣食う悪魔に歯向かいたくなる。心の中で「自分をいじめた相手に何らかの仕返しをしたい」という欲求が高まる可能性は十分にあるのだ。彼らをぶん殴り、車を傷だらけにしたり、自然発火ガスを奴らのパンツに入れて、慌て脱ぎ出す姿を大勢に晒して恥をかかせてやりたいと思うかもしれない。

 だがその考え方は、大勢のいじめ犠牲者にとっての真の落とし穴なのだ。

 そもそも「ただ復讐する」という考え方自体に問題がある。伝統的ないじめは「力の不均衡」に頼る傾向がある。例えば大勢の子供対1人の子供や、身体の大きな子供がひ弱な子供を恐怖で圧倒するのもそれに当てはまる。そして反撃に失敗した場合、君の自尊心はひどく傷ついてズタズタになることもある。

 たとえ仕返しに成功したとしても、君がそれまでに抱いていたであろう欲求不満の日々と、複雑な報復を心の中で好きなように思い描いているせいで、報復をやめる時期をわかりにくくさせてしまう場合もありうる。その巨大な殺人ロボットを解放した時、どこまでやったらそのスイッチを切るべきなんだろう?

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 大勢のいじめの被害者達は抑えきれないほどの怒りと不満の感情を味わう。ある記事によると、いじめを受けた生徒の1/3がそれぞれに暴力的な考えを心に抱いていて、やがてそのうちの何人かは必ずその衝動に屈してしまうそうだ。だが大抵の場合、それは災難の元だ。

 十代の頃の私の話に戻ろう。ある日、なぜか私の被っていた帽子を盗もうとした同い年のグループともめた時、私の我慢もついに限界に達した。私は泣きながらその場を去り、気がつくと家にあった野球のバットを手に持ち歩いていた。

 私はその時の彼らの顔を忘れることはない。彼らの顔には当時の私が鏡に向かうたびによく目にした表情が浮かんでいたのだ。

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 バットを振り回した瞬間、私は、その激しい力にものすごくビビって我に返った。そして回れ右をして家に帰り、その危険極まりないバットを物置の隅の奥深くに葬った。しかし私はそれを握った時に湧き上がる力の感覚を今でも覚えているし、「そっち側」に揺れてしまう子供達がいる事実を経験として知っている。

 1990年代に起きた銃乱射事件の15件中12件は、ひどく長い間いじめられていた学生がついにブチ切れたせいで起こった、ということを思い出して欲しい。

 だから、もし君がいじめに遭っているなら、私が考えるアドバイスはこうだ。「この世から消えるな。誰かと心を通わせろ。メチャクチャな怒りをぶちまけるな。そしていじめる側にまわるのは絶対にやめることだ。」

1.なんとか生き抜いて脱出しよう

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 私が遭っていたいじめはその全てがあっけない形で終わった。実はこれにはあるきっかけがあった。それは、”私が格闘技を習い始めた”、という噂だった。私はその勘違いを正そうなんて気はさらさらなかった。そしてハッピーな結末を迎えた私はその噂を好きなように使うことにした。私としては目立ったことをしたのではないし、意識して努力もせず、その状況から脱出することに成功した。これは余談だが、その後私は本当に格闘技を習った。

 最近私はいじめられていた過去を持つ大勢の人達と知り合う機会が増えたが、彼らの中には頭の良い人、興味深い人もいて、たいていそれぞれが素晴らしい魅力を持っている。

 私の脳みそは空っぽに等しいが、もしそういった体験がなかったら、その中身は現在の半分にも満たなかったかもしれない。昔いじめっ子だった人々とも面識はあるが、彼らは…まぁ、明らかに彼らも元気にやっている。だが、彼らの中にはかつての勢いを失っている者もいるようだ。

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via:cracked・原文翻訳:R

 こんな風に、いじめというのはある日突然脱却する機会がくる。もちろんいじめられた人にとって、これほど理不尽でムカつくことはないし、精神衛生上問題をきたす場合もある。でもそいつらに、頭の中まで侵食されないようにしていれば、私と同じようにそのいじめはいつか終わりが来る。

 結局の所、その暗いトンネルを抜けた君は前よりもさらに強くなり、もっと良いヤツになる。最悪ないじめを受けても、それをちゃんと受け流して成功した人は大勢いる。もし今君がいじめられてるなら、2、3年先の自分自身が君にどんな言葉をかけるか想像してみよう。きっと「ここでもっと強くならないと悪魔達と戦うことはできないぞ。」という答えが返ってくるだろう。

 大事なのは君自身が ”悪魔” にならないようにすることなのだ。

 最近「引き寄せの法則」というのが話題となっている。これは、ロンダ・バーン著の自己啓発書「ザ・シークレット」で提唱されているもので、例えば自らの考える幸せの姿を明確にイメージし(幸せになるシナリオを詳細に作り上げる)、その幸せについてのみ考え続けることで、幸せを引き寄せることができるというものだ。

 これは逆の作用も働く。常に不快で、不幸な気持ちを抱いたままでいると、同じような思考が延々と続いてしまい、不幸を引き寄せてしまうそうだ。負のルーチンから抜け出せなくなる感じだね。

 自分の考えや気持ちだけは何者にも侵略されることはない。自分だけのものだ。その思考をプラスに働くように使うか、マイナスに働くように使うかは全部自分で決められる。いくつかの選択肢があって、自分の選択の結果で今の自分がいる。

 思えば私は、昔から悪運が強い(かといって運がいいわけでは決してない)と思い込んでいて、実際にピンチになると誰かが必ず助けてくれたのだが、もしかしたらこれは引き寄せの法則が働いているのかも。と最近思うようになってきた。そしてやたらトラブルに巻き込まれやすいのも、自分がそう思い込んでいるから引き寄せられやっているのかもしれないな。

 ポジティブ思考は訓練できる。そのイメージはハッピーエンドに終わる少年漫画だったり映画だったりを見ることでどんどん具現化されていく。あとはそう、松岡修造先輩のありがたい言葉でも聞いてみるかのう。

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この記事へのコメント 146件

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  1. うん、この人の話より松岡修造のほうがいいよ

    • 評価
  2. いじめをする人はスゴイと思うよ
    復讐とは必ず果たされるものだからね

    • +2
  3. いじめられるのはそれが楽しいからで抵抗されればつまらなくなるので消える。
    短期的な暴力はあるかもしれないが人は楽しくなければ継続しない。
    何もしてくれない傍観者はたくさんいるが、いじめられっこ達が勘違いしているのは彼らは関わりたくないんじゃなく止める勇気を持たないだけ。
    君が勇気を出しさえすれば必ず傍観者の中から味方が現れる。
    程度はあれど、いじめは抵抗しなければ止まらない。

    • +1
    1. ※3
      やり返すことでいじめがなくなることもあるだろうけれど、そうするといじめられた側が暴力によって現状を変えることを覚えちゃうんですよ。本当に苛烈ないじめはいじめっ子が元いじめられっ子のパターンが多いと聞きます。だから個人としてはサバイブできるんだけど環境はもっと酷くなりますね。

      • +1
  4. 男子と遊び過ぎたが為に、リーダー格の嫉妬をかって
    学級会で晒し上げられたよ。『男子とばかり遊んでいておかしいと思いまーす』って。
    未だに意味がわからない。

    • +2
  5. いじめの始まりって いじめられっ子を「嫌った誰か」に別の誰かが同調する事で
    「あいつとは仲良くしないでおこう」って空気が広がっていく事だと思う

    • +2
  6. いじめなんてあっけない形で終わらないから苦労してんだろがぼけが

    • +6
  7. 小中とかなり虐められてきたけど、
    全体的に同意できない。

    • +4
  8. 中学でいじめられてSADやら不眠症やらになった
    我慢してしまった自分も悪かったのかもしれないけど
    復讐したいしもしいじめれなかったらとか、もうずっと考えてる
    いじめがなくなることはないけど、その後にちゃんとカウンセリングとかすればまだマシにはなるんじゃないかな

    • +2
  9. 他人にまったく関心がない。
    皆が自分の世界で自分だけで完結して生きればすごく幸せに生きられるのにな・・・。

    • +1
  10. 傍観者が一番悪いって意見には賛同しかねるね
    お前を庇った事でそいつがターゲットになった場合
    お前は傍観者にならないと言えるのか

    • +6
  11. 純粋にやられたらやり返しでいいと思う、喧嘩なんだから

    • +1
    1. ※12
      傍観者が一番倫理的に悪いという話なのか、傍観者が被害者にとっては最悪の加害者だという話なのかによって違うな。
      前者ならそりゃ無理だよ、って言いたくなるが、後者ならわからなくもない。

      • +2
  12. 私がいじめにあって学んだこと。
    1.誰もがいじめられるのは怖い。だから見てみぬ振りする。
    2.いじめてる側にはいじめているという意識がないことが多い。
    (子供がいじめている側の場合、いじめとは遊びの一種)
    3.いじめの解決手段にやり返しをさせるのは最低の方法。
    (味方がいなくなります。個人的には二度とやらないという誓約書を書いて、証拠を作ってほしかった)
    4.一度いじめられると一生の傷になります。
    (今でも高圧的な態度でいわれると、害のない上司なのにもかかわらず、言葉が耳に入りにくいです)
    5.いじめられている側に長所がない場合、人としてほめられない人間になります。
    (やることなすことマイナスで物事を捉えるようになり、自信なんて付きません)
    6.たいていの親は自分の子供がいじめをしていることを認めない。
    個人的にはいじめをする人間は、その親ごと隔離してほしい。

    • 評価
  13. からかわれるレベルのいじめみたいな事よくあったけど
    復習したいとはおもわなかったなぁ・・・ただ機嫌を損なした
    くない気持ちのほうが大きかった

    • 評価
  14. 傍観者がタチ悪いってのも勝手な言い分だな、自分の事なんだから自分でやれ
    助けを求めてくれば簡単な事ならやってやらんでもないけど正義マンじゃないからな
    当たり前だけど自分からは手を差し出さんし面倒な事はせんぞ?

    • -3
  15. 小学生の頃、イジメにあった。
    多勢に無勢だから有効な反撃が出来なかったけど、そいつら全員、
    私よりブスだし、頭も悪かったから「中学卒業したら一生会わない」と思って我慢した。
    内心、見下す事が出来たから我慢できたかもしれない。
    連中が私より美人だったり、成績が良かったりしたら、絶えられなかっただろうな…
    ちなみに私がこんな事を考えてるからイジメられたと思うのは間違い。
    その事に気づいたのはいじめが始まって半年以上経ってからだったから。

    • 評価
  16. いじめてる側はただ楽しくてやってるだけで娯楽の一環なわけよ
    いじめられてる側はいろいろ思い悩んで考えるけど無駄なんだよね

    • +2
  17. いらいらしていじめっぽいことをしたり、怒ってる人をみるのが好き
    その対象が自分なのはつらいこともあるけど、自分の存在が原因になってることを喜んでる面もある。
    自分はもうその悪魔とやらになってしまったのかな。

    • 評価
  18. 俺も幼稚園、小学、中学、高校、現在の大学時代でちょくちょくいじめられていた。
    いじめの理由はうざいだのきもいだのバカだのアホだのなんとも言えないどうでも良い理由からだった。
    特にひどかったのは中学時代女子からのいじめ。これは相当キて女嫌いになったほどだった。でもそれから先は少しずついじめがどういうものか対処の仕方が少しずつ分かっていった。
    このブログの言う通りいじめに耐えてきた人は強くなっていくよ、精神的にも
    肉体的にもね。
    俺も小学生時代は豆腐メンタルだったけどかなり耐えたりいなしたりすることができるようになったし、肉体的にもこれをきっかけに武道を始めて今じゃかなりのもんかと思えるようになってきた。
    結果的にはいじめられて大きく成長することができたよ、心の支えがなきゃやってらんなかったけど今考えるとよく耐えられたと思ってるよ。
    いじめられてるひとは自分を成長させる絶好チャンスだと思って頑張って見てください。うまくやれば普通の人からスーパーサイヤ人並みに強くなれます、嘘じゃないですよ?

    • 評価
  19. ターゲットの選択に規則性がないと言っているわりには
    『~すぎ』と選択される人の特徴を言ってるよね。
    自分を標準と思ってるからプラスもマイナスも異質な物に見えてしまう。
    虐める側も虐められる側も必要な物は相手を知ることだよね。

    • 評価
  20. 高校時代イジメられたよ、理由もなく毎日殴られたし、罵詈雑言の嵐だった
    でも別に傍観者は悪いと思わなかったし、助けてほしいみたいな期待もしなかった、自分も傍観者になったらほっとくと思う

    • 評価
  21. 学校に秩序がないことがいじめの根本的な原因
    加害者を罰する力が学校内に存在しないんだよ
    教師が見て見ぬふりをするだけでなく、警察の介入まで妨害する限り、こういう問題に解決はない

    • +3
  22. いじめをするやつって一人が怖いんだよな
    あいつはここの空気をぶち壊す 排除すべきだ
    空気が読めない子がターゲットになるのはそのせい
    たぶん自信がないのを隠したいんだ
    一人になると何かを決めるのは自分しかない
    集団だったら隣のやつの真似をすればいい
    その集団を壊すやつがいるのは我慢できないってわけ
    いじめっ子にとって友達って利用価値があるにしか写ってない
    いざというときそいつは友の前を走るだろう

    • +1
  23. 周りの人間は助けになんかなってくれないよ
    全て終わってから、自分たちも心配していたと口で言うだけ
    今の中学や高校は、責任者が問題を見て見ぬふりするという点では刑務所と同じなんだよ
    刑務所で標的にされた時の解決法は、武器を使ってでも主犯を潰すしか方法がない

    • +2
  24. いじめで一番理不尽で不幸なのは、いじめられた側はそれが原因で不登校になったり人間不信になったり病んだりしてその後の人生にまでずっとマイナスな影響を与え続けることもあるのに、いじめた側は相当の問題児(犯罪に手を出すような)でない限りは何食わぬ顔で普通に生きていけることだと思ってる。
    いじめられたことによって臆病になる(または防御のため異常に強がる)表情が暗くなる目立たないよう地味にする…
    そして「あいつ暗い」「不細工」「性格悪いから顔に出てんじゃねww」となった時にはもう本当に嫌になった

    • +4
  25. 生きる社会はたくさんある。自分はどこにでも行けるし、好きな集団で生きていい、ということ。
    学校社会は苦しいことばかりだったので、ネットに逃げた。
    好きな趣味の友達を作ってオフ会に参加した。そのグループの中では自分はキモイ人間以下ではなくて一人の人間として扱ってもらえた。いいことをすれば褒められたし、遊ぶときは誘ってくれた。今から思えば迷惑もかけたけどフォローしたり怒ったりしてくれた。年配の人が多かったし気のいい人ばかりだったおかげ。いまでも感謝してる。
    自信が持てたし、学校でいかに殴られても、あのグループに行けばみんなで喋れると思えばがんばれた。

    • +1
  26. 海外の子供は銃打っ放すけど、日本の子供は自殺を選んでしまうからな。なんでだよ、なんで自分に銃を向けるんだよ。

    • +5
  27. 自分も傍観者はタチが悪いってのは理解できないな
    中学1年の時、クラスにいじめめられてる奴がいた。
    始めはただ仲が悪くて喧嘩してるだけかと思ったが、複数で囲んでるのを見ていじめだと思ったから仲裁に入ったんだ。
    双方に「どうしたんだ?」と聞くと、いじめてる奴らは「こいつムカつくんだよ」とテンプレ。
    いじめられてる奴は「うるせぇ!」と俺を突き飛ばそうとした。
    もしかすると、彼にはいじめてる奴らの仲間に見えたのかもしれない。
    誰かに助けてもらうことを、彼のプライドが許さなかったのかもしれない。
    その後も何度か仲裁に入ったが、彼は敵意しか示さなかったので俺は傍観者になった。
    自分は小学1年の頃から母親の虐待を受けていたから、一方的な暴力の理不尽さ・辛さは分かっているつもりだ。
    だが、差し伸べた手を拒絶されて何かしようとは思わない。
    全ての人間が始めから傍観者という訳ではないし、自分がいじめられるのが怖いから不干渉ということはないんだよ。

    • 評価
  28. いじめられた場合、戦わなくてもいいと思う
    戦えると自分で思う人ならかまわないのかもしれないけど
    一度学校を休んだりしたら、なかなか行きにくくなる
    (社会人にだっていじめはある)
    でも、本当に本当に耐えられなければ休んでいいし、
    転校なども含めてほかの選択肢を選んでもいいと思う
    理不尽ないじめも多いし、
    本当にひどい、激烈なものだってある
    周りも自分がそういうのをされたら、耐えられないと思うから
    逃げるんだし、同級生や同僚には救いは求められない
    命に係わることだってあるんだから
    そういうことになる前に、逃げたって隠れたって
    いいと思う

    • 評価
  29. いじめは金にならない。いじりは金になるものだと思う。
    なにかで遊ぶことは好きだし、なにかに遊ばれることは大抵嫌っていうのも学んだ。
    この人は怒りで行動できたからこうして生きているんだなぁ。
    行動もできず、だんだん動けなくなっていって訳も分からず足が動かないってことは
    なかったのかな。あったけど書かないだけかも。
    生き物は殺される前にせめて痛くないように脳が物質をだすらしいけど、
    あのとき自分は本当に人間が遊ぶためのおもちゃだった。
    じいちゃんがいたからまだ生きてる。
    いじめから生き残る人って、運(&引き寄せ)と良くも悪くも行動できる人だと思うよ。

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  30. 小学校の頃にクラスで無視されてる子がいた。自分は仲良くはしなかったけど挨拶や用がある時は普通に話してた。その子が家族旅行のお土産をこっそりくれた時はなんで親しくもないのにって不思議に思いつつ受けとった。今思えばもしかしてちょっとはその子の支えになってたのかなって思う。うぬぼれかもしれないけど。

    • 評価
  31. 復習はするよ。
    そいつらより幸せになって精神的苦痛を味わらせるって。
    警察沙汰になったら、それこそ終わりだもん。

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  32. 交通事故は車がなくならない限りなくならない
    イジメは人間がいなくならない限りなくならない

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  33. えーと・・・実際は
    いじめっ子が格闘技を始める
    海外だって他の人は本格的にギャングに関係のあるいじめられたり

    • 評価
  34. 中学に上がって人間関係がリセットされた時に、他の小学校から来たクラスメート数人にいじめられそうな雰囲気になったわ。
    休み時間に筆箱隠されたりとかシャーペン壊されたりとかそんなレベルね。
    自分は小学校の時はそんなひ弱なキャラじゃなかったと自分でも思ってたし、いい加減面倒臭かったんで主犯のBOYを教室の中で少しどついたらすっかりおとなしくなったよ。
    んで不思議なことにその主犯と一緒にふざけてた連中とは中学時代で一番の友達になれたんだわ。
    もう10年以上も前か、懐かしい。
    いじめに悩んでる人はあれだね。いじめの主犯一発ぶん殴ってみることをおすすめするよ。
    自分から何もしないで周りに助けを求めんのはずるいぜ。

    • 評価
  35. 親は自分の子供がいじめられないように責任持つべき
    心優しいだけみたいな何とも危うい子供にしたらダメ

    • 評価
  36. 思い出してみれば、子供の頃、誰かが虐めれてると、その間は「自分はいじめられなくてすむ」って安心感があった。できればずっとその子が虐められているといいなって思った。だから自分もいじめっ子に加担したりとか・・・。いわゆる「傍観者」って立場には、そういう心理もあると思う。

    • 評価
  37. イジメはかつて人類が狩猟民族だった時の名残だよ
    潜在的に人は獲物を追い詰める事に快感を覚える生き物なんだよ
    それを倫理観で押さえ込んでるだけ、だから理性の無いケモノに近い子供時代に多く見られる現象なんだよ
    倫理観が無ければどうなるか・・・それはチベットやアボリジニやインディアンの人達がどういう目にあってきたかを見てみればいい
    イジメはエスカレートすれば人をも殺す・・・当然だよね、獲物を狩るための行為なんだから
    いじめる側やいじめられる側の背景なんて考えるだけ無駄
    本能に根ざすものなのだから理由なんて全部後付になるだけだし、状況によっては立場も変わる
    唯一の対処法は幼児期から洗脳に近いレベルで徹底的に道徳でも教えこむ事くらいか

    • 評価
  38. 傍観者が一番悪いとかいう人って、例えば街中でいきなり頭逝っちゃった人が刃物持って人を襲い出しても絶対逃げずに立ち向かうのが「正しい」「良い」って考えなのか興味ある
    教職員が傍観者ならそれは「正しくない」と思うけど、特に子供時代なんて成長の度合いが様々だから、小さな子供が自分を守る為に渦中に突っ込まない事を責めるのもどうかと思うのさ

    • +2
  39. いじめのターゲットになる子に規則性がないとかいうけど、「この子いじめられやすそうだな」っていうのあるだろなんとなく。

    • 評価
  40. 極論を持ち出す奴は馬鹿
    いいか、いじめられてる奴は耐えろ。傍観者より確実に強くなれるぞ
    耐えた奴は自信持てよ。お前は多数を相手にしてもたった一人でやり過ごしたんだ
    出来ることなら次いじめの現場に遭遇したら傍観者にはなるなよ。それが出来たらもっと強くなれる

    • 評価
  41. 今のいじめは昔なんかとは違いすぎる
    された側が死ぬほどですから。

    • 評価
  42. いじめの原因はストレスだから、「いじめられる側」の話なんてしても仕方ないね。
    ムカついて物に当たる人っているだろう?
    その時、「殴られる物に原因がある」なんて考える人がいるかね。
    いじめの原因について言えば、面白そうなのはドイツの小学校だね。
    あそこじゃ1クラスが5人程度なんだそうだ。
    これなら傍観者にはなれない。たいていの人間は、
    いじめっこになるのは心理的な圧力を感じるだろう。
    でも、傍観者になるのは楽だ。だから、そういう逃げ道を塞げば、
    「勇気ある行動」を取る人も増えるだろうよ。
    詳しくは「傍観者効果」で検索。傍観者であるなら、
    殺人にだって「協力」するんだから驚きだ。

    • 評価
  43. 最近のいじめってさ、低学年でもそうだろうけど
    誰かを悪者に仕立て上げて周りが協調するってアレだと思う
    だからいじめがあるクラスの先生は、
    生徒をコントロールしやすいんだって聞いた、最悪だよね
    脱出するにはどうすればいいのかな
    だいたいいじめられた人って世界が狭くなってるんじゃないかな
    いじめられて打開できなかったら、
    助けてくれる良い友達に恵まれなかったんだから
    その場所には縁がなかった、と思って転校もいいかもね
    転校するって負けて逃げた気がするけど
    次の学校では友達できてすごく楽しくなるかもしれない
    うーんそうだな、いじめられて落ち込んでるなら
    学校以外に良い趣味、例えば旅行だとか、絵を描くとか…
    他にもっとたくさん世界があることを教えるのはどうだろう
    ただゲームだけはダメだ、世界がますます狭くなってしまう

    • +1
  44. すみません…薬で頭ぼんやりして本文は半分しか読めず
    こんど読み直します
    二歳の頃からいじめられ、自慢じゃないがどうもいじめは多数の人間による半ば本能だと達観するに至った人間がここに
    いじめや喧嘩や紛争、戦争などの基本は同じです
    闘争本能なんですよね
    おかげで笑われても永世平和がわたしの主義

    • 評価
  45. 小中高いじめられ続けてたけどこの筆者には賛同しかねる、傍観者のくだりなんて完全なやつあたりじゃないか
    筆者の環境はあくまで一例、そこから感じたネガ感情を絶対的事実みたいに思い込んで広めたらあかん。
    自分から仲間を増やそうと行動することだって有益だぞ
    そのうち終わるから待ちに徹しろとか無責任だわ。いじめが終わっても、そこに残るのがコミュ障とコンプレックスに悩まされる被害者じゃ全然救われてないんやで

    • +1
  46. 傍観者ってのは、コメ欄でアレコレ言い訳してる人もいるけど単純に未熟なんだよ
    自分が困った時にどうして欲しいかホントは心でわかってるけど、勇気が持てないんだ
    それを屁理屈こね回して自己正当化してるだけ
    達観してる風を装ってるうちの何人が、自分が酷く虐められる側に回った時に、達観していられるだろうか

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  47. 傍観者のほうがタチが悪いとするなら、日本中タチが悪い奴らだらけになっちゃうね

    • -1
  48. イジメは、人類に固有の行動ではなく、他の社会性を持った動物にも広くみられる行動です。所詮は人間も特殊な生き物ではなく、単なる動物に過ぎないというだけ。つまり、遺伝に基づいた行動なので、基本的にはなくならない。まずそれを認めて、その上で、理性に基づいた対処法を考えるべきだと思う。教育なのか、制度なのか。
    しかし、死刑すら適応される殺人が無くならないのだから、イジメもなくならないでしょうね。警察の介入が解決法だと思っている人もいるようですが、根本的な解決には至らないと思います。
    個人的には、人間が生物をやめる時までは、なくならないと思います。

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  49. PTA会長の息子が中心になってすること

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    1. ※54
      実を言えばたとえば昭和一桁の時代でも、普通にいじめで子供は時々自殺したり逆ギレしてオマエを殺して僕も死ぬをやってたんだけど、「子供がワケわからんこと(いじめるのも、いじめられて死ぬのも)をするのはよくあること」って扱いで地方新聞のベタ記事ぐらいでしか扱ってもらえてないのよね。
      ようやく30年ぐらい前から大騒ぎしてもらえるようになった。ただそれだけ。
      悪質さも頻度も多分大して変わってない。

      • 評価
  50. いじめとは直接関係ないかもしれないが、バラエティー番組とかで熱湯風呂やゲテモノ食いをやらせたりするでしょ。痛がったり怖がったりのリアクション見てみんなで笑うやつ。たいてい芸人さんがターゲットなことが多いからお笑い感覚なんだろうけど、どうしても不快で見る気がしない。

    • +2
  51. 激しいいじめを受けてる子をかばってその子のいじめが無くなった事がある
    しかしそれからまもなく、そのかつてのいじめられっ子はいじめグループの中心になって私をいじめのターゲットにし始めた
    なんの事は無い、そいつがクソみたいな奴だからいじめられてただけだった
    だから「傍観者が一番悪い」というのはわずかなケースしか知らない人間の感想にすぎず、冷静な分析でもなんでもないと思う

    • -1
  52. 日本では学年が上がるほど止めに入る人よりも傍観する人の割合が高まり、これは欧米とは逆の傾向らしいね
    当然大人も傍観します
    今は教師もそこらのサラリーマンと一緒なわけで、自分のことでいっぱいいっぱいだしね
    学校なんて殺されるリスクを犯してまで行くようなところじゃないんだけどね
    クラスメートなんて卒業したあとは下手すりゃ一生会わない程度の存在でしかないし、
    別に不登校でも自宅学習や塾通いで勉強できるし
    子供は視野が狭いから仕方ないけど、親の視野が狭い(そもそもイジメに気づかないのも含めて)と悲惨だな

    • -1
  53. いじめトピックでは「傍観者も共犯」理論がよく挙がるけど皆自分を守るので精一杯だろ、それに虐められない為に努力してる奴らもいる(派手な格好してリア充グループに混ざったりコミュ力活かして仲間増やしたり)その結果として平穏な生活を送ってる人間を悪者と言うのは違うだろ、絶対悪はいじめっ子なわけで
    それにいじめが常に一件だけとは限らない、場合によってはいじめられっ子も他のいじめられっ子にとっての傍観者だったりすることも忘れてはいけない、結局いじめられっ子も自分を守るので精一杯なんだよ
    だから責めるべきは傍観者でなくいじめっ子

    • +1
  54. 傍観者で見て見ぬふりしてきたやつらの自己弁護が必死すぎ。傍観者が一番数が多いんだから、傍観者がいじめられる側に複数立ち回ればいじめの構図はくずれる。それは行動心理学でも実証されていること。
    自分を守りたいから傍観者をつらぬくだ?いつ自分にまわってくるかわからないからこそ、まずは人を助けるべきだろ?詭弁もいいところだ。世の中が悪いのは全部人のせいシャカイの性。自分は全然悪くない。言い訳ばかりして行動を起こさずネットで屁理屈ならべたて、それで毎日楽しいのか?
    人は1人じゃ絶対に生きていけない。そのことを肝に銘じておくことだ。今飲んでいる水、使ってる電気。食べてるもの。必ず誰かの手がかかってる。

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  55. まぁいじめられてる側にも問題はあるわけで。
    いじめになるかいじられるになるかは初めが肝心よ。

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  56. 傍観者である事を正当化する人は自分の弱さを直視出来ないのか?
    実行犯が悪いのは当たり前。いじめられない努力も否定はしない。しかし数で勝るのにいじめを止めない傍観者は単なる臆病な弱虫
    無理矢理正当化しないではっきりと言えばいい
    「自分は弱いので傍観者になりました」って
    理不尽だろうけど被害者からしたら傍観者も加害者と同様に憎い存在になって、復讐すべき対象になる事もある。でもそれは自分の弱さが招いた結果だから甘んじて受け止めるんだな

    • 評価
  57. 中学時代、クラス内のイジメを止めたことがあった
    翌日からイジメのターゲットは俺になった
    俺が止めたイジメめられっ子も、俺へのいじめグループに加わってた
    酷い3年間だった

    • 評価
  58. 傍観者は多数派ではなく、意思表明をしていない個人の集まりだ。
    傍観者がいじめに介入しても、意思表明をした少数派になるだけだ。
    数の力を活かして主張を通すためには、いじめグループを超える人数のグループで
    「我々はいじめに反対する意思表明を行う」
    という合意を事前に形成する根回しが必要になる。
    いじめグループが圧倒的多数である場合、自分を守るためには傍観者でいるしかない。

    • 評価
  59. いじめられ経験者だけど傍観者が憎いと思ったことは無いわ
    助けて欲しい気持ちはそりゃあったけど 、憎しみを持つのはなんか違うと思う

    • +1
  60. イジメの世界には綺麗事は通用しない。力が全てということだよ。
    国際政治を見ても世の中は力、暴力で成り立ってるからね。
    逆説的なようだけど、暴力があるから平和が成り立っている。
    イジメが問題なのは、虐めている側を上回る力で制御するものが存在しないことだ。

    • -1
  61. 思った通り、いじめた側のコメントがないね。

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  62. いじめっ子といじめられっ子の関係で一番多かったのは友達同士だと本で読みました。仲が良かったからこそ周りから見たらただのじゃれあいにしか見えないだけってのも傍観の理由にあると思います。まぁ、度が過ぎてなければ

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  63. 犬の話。
    犬は群れの中に弱い者がいれば排除しようとします。
    それは群れで生きる生き物の本能。群れの中に1匹でも弱い者がいれば群れ全体に危険がおよぶから。
    人間にもその本能はあります。

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  64. いじめられっこはその態度に問題があります。動物は本能的にその態度を嗅ぎ分けます。
    弱々しいエネルギーは排除しようとします。
    小学校でいじめられた人は中学→高校→大学→社会→・・・老人ホーム・・・
    一生死ぬまでいじめられます。
    転校しても会社を変えても何をしてもいじめられます。
    それはあなたの内に秘めた弱いエネルギーが動物的本能の強い人を呼び寄せます。
    内面を強くするしかありません。どんな世界にもいじめはあります。

    • -1
  65. 同級生が加害者ばかりみたいだけど、親やきょうだいのいじめを経験した人は
    いないんだろうか?親と言う子供のいじめは残酷だぞ。
    なにしろ「誰のおかげで生きていられると思っているんだ」と脅迫してくるんだから。
    その親のストレスをきょうだいの下が一身に受ける。
    いじめられるのが当たり前になる。
    人と関わると言うことが、いじめられると言う関係しかなくなる。
    そういう人が、いじめる奴を引き寄せる。いじめをする奴はそういう獲物を逃さない。

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  66. 中学になってイジメも受けたし、傍観者という立場でイジメにも加わった。
    傍観者になったときの気持ちは、誰かがイジメを受けている間は、自分は安全であるという安心感と、いつ自分がターゲットになるのかという不安、もう二度とイジメられたくないという強い思い、そしてそんなことを考える自分の弱さをつきつけられ、自分が嫌いになる。そんな思いを自分にさせるイジメっこにも憎しみを感じる。

    • +1
  67. 先進国にいじめが多いのはなぜだろう
    他人を踏みにじる図々しさが発展に繋がるからかな
    フィリピンとかの南国は貧しくとも平和だよね

    • -1
  68. 俺も高校の頃にいじめられたよ
    いじめられている友達を庇ったら俺が標的さ
    ただ俺はそこらのいじめられる奴らとは違って我慢などしなかった
    無駄に知識と腕力だけはあったから理論的に語ったり、時には授業中に一人を殴ったことがある
    真面目に生きてたからお咎めもなく、いじめもなくなったよ。
    いじめられて死ぬのはもったいない。
    なぜいじめに屈して己の命を無駄にするのか。
    自分に魅力がないのなら魅力を作って大人になった時に見返せばいい。
    いじめているやつは無駄な時間を過ごしているだけなんだ。いじめられているやつは有意義に時間を進めてやればいい。

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  69. 私の場合、面白い事を言ったり、やったりしたことで、クラスメイト全員から嫌われていたのが、クラス全員からの人気者になりましたよ。
    稀なケースなんだけどね(^∇^)

    • 評価
  70. 自分の話をしよう。
    小学生6年の頃、同じクラスにヒロシという男が居た。
    そいつは顔も良くて、6年の以前にも俺はクラスに何度か同じだったことがあるのだが、
    とても気さくな奴で、女子・男子とも好かれていたやつだった。
    そして、所謂仲良しグループの一人だった。リーダー格ではなかったが。
    そんな奴がある日、イジメの対象となった。
    俺は昔から人間関係というものを面倒臭いものだと思い、他者との関わりを最低限必要な者だけに抑えて来たから、クラスの奴らは皆「知り合い」であって、それ以上でもそれ以下でもない。それは今の高校生活でもそうなんだ。勿論、必要最低限の信頼出来る人間は居るのだが。
    まぁ、それはさておき、小学生の頃なんて適当にワイワイやるだけの知り合いだ。
    だから、俺はヒロシが何でイジメられることになったのか知らないし、
    その且つて仲良しグループだった奴らがイジメている具体的な理由は今となっても分からない。
    しかし、どうやら些細な喧嘩が原因だったようだ。
    俺はその時完全な傍観者であったから、何気なくイジメてる側の一人である女子に聞いてみたんだ。
    そしたら「別に」だなんて器用に笑って見せる。
    俺はその時、格別の感慨も無かったから、「ふーん」とだけ言って返した。

    • 評価
  71. 連稿
    だが、いつの間にかヒロシが「在日朝鮮人の女の子とキスした」だの噂されてイジメはクラス外にまで広がった。勿論色々な尾鰭がついている。俺が噂を聞いた時はそうなっていた。
    何となく放っておけなくて独りで帰るヒロシと一緒に帰ったりもした。
    だが決してこれは勇気でもなんでもない。これは俺の主義に反するし、何よりただの好奇心だったのだろう。ヒロシは普通に笑って会話してくれたし、イジメの事を聞いてみても「俺が悪いんだ」なんて言うから、俺も笑い返してそうなんだと言ってやる。
    ・・・長く書き過ぎた。経緯はこんな感じだ。
    結局ヒロシは一、二か月で元の仲良しグループに戻って行った。
    これはあいつの性格もあっての事だろう。だが、イジメられているときのあいつは本当に悲惨だったと今となっては思う。
    これはある一つの物語だ。本当に些細な事だったのか、それでも大きなイジメに発展する。
    俺は何となく未だにそれが心残りで、小学校を卒業して5年経った今でもヒロシの苦痛に満ちた顔を明瞭に覚えている。

    • 評価
  72. 君が嫌っている人間は他の人からも相当嫌われてたりする。
    安心しろ。 一人じゃないから。

    • +1
  73. 俺も昔はイジメ受けてたから思うんだが、やっぱり黙ってないでその時に仕返し…というか鉛筆か何かで相手の目ン玉1個ぐらい潰しておくべきだったと今も後悔している。
    イジメする連中なんて、自分が傷付いてまでやろうなんて思わんしな。

    • +1
  74. 高校生の頃、体育の授業のバレーボールの試合で線審を任され、向こうから放たれたサーブがギリギリでライン上に落ちたのでINと判定して得点を告げたら点を取られた方のチームの面々から詰め寄られた。しかしこれで覆したら抗議するチームが入れ替わるだけだし何より明らかにライン上だったので屈しなかった。胸倉はつかまれるは聞こえるようにヘボ審判言われるは揚句は体育教師にまで「本当に入ってたのか!?」と明らかに疑わしげに問いただされるはとまあ理不尽な四面楚歌に泣きそうになりつつその授業は終了。すると体育館を出る間際にコートの一番後ろにいたやつが近づいてきて「あれ確かに入ってたよ、間違ってないよ」とおれの肩を叩いた。同じチームの連中が抗議してたんで言い出しにくかったんだろうけど、見てたんだったらおれが責められてるその場でちゃんと発言してくれよと別の意味で情けなくて泣きそうになった。傍観者が一番悪いとまでは言わないが傍観者は悪くないと必死で言い張っている連中はやっぱり人間としてどうかと思う。

    • 評価
  75. 友達のほら吹きで盗み癖あって自分勝手なところを治して欲しくて、だけどその話をするたびに一言「もういい」と言うと一切利く耳持たなくなって後片付けもしないで帰ってしまうのが嫌で、こっちの話を聴いて欲しくて、そのうちすぐ帰らないようにちょっかい出したり靴隠したりしてるうちにそれがいじめに変化してしまったことがある。
    今考えると本当申し訳ない。自分も子供のくせに入らんお世話だった。
    だけどこっちも秘密をバラされたり玩具壊されたり盗まれたりした恨みは忘れるつもりはない。

    • 評価
  76. 自分の身を守れるのは自分しかないよ。それにいじめを受けた人間にしかその苦痛はわからない。負の感情を昇華して成功体験に繋げていければ人生は上向くでしょうが、それがなかなか難しい。

    • 評価
  77. 個人的にいじめで一番問題なのは、いじめられている人が
    「自分は一人きりなんだ、誰も助けてくれないんだ」と思ってしまうことだと思う。
    殴られるのも、ひどいこと言われるのも、周りが助けてくれてくれるなら耐えられるが、
    周りが助けてくれないとやばいんだよ。
    例えば社会でも犯罪は無くならないけど、警察がいるし法があって守ってくれる。
    イジメは、犯罪にあった時に警察が無視して見捨てることに近い。
    そういう意味では「傍観者が一番たちが悪い」って言いたくなる気持ちもわかる。
    まるきり社会から見捨てられた人間が社会を憎むって想像できるしな。
    ほんのちょっとでいいから、いじめを無くそうなんて思わなくて良いから、
    いじめられている人に一声かけてあげるのが、いじめを無すいい方法だと思うよ。

    • +1
  78. いじめっ子側に同じ事を聞いてみたいね

    • 評価
  79. 俺も学生時代いじめられたことあり、
    今いじめられてないから思うけど
    いじめるやつは悪い。
    理由はどうあれば、相手に危害を加えるという意味で。
    ただ原因と結果の法則を考えると、
    いじめれるほうにも原因はある。
    気が弱いとか、うそつき、気に食わないとか
    色々理由はあると思うけど。
    いじめられるほうは確かにかわいそうだけど
    いじめられたくなかったら突っ込まれても返しが
    うまくなるとか、近づきがたい人物になるとか、
    自分が変わるしかないと思う。

    • 評価
  80. 小・中といじめを見かけたけど、自らそこに関わろうだなんて思わなかったね。
    いじめられてる人間に義理もなかったし。損得でしか物事を考えない人間ってのは自覚してるし。
    傍観者=悪って言われたら自分は悪人なのだろうけど、自分みたいな人間を悪人って思ってるいじめられっ子は何様のつもりなんだろうね。
    なんで善人か悪人かにしか分類できないわけ?関わりたくもないんだからほっとけばいいじゃん。

    • -2
  81. 傍観者が悪いってのはただの八つ当たりだな
    生きてりゃ自分が標的になることだってあるわ
    助けてくれない回りが悪いなんて発想する時点で問題がある
    堂々としてりゃ問題無いわ
    俺も4回経験したがやり返すなり振り払うなりどうとでも対処出来るもんだ
    重要なのはやられた時だけ振り払ってそのあとはケロッと何事も無かった様に振る舞うことよ
    そうすりゃ転校先で敵に囲まれた時も数ヶ月で収まったわい
    それにこちらが反撃の意思を見せた上で傍観組と普通に接すれば回りも対応を変えざるをえなくなるからな
    第一友達でもないのに自分から何の抵抗もしないサンドバッグ君を助けようなんぞ誰も思わない
    発狂せず無理の無い範囲で自分から立ち向かう奴の方が周囲から見ても好印象なんだよ
    周囲の連中と無理にでも友好的に接しつつ最低限の反撃をしてれば自然と見方も出来てくるもんだ
    その程度のことも出来ん奴は自然淘汰されて然るべきよ
    自分の力で対処できる様になれ

    • -1
  82. 114みたいに自分もいじめられてたくせに他人の痛みには無理解無頓着って救いようのない輩がけっこう多いのが現実なんだろうな。言っていること自体は確かに一理あるんだけど経験で得たその対処法を目の前でいじめられてる奴にちょっとアドバイスしてやるだけでいいのにそれは面倒くさがって自然淘汰だとか何だとか言葉遊びに逃げて行動しない。そうしてみようかというほんのちょっとの勇気も意志もない。こんなの格好つけただけの負け犬根性じゃねえかwこういう歪んだ臆病な姿勢が「傍観者が一番悪い」と指摘される要因なんだと思うよ。

    • 評価
  83. 経験で得た対処法とやらが全てのいじめる側の人間に通用すると思ってる辺りやっぱり立ち向かえだのなんだの言うだけの連中こそ一番使えんし味方でもなんでもない

    • 評価
  84. いじめをする子たちは本能的に、劣っている子を察知して淘汰しようとしているんだと思う。
    自分は学習障害で、先生にしか話を通していないのに学年が上がるに連れて何故かイジメがひどくなっていったよ。
    でも不思議なのは、障害者と診断される前である小1の頃から既にイジメられてたことだわ。小1なんてまだ学力にそれほど差はなく、自分も付いていけてたのに。

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  85. いじめられた子は、いじめっ子にいじめられる。
    そのいじめっ子は、親にいじめられる。
    そして親は、社会にいじめられる。
    つまりいじめは、循環するものでなくならない。
    社会がある限り。

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  86. 実際いじめられた側から言うと傍観者なんてどうでもいい存在。
    悪いのは加害者や助ける立場にありながらその状況に満足している人達。
    昔なら抵抗してはいけなかったけど今はネットがある。
    日々記録し、個人を特定されない範囲で投稿しよう。
    君を支援したいと思う人が必ず現れるはず。

    • 評価
  87. いじめなんて当然起こる現象と受け入れることだな。
    外国はどうか知らんが、性善説の国ではこれが本当に難しい。
    受け入れられないからセーフティーネットが生まれてこないのよ。
    まぁ、あるっちゃあるんだけど機能していない。それはどうしてかというといじめられる側がそれを使うことを避けているから。どうして避けているのかというと「いじめは当然起こるもの」という現象を受け入れていないから。自分に責任とか関係があるものと思いこんでしまうだよな。
    自然災害みたいなもんなんだよ、いじめって。どこにでも誰にでも起きるありふれた現象なんだよ。助けを求めることは恥でも何でもないんだよ。

    • 評価
  88. ここの管理人が「戦争といじめは人類が滅亡しない限りはなくならないんじゃないかと言うほど人類のDNAに組み込まれているチックなところがあるわけだが」と書いてあるが、どうしてそう極端なことを思うのだろう。記事中のパウリも。
    DNAに組み込まれていると思うけど、それなら場所を見つけて遺伝子の発現をブロックするなり、脳の当該神経を局所的にカットすれば済むだけの話。科学が発展速度がボトルネックなんでしょうに。「イジめたい病」が発症したら、その処理を政府から施されるあたりで。
    これがユートピアなのかデストピアなのかは、読み手に任せるけど。

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  89. まあ部分否定と全体否定の使い分けは難しいやね。極論と極論のすれ違いっていうか。
    だから傍観者批判が「傍観者達全員を人括りに当たり散らす」ように見えてるなら、
    その前に「傍観者達全員ちっとも悪くない」という論調があったことも見落とさないでね。
    「傍観者も人それぞれで問題意識があっていじめをなくそうとしている人はいる」って
    意見に「(ただもう)傍観者が悪い」は確かに思考停止だし異論もあるだろうけど、
    「全ての傍観者はちっとも悪くない。いじめられている奴らにこそ原因がある」って
    意見に「いやそれだと傍観者は悪いだろう」となるのは全然違和感ないと思うよ。
    それより「助けが入って当然」という思考を傲慢と決めつけるあなたはちょっと
    考え直した方がいい。それこそ傲慢。仲がいい友だちがいようがいまいが、
    いじめというのは実際溺れてたり火事で炎に取り囲まれるのと同じ非常事態だよ。
    逆に殺したいほど憎んでいる相手ならともかく、友だちであろうがなかろうが
    目の前で誰かが下手したら命に係わる緊急の危難に直面してるんだぜ?
    好きだ嫌いとか救助要請の有無とか理屈こねる前にまず助けようと思おうよ。
    分からないかな、状況によっては君もまたいじめられるかも知れないんだよ?
    他人事ではなく、リアルに。

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  90. それもまた極論ですよ
    虐め=命に係わる緊急の危難と考えるなら助けが入って当然ですが、そこまでの虐めは滅多に有りません。仮にそこまでの自体に発展した時だけを虐めと呼ぶのであれば、傍観者も悪いと言って当然ですが、虐めの場合そこまでの自体に発展することは珍しいんですよ。もっと言えば「目の前で死にかけてさえいなければ良い」
    「眼前でなければ他人が生きてようが死んでようが構わない」という人々も大勢居ますよ、そういった人々も大多数は命の危機に直面すれば助けようとします。少なくとも、虐める側に加勢しなければ悪ではありません。声援にせよ、物理にせよね。まあ土下座させられて頭踏まれたりといった見るに堪えない場合は止めますが。
    私の場合はもう虐めを見ることも戦うことも慣れていると言いますか、最悪の場合法的解決も出来るんで大して怖くありません。そもそも私に言わせれば、「傍観者も人それぞれで問題意識があって虐めをなくそうとしている人はいる」と言う主張こそ傍観の正当化をしようと詭弁を並べているだけにしか見えません。何故なら、本当にそう思っているなら傍観ではなく止める側に回るからです。そこで「勇気が出なかった」と言うのであれば、それこそ臆病者の言い訳に聞こえます。
    実際に虐められた時、「俺にゃ関係ねえや」と言われたら「その通りだ」と思いますが、ボーっと見てた人に「僕は虐めを止めようと思ってるんだ」なんて言われたら殺意が湧きますよ。
    全ての傍観者が悪くないとは言いませんが、虐められる方にも原因がある場合もあります。回りに不快感を与える行動をしている場合もあれば、美形が不細工共の嫉妬を買ったりと、必ずしも本人が悪い理由とは限りませんがね。
    あと、「傍観者達全員ちっとも悪くない」と言う様な論調になったのは、記事そのものが「傍観者達全員を人括りに当たり散らす」様な内容だったからですよ。

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  91. 貴方の理想論は実現出来れば確かに素晴らしい。
    人々が些細なことでも助け合い、尊重しあえる様になれば虐めが発生することも無くなり、より住み易くなるでしょう。
    しかし、現実にはそう上手く行く訳がありません。
    虐められた時に当人が望むのは周りの心境などではなく、自身が虐めを脱却することなんです。
    その時傍観者がどうたらなんて考えてる余裕は有りません。
    あるとすれば、まだ追い詰められていないのです。
    そんなことを待っていたら何も変わりはしないんですよ。
    動かない人が「虐めを無くそうと思っている」だなんて勘違いも甚だしい、それは只「虐めが無くなれば良いのになぁ」のボンヤリ考えているだけに過ぎません。虐められる側にせよ、傍観者にせよね。
    そして、やられた時に自分から何もしない人は、助けてもらった人が次の標的になった時、十中八九傍観しますよ?
    それでも助けると仰るのならば、貴方の人格が素晴らしいことは認めますが、やはり他人の行動を強制しようとするその姿勢は傲慢であると言わざるを得ません。他人に虐めを肩代わりしろと言っている様なものなんですからね。
    仮に虐めっ子以外が助け合いの精神に溢れている状況ならばそれで良いのでしょうが、そのような状況が有り得ない以上、自力でまず行動してみることが必要なんですよ。
    理想論を振りかざすより、今現在虐められている子達が今置かれた環境での対抗策を捻り出すことの方が遥かに重要なんです。

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  92. 傍観者になるのは仕方ないって人達いるけど、それは誇りの問題だと思う。
    私は子供のころクラス中の男子にひどいいじめを受けて、中学に上がって他の子に対するいじめを傍観してしまった。またいじめの対象になるのが怖かったから。いじめの辛さはわかるはずなのに、自分可愛さに見て見ぬふりをするダサい人間になってしまったことを長い間後悔した。
    社会人になって、職場の先輩にいじめられてた後輩を私なりに守る努力をした。後輩が別の事情で辞めることになったとき「あなたがいてくれたからこの仕事に来るのが楽しかったです」と言ってくれた。その言葉が聞けて、弱ってる人がいたら助けるっていう人間としての誇りを持てて良かったと思う。
    何を誇りに思うかは人それぞれだけど、助けないよりは助けるほうがたぶんかっこいい。

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  93. 「傍観者が一番悪い」とは正直、清濁併せ呑むというか酸いも甘いもというか、
    ある程度社会経験を積んできた人間なら「分かってるけど仕方がないよ」と
    割り切って受け流せる原則論だと思う。はあ、御説ごもっともですが…とね。
    自分の弱さや限界を弁えてたらあたら厄介ごとを自ら買って出ないだろうと。
    問題は「悪いとは思うけどしょうがない」と現実論で肩を竦める大人じゃなく、
    「ちっとも悪くない、むしろ正しい」と声高に反論してくる、君みたいな、
    ある意味純粋な人たちだと思う。一方の極論には間違ってるとムキになるのに
    その反証に方向が違うけど同じような極論をかざすことで事足れりと思ってる。
    極論はつまるところ脳内で完結する理想論だから、ケース・バイ・ケースとか
    具体的な個々の事例を挙げて反証されると、ジリジリと後退せざるを得ない。
    絶対に正しいと思っていた見解が、意外と突っ込みどころ満載で、どんどん
    ほころびてきて、相手の主張に譲歩したり、渋々認めざる得なくなってくる。

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    1. ※123
      悪いけど君の言い分は「だから傍観者が一番(タチが)悪い」という
      この記事の主張を論より証拠で裏付けているだけでしかないな。
      助けてくれと言ってこなかったら目の前で相手がボコボコにされていても放置か?
      どう見てもいじめられてボロボロの子でも、作り笑顔で「大丈夫だよ」と言ったら
      「ああそう、大丈夫なら問題ないね!」とほったらかしにするの?
      素直に助けてくれと頭を下げなかった、あいつ生意気だから知らねえって?
      事故現場で血まみれの被害者に遭遇してもそう言って突き放すの?救急通報もせず?
      実際に具体的にできるかできないかで非難するつもりはないよ。状況にもよるしね。
      勇気がなくて手を差し伸べられない場合も、傍観せざるを得ない場合もあるだろう。
      問題なのは、君のようにそれに対して複雑な問題意識や忸怩たる思いも抱かず、
      理詰めで割り切ったかのように「何もしない」「傍観」の正当化を図る精神構造だ。
      聖人君子や正義感とかまで気張らなきゃいじめられっ子を気遣う言葉のひとつも
      掛けられないとか大げさすぎないか?逆に精神が委縮してしまってるんだろ。
      好きな奴が助けてと言って来たら助けるとかも、これじゃ当てにならんよね。
      その場になったらまた自己正当化の屁理屈を垂れ流して見捨てるんじゃないの?
      あいつのことが本当に好きかどうか分からないとか言葉に真剣みがなかったとかw

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  94. それが悪いとは言わない。むしろ、それこそがこのやりとりの肝だと思う。
    時に言い負かされ、時に面倒くさくなって相手の言い分を受け容れ主張を修正
    しながら、しかしいじめ被害者の自助努力こそ重要だという一点では譲らない、
    そういう過程を経て君の見解は柔軟になり洗練されて、より説得力や共感力を、
    力強さを増していくと思う。視野が広がり視点も増えていってると思う。
    少なくとも私には(君自身は変わってないと思っているかも知れないが)
    君の考えは最初の頃よりも明らかに深みも受容力も高まっていると思う。
    「自分が追い詰められた状況未満では同情出来ません」と言っていても、
    今の君は、その状況未満で現に苦しんでいるいじめ被害者に対して、
    ここでの議論以前の君とは違う見方で辛抱強く対処してくれるか、
    少なくとも以前には感じなかった引っ掛かりや躊躇を感じたり、
    あと一言の呼びかけをしてくれると思う。なぜなら君は本当に真面目だからだ。
    私の無礼でうざったい挑発や突込みにうんざりしつつも律儀に対応してくれた
    その誠実な姿勢は、やはりいじめられた苦痛を知るリアルな感情故だと思う。
    だから、君が心から助けたいと思う範囲の人を助けるだけで十分だと思う。
    大変な勇気が要ることだが、どうかその高い志をずっと保ち続けてほしい。
    君のように真摯にいじめと対峙する人がもっと増えてくれればいいのだが。
    これまで数々の失礼な言葉で君を不愉快にしてきたことをお詫びします。

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  95. 前にも言いましたが、本当に皆が優しくなれればそれに越したことはありません。しかし、現実はそうではないのですから、その中で対処していかなければならないのです。
    私がこの記事に腹を立てた理由は、挑発や人格否定などではなく、「誰も頼れずやられていた可哀想な自分とそれを助けてくれなかった悪人共」と言う様な一種の自己陶酔と、周囲に失望した「悲劇の主人公」を演じている様に見えたからです。それと虐められていた過去を持つ人の中身が濃いと言う様な謎の優越感や驕りも同時に感じます。
    何よりその場で助けを求めず、後から他者を批判するその姿勢は、「本当は虐めを止めたかったんだ」と後から正義側に回ろうとする卑怯者と重なって見えるのです。もしやられている最中にそれが態度に出ていたと仮定するなら、私は傍観者は全く悪くないと思います。周囲から憎まれる理由が無く、助けを求めてそれを断られたのであれば別ですがね。勿論自ら動かない者が嫌いだという個人的な理由も有りますが。
    私の見解としましては、傍観者は中立な存在です。こちらの行い次第で敵にも味方にもなります。ですから、傍観者が居るということは、ある意味不幸中の幸いとも言えるのです。周りに敵しか居ない状況に比べたらどうにでもなる状況ですよ。それを上手く利用するどころか敵に回す様な言動は愚かにしか見えません。
    結局、私は周囲の善悪ではなく、本人がどう切り抜けるかしか見ていないのかもしれませんね。

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    1. ※126
      友達や気に入ってる奴なら無条件で自分から助けに行くのは当然のこと
      どうでもいい奴からも助けを求められれば面倒だがある程度力添えしてやるって意味な、無論嫌いな奴ならお断りだがね
      当てになるとかならないじゃなく俺はそれを実行してきた
      区別無しに助けようなんて思うのは正義感の強い奴だけだ
      事故なら普通に助けるよ、でも虐めにはレベルも有れば物理的なことだけでもないんだよね、人が死ぬのは見たくないから命の危機なら助けるが
      あとボロボロ状態で、笑顔を作り「大丈夫」なんて言える奴なら迷わず助ける、何故かと言えばそれも友好的態度であり、俺もそういった状況を経験したことがあるからだ
      逆に声をかけた時「助けてくれないお前が悪い」と言う様な八つ当たりの感情が出ていたら見捨てる。言ったろ?「当たり散らす様に恨みがましい目で見られたら誰も助けようとしなくなる」と。一人奮闘してたら俺は途中で介入するけどね。
      それと虐めの場合、臆病者は自分が助かりたいのに出来ることすらしようとしない人間と、助けたい相手がやられてるのに動けない者、それと次の標的になることを恐れている奴のことを指す
      つまり、仲間がやられてる時怖くて怯えてる様な屑でない限り、助けたいとも思えない相手から「助けようとしない奴は臆病者だ」と言われても「ふ~ん(笑)」としか言えないんだよ
      それを性質が悪いと思うのならそれはそれで構わないけど
      万引き見てて止めない客を店長や店員が責めたら自分の店のことなのに図々しいなと思われるよ

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    2. ※126の続き
      要するに俺もお前も大して変わらないんだよ
      互いの虐めに対する対応と思想が違うだけでね
      お前が気に入った奴しか助けない俺を気に食わないから責める様に
      俺は自分から行動せず助けを待つだけの奴なんてどうでもいい
      ましてや自分では何のアクションも起こせない臆病者の分際で
      他人から助けが無いことを逆恨みする様な卑怯な奴は大嫌いだ
      友達でもない限り抵抗の意思も見せない奴を助けたいとは思わん
      お前みたいな奴のパターンは正義感の強い立派な人か
      抵抗せずやられるだけの弱虫の八つ当たりか善人に助けられたか
      もしくはそんな状況自体経験したことが無いか、最悪なのが
      「助けたいと思う感情が大事で行動に移せないのも仕方ない」
      なんてほざく何の役にも立たない最低の思想家だ
      対する俺は自分でなんとか行動してきた
      だからお前は傍観者や、助ける相手を選ぶ俺を責めるんだろうし
      俺は基本自ら動かない奴を見捨てる。もしどんな奴でも助けにくる
      善人が現れて劣勢になったとしたらそいつにだけ加担するだろうよ
      詰まる所、思想は違えど、お互い自分と違う奴が嫌いってことだ
      まあ、もしお前が俺の様な奴でも助けてくれると言うなら
      嫌いな奴でも助けるお前の人格が上であることは認めるけどな

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  96. >結局、自分が変わるか環境が変わらんとどうしようもない
    いじめられている当事者が、そうやって自分を奮い立たせるのは大いにありだと思う。
    しかし傍観しているだけの第三者が、それを現にいじめられている当事者に
    経験者ヅラして上から目線でのたまうのは、さすがにちょっと違うんではないか。
    153の勘違いは、火中に飛び込まなかったことを批判されると思っていること。
    出来なかったから批判されるのではない。出来なかったのにそれを正当化して
    自分は悪くないどころかむしろ正しい振舞いをしているかのようにふんぞり返り
    自省も何もしない、そういう勘違いした居直りが「傲慢」と批判されているだけ。
    「批判される謂れはない」じゃなく、そこに人間として何か欠けていないか
    自分を過去の経験と照らし合わせつつ振り返って考えてみてほしい。
    ここにコメントしないで読んでいる多くの人たちは、いじめの被害者だった人が
    あたら自助努力ばかりを振りかざし「友達しか助けない」と公言していることに
    うすら寒い情けない思いを抱いているのではないだろうか。

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    1. ※128
      私は君でも助けるよ。当たり前じゃないか。ただ意見が違うだけで別に私に危害を加える意図もない他人がひどい目に遭ってるのに、どうして見捨てたりできるんだ?君が不幸な目に遭ったり命の危険に晒されたりしたら君に変なハンデが生じて、それ以上対等にこういう議論を戦わせることができなくなるじゃないか。君が苦しかったり辛かったり痛かったり悲しかったりしたら、私はそれをいい気味だとほくそ笑むどころか、まず可哀想だと同情してしまって、心行くまで君をボロクソにこき下ろすことができないんだよ。生まれ持ったものか親のしつけの影響か、そういう心性ばかりは忌々しいけど死ぬまで直らない。私は他人の不幸や悲しみを見たくない。自分がしんどくなるから。だからいったんノーサイドにして全力で君を助ける。私は自分の嫌いな人間には幸福でいてほしいんだ。そいつが可哀想な状況になったら感情に憐憫が生じて嫌悪し続けることができなくなるからね。傲慢で強気な君をぐうの音も出ないほどコテンパンに論破したなら気持ちいいだろうけど、君がいじめられていたり不幸に見舞われて弱っているときに君を叩いてすでに消耗している君がギブアップしても全然気持ちよくない。条件が対等じゃないから。ある意味フェアプレー精神だよ。私がずっと言い続けてきたのはそういうこと。いがみ合いも喧嘩も衝突もいいけどいじめはダメ。なぜならいじめはフェアプレーじゃないから。

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  97. 153じゃないが
    自分でどうにかしようとしてる人なら友達である必要は無いよ
    何もしない奴に貸す手は無いだけで。前もそう言ったと思うけど
    そもそも100%他力本願の奴が何を言おうが誰も耳を貸さないよ
    ニートに支援が無いのと同じ、求職してれば助ける気にもなるけどね
    でも友達なら自堕落な奴でも「俺んとこで一緒にやろうぜ」くらい言うだろ?
    そういうことだよ
    傲慢ってのは全て他人にやってもらって当然って態度だ
    虐められた経験があれば全ての虐めに同情や共感が出来るわけじゃない
    寧ろ自力で解決した奴から見れば動く意思さえ見せない奴がやられていても何も思わないこともあれば、耐え抜いた奴が見れば「まあ平気だろ」くらいに思うかもしれない
    皆を助けようと思える人も出てはくるだろうが
    それぞれが共感、同情出来る状況も違えば助けようと思う基準も違う
    その基準を押し付けるのは我儘でしかない
    ついでに虐めと火事は全く違う、前者は自分の意思が介入する余地があるが後者は場合によっては身動きすらできない
    もっと言えば火中に飛び込まないことも間違いではないよ
    ただそれが「自分の感情に反するのであれば」情けないことだけどね

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  98. あともう一つ
    人に心を説くならネットで理想を押し付けるより現実で実行することだ
    そうすればそれに感化された人や賛同者が集まって変化が現れるだろう
    口では、ましてや匿名のネット上では何とでも言えるのから
    他者にそれを説く権利があるのは「現実で実践出来てる人」だけ
    それが出来ない奴が「自省すればしない人より上」と言う思考こそ最大の勘違いだよ
    その「自省」を活かして次の機会に行動できれば話は別だが、それが出来れば「実践出来ている」ことになるからね
    この世で最も情けない人種は口先野郎なんだよ
    いくら良い言葉を並べ立てても、それに共感して人格が向上した気になってもそれを行動に移せず脳内完結してる奴程見てて痛々しい者は無い
    逆に言えばそれが実行出来る人にはほとんどの人間が手を貸してくれることは保障する
    もし出来た上で此処にいるのだとすれば、それを「リアルで見かけたら」手を貸すよ、これは約束できる(と言ってもネットじゃ何とでも言えるんだけどw)

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    1. ※130
      成程、実に立派な思想ですね
      貴方の様な人格者が虐めにあっていたら私も迷わず助けることでしょう
      そして、その考えを実行出来る人間であれば、滅多に虐めに会うことは無いでしょうし、やられたとしても抵抗出来る、そして必ず助けが入ると信じています。
      私は助けられたら恩義を感じますが、最初から期待はしません。何故なら、自分のことはまず自力解決を試みるのが筋だと考えていることもありますが、待っているだけでは何も変わらないことと、立ち向かいつつ、周囲に当たらず好意的に接していると、一定の人々に自然と手伝ってもらえる様になることを経験で知っているからです。
      そうしていると、虐めの対象が変わります。その時対象になるのは、不思議とこちらが好意的に接した時、反応や影が薄かったり、あまり好意的でない人が多いのです。
      私はまず様子を見ました。すると、きちんとやり返したり、相手にせず走って逃げ切るといった対応をする人達にはそのうち虐めが無くなります。
      私も最初に虐められた時、周囲と友好的でなかったけれど、捨て身で反撃していると収まったことを思い出し、観察していきました。すると、やはり普段から優しく皆と仲の良い人には助けが入り、嫌われ者や、影が薄く関心を持たれない人には助けが入りません。
      しかし、例外があります。それは彼が反撃をした時です。その時傍観者達は一斉に関心を示しました。それから彼を応援する者や、野次を飛ばす者達が現れ、虐めは終わりました。
      私は友人や反撃した者に加勢したり、やられた者に声をかけたりしながら過ごしているうちに、虐めが続くのは諦めの姿勢を見せる者、周囲と友好的でない者、特に酷くなるのが普段から傲慢で周囲に当たり散らす人種だと判断したのです。
      因みに椅子等を振り回す人も居ましたが、虐めが無くなる代わりに危険人物認定されてしまっていました。

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    2. ※130続き
      私の場合は、三度の転校で様々なケースを見て、学んだ知識を心機一転して試す機会に恵まれたのが大きいですが、考えてみれば実に常識的な答えですよね。
      何でも頑張っている人には自然と応援してくれる人が現れるものですから。
      こういった経緯で、傍観者を責める人には、「まずお前は行動したのか?」と思ってしまうんですよ。友人に見捨てられたのであれば責めて当然ですが、仲の良い友人が特に居ない状態で、何もせず助けが入って当然だという思考は傲慢だと感じます。
      また、記事にある傍観者が虐めに立ち向かわず苦しんでいるという主張は見当違いもいいところです。何故なら傍観者は全く苦しんでいなければ、路傍の小石の如く何とも思っていない者と、それを楽しむ真の意味で性質の悪い奴のほうが圧倒的に多いから。
      そして、自分から助けを求めれば、以外に応じてくれる人達も少なくありません。
      見てるだけで苦しんでいると主張する者が居たなら、その時に責めるべきであるし、それより最も性質が悪いのは虐めをショー感覚で楽しむ人種です。
      そして何より、傍観者達全員を人括りに当たり散らす様では、助けが入る可能性を自ら潰してしまうと、私はそう思います。

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  99. いじめに関わった人の多くは、いじめる側、いじめられる側、傍観者の三者がいる勘違いしている
    実際は傍観者を分類すれば、いじめる側かそもそも関わりのなかった人に分けられる
    そこを一緒にしてしまうのはまさにいじめの傷跡は消えないってことだろうと思う

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  100. とばっちりが怖いから助けられないとか、いじめがあったことを知らなかったとかは不可抗力だしやむを得ないと思うけど、被害者が自分で努力してないからとか友だちじゃないからとかの理由でいじめがあることを知ってるのに助けないのは、どんなに立派に理論武装してても外から見たら結局この世で最も情けない人種である口先野郎でしかないのでは・・・

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  101. とばっちりが怖いから助けられないのが不可抗力ですか…
    それを臆病な口先野郎って言うんだよ(普段は助けると言ってる奴に限るが)
    怖くて動けないビビリ君と「知らなかった」人を同列の不可抗力と呼ぶのはもう君の価値観が異常なだけ
    言ったことを行動に移すのは有言実行と呼ぶんだ
    そいつにとって助けるに値しない人物を助けないのは当然のこと
    無関心な奴を見殺しにするのは「冷酷、冷血漢」
    普段は「皆を助けるべきだ」と言っておきながら
    いざ虐めが始まると動けないのが臆病者の「口先野郎」
    助けるに値する、助けたい人を助けることが出来ない奴は全て
    意気地無し、根性無し、弱虫、臆病者と言える
    が、そもそも助ける「権利」はあれど、「義務」は無いのだからね
    友人には「義理」が生じるが
    そんな訳でまず助けるに値する人間になろうや
    第一反撃せず、逃げもせず、呼びかけもせず、
    ただやられてるだけの臆病者に共感しちゃう奴も
    似たような人種なんだから助けが無いのはある意味自然の摂理だよ
    そんな奴が他者の介入を望むなら「義理」を作っておくしかない

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  102. 人に自分の良心を押し付けるだけで解決するなら簡単で良いわな
    でもやられる方にとっちゃ傍観者の心境なんてどうでもいいのよ
    ましてや頭を抱えてるだけの奴らの自省なんぞ「遺憾の意」並のゴミだ
    当事者の立場でどうやって切り抜けるかにしか価値は無いの
    傍観側にせよ、やる側にせよ、やられる側も全て
    その思考、思想に価値、意味が生じるのは行動が伴った時だけ
    実際行動に移せば人はついてくるよ
    でも耳触りの良い言葉を並べるだけじゃ何も変わらない
    これはもう主張と言うよりただの現実なんだよね
    また話を摩り替えてこちらの人格を批判しても何も変わらないよ
    他に方法があるなら寧ろこっちが知りたい
    もっと効果的かつ現実的な解決法があるならぜひそれを広めてくれ

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    1. ※135※136
      何か感情的になって勘違いというか偏った思い込みをしてしまっているようだが、私はいじめられっ子が自助努力で対策を講じることを別に否定してはいないよ。この記事自体もそうだけどね。むしろ場合によっては有効だとさえ思っている。現に君はそれでいじめを克服したんだし。ただ君のように、そのことのみを絶対視して傍観者に助けを求めても無駄、傍観者は悪くない、批判するのはおかしい、みたいな論調はナンセンスだと思うだけ。口が酸っぱくなるほど言ってるけどケースバイケース。いろんな立場にたっていろんな可能性を想定していろんな策を講じるべき。もちろん自殺や殺人以外のね。逆に当たり前すぎて拍子抜けするようなモヤモヤとした一般論だけど、なかなか解決しない問題にそう簡単に唯一絶対の解答なんかむしろ出る方がおかしい。自分の経験を絶対視して自分こそ正しいと押し付けてくるのは本当に幼稚だし偏狭。こう書くとまたカチンとくるかもしれないけど、私は君がふりかざす極論に「それ極論だよ。それでいいならこういう極論もあるよ」と提示してみせただけ。そして君は自分の極論は省みずに私が提示した極論には「それ極論でしょう!?非現実的ですよ」と言葉は変えてるけど最初の極論と大して変わらない内容を繰り返し反論した気になってる。君があくまで貴重な体験談として今いじめられる人に参考になるように語る分には素晴らしいと思うが「おれはこれでうまくいった。これが答えだ」と自信満々でぶちあげるのはちょっとナル入った勘違いだと思うし、ムカつくかもしれないけど繰り返すと、視野の狭い傲慢な態度以外の何物でもないよ。

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  103. 捕捉
    見殺しにする「冷血漢」ってのは飽くまで「助けを求められたのに断った」場合だからな

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  104. そうなんだよな。
    忸怩たる思いを抱きつつも「やむを得ず」いじめを看過しているならまだしも、
    いじめられている人間の人品や努力を上から査定して助けるかどうか判断するって
    逆にグロテスクで気持ち悪い価値観だと思う。だからおまえダメなんだよって感じ。
    元々いじめられていたくせに、場合によってはいじめっ子に同調するってことだろ。
    確固たる理念も理想もないから、こういう恥知らずな言動に無自覚で平気になる。
    こういう変な余裕のこき方、かえってその人の本性というか修羅を晒してないか?
    客観的な現実論を提示してるんじゃなく、その人の器の限界を示しているだけ。
    いじめの被害者には条件やら注文だしまくるくせにいじめっ子には何も言えない。
    これではいじめはなくならないわけだよ(苦笑)

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    1. ※137
      そんなことは当たり前でしょう。
      「今現在の当事者が置かれた環境で」と言いましたよね?
      私は自分の一例をアドバイスしたのと、他者に当たるその姿勢を批判しただけです。
      貴方こそ勘違いなさっているようですが、
      私も傍観者に助けを求めること自体は否定していません。
      こちらの主張を履き違えないで下さい。単に自分から助けようと思わない者が皆臆病だと言う的外れな批判を指摘しただけであって、私の方法だけが答えだなんて傲慢なことは口が裂けても言えませんよ、人それぞれ自分に合ったやり方があるのですから。
      しかしどの方法にせよ、行動しなければ何も始まらないのです。
      今までのコメントを見ても実に様々な意見がありますよね?
      ※4が言っている様に立ち向かう者には味方が現れます。
      そして※17が言う様に自ら求めないと他者からの救いの手は入りにくいものです。
      ※21、※52の様に耐えて強くなるのも良いでしょう。
      ですが、一歩間違うと※59の指摘する通り弊害が出ますし、自ら仲間を作るのはとても良いことです。
      ※36の言う通り、逃げちゃうのも手ですね。
      そして※106の言った負の感情の昇華ができれば一番良い。
      勿論他にも方法があるかもしれない。
      しかし、それを見つけるには当人が一歩踏み出すしか無いのですよ。
      私が批判したのは自ら動かず現状に甘んじるその姿勢と、
      その状態で他者の助けが無いことを逆恨みすることであって、
      傍観者に助けを求めることではありません。

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  105. 結局「動けない弱虫」に共感するのは同じ弱虫だけだ
    「動けるけど動かない奴」に動いて欲しければ自分が動ける奴になれ
    一つ確かなことは
    「皆を助ける」と言っておきながら、現場ではとばっちりが怖くて動けない臆病者の口先野郎より、自分の関係者や助けてやりたい人しか助けなくてもそれを行動に移せる奴では評価されるのも後者だよ
    まあそれはいいや
    単なる現実を理論武装と捉える様じゃ一生お花畑で終わっちゃうよ?
    虐めを克服するにはそれに向けて自分で動くしかない様に
    理想を求めるならそれに向かって歩こうぜ
    吠えるだけじゃ何も変わらんのよ
    これだけ言っても分からんならそのままで何がどう変わるか自分の目で確かめなさいな

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    1. 言い方を変えますと、私の言いたいことは、
      「自身の変化無しに外界の変化を求めても無駄」と言うことですよ。
      ※138が言う様に、助けるか否かは本人の誇りの問題です。
      その誇りも人によって違うのは当然ですし、強要出来るものではありません。
      私の場合は友人と自助努力を講じる者を助けたいと言うだけであって、「本当は助けたいのに虐めに関わるのが怖くて動けない」人に勇気を持てと言う気持ちは分かりますし、どんな人でも助けようと思う精神も素晴らしいと思いますが、それも人に強いれば傲慢となってしまうのですよ。
      これもまた、当たり前過ぎる一般論ですがね。

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  106. いや、虐めっ子に直接言わなくても法的なり組織的に権威のある第三者に
    現状を訴え虐めっ子への処罰や改善を求めることは全然ありだと思うけど、
    そうした制度に救済を求めることは「何の解決にもならない」んですか?
    いじめを目撃したけど直接虐めっ子に立ち向かったら返り討ちに遭うから
    その代わりに第三者にいじめを告発するのは立派ないじめ対策だと思うよ。
    卑怯でも何でもない。これを卑怯呼ばわりするのはむしろいじめっ子側。
    動けない弱虫(こんな表現を無神経に使う時点でお里が知れるねw)が
    いじめをなくすため取る行動のバリエーションのひとつというだけで、
    ヒステリックに噛みつくようなことでも何でもないんじゃないかな?
    なんで怒ってるの?・・・・・・痛いところ突かれたから?

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    1. ※140のコメント、何か痛々しいね…
      実際に自分もいじめられてたのに他人がいじめられてても「自身の変化無しに外界の変化を求めても無駄」「友人と自助努力を講じる者を助けたい」みたいなけっこう突き放したこと言い放つって、おそらく言ってる本人は(言うたった、ドヤ!)って感じなんだろうけど、それこそ傍観者的には、いじめられるとここまで心が荒んじゃうのかというか、思いやりや同情や優しさみたいな感情を押し殺さないと精神衛生を保てなくなっちゃうのかなと、ちょっと可哀想になってきた。肩ひじ張ってるけど、言葉が必死で余裕が感じられないんだよな。本当に誰にも助けてもらえなかったのかな。ここ読めば分かるけど、世の中、いじめる奴ばかりじゃなくて優しい人もいっぱいいるぞ。おまえももう少し優しくなれよ。肩の力抜いて。

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      1. ※115
        理解出来るからこそ自分で行動しない奴には手を貸さないんだよ
        習い事と同じでやる気が無い奴にゃ何言っても無駄だってこと
        そもそも無関係な奴を助ける義理も無ければそいつへの興味も無いんだ
        反撃の一つでもすりゃ手を貸そうとも思うがやられてるだけじゃそいつに興味も湧かんよ
        正確に言うなら回りに助けを求めるのも間違っちゃいない
        その場合問題なのは自分から助けを求められる状況を作ろうとしないことだ
        傍観組が悪いって言う奴に限って大抵そいつらと良好な関係を築こうとしていない
        当たり散らすように恨みがましい目で見られて誰がそいつに力を貸そうと思う?
        助けてもらえる、または主犯格が手を出しづらくなるような状況を作ることが一番重要
        これが最大の「アドバイス」なんだよ。
        とは言っても行動力の無い根暗にその方法は使えないし
        他に泣きながらでも数人の主犯格の内一人を毎回泣くまで殴り続け相手にも必ず痛い目見せることで虐めのメリットよりデメリットを増やして頻度を減らしていく方法もあるが
        それだと味方を増やせなくなるし、自分から反撃出来ない奴には教えても出来ない
        よって、ある程度自分から動ける奴じゃないと教えても意味が無いの

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  107. ヤレヤレ
    自分も暴言吐く割に人には文句かい、本当に自身のことは省みないんだな…
    何故怒るかって?恐らくパウリさんと同じ理由じゃないかなぁ?
    当事者でもなく、自分は行動出来ない分際で、皆を助けろと言いながら、怖くて動けないなんてビビリの言い訳を全面肯定しつつ、頭を悩ませてます私は善人ですアピールが癪に障ったからさ
    御蔭様で今まで傍観者を責めるのは全て八つ当たりだと思ってたけど、例外もいるってことを漸く理解出来たよ。今まで散々貶したことをパウリ氏に心より謝罪致します。
    しかも前に「法的に攻めるのもあり」「親とかに言うのも自分の行動だ」
    と相手が言ったことも忘れてその言い分を湾曲しだしたらもうアウトだよ
    そもそも今の論点は傍観者の心境についてだったと思うんだが
    飽くまで「無関係な傍観者の助けが欲しけりゃまず動くか義理を作るしかない」ということと、「動かず見てる奴の心境に価値は無い」と言うことが主な論点だ
    言い返せないと話を摩り替え煽りに走るその性根も失望される要因だぞ?
    図星突かれたのはどっちやら
    ハァ~…OK
    これからもそうやって話からも現場からも逃げ続けて「やらない善」を説いてれば良いよ

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    1. ※141
      両方ありますよ、
      助けてもらったことも、助けてもらえなかったこともね。
      私は実際に自分も虐められていたからこそ、
      自力抵抗を試みもしない者は助けようと思う前に呆れてしまいます。
      「なんでそこでやり返さねえんだ」と言う具合にね。
      そのような場合、それこそ事故レベルや、見るに堪えない状況以外、助ける必要性も感じません。私でも耐えられない様な状況なら同情して助けるでしょうが。
      肩肘張っている様に見えると言いますが、それは違います。
      突き放しているのではなく、頑張れと言っているんですよ。
      皆が優しくなれればそれに越したことはありません。
      ですがそれは無理ですし、周囲の対応や、虐める側のパターン、そして「この程度なら問題無い」というライン等が分かると、自身が適応した方が早いと気付くんですよ。心が荒んでいると言われればそれまでですが。
      皆が優しければ良いのですが、虐めの場合、そういう人が居ない環境も中にはあります。そのような環境でもどうにかするには、蹲って人に優しさを求めるより、まず動くことが虐めから脱却する近道だと言うのが今虐められている人へのアドバイスです。
      逆に貴女の様な人間が半数を締めれば良い世界になると思いますよ。

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      1. ※116
        「全ての」なんて誰も思ってないんじゃないの。そんなのケースバイケースだよ。
        逆に全てのいじめっ子に通用する完全無欠の方法でなかったら意味がないと
        決めつけて何もしないことの方が問題なんじゃないかな。
        ※114の意見が正しいかどうかはともかく(個人的にはちょっと武勇伝っぽく盛ってると思う)

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    2. ※141
      あっそう。今日のニュースでやってたけど、野球部で他の多数の部員から集団でいじめに遭って自殺した高一の男子にも同じ事が言える?<四面楚歌>とか意味分かるかな?
      貴方の言うとおりにやり返して相手が態度を改めなかったり、もっといじめがひどくなった場合はどうなりますか?貴方の言い分なんかを真に受けたいじめ被害者の自業自得ですか?貴方の言い分は、原則論としてはとても正しいと思うんだけど、そこには、視点を変える、それ以外の状況や心情を考えてみる、いじめられて無力感に苛まれ絶望してしまっている人に自助努力なんて分かりやすく強力な、しかし無責任な言葉を掛けることがいかに残酷かという想像力、人としての配慮、優しさ、思いやり、共感が決定的に欠けているんですよ。実はいじめられたことがない人が頭の中で想像したことだけで論じたてているか、いじめられていたのにそこまで思いが至らない自意識過剰な勘違いか、狭い経験論に陥ったちょっと残念なおれ様人格が形成されてる気がしますね。いじめには自助努力だけではどうにもならない要素があることを理解しましょう。ていうか逆に貴方は、なんでいじめている側への提言ができないんですかね?私はそこに貴方のとてもデリケートな、やりきれない葛藤がある気がします。貴方はいじめを自助努力で解決したのではなく、単にいじめる側が貴方に飽きてターゲットを変えただけなのを、自分に都合よく解釈しているのではないですか?実は身近にいじめ被害者がいる立場としては、貴方の話はリアリティが薄くて、無理がある寒々しい空威張りにしか感じられません。実際どうなんでしょうね?

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  108. 俺はそもそも「善」を説いていないので、そこ勘違いしない様に
    どんな手段であれ救済に動いた奴はもう弱虫でもなんでもない
    俺は正当化でも何でもなく、自分がやられてて助けが入らない時は
    自分がそいつにとって助けるに値しなかったからだと思っている
    逆に言えば助けたいのに何の行動も出来ない奴が最低の人種に移る
    虐められてる人の裁量や行動責任は関係が無い、それに対応しようとするかが問題だ
    俺は被害者を見た時、そいつが何かしてるかどうかを見る
    どんな手段でも克服しようとしてさえいれば、それは俺にとって助けるに値するからだ
    特例として、友人や普段から善良な人物は問答無用で助けるが
    その価値観が気に入らないと言うなら、それはそれで構わない
    君の主張で問題なのは、
    「須く救済に動くべきだ」と言いながら、
    「怖くて動けない」と言う、臆病者の言い訳を肯定している点だ
    忸怩たる思いを抱いてさえいれば、動けなくても仕方がない
    これでは「やらない善」「偽善者」にしか見えないわけだよ
    客観的に矛盾や破綻も分析しなきゃダメなのは果してどちらだろうか?
    もし、「どのような状況でも救済に向けて動くべきであり、
    行動出来なかった奴が何を言おうと最低の下種であることに変わりは無い」と言うのなら、俺は何も言わなかったさ、素直に君の善性を評価したよ

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    1. ※144
      良い所に気付きましたね、そうです。
      「普段から傲慢で他者に当たる者は虐めが特に酷くなる」と前に言いましたよね?
      気位が高くて異論を認めたり譲歩したりできない者も当然そうなります。
      何を隠そうこれは私が経験した最初の虐めの原因ですよ。
      後になって気付くんですが、やられてる時はわからないものなんですよね。
      ですから虐められる方が全員ただの被害者だとは言い切れないんですよ。
      その場合、振る舞いを変えれば収まります。私は反面教師で人からそれを学んだので、未だに自分が純然たる被害者だと思っている勘違い野郎がいることも事実です。
      記事にある様な傍観が一番悪いと言っているタイプは大抵これなんですよね。私の経験則ですから絶対とは言えませんが。逆に八つ当たりから虐めに回るパターンや、嫉妬から始まる虐めもありますね。その場合、前者は兎に角反撃、後者は周囲を味方につけることが得策です。
      他に「余所者差別」もあります。これも四面楚歌ですよ。囲まれたりハブられることなんて日常茶飯事ですし、反撃も上手くいかず泣き寝入りすることもありましたが、どうにか溶け込むことに成功しました。
      第三者が客観的に抑制する仕組みが出来れば何も言うことはありませんが、現状出来ていない以上、本人が逃げの一手でも何でも打たない限りどうしようもありません。
      抵抗というのは真向から立ち向かうことだけではないのですから。
      教師が本格的に手を貸している様な状況は経験が無いので親を通して法的に攻めるしか思いつきませんが、連帯感が出ている虐めは場合によっては突破出来ますよ。
      そんな訳で私は抵抗している人には手を貸しますが、
      自分が追い詰められた状況未満では同情出来ません。それが歪みであることは自覚しています。逆に言えばそれ以上ならどんな人でも助けますが、未だお目にかかったことはありませんね。

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  109. 大人になってから気が向いたらいじめた奴に仕返しすればいいよw
    普通に寿命あれば何十年と仕返しできる期間あるしねw勿論自己責任だけどw
    偉くなってとか成功して見返せばいいとかバカな奴ほど言うけどそんなことしても意味ないw金貸してくれとかタカリに来るだけだからw

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  110. よくいじめられないように格闘技習うといいというのがあるが私のように少林寺を習って県大会三位になっても自分より強い人間や集団でいる奴には勝てない
    世渡り上手になるのが一番だがコミュ障にはきつい
    つまりだめな奴はどうすることもできない

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    1. ※147
      自分の主張がだんだんトーンダウンしてきてることに気づいてるかな?
      自助努力の話もそうだけど「傍観が一番悪い」というこの記事の見解も
      やはりケース・バイ・ケースで、手放しでその通りだと頷く人もいれば
      それは極論ではと首をひねる人もいたりと、賛同や共感に幅があるのは
      ある意味、当然だよね。パウリさんもあくまで経験則を語っているだけ。
      ただパウリさんの(おそらく意図的な)「傍観が一番悪い」という極論に
      「状況によるから必ずしもそうはいえないのでは」と議論の余地を残して
      冷静に疑問を呈するならともかく、反発している人たちのほとんどは、
      「傍観者は全然悪くない。批判はおかしい」と極論で全面否定している。
      これは結局パウリさんのこの刺激的な言葉を、客観的な意見としてではなく、
      いじめの現場で傍観者であったり、傍観者であろうと思っている自分に対する
      批判や挑発、人格否定と主観的に受け取ってしまった感情的な反応だと思う。
      つまり、挑発に乗せられて、語るに落ちてしまっているんだよ。君も含めて。

      • 評価
      1. ※122
        主観の好き嫌いで判断してることは認めるけど話もせず人間性を判断出来るなんて思いあがっちゃいないよ
        単にどうでもいい奴は幸せだろうが不幸だろうが別に構わないだけ
        実際気に入った奴に助言したり反撃してる奴に加勢したこともあれば関心の無い奴や嫌いな奴をスルーしたこともあるしね
        そもそも「助けてくれ」の一言も無いんだろ?
        それでいきなり第三者が助けてくれると期待する方が傲慢な思想だよ、教師ならともかくね、求められりゃ応じてやるけどな
        少なくとも普通の奴は興味や関心のない他人の為に自分から労力は使わん
        でも中が良かったり気に入った奴なら助けようとするもんだ
        それに嫌いじゃない相手なら頼られるのも悪い気はしないしな
        あと虐められて憎いのは分かるが憎いのは本人であって傍観者なんぞ置物と変わらんよ
        逆に置物と変わらん認識の奴がどんな目にあってようが構わないってだけ
        虐めの連中と五十歩百歩と言われればそれまでだけど大抵の人間ってそんなもんだよ
        聖人君子や余程正義感の強い人なら別だけど他人にそれを求めるのも傲慢ってもんだ

        • 評価
  111. 違いが無いのに「私はマシよ」って思考が思い上がりだって話なんだがね

    • 評価
  112. 誰も「私」と言ってないのに論点すり替えて
    揚げ足を取る意味が分からない必死スギ

    • 評価
  113. 大人になってからのいじめは傍観者が一番タチ悪いって思う。大人のいじめっこはバカだし、傍観者はカスだね。子供のときだといじめられてないのにいじめっこに立ち向かうのは難しいかもしれないからタチ悪いとはいえないなぁ。でも学校の外では一緒に遊んでくれる子とかいたし、もし自分に子供がいたら本当になんにもしない傍観者にはなってほしくない。

    • +1
    1. 自分も小中と虐められてたけど※151※152の意見に同意かな
      結局、自分が変わるか環境が変わらんとどうしようもない
      火事で逃げ遅れた人を助けに火中に飛び込んだ人は称賛されるだろう
      だが出来なかった人が批判される謂れはない

      • 評価
  114. 私はいじめられるのをやめて欲しいと思います。

    • 評価
  115. いじめられていたし俺はやはり虐めるやつが馬鹿で弱い愚か者だと思います。

    • +1
  116. いじめがない世界こそ実は悪魔しかいないのかも

    • 評価
  117. 私は生まれてから30年以上、いじめっれなかったことはない男です。
    いじめられてよくわかったころがあります。
    それはこの世界の本質は暴力であり、同じく人間の本質も暴力であるため、すべての関係には上下が生じます。
    人はゆりかごから墓場まで、「上か下か」「強いか弱いか」「奪る側か奪られる側か」の関係から逃れられない。

    • +1
  118. 日本の学校で発生するいじめは「ファッションと好きな話題を周りと合わせる(フリをする)」でかなり解決する

    • -2
  119. いじめられっ子って全て自分の責任!俺は一切いじめに遭わなかったしどちらかと言うといじめていた方だ。いじめラレっ子は殴られ蹴られ顔が腫れるまでやられたら~

    • -2
  120. はー、なるほど。
    いじめっこは真に自省しないか。自制心が比較的低い個体ほど些細な動機によって他者へ危害を加え始めるだろうとは推測するけど。
    学校やスポーツチームの場合、監督、教員自体がいじめを黙認したり、場合によっては扇動者、推奨するシグナルを出しているケースは多いね。

    純粋な傍観者って居るのかな?
    イジメの存在を認知していたら、どちらかについているのでは?無視に加担するのであれば、加担者になっているのでは?認知してなければ傍観もできない。

    動物の群れとは一夫多妻・メスの取り合いがある動物かと。暴力的カルトは特定動物の群れ的なのか。
    人間のイジメは明白に反社会的な非行。窃盗や器物損壊は犯罪であり、けして真逆の反社会的行動を社会性と誤認してはいけないね。
    しかしイジメ研究や対策開発も模索途中、試行錯誤の過渡期と思えば仕方ないか。
    ともかく、本記事は冷静な良記事だと思ったよ。

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